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■「中央調査報(No.709)」より

 ■ 「くらしの好みと満足度パネル調査(大阪大学)」による研究成果

大阪大学社会経済研究所 大竹 文雄


1.選好と行動についての追跡調査

(調査の内容)
 大阪大学では、2003年から2013年の毎年、2016年と2017年(予定)の計13回に渡って、同一の個人を追跡調査してきた。満20 ~ 69歳の男女を全国規模で抽出し、留置回収法で調査を行っている。2004年、2006年、2009年に新規標本抽出を行い、調査対象者に加えた。調査は中央調査社に委託して行ってきた。
 この調査の特色は、従来の経済学で個人の行動を分析するために用いられてきた所得、消費、労働などについての客観的な情報に加えて、リスクに対する態度や忍耐強さなどの人々の好みを直接計測できる質問項目、幸福度や性格特性を計測する質問項目を含んでいることにある。
 この調査は、2003 ~ 2007年度に実施した21世紀COEプログラム「アンケート調査と実験による行動マクロ動学」、2008年度に採択されたグローバルCOEプログラム「人間行動と社会経済のダイナミクス」および、科学研究費基盤(S)「長期不況の行動経済学的分析」の研究を遂行するため、時間選好率、危険回避度、習慣形成、外部性という、人々の好みを表す効用関数に関する4つのパラメータの大きさを明らかにすることを主たる目的としている。

(好みを計測する上での追跡調査の利点)
 私たちの経済的な意思決定は、忍耐強さや危険に対する態度の違いに大きく影響される。将来の生活を重視する忍耐強い人は、現在の消費を少なめにして、より多くの貯蓄をするだろう。所得や消費の変動をあまり気にしない人であれば、安全だけれども運用利回りが低い定期預金などの金融商品ではなく、運用利回りの期待値は高いけれど、変動リスクがあるような株式や投資信託などの金融商品を選ぶだろう。
 将来の生活を重視する忍耐強い人であれば、将来高い賃金を得るために高い教育を受けたり訓練を受けたりすることを選ぶ。しかし、将来よりも現在の生活の方を重視する人は、教育や訓練を受けることを望まない。所得変動リスクをあまり気にしない人であれば、成功したら高い賃金がもらえるような仕事を選ぶであろうし、逆であれば公務員のように所得の変動が小さい仕事を選ぶ。
 伝統的な経済学では、同じ人を追跡して、実際の消費・貯蓄行動や労働供給行動の変化が金利や賃金の変化とどのような関係があるかを明らかにすることで、その人の忍耐強さや危険に対する態度を計測してきた。また、質問項目では捉えきれない個人の特性のうち変化しないものであれば、同じ人の行動の変化をとることで、その影響を取り除くということもできる。例えば、所得が幸福度に与える影響を分析する際に、いつも幸福な人と不幸な人がいたとして、いつも不幸な人は平均的に所得が高いという場合があったとする。でも、どちらの人も自分の所得が上がると幸福度が上がるとしよう。その場合、同じ人を追跡しないで、単に所得の高い人と低い人で幸福度を比較すると、所得が高い人の方が不幸という結果が出るかもしれない。しかし、それは所得が高くなれば不幸になるということを意味しない。単に、たままた不幸だと感じやすい人に高所得な人が多かっただけだ。このような個人間比較が難しい場合でも、追跡調査をして、同じ人の所得が上がった時に、幸福度が上がるのかどうかを検証すれば、所得から幸福度の因果関係を正確に捉えることができる。

