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■「中央調査報(No.732)」より

 ■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2017」から見えてくる
 若年・壮年者の働き方、生活時間、世代間支援の実態(前編)


石田  浩(東京大学社会科学研究所)
藤原  翔(東京大学社会科学研究所)
白川 俊之(広島大学大学院総合科学研究科)
石田 賢示(東京大学社会科学研究所)


要 約
 本稿は、東京大学社会科学研究所が2007年から毎年実施している「働き方とライフスタイルの変化 関する全国調査」の2017年調査に関する基礎的な分析を、職場環境がメンタルヘルス・満足度に与 える影響、希望する働き方の変化、遅めの帰宅時間がもたらす影響、親世代との支援関係という4つの 大きなテーマについて紹介する。第1のテーマである職場環境の影響についての分析では、人手不足や 締め切りに追われることが少なく互いに助け合う雰囲気のある職場では、メンタルヘルス、仕事満足度、 仕事継続意向にプラスの影響を持っていた。第2に希望する働き方の変化の分析では、正社員としての 就業希望を実現した人と実現しなかった人では中長期的なキャリアにも特徴的な違いがあり、後者のグ ループにおいて就業歴のなかで仕事の変化が起こる確率が高いことや、職場でOJTを受ける機会が不 足していることが確認された。第3に帰宅時間の影響を取り上げた。有業男性が少し早めに帰宅するこ とは、友人・恋人との交際や、家族とのコミュニケーションの機会を確保することにある程度貢献して いる。有業女性については、配偶者(夫)がいる場合は、夫が早めに帰宅することで夫婦間のコミュニケー ションの頻度が増加している。第4のテーマは両親・配偶者の両親との間の支援関係である。女性の方 が男性よりも支援を受けやすく、支援を行いやすい。年齢別にみると、30歳代の若年グループで親か ら受ける支援の比率が高くなっていた。出身家庭の豊かさや子ども世代の学歴は親から支援を受ける確 率のみと関連し、親への支援とは関連がなかった。1
【注:当稿は10月号前編、11月号後編として2カ月に分けて紹介する】

1本稿は、東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト・ディスカッションペーパーシリーズ  No.105「パネル調査から見る働き方、生活時間、世代間支援:「働き方とライフスタイルの変化に関する 全国調査(JLPS)2017」の結果から」(2018年3月)を修正し、執筆したものである。本稿は、日本学術 振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)(18103003, 22223005)、特別推進研究(25000001, 18H05204)の助成を受けて行った研究成果の一部である。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施に あたっては社会科学研究所研究資金、(株)アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。調査は一般社団 法人中央調査社に委託して実施した。パネル調査データの使用にあたっては社会科学研究所パネル調査運 営委員会の許可を受けた。


1.はじめに
 東京大学社会科学研究所では、若年・壮年者 を対象に「働き方とライフスタイルの変化に関す る全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey - JLPS)というパネル調査を2007年 から継続して実施している。この調査は、就業 形態、仕事内容、職場の状況などの働き方とキャ リア、交際・結婚・出産といった家族の形成、 人びとの健康や意識などについての変容を捉え るために、同じ個人を継続して追跡して調査し ている。2007年に20歳から34歳の若年と35 歳から40歳の壮年を毎年調査しており(継続サ ンプル)、2011年には同年齢の対象者を補充し 毎年追跡している(追加サンプル)。
 2007年の第1回調査(継続サンプル)におい ては、若年者3367名、壮年者1433名から調査 票を回収した。その後毎年これらの対象者を追 跡して調査を実施してきている。2011年には脱 落者を考慮してサンプルを補充し、同年齢の24- 38歳(若年)と39-44歳(壮年)の対象者を追加 し、712名(若年)、251名(壮年)から調査票を 回収した。その後これらの対象者も毎年追跡し ている。2017年3月から5月には、継続サンプ ルは第11回、追加サンプルは第7回に当たる調 査を実施した。継続サンプルについては、若年 者1828名(アタック総数に対する回収率81%)、 壮年者904名(同回収率87%)から回答を得た。 追加サンプルについては、若年者441名(同回 収率67%)、壮年者183名(同回収率75%)から 回答を得た。調査方法は、継続サンプルについ ては、調査票を郵送し、中央調査社の調査員が 訪問して回収する(郵送配布・訪問回収法)を基 本としており、訪問で回収できない場合には郵 送でも回収を行った。追加サンプルについては、 郵送配布・郵送回収の方法を採用している。こ のため追加サンプルは継続サンプルと比較し、 回収率が若干低くなる傾向がみられる。
 この報告では、2017年3月から5月に実施し た第11回継続サンプルと第7回追加サンプルの 調査を合体し、若年と壮年についても断りがな い限り一緒にして分析を行った。今回扱ったテー マは、(1)職場・仕事の環境がメンタルヘルス・ 満足度・仕事継続意向に与える影響、(2)希望 する働き方の変化と中長期的キャリア、(3)遅め の帰宅時間がもたらす友人・恋人・夫婦関係へ の影響、(4)親世代からの支援と親世代への支 援の4つである。

(石田浩)


