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■「中央調査報(No.716)」より

 ■ 調査の品質向上に繋がる専門統計調査士の資格取得の現況と問題点

日本大学大学院新聞学研究科・日本大学法学部非常勤講師
島崎 哲彦 ※

※東洋大学社会学部教授、同大学大学院社会学研究科客員教授を経て、現職。一般社団法人日本マーケティング・リサー チ協会公的統計基盤整備委員会顧問、ISO/TC225 日本国内委員会座長。



 調査の品質向上が調査のプロセスの標準化と調査従事者の能力によって支えられること、さらに調査プロセスの標準化と国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)のISO20252(調査一般)との関係、調査従事者の能力測定と統計調査士・専門統計調査士資格との関係は、本調査報No.689(2015.3)で述べたとおりである。
 本稿では、そのうち統計調査士・専門統計調査士の試験結果の現況、特に専門統計調査士の合格率の低下に着目して、その原因を探り、調査従事者に要求される知識について分析する。


1.資格制度の概要
 統計調査士・専門統計調査士の資格制度は、統計調査の実務従事者向けに(一社)日本統計学会が中心となり設立した(一社)統計質保証推進協会による統計検定の一分野として始まった。統計検定全体は、制度開始当初、英国王立統計学会(RSS:Royal Statistical Society)と同じ内容の試験による国際資格、大学学部レベルを要求する統計検定1級、大学基礎科目レベルを要求する統計検定2級、データの分析レベルを要求する統計検定3級、資料の活用レベルを要求する統計検定4級、それに統計実務従事者向けの統計調査士・専門統計調査士の7つの資格によって構成されていた。統計調査士資格は、統計の役割、統計法規、公的統計が作成される仕組み、主要な公的統計データの利活用方法に関する正確な理解等を要求している。専門統計調査士資格は、調査の企画・管理、ならびにデータの高度利用の業務に携わる上で必要とされる、調査企画、調査票作成、標本設計、調査の指導、調査結果の集計・分析、データの利活用の手法等に関する基本的知識と能力を要求している。なお、専門統計調査士資格は統計調査士資格の取得が前提となっている。また、経過措置として、統計調査士は調査員経験によって、専門統計調査士は統計調査の企画・運営、調査員の指導経験によって、試験の得点に加点される制度があったが、2015年に廃止された。
 (一社)日本マーケティング・リサーチ協会も、専門統計調査士資格については発足当初から制度確立と運営に協力してきたし、現在も協力している。
 いずれの資格も学歴・経験等を問わず、試験に合格することによって授与される資格である。それ故に、統計調査士・専門統計調査士資格は、(一社)社会調査協会の大学学部の科目履修・単位修得による社会調査士資格、大学院の科目履修・単位修得と社会調査を用いた論文の審査による専門社会調査士に比べて、社会調査の現業従事者にとって取得しやすい資格である。
 なお、2015年から統計検定1級と2級の間に、準1級の資格が設けられた。準1級は、2級までの基礎知識をもとに、実社会の様々な問題に対して適切な統計学の諸手法を応用できる能力を要求する資格である。この資格は、1級の試験問題の難しさを考慮して設けられたと考えられる。


2.統計調査士・専門統計調査士の試験問題
 統計調査士の試験問題は、表1の参照基準項目表に示すとおり、3分野、5つの大分類、12の中分類、さらにこの表には掲載しなかったが46の小分類の項目から出題される。

表1 統計調査士参照基準項目表

 試験問題数は、2016年を例にあげると26問(付問を含めると30問、規定では30問)で、解答時間は60分である。合格基準は、正解率およそ70%である。
 「C.統計の見方と利用」の分野では、エンゲル係数やローレンツ曲線とジニ係数といった係数関連の質問、景気動向指数といった指数関連の質問、箱ひげグラフ等の質問も出題されているが、解答に計算過程を必要とする質問はない。
 この資格は、当初国の統計調査員を対象としたものであったが、その受験者は皆無に近かった。現在では大学の学生対象に変更している。受験者には学生も含まれるが、相当数は専門統計調査士資格を目指すものの同時受験者である。
 専門統計調査士の試験問題は、表2の参照基準項目表に示すとおり、12の大分類、32の中分類、さらにこの表には掲載しなかったが100の小分類の項目から出題される。出題は大分類項目は網羅しているが、中分類項目は必ずしも網羅しておらず、小分類項目は網羅していない。
表2 専門統計調査士参照基準項目表

 試験問題数は、2016年で37問(付問を含めて40問、規定では40 ~ 50問程度)で、解答時間は90分である。合格基準は、正解率70%程度以上となっている。出題傾向をみると、40%以上が表2の「12.データの利活用の手法」の領域の問題で、そのなかには回帰分析やクラスター分析といった多変量解析の質問、ラスパイレス計算やパーシェ計算を用いた消費物価指数やGDP、さらに時系列データの季節調整といった指数の質問も含まれている。
 多変量解析は、マーケティング・リサーチのデータ加工で用いられることがあるが、公的統計調査のデータ加工ではほとんど用いられない。他方、指数化は、公的統計調査のデータ加工では多用されるが、マーケティング・リサーチのデータ加工ではあまり用いられない。また、これらのデータ加工は調査の発注者側が担当することが多く、調査会社の従業者にとっては距離がある分野ともいえる。
 なお、回答形式は、統計調査士・専門統計調査士両試験ともに、5つの選択肢から正解を1つ選ぶ形式である。