(好みを直接質問する利点)
 伝統的な経済学における行動から好みを推測するという方法は、人々の好みは変化しないという前提に大きく依存している。ところが、人々の好みは、時間とともに変化するかもしれない。実際、私たちの好みが変化してしまうことが行動経済学で知られている。
 たとえば、最初からそうしようと思っていたわけではなく、計画段階では違うことを考えていたのに、実際には計画と異なることをしてしまったということはよくある。子供の頃に、夏休みの前に夏休みの宿題をいつするかという計画を立てる段階では、夏休みの最初の方にして後半は気兼ねなく遊びたいということを考えていたはずなのに、夏休みになると宿題を先延ばしにした人は多いだろう。
 もし、夏休みの宿題を最後にしていたという結果だけを観察したなら、最初から夏休みの宿題を最後にしようと思っていたのか、最初は違ったけれど先延ばしした結果最後にしたのか、という好みの違いがあることはわからない。肥満状態の人がいても、その人は自分の好みで太っているのか、痩せようと思っているのに食べ過ぎて太ってしまっているのかを調査からは区別できない。しかし、政策担当者からみると両者の違いは大きい。肥満を防止するための政策を行うことは、痩せたいのに痩せられないで困っている人に対しては望ましいことだが、好きで太っている人に対しては迷惑になる。本調査では、同じ人に対して、繰り返し「好み」を聞いているので、「好み」そのものが変化していくのかということも検証できるのだ。

2. 健康についての主な研究成果
 肥満や喫煙は、望んで肥満になっている人や喫煙をしている人もいれば、不本意ながら肥満になっている人や、タバコをやめられないという人もいる。行動経済学では、遠い将来にはこうありたいと思っていても、いざその計画を実行する段階になると先延ばししてしまう人のことを現在バイアスがあるという。
 本調査では、現在バイアスをもっている人かそうでない人かを識別するために、お金の受け取りタイミングや仕事をするタイミングの質問や子供の頃に夏休みの宿題をしたタイミングを聞く質問がふくまれている。そうした質問を使って、現在バイアスが肥満や喫煙行動に与えた影響を分析することができる。
 Ikeda, Kang, Ohtake(2010)は、本調査を用いて、現在バイアス、危険回避度、符号効果という行動経済学的特性が、B M Iで計測された肥満率や肥満度に対して影響を与えることを示した。夏休みの宿題を最後にしていた人ほど、現在太っている可能性が高い。また、降水確率が高くないと雨傘をもって出かけないという危険回避度が低い人ほど太っている可能性が高い。さらに、時間割引率に符号効果がある人は太っている可能性が低く。痩せすぎの可能性が高いことを見出している。符号効果というのは、「お金をもらう場合にそれを先延ばしされる時に最低限欲しい金利」と「お金を支払うときにそれを先延ばししてもらう時に最大限支払ってもいい金利」で後者の方が低い人のことをいう。簡単にいえば、借金することが嫌いな人だ。肥満というのは脂肪という借金をどれだけするのか、というのと似ている。現在の食事の楽しみを重視しすぎると脂肪が蓄積され将来の健康の悪化という借金返済が大きくなる。符号効果は借金が嫌いな程度を示しているとも言える。
 喫煙行動と現在バイアスと符号効果という行動経済学的特性の関係を本調査の利用で明らかにしたのがKang and Ikeda(2014)である。理論的に考えると、現在を重視する人ほど喫煙による現在のメリットを重視し、将来の健康悪化効果を小さく評価するため、喫煙行動を選択する。また、禁煙したいと思っていても、その計画が実行できないのは現在バイアスが強い人である。符号効果が強いと最初から喫煙行動そのものを取らない可能性が高い。これらの理論的予測が、本調査を使った実証研究でも確認されたのだ。また、本調査では忍耐強さを時間割引率という形で計測する質問を行っているが、彼らの研究では毎年の時間割引率の変動はその年の喫煙行動には影響を与えてない。むしろ、計測された平均的な指標が個人間の差をよく捉えているという。その意味では、一回限りの調査よりも、継続的に調査を続けることのメリットがあると言える。