2.長時間労働・職場環境・仕事環境が メンタルヘルス・仕事満足度・仕事継続 意志に与える影響
(1) JLPSからみた働き方の変化

 日本社会における働き方をどのように改善し ていくのかは、最も注目される政策的論点のひ とつである。本節では、多様な人々についての データから働き方についての一般的傾向を科学 的視点から明らかにすることによって、今後の 日本社会における働き方を考えるためのエビデ ンスを提供したい。
 働き方とライフスタイルを継続的に調査した JLPSデータには、人々の仕事や職場に関する 特徴や人々の健康、メンタルヘルス、そして仕 事に関する意識などの項目が含まれている。こ れら項目を用いたパネルデータ分析から、日本 社会における働き方のありかたについて分析す ることが可能である。分析には、2007年から 2017年までのJLPSデータを用いた。分析デー タには2011年から追加されたサンプルを含め、 分析は性別によって影響の違いがある可能性を 考慮して男女別に行った。なお、以下の集計では、 後に脱落したサンプルや追加サンプルを含めた 数字である点には注意が必要である。
 図1は、石田他(2015)における朝井の分析に したがって、月240時間以上働いている場合 を 長時間労働とし、その割合を典型雇用と非典型 雇用に分けて示したものである2。一般的に、個 人の平均あたりの労働時間は減少傾向にあるこ とが知られているが(山本・黒田 2014)、同一 個人を追跡したJLPSのデータで見た場合でも 長時間労働は減っており3、その減少はそもそも 長時間労働の多い男性の典型雇用者で特に顕著 である。三輪は同じJLPSのデータから典型雇 用の男性で平均的な労働時間が減少しているこ とを明らかにしたが(石田他 2017)、長時間労 働についても同様の減少傾向が明らかになった。

図1 長時間労働(月240時間以上)の割合の変化

 次に、「ほぼ毎日残業をしている」や「互いに 助け合う雰囲気がある」など、職場に関する特徴 10項目4の推移を図2より確認する。図2からは、 ほぼ毎日残業をしている割合はわずかに減少し ている一方で、「社員数が恒常的に不足している」 が2009年を境に男女ともに増加している。また、 「いつも締め切り(納期)に追われている」も2009 年以降、上昇傾向にある。
図2 職場環境の変化

 今度は「自分の仕事のペースを自分で決められ る」「職業能力を高める機会がある」など仕事に 関する特徴5つ5についての変化を図3よりみて いく。男性についてはどの仕事環境もプラスに なっており、仕事はより柔軟になり、そして教育訓練・職業能力を高めることができるように なる傾向がある。しかし女性についてはほぼ変 化していないといえる。
図3 仕事環境の変化

 ほぼ毎日残業をしていると答える割合は減少 し、そして長時間労働の割合は減少した。つま り労働の量という面では改善が(少なくともこの データからは)みてとれる。また、特に男性にお いて仕事は柔軟にそして自律的になっているよ うであり、質的にも改善がみられる傾向がある 項目も存在する。しかし、社員数が恒常的に不 足していたり,締め切りに追われる傾向が近年 男女ともに増加しており、仕事の多忙感は増加 しているようである。
 これら長時間労働、職場環境、仕事環境が個 人にどのような影響をあたえるのかについては、 多くが横断的な調査データから分析されており、 パネルデータによる分析は少ない(山本・黒田 2014)。パネルデータによる分析としては、例 えばJLPSデータから、Ishida(2013)は主観 的健康状態や「おちこんでゆううつな気分であっ たこと」に対する職場環境の関連を明らかにして いる6。山本・黒田(2014)は、経済産業研究所 が実施したパネル調査データを用いて、仕事の 内容や職場の評価体型・職場環境に関する要因 が、個人のメンタルヘルスに対して影響を与え ていることを明らかにしている。
 本研究ではこれら先行研究の分析枠組みから、 長時間労働、職場環境、仕事環境がメンタルヘ ルスや仕事満足度に与える影響を明らかにする。 その上で、仕事継続意志がどのような要因の影 響を受けているのかを明らかにする。このよう な分析から、日本社会において、どのような働 き方の環境を整えていくことが、個人の精神的 健康や仕事への満足度につながり仕事継続を導 くのか、あるいはこれら精神的健康や満足度を 経由せずに、直接的に仕事継続につながるのか を検討する。すでにこれらについては山本・黒 田(2014)による体系的な研究が存在するが、 関連しつつもそこで用いられた調査では尋ねら れていない項目を用い、分析を行う。

