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■「中央調査報(No.743)」より

 ■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2018」からわかる
 若年・壮年者の暮らしむき、介護、社会ネットワークの実態(前編)


石田  浩(東京大学社会科学研究所)
大久保将貴(東京大学社会科学研究所)
石田 賢示(東京大学社会科学研究所)


要 約
 東京大学社会科学研究所では、同じ対象者を継続的に追跡する「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」を2007年から毎年実施している。2018年に実施した調査を用いた基礎的な分析を、(1)世代間の暮らしむきの変化、(2)介護が就業と健康に与える影響、(3)社会ネットワーク規模の変化、という3つのトピックに関して行った。知見は次の通りである。第1のテーマでは、暮らしむきが世代間で変化しているのかに着目した。親世代との比較では、暮らしむきは「より豊か」「同じ」「より貧しい」の回答がほぼ3等分している。子ども世代との比較では、「自分と同じくらい」の回答がほぼ半分を占めており、残りは「自分よりも豊か」と「自分よりも貧しい」がほぼ半々となっている。暮らしむきの世代間比較に影響を与える要因としては、回答者の現在の経済環境とともに、15歳時点での出身家庭の豊かさが重要な参照基準となっているようである。第2に介護に関する分析では、介護をしている人の割合は調査年(年齢)を経るごとに増加している。女性については、配偶者の有無によって介護をしている人の割合に大きな差はない一方で、配偶者のいない男性は、配偶者のいる男性に比べて、介護をしている人の割合が高い。介護と就業の関連については、女性のみ、介護に直面すると就業を中断する傾向があることがわかった。介護と健康の関連については、女性においてのみ介護はメンタルヘルスに負の影響を与えている。第3のテーマである社会ネットワークの分析では、2009年から2018年にかけ、対面で会話をする人、電話・携帯で会話をする人の数や分布にはほとんど変化がなかった。一方、メールをする人の数はこの9年間で微増していた。全体的には変化が小さかったが、個人内での変化については人数が増加した人も減少した人もいる。人数の増減の背景要因を探ると、就業していなかったり子どもがいなかったりするとネットワークの縮小につながることが明らかとなった。一方、仕事以外でのインターネット利用はネットワーク規模には関連していなかった。また、家族・親族、友人・知人、そしてそれらの関係を通じて紹介してもらえる人々がどのような職業についているかに関する質問を用いた分析もおこなった。とりわけ専門的、管理的職業の知り合いがいるかに着目すると、対象者本人の社会的、経済的状況だけでなく、15歳時の父親の職業という出身背景要因も影響することがわかった。これらのつながりの有無が対象者の現在の仕事環境とも一部関連しているという結果も得られた。1
【注:当稿は9月号前編、10月号後編として2カ月に分けて紹介する】

1本稿は、東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト・ディスカッションペーパーシリーズ No .112 「パネル調査から見る暮らしむき、社会ネットワーク、介護:「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査2018」の結果から」(2019 年6月)を修正し、執筆したものである。本稿は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)(18103003, 22223005)、特別推進研究(25000001, 18H05204)の助成を受けて行った研究成果の一部である。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては社会科学研究所研究資金、(株)アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。調査は一般社団法人中央調査社に委託して実施した。パネル調査データの使用にあたっては社会科学研究所パネル調査運営委員会の許可を受けた。