3. 選好の変化についての研究
 危険に対する好みや忍耐強さという好みは、生まれながらか成年前に決まってしまって、大人になってからは変化しないのだろうか。前述したとおり、伝統的経済学では、人々の好みは変化しないものとして分析されてきた。しかし、私たちは様々な経験をすることで選好も変化するのではないだろうか。実際、行動経済学の研究の中には、天候によって私たちの行動が変わったり、ストレスにさらされると危険に対する態度が変化するという結果を報告しているものもある。
 本調査を用いた研究の中に、東日本大震災の経験が被災地とそうでない地域で、「選好」に対して異なる影響を与えたことを示したものがある。Hanaoka, Shigeoka, & Watanabe(2015)は、2011年の東日本大震災の前後で、被災地とそれ以外の人々の間で危険回避度が変化したのかどうかを明らかにした。彼らは、東日本大震災の被災地域の男性は、震災の経験で危険回避度が低くなったことを明らかにしている。被災地域の男性は、震災前後で比べると震災後、ギャンブルをすることが増えていることも確認されている。
 大竹文雄・明坂弥香・齊藤誠(2015)は、危険回避度だけではなく、時間割引率や利他性などについても、東日本大震災の前後で変化があったかどうかを、本調査を用いて明らかにしている。時間割引率、危険回避度、利他性、メンタルヘルスについては、こうした影響は、震災による所得の変動、年齢の変化、学歴などをコントロールした上でも、震災前後を比較すると日本人全体で統計的に有意な変化がみられた。
 日本人の経済行動は、震災後、長期的な計画性を備えるようになり、リスクに対する慎重さも高まった。時間割引率に関する推計結果によると、現在バイアスが震災後に小さくなった。そうした傾向は、日本全体ばかりでなく、震度5以上や計画停電を経験した地域においても観察された。ただし、津波被災を受けた地域の人々のなかには、震災後、特に2013年になって現在バイアスがかえって高まる兆候も認められた。長期的な展望がなかなか開けない復興の状況に苛立ちを感じてきた結果かもしれない。
 一方では、震災後に認められる長期的な計画性やリスクに対する慎重さは、その背後でメンタルヘルスの悪化や充実感の低下を伴っていた。危険回避度の高まりは、震災後におけるメンタルヘルスの悪化と表裏一体の関係にある可能性もある。また、大震災後、利他性は低下し、再分配への支持も減少した。寄付やボランティアの増加、絆という言葉の重視など、東日本大震災後は、日本人の間で利他性や互恵性が高まったように思われていたが、本研究の推計結果によれば、利他性は弱まり、再分配制度への支持も弱まっている。
 大震災後の日本人の行動には、一方で現在バイアスの解消、危険回避度の上昇、幸福度の上昇といった現象が、他方でメンタルヘルスの悪化、利他性の低下、充実感の低下といった現象がそれぞれ認められた。本研究のもっとも重要な貢献は、ポジティブに評価することも可能な前者とネガティブに評価せざるをえない後者が大震災後の日本人の行動に共存していたということを明らかにしたことなのかもしれない。
 Yamane他(2013)は、時間割引率が、年齢やストレスによって変化するかどうかについて本調査をもとに明らかにした。その結果、男性も女性も60歳代でもっとも近視眼的になること、教育は男性の40歳代、女性の50歳代で近視眼的な傾向を弱めること、ストレスを感じていると60歳代の男性の近視眼的傾向を弱めること、睡眠不足は男性の40歳代で近視眼的傾向を弱めるけれど、30歳代の女性には強めることを見出している。