(2) 長時間労働・職場環境・仕事環境が メンタルヘルスに与える影響
 まず長時間労働、職場環境、そして仕事環 境がメンタルヘルスにどのように影響するの かを明らかにする。メンタルヘルスの指標は、 Mental Health Inventory(MHI-5)を用い た。過去1 ヶ月間で「かなり神経質であったこと」 「どうにもならないくらい気分が落ち込んでいた こと」「落ち着いておだやかな気分であったこと」 (反転)「おちこんで、ゆううつな気分であった こと」「楽しい気分であったこと」(反転)の5つ の事柄についてどのくらいの頻度で感じたかを、 「1.いつもあった」から「5.まったくなかった」 までの5件法でたずねている。詳しくは戸ヶ里 (2008)や中澤(2010a,2010b)を参照された い。なお分析では、メンタルヘルスがよいほう が値が高くなるようにし、その合計点を最小値 が0点、最大値が5点になるように変換して用い ている(平均はどの時点についても2.5程度)。 大湾(2017)の例にもあるように、個人間の様々 な違い(異質性)は、選択の違いや会社における 処遇などの違いを生み出し、これらの違いがメ ンタルヘルスに対する会社の処遇などの関係を 見ようとした場合にバイアスを生じる可能性が 高い。一時点のみの情報であれば、このような 個人間の様々な違いを考慮することが制限され るため、純粋な変数間の関連を明らかにするこ とが困難となる。また、メンタルヘルスが悪化 した人が労働時間を減らしたり、メンタルヘル スの良い人々が長時間労働を維持できるといっ た逆の因果関係の影響を十分に考慮できない(山 本・黒田 2014)。つまり、単なる一時点の変数 間の相関関係をみるだけでは、因果関係を明ら かにすることが難しく、それゆえ有効な政策的 含意を得ることはできないのである。そこで本 研究は複数時点にわたる個人の変化の情報を持 つパネルデータの特徴を生かし、個人の異質性 を考慮した固定効果モデルによって分析を行っ た。パーソナリティのような個人特性とメンタ ルヘルスや仕事満足度は関連し、またそれは職 場環境や仕事環境の違いとも関連すると考えら れるが、このような特性の影響を考慮してもな お職場環境がメンタルヘルスと関連しているの であれば、よりバイアスの少ない、信頼性の高 い結果であるといえる。
 図4は固定効果モデルによって、長時間労働、 職場環境、そして仕事環境がメンタルヘルスに 与える影響を分析した結果を示したものである。 丸がその効果の点推定値であり、そこから両方 向に伸びている棒が信頼区間の幅を示している。 この信頼区間が0(縦線)と重ならなければ、そ の変数はメンタルヘルスに影響を与えている(影 響が0ではない)と判断する。
図4 職場環境・仕事環境・長時間労働がメンタルヘルスに与える影響

 メンタルヘルスに対しては、男性では、長時間 労働、ほぼ毎日残業をしていること、社員数が恒 常的に不足していること、そして、いつも締め切 りに追われていることが長時間労働に負の影響を 与えている。女性でも、長時間労働であることや ほぼ毎日残業をしていること、いつも締め切りに 追われていることがメンタルヘルスに対して負の 影響を与えている。一方、互いに助け合う雰囲 気があること、お互い連携しながら行う仕事が多 いこと(男性のみ)、社員の希望で異動できる仕 組みがあること(男性のみ)、自分の仕事のペー スを自分で決められること、職場の仕事のやり方 を自分で決められること(女性のみ)、教育訓練 を受ける機会があること(男性のみ)、職業能力 を高める機会があること(男性のみ)、そして自分 の生活の必要に合わせて仕事を調整しやすいこ とは、メンタルヘルスに正の影響を与えている。
 メンタルヘルスと長時間労働の関係について は一致した見解が得られていないことが指摘さ れているが(藤野他 2006)、本研究の結果から は長時間労働がメンタルヘルスを悪化させるこ とが明らかになった。これは、労働時間に関す る変数として、残業時間や総労働時間を用いた 山本・黒田(2004)の結果とも一致している。 さらに、長時間労働であることだけではなく、 多忙であることがメンタルヘルスに負の影響を 与えていることが、そして助け合うような職場 であったり、柔軟な職場環境であったりすると メンタルヘルスに正の影響を与えていることが 明らかになった。メンタルヘルスを考える上で は、労働の量だけではなく、労働の質を考える 必要があることが確認された。

(3) 長時間労働・職場環境・仕事環境が 仕事満足度に与える影響
 仕事満足度(jobsatisfaction)に関する社 会科学的研究は古くから進められてきた。この 仕事満足度の差異をめぐって理論・実証的な分 析が行われており(Kalleberg 1977)、そして また仕事満足度が離職行動や転職行動とどのよ うに関連しているのかが分析されてきた(田中 2012;吉岡 2013)。JLPSは「次のことについて、 現在あなたはどのくらい満足していますか」とい う質問の後に、「A.仕事」「B.結婚生活」「C. 友人関係」「D.生活全般」の4つの項目について 「1.満足している」から「5.不満である」までの 5段階で対象者に評価してもらっている。この「A. 仕事」に対する回答が仕事満足度にあたる。
 この仕事満足度(値が大きいと満足度が高く なるように反転)に対する長時間労働、職場環 境、仕事環境の影響を明らかにするために、固 定効果モデルによる分析を行った。なお、ここ ではメンタルヘルスを独立変数として投入する ことで、その影響を統制している。図5をみると、 長時間労働は女性の仕事満足度には負の影響を 与えていたが、男性については統計的に有意な 関連ではなかった。ほぼ毎日残業をしているこ とについても、男性では有意な効果がみられな かったが,女性については毎日残業していると 仕事満足度が低くなる傾向がある。社員数が恒 常的に不足していること、いつも締め切りに追 われていることについては男女ともに仕事満足 度に負の影響を与えているといえる。
図5 職場環境・仕事環境・長時間労働が仕事満足度に与える影響

 互いに助け合う雰囲気があること、お互い連 携して行う仕事が多いこと、先輩が後輩を指導 する雰囲気があること、社員の希望で異動でき る仕組みがあること、将来の仕事について相談 できる機会があること、自分の仕事のペースや 職場の仕事のやり方を自分で決められること、 教育訓練を受ける機会や職業能力を高める機会 があること、そして自分の生活の必要のあわせ て仕事を調節しやすいことが、仕事満足度に正 の影響を与えていた。男性について長時間労働 や残業は必ずしも仕事満足度をさげるものでは なく、むしろ社員の不足や締め切りに追われる といった多忙感が、仕事満足度を下げている。 一方、女性については,多忙感だけではなく、 長時間労働や残業そのものが、仕事満足度に対 して負の影響を与えている。