3.統計調査士・専門統計調査士の受験者数、合格者数、合格率の動向とその背景
 資格制度開始の2011年から2016年に至る6年間の統計調査士・専門統計調査士試験の受験者数の推移、合格者数の推移、合格率の推移は、表3に示すとおりである。
表3 統計調査士・専門統計調査士受験者数・合格者数・合格率の推移

 統計調査士の受験者数は、2011年286人、2012年302人と少数であり、これらは専門統計調査士試験と同時出願の調査従事者と考えられる。資格対象を大学生に変更した頃から受験者数が増加し、2016年には452人に達した。専門統計調査士の受験者数は、2014年まで調査業務経験者への加点制度があり、当初はその該当者の出願が多く、258人に達した。その後、加点制度適用者の出願減少により、2013年まで受験者数が暫減している。2016年に受験者数が再び257人まで上昇した原因は、学生の出願のためと考えられる。
 次に、合格者数は受験者数に左右されるので、合格率の推移を検討する。
 統計調査士の合格率は、当初58.4%であったのが暫減し、2014年には30%台まで減少した。これは、調査経験による加点対象者の減少が原因であろう。2016年には再び54.2%まで上昇したが、これは学生の受験者の増加と彼らの学習の成果によるものであろう。試験問題の多くは暗記によって対応できるものであり、学習によって大きな効果が期待できる内容である。また、本協会公的統計基盤整備委員会や立教大学が開催する受験対策講座の効果もあったものと考えられる。
 専門統計調査士の2011年の合格率は79.8%であったが、2012年には52.2%、2013年には40.6%、2014年には38.8%と、4割を割り込むまで降下した。先に述べたように、加点制度の対象となる調査実務経験者が早い時期に多数出願しており、その減少が影響して合格率が低下していったと考えられる。加点制度対象外の受験者についても、調査実務年数の長いものは初期に出願し、徐々に実務経験の浅い層に出願が移行していったことも、合格率低下の一因と考えられる。
 その後も合格率の降下は続き、2016年には29.6%と初めて3割を割り込んだ。この間、前掲表2の参照基準の「12.データの利活用」の分野、即ち調査実施の実務からは距離があり、調査実施の実務従事者には不得意な分野の問題数が増加しており、しかも解答に計算を要する問題も含まれている。このことも、合格率低下の一因と考えられる。
  なお、2011年から2016年の6年間の累積合格者数は、統計調査士が1,035人、専門統計調査士が637人である。資格認定者数は、2016年分が判明しておらず、2011年から2015年までの5年間で、統計調査士が790人、専門統計調査士が465人である。統計調査士試験に合格し、専門統計調査士試験に不合格の場合、統計調査士資格は認定される。しかし、統計調査士試験合格から5年が経過すると、統計調査士試験を再受験して、専門統計調査士試験を受験しなければならない。また、専門統計調査士試験に合格しても、統計調査士試験が不合格であれば、専門統計調査士資格は認定されない。専門統計調査士試験から5年間統計調査士試験に不合格であると、両方の試験を再受験しなければならない。このため、両試験の合格者数の累計と両資格の認定者数の累計は、整合しない。
 (一社)日本マーケティング・リサーチ協会(正会員社128社)を対象にした2015年度の「第41回経営業務実態調査」(回答社104社)によれば、回答社の調査業務従業者数の合計は5,685人である。2016年までの専門統計調査士資格の認定者をおよそ500人とし、その大半が調査会社従業者だとすると、同協会正会員社の調査従事者に占める同資格認定者は未だ10%に満たないと考えられる。