4. 性格特性についての研究
 本調査では、ビッグ・ファイブと呼ばれる心理学で性格特性を示す指標についても計測されている。大規模な調査で、ビッグ・ファイブについて調べたものは少ないので、心理的特性が年齢とともに変化するかどうかを検証することができるのは本調査の利点であり、その研究成果は、川本他(2015)である。
 川本他(2015)は、本調査を用いて年齢と性別がビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性に及ぼす影響を検討している。分析対象者は4,588名(男性2,112名,女性2,476名)であり、平均年齢は53.5歳(SD = 12.9, 23-79歳)であった。年齢と性別、それらの交互作用項を独立変数として、ビッグ・ファイブの5つの側面を従属変数とした重回帰分析を行っている。主な結果は、協調性と勤勉性については年齢の線形的な効果が統計的に有意であり、年齢に伴って上昇する傾向が見られた。つまり、年齢が高くなると協調性と勤勉性が高まる。外向性と開放性については性別の効果だけが統計的に有意であり、男性よりも女性の外向性が高く、開放性は低かった。神経症傾向については年齢の線形的効果と性別との交互作用が統計的に有意であり、若い年齢では男性よりも女性の方が高い得点を示した。
 では、ビッグ・ファイブで示された性格特性は労働市場でどのように評価されているだろうか。この点について本調査を用いて分析を行ったものが、 Lee and Ohtake (2014)である。この研究は、本調査に加えて、同様の調査をアメリカで郵送法によって行ったバージョンの2012年データを使用して、非認知能力と行動特徴が学歴、所得、および昇進に与える影響を男女および日米で検証した。非認知能力はビッグ・ファイブという性格5因子モデル(外向性、協調性、勤勉性、情緒不安定性、経験への開放性)で測定し、行動特性の代理変数としては、平等主義、自信、自信過剰、リスク回避度や時間割引率(せっかちさ)を用いた。
 主な結果は以下の通りである。まず、非認知能力に関して(1)学歴への影響は日本とアメリカで異なり、日本では教育年数と協調性に正の相関関係が観察されるのに対し、アメリカでは協調性とは負、勤勉性とは正の相関関係が観察される。また、(2)所得や昇進への影響は男女で異なり、所得については、男性は勤勉性と、女性は外向性や情緒安定性と正の相関関係にあり、昇進については男性のみで外向性と正の相関関係が観察される。性格特性が教育成果や職業上の成功に与える影響が日米および男女で異なるという分析結果は、学校や労働市場で重視する非認知能力が日米間もしくは男女間で異なる可能性を示唆している。
 本調査では、血液型についても質問している。性格特性についての数多くの質問項目と血液型の情報が得られる大規模調査は貴重である。そこで、日本人の間で、一般に信じられている血液型と性格の関係について、本調査を用いて実証研究を行ったものが、縄田(2014)である。日本については、本調査の2004年と2005年の調査を、アメリカについては本調査同様の質問を行った大阪大学が実施した2004年の調査を用いている。対象とした質問項目数は、68であり、そのうち65の質問項目の回答で血液型と性格との統計的に有意な関連がないという結果が得られている。しかも、効果量は0.003以下である。つまり、性格の全体の分散のうち、血液型で説明できる部分は0.3%以下だということだ。血液型と性格は関係がないといえる。

5. 労働市場の分析
 本調査には、所得や仕事の内容、労働時間などに関する質問が含まれているため、労働市場の分析を行った研究もある。例えば、Lee and Ohtake(2014)は、現在バイアスが、失業者が派遣労働を選択するか直接雇用の非正規を選択するか、そしてその後彼らが正社員になる確率がどうなるかを分析している。派遣労働を選ぶと失業期間は短くなるかもしれないが、その後、正社員になりにくいかもしれない。実際、派遣労働者は、直接雇用の非正規労働者に比べると、正社員になりにくいことが、本調査で明らかにされる。しかし、現在バイアスが強い人ほど、派遣労働を選ぶ傾向があり、そういう人は、正社員にもなりにくいことが統計分析の結果明らかにされた。つまり、派遣社員だから正社員になりにくいのではなく、現在バイアスが強い人が派遣社員になる傾向が高く、そういう人は正社員になりにくいのだ。
 Chiang and Ohtake(2014)は、日本の男女間賃金格差の特徴を賃金制度ごとに分析した。先進国の多くでは、男女間賃金格差は賃金が高いグループでより大きくなることが知られている。しかし、本調査を用いて分析すると、日本では男女間賃金格差がトップグループで拡大するという傾向は観察されなかった。しかし、成果主義給与ではないホワイトカラーについては、上位層における男女間賃金格差の拡大が観察されている。しかも、非成果主義賃金制度における男女間賃金格差拡大は、男女の昇進格差によって説明できることを明らかにした。