(4) 職場環境・仕事環境・長時間労働が 仕事継続意志に与える影響
 最後に、職場環境・仕事環境・長時間労働が 仕事継続意志に対して与える影響について分析 を行う。仕事継続意志は、「あなたは、現在の会 社で当面(5年程度)仕事や事業を続けたいと思 いますか」という質問に対する回答から得られた。 JLPSでは2011年からこの項目を尋ねている。 分析では「1.当面、仕事(事業を続けるつもりで ある)」あるいは「4.わからない」と回答した場合 を、仕事継続意志がある(=1)とみなし、「2.仕 事(事業)をやめることを考えている」あるいは「3. すぐに(仕事)をやめるつもりである」と回答した 場合を仕事継続意志がない(=0)とみなしている。
 図6は固定効果ロジスティック回帰モデルに よる分析を行った結果である。まず、仕事満足 度やメンタルヘルスの影響を考慮しないモデル 1の場合、社員数が恒常的に不足していること やいつも締切りに追われていること(男性のみ) が、仕事継続意志に負の影響を与えている。長 時間労働の効果はみられず、長時間労働それ自 体よりも、仕事が忙しく多忙で追い詰められて いる状況が、その仕事をやめたいと思うように させる。一方でここでも互いに助け合ったり連 携するような職場や自分の仕事のペースを決め られたり、教育訓練や職業訓練を受けることが できる仕事であると、そして、自分の生活の必 要にあわせて仕事を調整しやすい(女性のみ)と、 仕事継続意志が高まる。固定的な仕事環境より も柔軟で融通のきく仕事環境を整備することが、 個人の仕事継続意志を高めるといえる。
図6 職場環境・仕事環境・長時間労働が仕事継続意志に与える影響

 仕事満足度やメンタルヘルスの影響を考慮し たモデル2の結果を図6からみていく。まず、仕 事満足度とメンタルヘルスは仕事継続意志と有 意な関連にあるといえる。ただし、メンタルヘ ルスの影響は女性ではみられなかった。他の変 数についてみると、男性の場合、自分の仕事の ペースを自分で決められること以外のすべての 変数について仕事継続意志との関連がなくなっ た7。つまりこれは職場環境や仕事環境の多く がメンタルヘルスや仕事満足度を通じて、仕事 継続意志に影響を与えているということである。 また自分の仕事のペースを自分で決められるこ とは、メンタルヘルスや仕事満足度に関係なく、 直接的に仕事継続意志に対してプラスの影響を もたらしているといえる。
 女性についても、職場環境と仕事環境が仕事 継続意志に与える影響は、モデル2では有意で はなくなった。しかし、モデル2においても、自 分の生活の必要に合わせて仕事を調整しやすい ことは、仕事継続意志にプラスの影響をもって いる。この影響は、仕事満足度を媒介としない 直接的な影響と解釈することが可能である。様々 な家庭での役割を担う傾向にある女性にとって は、その仕事の精神的負担や満足度とは独立し て、調整しやすい仕事であることはその仕事の 継続意志を高めるのである。
 なお、山本・黒田(2014)と同様に、フレッ クスタイム制(始業・就業時間が日によって違う) や裁量労働制といった勤務形態とメンタルヘル ス、仕事満足度、そして仕事継続意志との有意 な関連は見られなかった8

(5) まとめ
 本研究からは、長時間労働はメンタルヘルス には負の影響をもたらすものの、男性の仕事満 足度とは関連せず、また男女ともに仕事継続意 志とは直接的な関連を持たなかった。このよう な長時間労働という仕事の量的な側面だけでは なく、職場環境や仕事環境といった質的な側面 が、メンタルヘルス、仕事満足度、仕事継続意 志にプラスの影響を持っていた。単に長時間労 働を減らすだけではなく、人手不足や締め切り に追われることが少なく、サポーティブで柔軟 な環境を整備することが、人々の働き方にポジ ティブな影響を与えることが実証された。
 もちろん、働く側にとってみれば魅力的なこ とであっても、雇う側にとっては柔軟な環境を 整えることは非常にコストのかかることである。 このような中、環境の整備のコストに見合った ベネフィット、つまり環境整備の因果的な効果 が明確に示されていない状況では、決断をする ことは難しい。JLPSデータの分析からは、柔 軟な職場環境や仕事環境を整えることは、メン タルヘルスの低下を防ぎ、仕事満足度を高める こと、そして、これらの整備は一部は直接的に、 そして多くはメンタルヘルスの改善や仕事満足 度を高めることを通じて間接的に仕事継続意志 へとつながってくることが明らかになった。
 さらに今回の分析では扱えなかった企業側 のメリットとして、企業パネルデータを用いた 山本・黒田(2014)の分析からは、長時間労働 によって休職者比率が高くなる可能性およびフ レックスタイム制度やWLB推進組織を設置す ることによって、休職者比率が低くなる可能性 が示されている。山本・黒田(2014)が示した ように、メンタルヘルスの悪化による求職者や 退職者の増加が企業業績に対して負の影響を与 えるなど、労働へのコミットメントの低下やメ ンタルヘルスの悪化によって個人の生産性そし て会社全体の生産性が低下することを考えれば、 柔軟な働き方のできない固定的な労働環境のま まであることのほうが、コストになってくる。  もちろんどのような働き方が望ましいのかに ついては、キャリアや仕事外の他の生活などラ イフステージによって変化してくるかもしれな い。今回の分析は一般的な傾向を示すにとどまっ ているが、発展的な分析ではこれら個人におけ る望ましい働き方が、ライフステージによって どのように変化するのかを明らかにすることが 課題である。このような分析課題についても10 年以上の情報を蓄積してきたJLPSデータから アプローチすることが可能である。