4.資格試験の合格率改善のための施策
 この資格試験は、前掲の試験内容を鑑みると、出題領域の知識に関する学習なしには、まず合格は無理である。学習のための対策講座として、(一社)統計質保証推進協会の連携セミナーである(一財)統計研究会やSAS Institute Japanのセミナーのほか、前掲の立教大学や(一社)日本マーケティング・リサーチ協会の講座等をあげることができる。
 本稿では(一社)日本マーケティング・リサーチ協会の講座内容を紹介し、受講者の状況を検討してみる。
 (一社)日本マーケティング・リサーチ協会の統計調査士・専門統計調査士受験対策講座は、「統計学基礎講座」「統計学応用講座」「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」「統計調査士対策講座『公的統計実務編』」「専門統計調査士対策講座『調査実施実務編』」の5講座からなり、同協会公的統計基盤整備委員会が2014年度から毎年開催している。
 「統計調査士対策講座『公的統計実務編』」は統計調査士試験の過去問の、「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」と「専門統計調査士対策講座『調査実施実務編』」は専門統計調査士試験の過去問の解説講座であり、「統計学基礎講座」と「統計学応用講座」は試験問題に解答するための統計学の学力を高めるための講座である。「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」では、表2に示した専門統計調査士参照基準の「12.データの利活用」分野に該当する過去問の解説を行うが、これらの解説は一定の統計学の学力なくして理解できるものではない。そこで、「統計学基礎講座」「統計学応用講座」の受講により統計学の学力を高めた上で、「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」を受講・理解してもらおう、また他の問題を解く応用力を身に付けてもらおうというカリキュラムになっている。「統計学基礎講座」は、定量調査の手順に沿って無作為抽出法、標本誤差、母集団推計や代表値、検定等の基礎的統計手法を学ぶ内容であり、「統計学応用講座」は相関、回帰、多変量解析、指数等データの高度な加工・分析手法を学ぶ内容である。これらの講座の開講当初の受講状況をみると、過去問解説講座の受講者が多く、統計学の基礎・応用講座の受講者は少数であった。過去問の解説講座を受講することは、資格試験の出題傾向を知るためには有効であるが、次回の資格試験に過去問がそのまま出題されることはまずない。
 また、統計学の基礎学力が不足しているのに「統計学応用講座」を受講するもの、統計学の基礎・応用学力が不足しているのに「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」を受講するものも目立った。そこで、2016年度の受講者募集要項には、「統計学応用講座」では「統計学基礎講座」に該当する内容の解説は行わないこと、「専門統計調査士対策講座『データの利活用編』」では「統計学基礎講座」「統計学応用講座」に該当する内容の解説は行わないことを明記した。その結果、2016年度は「統計学基礎講座」「統計学応用講座」の受講者が若干増加したものと考えられる。
 前掲のとおり、過去問がそのまままた出題されることはまずないのであるから、解答のためにはそれ相応の統計学の学力が必要とされることは、言うまでもない。
 このような状況から、専門統計調査士試験の合格率低下の最大の原因は、受験者の統計学の学力不足にあると考えられる。


5.統計学の知識と学習の必要性
 統計学は幾多の学問領域の中では極く一部の領域に過ぎず、ましてや多変量解析や指数はそのまた一部を構成するに過ぎない。しかし、統計手法は、多くの学問領域で目的に到達する手段として用いられる。調査会社の従業者は、文系・理系の様々な専攻の出身者であるが、大学等の教育の過程で統計に触れたことがあろう。ただし、統計学そのものを学問の対象とし、高度の教育を受けたものはほとんどいないと考えられる。
 他方、定量調査の視点からみると、統計は標本抽出、標本誤差、母集団推計を考慮した標本数等の調査設計、調査票作成における尺度構成や、集計、分布、代表値、検定、相関、回帰、多変量解析、指数等の様々なデータの加工・分析工程で必要とされる重要な手法である。定量調査は、統計学に依拠して成り立っているのである。
 しかし、調査会社が担当する業務が調査実施等の調査工程の一部であることも多く、さらに多くの調査会社の業務別横割り制度の中で、従業者個人が担当する業務がそのまた一部に過ぎないことも多い。
 だが、定量調査の業務の視点からみると、企画からデータ分析・報告書作成までの様々な工程は独立したものではなく、それらが連動してひとつの調査が成り立っている。
 したがって、調査従事者はどの分野の業務に従事しようとも、調査工程全般にわたる知識は必要である。様々な工程で調査を支える統計学の知識は、もちろんのことである。
 最近の専門統計調査士の資格試験の内容が「12.データの利活用」に偏っている嫌いがあるが、それでも同試験の30%を下まわる合格率の低さは調査従事者のレベルを示唆するものと考えられ、決して是認できるものではない。
 調査業務従事者、とりわけ調査会社社員は、統計学が自らの従事する業務に必要な知識であることを自覚してそれらを学習し、専門統計調査士資格に挑戦して欲しい。
 このことが、結果として調査の品質向上をもたらすのである。


<参考文献>―――――――――
●島崎哲彦「統計的手法を用いた調査に求められる品質の向上を目指して」『中央調査報』No.689、(一社)中央調査社、2015年3月
●島崎哲彦・大竹延幸『社会調査の実際-統計調査の方法とデータの分析-』第12版、学文社、2017年
●(一社)社会調査協会ホームページ、http://jasr.or.jp/、2017年3月閲覧
●(一社)統計質保証推進協会、統計検定ホームページ、http://www.toukei-kentei.jp/、2017年3月閲覧
●(一社)日本統計学会ホームページ、http://www.jss.g r.jp/、2017年3月閲覧
●(一社)日本マーケティング・リサーチ協会『第41回経営業務実態調査』2016年7月、http://www.jmra-net.or.jp/、2017年3月閲覧
●(一社)日本マーケティング・リサーチ協会公的統計基盤整備委員会『公的統計市場に関する年次レポート2015』(一社)日本マーケティング・リサーチ協会、2016年6月
●立教大学社会情報教育研究センター政府統計部会『統計検定 統計調査士試験対策コンテンツ』第3版、2015年-5