6. 消費と貯蓄についての研究
 本調査では消費や所得についての質問を行っているため、消費行動についての多くの成果があがっている。例えば、窪田(2010)は、本調査を用いて、経済学における消費行動の基本的な仮説である恒常所得仮説と整合的な消費行動をとっている人たちの比率を計測して、その割合が非常に低いことを明らかにした。
 恒常所得仮説は、「将来のことを考えて今の行動を決めている」と「計画を実行できる」という二つの前提で成り立っている。そこで、Kubota and Fukushige(2016)は、本調査の回答からそのタイプの人々を選びだして、恒常所得仮説の予測どおりに彼らが行動しているかを検証した。つまり、すでに予測された所得の永続的変化が生じても、その人々は消費行動を変化させない、という仮説である。人々が消費を変化させるのは、所得の予測されなかった永続的変化が発生するというニュースを受け取ったタイミングであって、それが実際に変化したタイミングではないのだ。実証結果は、将来を予測して行動し、計画を実行できるタイプの人々は、恒常所得仮説の予測どおりの消費行動をしていたことを示したのだ。
 Sekita(2011)は、本調査を用いて日本人の金融知識のレベルと老後貯蓄の保有の関係を明らかにしている。本調査では、金融に関する基本的な知識を問う質問を入れている、金利に関する簡単な質問には多くの日本人は正しく答えられるが、リスク分散に関する質問については半数以上が間違えている。金融知識が低いのは、女性、若者、低所得者、低学歴者である。また、金融知識が高いほど、老後のための貯蓄をもっていることが統計的に示されている。

7. 価値観と教育についての研究
 本調査では、価値観や教育に関する情報も質問していることに特徴がある。こうした価値観についての質問項目を利用した研究成果も多い。緒方・小原・大竹(2013)は、学卒時に直面する経済状況が価値観の形成に与える影響に注目して日本人が持つ社会的成功に関する価値観の形成要因を分析している。その結果、学卒時に偶然にも不景気に直面した者は「社会的成功は努力よりも運で決まる」という価値観を持ちやすい可能性があることが示されている。また、そのような傾向は、男性に顕著にみられる。  子どものしつけ方にも様々な世界観や価値観が影響を与える。窪田他(2010), Horioka et al.(2010)は、本調査を用いて、アメリカと日本の文化差が親の子に対する態度へ与える影響を分析している。研究結果によれば、アメリカの親は、日本の親に比べて幼い子供たちに対して厳しい態度を取る傾向がある。実証結果によれば、世界観に関するいくつかの質問に対して確信を持って回答している人々ほど自分の子供たちに対して厳しい態度を取る傾向がある。また、親が持っている世界観の信条の内容が、子供に対する態度に影響する。アメリカ人の親は、日本人の親よりも世界観に関する質問に対してより確信をもって回答しているという文化差があり、この文化差は日米の親の態度の差を説明することに貢献している。
 親の所得が高いと子供の教育水準が高くなることは、多くの研究で知られていることである。しかし、もともと能力が高いことが子供に遺伝している結果所得も教育も高くなっているだけで、本当に所得だけが高くなった場合にも子供の教育水準が高まるかどうか、はより厳密な分析が必要である。それを、本調査を用いて分析したのが、窪田(2013)である。彼はそのために、親の所得を説明する変数として親の教育水準、祖父母の所得水準、祖父母の教育水準を考えて、これらの変動を通じた親の所得の変動が、子供の教育水準に当て得る影響を分析した。その結果、親の所得が10%増加すると子どもの教育年数が 1.3% 上昇することが示され、所得と子どもの教育の間には因果関係があることが確認されている。

8. むすび
 人々の好みや経済行動について、長期間継続的に追跡調査をしているデータは希少である。本稿で研究成果の一部を紹介したが、狭い意味の行動経済学分野に限られず、心理学、労働経済学、家計行動など幅広い分野で既に多くの実績があがっている。また、今後も調査が継続されるので、さらに興味深い研究成果が期待される。


参考文献
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