2「1日あたり時間(残業を含む)」と「月あたり日数」から算出。2007年についてのみ週あたりの日数の情報 が得られるが、月あたりの日数が欠損の場合は週あたりの日数に4日をかけて代入した。正確な月の労働 時間を計測したものではない点には注意が必要である。
3この傾向はすべての調査時点で回答したケースについてもみられた。
4JLPSでは他にも、「今後1年に失業(倒産を含む)をする可能性がある」、「仕事の内容が面白い」、「職場 において正規の社員・職員としての報酬と権利をあたえられている」などが尋ねられている。
5他にも、「正社員でない人の多い職場だ」、「女性の多い職場だ」、「男女の別なく活躍できる職場だ」などが 尋ねられている。
6中澤(2010a、2010b)は社会経済的地位の変化が、メンタルヘルスに与える影響について、菅・有田 (2012)は、失業が健康やメンタルヘルスに与える影響について、JLPSデータを用いて分析している。
7なお係数の減少は、メンタルヘルスのみを追加投入したモデルと比較して仕事満足度のみを追加投入した モデルで大きかった。つまり、メンタルヘルスよりも仕事満足度を媒介として、職場環境や仕事環境は仕 事継続意志に影響を与えているといえる。
8分析結果については省略。これら勤務形態に関する項目は、J L P Sでは2014年から尋ねられており、変 化に関する情報が十分に得られていない可能性もある。

[引用文献]
○藤野善久・堀江正知・寶珠山務・筒井隆夫・田中 弥生,2006,「労働時間と精神的負担との関連に ついての体系的文献レビュー」『産業衛生学雑誌』 48(4): 87-97.
○ Ishida, Hiroshi, 2013, “Inequality in Workplace Conditions and Health Outcomes.” Industrial Health, 51(5): 501-513.
○石田浩・有田伸・藤原翔・朝井友紀子,2015,「パ ネル調査から見る満足度、希望と社会活動「働 き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 (JLPS)2014」の結果から」『東京大学社会科学 研究所パネル調査プロジェクトディスカッション ペーパーシリーズ』85: 1-17.
○石田浩・三輪哲・小川和孝・有田伸,2017,「パネ ル調査から見る離家経験、家族形成、 子ども保険へ の加入、危機への意識:「働き方とライフスタイルの 変化に関する 全国調査(JLPS)2016」の結果から」 『東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト ディスカッションペーパーシリーズ』101: 1-24.
○ Kalleberg, Arne L., 1977, “Work Values and Job Rewards: A Theory of Job Satisfaction,” American Sociological Review, 42(1): 124-143.
○菅万理・有田伸,2012,「失業が健康・生活習慣に 及ぼす効果: 固定効果モデルと一階差分モデルに よる パネルデータ分析」『東京大学社会科学研究 所パネル調査プロジェクトディスカッションペー パーシリーズ』55: 1-31.
○中澤渉,2010a,「男女間のメンタルヘルスの変 動要因の違いに関する分析」『東京大学社会科学 研究所パネル調査プロジェクトディスカッション ペーパーシリーズ』31: 1-20.
○中澤渉,2010b,「メンタル・ヘルスのパネルデー タ分析」『東洋大学社会学部紀要』47(2): 83-95.
○大湾秀雄,2017,『日本の人事を科学する:因果推 論に基づくデータ活用』日本経済新聞出版社.
○田中規子,2 012 ,「男性と女性の仕事満足度の要因分 析:仕事満足度は離転職を抑制するのか(日本家計パ ネル調査の結果から)」『慶應義塾大学パネル調査共 同研究拠点 パネルデータ設計・解析センターディス カッションペーパーシリーズ』DP-2 011-005: 1-22.
○戸ヶ里泰典,2008,「若年者の婚姻および就業形 態と健康状態、健康関連習慣との関連性の検討」 『東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェク トディスカッションペーパーシリーズ』9:1-26
○山本勲・黒田祥子,2014,『労働時間の経済分析: 超高齢社会の働き方を展望する』日本経済新聞出 版社.
○吉岡洋介,2013,「ポスト経済成長期において男 性の職業意識は「長期雇用」慣行にどう影響した か?」『年報人間科学』34: 55-72.

(藤原翔)


3.働き方についての人々の希望と 就業キャリアの実態
(1) 正社員として働きたいという意識

 現代の日本における人々の働き方を取り巻く 環境として、雇用の流動化が挙げられる。厚生 労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調 査」は、雇用労働者に占める非正社員の割合が 2014年には40%を超えたことを報告している。 正社員以外の労働者が、現在の就業形態を選ん だ理由のうち、2割程度が「正社員として働ける 会社がなかったから」というものである。別の調 査では、フリーターをしている人の約72%が、 正社員としての就業を希望しているという結果 が示されている(内閣府 2003)。正社員という 安定した地位を得ることは、今ではそれを願っ ているすべての人にとって、容易にかなえられる 希望ではなくなってしまったかのように見える。
 働くことへの人々のかまえや、就きたい仕事 に関する願望や計画は、実証的な分析に携わ る研究者によって、職業アスピレーションない しキャリア・デザインという視角から、調査計 量がすすめられてきた。若年・壮年パネル調査 (JLPS-YM)では2007年に実施されたWave1 調査において、回答者に10年後どのような働き 方をしていたいかを尋ねている。人々が希望す る働き方の分布は、図7のようになっている。男 性では回答の70%近くが正社員・正職員となっ ており、残りの30%弱の回答は事業を起こす、 独立するといった自営業的な働き方に対して与 えられている。働き方の希望に関して、それら 以外の回答をしている人の数はきわめて少ない。 女性でも最頻値(モード)は正社員・正職員だが、 回答の割合は男性よりも約30ポイント小さい。 その分、パート・アルバイト(約27%)、専業主 婦(約20%)などと答えるものの比率が高くなっ ている。また、正社員・正職員という回答は20 歳代前半で約62%と最も選ばれる比率が多く、 それよりも上の年代では10ポイント前後、数値 が低下する傾向を確認できる。このような期待 の差が見られるのは、正社員として就業する現 実的なチャンスやそれを重視することの意味が、 男女間で、さらにライフステージによっても変 わってくるためだと考えられる。

図 7 10年後に実現していたい働き方の分布(性・年齢別、Wave1)


(2) 希望が実現した層と実現しなかった層の比較
 2007年調査から10年が経過した現在、人々 はどのような働き方をしているだろうか。どの 程度の人がかつての希望を実現できたのだろう か。以下では、Wave1調査で10年後は正社員 として働いていたいと答えた人々に限定して、 分析を行う。性別と現在の就業形態によってサ ンプルを分けると、表1に示すような4つのグルー プを識別することができる。
表1 4つのグループの就労実態と意識の特徴

 第1のグループは、男性で現在の働き方(従業 上の地位)が正社員以外9となっている人たちで ある。正社員としての就業希望が実現されなかっ たという意味で、便宜的に非実現グループの男 性と呼ぶことは可能だろう。2から4番目のグルー プも、同じように実現グループの男性、非実現 グループの女性、実現グループの女性と呼ぶこ とにしたい。
 非実現グループの男女の6から7割はパート・ アルバイトなどの非正規の労働者からなってお り、無職の人たちも2割ほど含まれている。有業 者の職種は、実現グループの人と比べて、男女 とも上層ホワイト(専門、管理)が相対的に少な く、サービス職とブルーカラー的職業(生産現場 職、運輸・保安職など)が多いという特徴が見て 取れる。現職の勤続年数は実現グループの人よ りも短く(男性が6.6年、女性が5.1年)、現在の 勤め先において雇用契約期間に定めがないとい う人の割合は男性では37.5%、女性ではわずか 22.4%に過ぎない。さらに、個人の平均年収は 男性で300万円以上、女性で250万円ほど、同 性の実現グループの人よりも低いことが分かる。 Wave11の時点で正社員として雇用されている か否かで、客観的な就労の実態と、そこから得 られる報酬が大きく異なっていることには、疑 いを差し挟む余地はほとんど残されていない。
 仕事や働き方に関して、各グループが抱いて いる意識の特徴においては、上記とは少し異な る傾向があらわれている。非実現グループでは 男性の57.1%と女性の64.9%が、当面は現在 の仕事を続けるつもりだと回答している。実現 グループの男女と比べれば数値は低いが、現在 の就業形態がかつて望んでいたものではないこ とを考慮すれば、意外と高い割合であるように 感じられる。仕事に満足している人、自分のや りたい仕事が明確な人、そして職業能力を向上 させたいと思う人の比率も、非実現グループと 実現グループで、著しく違っているわけではな い。一方、Wave11で再度10年後にどのよう な働き方をしていたいかを尋ねた項目に対して、 正社員・正職員と回答した人の比率が、非実現 グループでは男性で約6割、女性で約4割となっ ている。Wave1で正社員と回答したものだけを ここでの分析で取り上げているので、4から6割 の回答者が働き方についての希望を、この10年 間で変化させたということである。非実現グルー プにおいて、現在の仕事を継続する意欲や、仕 事に対する満足感が必ずしも低くないのは、部 分的には働き方の希望がこのように変化してい るためだと考えられる。

(3) 就業キャリアに関して見られる特徴
 ここまでは、働き方についての希望が実現し た人としなかった人を分け、現在の就労の実態 と意識がどのように異なっているかを、概括的 にながめてきた。次に、前述の4つのグループ に分類される人々が、中長期的なキャリアのな かでたどった就業のパターンを検討していく。 学校を卒業した後、最初に就いた仕事が非正規 雇用だと、その後の仕事も非正規雇用となりや すい(内閣府 2003; 太郎丸 2006)といったよう に、現在の就業形態は、過去のそれと密接に結 びついていることが知られている。ただし、現在、 正社員として働いている人は、これまでのキャ リアをとおして、一貫して正社員という状態だっ たかといえば、必ずしもそうではない。同じよ うに、現在は正社員ではないという人のなかに も、過去に正社員として就業した経験をもつケー スが、少数とはいえ含まれている。そこで、何 歳のときに、何割くらいの人が正社員として就 業しているかをグループごとに把握するために、 パーソン・ピリオド・データを作成した。希望 を実現するためには、何歳くらいで正社員に移 行していないといけないのか、また、Wave11 の時点で希望が実現していない人にとって、正 社員として就業することの難しさが増す年齢は いつ頃かといったことに注意しながら、分析結 果を見ていくことにしよう。

a. 正社員の比率
 図8は、4つのグループごとに、各年齢におけ る正社員の割合をグラフであらわしたものであ る。希望する働き方を実現した男性は、20代前 半こそ正社員となっている人の比率が低いもの の、年齢が上がるにつれて比率は上昇し、25歳 で80%付近に届き、30歳の段階で90%を超え る。このグループでは、遅くとも35歳くらいま でには、多くの人が希望とする働き方を実現し ている。これに対して、非実現グループの男性 では、正社員の比率がキャリアをとおして、20 から35%の間を推移している。一時的に希望を 実現している人の比率が最も高くなるのは、30 代の半ばのあたりである。正社員の比率は、24 歳くらいから希望を実現したグループに大きく 水をあけられているが、データの数が少ない50 歳を除いて、40代以降も20%前後の人が正社 員としての仕事を得ていることも、今回の分析 結果からは見て取れる。
図8 年齢ごとに計算した各グループにおける正社員の比率

 女性の場合は、20代前半までは、希望を実現 したグループと、しなかったグループの両方で、 正社員の比率は50%くらいの数値を示してい る。それ以降の年齢では、2つのグループがたどっ たキャリアの軌跡には、はっきりと見分けられ る特徴があらわれる。希望を実現したグループ では正社員として就業している人の比率が、25 歳の段階で80%まで上昇するが、その数値は希 望を実現しなかった女性たちの間では、40%に 過ぎない。さらに、希望を実現したグループで は、正社員の比率が25歳以降もじわじわと高まっ ていくのに対して、非実現グループに関しては、 減少する一方となっている。年齢の上昇にとも ない正社員の比率が減っていくという傾向は、 希望が実現されなかった女性のグループでしか 確認できない。非実現グループの女性では、40 代の半ば以降に正社員として働いていたという 人が10%を下回っており、この段階を過ぎてか らは、希望していた働き方への移行が、かなり 難しくなっているということができる。

b. 仕事の変化が起こる割合および変化の理由
 働き方についての希望が実現するかどうかは、 転職や離職などの仕事の変化とのかかわりが大 きい。すでに確認したように、希望を実現して いないグループにおいて、現職の勤続年数が、 希望を実現したグループよりも、平均的に短く なっていた。このような差は長期的な就業を妨 げる要因により、同グループで正社員から他形 態への転換を含めて、仕事の変化が頻繁に起き ていることを示唆している。
図 9 グループ別の仕事の変化の発生率

 t期からt+1期の間に何割の人が仕事を変え たかを、年齢ごとに集計したのが、上の図9で ある。なお、tはWave3以降の本調査の実施回 数を意味する。希望を実現したグループの男女 では、30代くらいまでは、ある程度の人が仕事 を変えているが、40代以降、その数は徐々に減 少していく。希望を実現していないグループで は、女性は20代後半で仕事の変化を経験する人 が相対的に多く、それより上の年齢で発生率が やや下がるものの、Wave11で正社員となって いる女性よりも、パーセンテージは一貫して高 い。男性の場合も、20代後半までは変化を経験 する人の比率が30から50%と高く、30代と40 代でも20%前後の人がWave間で仕事が変わっ たと報告している。
 何を原因として仕事が変わった(離職や失業も 含む)かに関しても、回答者自身の報告にもとづ く、具体的な情報が得られている。それを利用 してグラフを作成したのが、図10である。
図10 転職、離職が生じた理由

 非実現グループでは、契約期間が終了したた め仕事を変えたというケースが、35歳未満の男 性や30代後半以降の女性で多くなっている。非 実現グループの人々の一部は、期限付きの(非正 規の)仕事を転々とする人で、そのような雇用の 不安定さがグループ全体としての仕事の変化の 発生率が高くなりやすい現象に、寄与している ことが推察される。女性においては、結婚、育児、 介護といった家庭の事情にともなう離職、転職 が大きなウェイトを占めているが、希望を実現 した人と、そうでない人の間で、その発生率は 異なっている。家庭の事情を理由として仕事が 変わることが相対的に少なかった女性が、希望 していた働き方をWave11の時点で実現してい ると、ここでの分析結果からは指摘できる。
 非実現グループに属する男性では、仕事のき つさやストレスの大きさが、勤め先を変えた(も しくはやめた)理由に挙げられることがやや多い 傾向が認められる。20代の間は彼らの数値だけ がとくに大きいというわけではないが、35歳か ら40代前半くらいの年齢では、他のグループよ りも比率が20から40ポイントほど高くなってい る。それから、仕事がきついこととの関係が疑わ れる理由として、このカテゴリでは比較的多くの 人が、健康上の問題によって、転職ないし離職 したと回答している。こちらの理由に関しては、 30代後半に1つ山があり、さらに44歳あたりを 境に比率が上昇する動きが読み取れる。希望が 実現されなかった男性の間で、正社員の比率が 最高の数値を示すのが、35歳前後の年齢だった ことを思い起こしてほしい。そのピークと、上記 の理由で仕事を変えたという人の比率が上がる 年齢が重なることに、注意すべきだと思われる。 彼らのうちのいくらかは30代の半ばには、希望 どおりの働き方をしていたが、仕事がきつく、そ れにともない健康面で不安が生じたため、勤め 先を変えざるを得なかったのかもしれない。
 別のよい仕事を見つけたため、勤め先を変え たという回答が得られる程度にも、グループ間 で差が生じているかどうかも、確認しておこう。 正社員=よい仕事とは限らないが、正社員とし ての就業を希望している人にとって、よい仕事 といえる条件の1つに、正社員という地位に就 けることは含まれていると考えられる。勤め先 を変えた際に、この理由が挙げられるケースは、 希望が実現したグループに入っている女性では 30代前半で、そして男性では20代と40代以降 で、それ以外の人たちと比べて、割合が大きく なっている。希望が実現していないグループで は、局所的に比率が高く出ている箇所が一部の 年齢段階において認められる。しかし、全体を ならして見れば、同じ性別の実現グループと比 較して、よい仕事が見つかったため、新しい職 場へと移ったという人の数は、相対的に少ない と判断しても、差し支えはないと考えられる10

c. OJTを受ける機会の格差
 非実現グループには、パート・アルバイト、 フリーターなどをはじめとする、非正規雇用の 人が多く含まれている。フリーターに関する研 究では、パート・アルバイトなどの仕事はスキル・ レベルが低い職務にかたよりがちで、就業経験 をとおして能力を開発することに、限界がある ことが指摘されている(小杉 2002)。OJTの機 会は、正社員に移行できるチャンスや、よい仕 事を見つけられる可能性に、影響を与えている ことが予想される。
 図11では、職場でOJTを利用できる機会が どの程度あるかが、グループ別に、さらに年齢 ごとに示されている11。グループ間の差はかな り明瞭で、年齢の上昇にともない、利用機会の 格差が縮小するような傾向も生じていない。男 性の場合、非実現グループでは、35歳以降、教 育訓練を受ける機会や仕事を通じて職業能力を 高める機会があると回答する人の比率が下降し はじめ、他のグループとの差が20から40ポイ ントくらいまで広がっている12
図11 就業キャリアにおけるOJTの利用機会

 OJTの機会の不足と、正社員への移行のし にくさは、相互に影響を及ぼし合っていると考 えられる。職業能力を向上させる十分な制度が 職場に存在しないため、正社員として雇われる ために必要なスキルを開発することができず、 パート・アルバイトなどにとどまり続ける結果、 OJTを利用する機会も容易には改善しないとい うことである。働き方についての希望の実現を 阻害する背景メカニズムとして、そのような負 の循環が成り立っていることが推測できる。

(4) 小括
 正社員として就業したいという希望を実現し た人とそうでない人で、就労の実態に関する客 観的な現状は明確に異なっていた。一方、仕事 に対する考え方のような意識面での違いは、意 外と小さかった。ただし、再度10年後に希望す る働き方を聞いた質問に対しては、実現グルー プと非実現グループでは、違った反応が返って きた。JLPS-H(高卒パネル調査)のデータを 分析した研究によれば、働き方についての希望 は調査時の就業状況別に集計しても、性別に よって分布が大きく異なるとされている(元治 2017)。男女間の相違は今回の分析でも見られ たが、Wave11調査では、過去の希望を実現で きたか否かが10年後の働き方の希望に強く影響 しており、先行研究で示された「画一的な男性」 という認識が崩れてきている。希望とは一致し ないかたちでの就業が長期化し、どちらの性別 でも、正社員として働きたいという期待をもつ ことに、ゆらぎが生じている様子がうかがえる。
 希望が実現しない経路については、正社員へ の移行が難しい人と、正社員に移行できても、 そこから離脱してしまう人という、2つのパター ンが想定される。正社員への移行の難しさは、 OJTの機会が相対的に少ないことと関係してい ると考えられる。希望を実現していない人たち の間では、職業能力を高めたいという意識と、 社内教育を受ける機会の実態との乖離が大きい ため、両者の矛盾を解消するような制度の設計 が必要とされる。正社員からの離脱は、女性の 場合は家庭の事情が、男性の場合は仕事のきつ さなどが原因となり、やむを得ずキャリアが中断 されることによって促されている可能性が高い。
 また、Wave11調査の時点では希望が実現し ていないグループに分類される人でも、男性で は各年齢において2割程度が正社員の地位に就 いていた。それに対して、女性では年齢が上が るにつれて正社員として働いている人の割合が 単調に低下していた。このような性差が何によっ て生み出されているかを、上述した離職、転職 の理由などとの関連を考慮しながら、さらに掘り 下げていくことが今後に残された課題である。

9現在の働き方が経営者、役員となっているものは、正社員には含めず、欠損値に指定した。
1030代後半以降の女性に関しては、非実現グループの数値が実現グループのそれと大差ないか、むしろ高 い傾向があらわれている。しかし前者のグループでは、この年齢層において正社員として就業している確 率が低く、働き方についての希望もWave11までに大きく変容しているので、これらの人々にとって「よ い仕事」が何を指すかは、解釈に注意を要するといえよう。
11縦軸は「教育訓練を受ける機会がある」と「仕事を通じて職業能力を高める機会がある」のいずれでも、「か なりあてはまる」もしくは「ある程度あてはまる」を選択した比率をあらわしている。
1250歳で比率が急上昇しているのは、ケース数が少ないことによる異常値が検出された結果だろう。

[引用文献]
○元治恵子,2017,「若者の描く将来像――キャリア デザインの変容」佐藤香編『格差の連鎖と若者 3 ラ イフデザインと希望』勁草書房,109-132.
○厚生労働省,2014,『就業形態の多様化に関する 総合実態調査』.
○小杉礼子,2002,「学校から職業への移行の現状と 問題」小杉礼子編『自由の代償/フリーター――現代 若者の就業意識と行動』日本労働研究機構,37-54.
○内閣府,2003,『若年層の意識実態調査結果』. 太郎丸 博,2006,「社会移動とフリーター――誰が フリーターになりやすいのか」太郎丸 博編『フリー ターとニートの社会学』世界思想社,30-48.

(白川俊之)