1.はじめに
 東京大学社会科学研究所では、若年・壮年の対象者を継続的に追跡する「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Surveys-JLPS)を2007年から毎年実施している。この調査は、同じ個人を長期に渡り追跡するパネル調査という手法を用いることで、人々の就業形態、仕事内容、職場の状況などの働き方、交際・結婚・出産といった家族の形成、健康状態や政治・社会意識などについての変化を跡付けることが可能となる。2007年に20歳から34歳の若年と35歳から40歳の壮年を追跡しているのが「継続サンプル」、2011年に同年齢の対象者を補充し追跡しているのが「追加サンプル」である。
 「継続サンプル」では、2007年の第1回調査において若年者3367名、壮年者1433名から調査票を回収した。その後毎年これらの対象者を追跡して調査を実施してきている。「継続サンプル」から毎年脱落者がいることでサンプル・サイズが徐々に縮小していくことを考慮して、2011年にはサンプルを補充し、同年齢の24-38歳(若年)と39-44歳(壮年)の対象者を追加し、712名(若年)、251名(壮年)から調査票を回収した。その後これらの対象者も毎年追跡している。2018年1月から3月には、「継続サンプル」は第12回、「追加サンプル」は第8回に当たる調査を実施した。前者については、若年者1790名(アタック総数に対する回収率82%)、壮年者897名(同回収率88%)から回答を得た。後者については、若年者434名(同回収率67%)、壮年者178名(同回収率74%)から回答を得た。調査方法は、「継続サンプル」については、調査票を郵送し、中央調査社の調査員が訪問して回収する(郵送配布・訪問回収法)を基本としており、訪問で回収できない場合には郵送でも回収を行った。「追加サンプル」については、郵送配布・郵送回収の方法を採用している。このため「追加サンプル」は「継続サンプル」と比較し、回収率が若干低くなる傾向がみられる。
 本稿では、12回分の「継続サンプル」と8回分の「追加サンプル」の調査を合体し、若年と壮年についても断りがない限り一緒にして分析を行った。今回の分析で扱ったのは、(1)世代間の暮らしむきの変化、(2)介護が就業と健康に与える影響、(3)社会ネットワーク規模の変化、という3つのトピックである。

(石田 浩)


2.世代間の暮らしむきの変化
(1) 暮らし向きの分布

 親の世代と子どもの世代の暮らしむきは、親子の関係という文脈で注目を浴びてきた。例えば『未婚化社会の親子関係』(宮本他1997)では、高度経済成長期の恩恵を受け比較的経済的に余裕のある親世代が、未婚状態が長期化する子どもとの同居による濃密な関係を維持する姿が描かれてきた。親から食事・洗濯などのさまざまな家事サービスを享受し、独身生活を謳歌する豊かな未婚の若者は、親に寄生して自立できない親子関係の問題として認識された(山田1996)。その後2000年代にはいると、自由なフリーターとしての生き方を選択する若者像(小杉2002)に代わって、「社会的弱者」としての若者像(宮本2002)が出現し、若者の雇用をめぐる状況が構造的な問題として取り上げられた(玄田2001、小杉2003、2005)。成人未婚子の親との同居についても、年金などにより生活する高齢の親を同居する成人未婚子が経済的に援助するという親子関係が存在することが指摘されてきた(白波瀬2005)。このように親子世代の暮らしむきは、親子の関係と密接に関連しているといえる。
 2018年の調査では、新規の調査項目として暮らしむきに関する世代間の移り変わりについて、回答者に尋ねた。具体的には、「あなたと同じ年齢の頃のご両親と比べて、現在のあなたのお宅の暮らしむきはどのようになったと思いますか」という質問に対して、「1. 親よりも豊か」「2. 親よりもやや豊か」「3. 親と同じくらい」「4. 親よりもやや貧しい」「5. 親よりも貧しい」のなかから選択する形になっている。さらに子ども世代との比較では、「あなたと同じ年齢を迎える頃のお子さんの暮らしむきは、どのようになっていると思いますか。お子さんのいない方も子どもがいると仮定してお答えください」という質問に対して、「1. 自分よりも豊か」「2. 自分よりもやや豊か」「3. 自分と同じくらい」「4. 自分よりもやや貧しい」「5. 自分よりも貧しい」のなかから選択する形になっている。
 図1は、両親との暮らしむきの比較の結果を示してある。「親と同じくらい」と回答している人が3分の1で、「親よりも豊か・やや豊か」「親よりも貧しい・やや貧しい」もそれぞれ3分の1ずつとなっている。親世代との比較では、「より豊か」「同じ」「より貧しい」の回答がほぼ3等分していることがわかる。

図1 両親と比べて自分の暮らしむきはどのようになったと思うか

 これに対して図2の子ども世代との比較では、「自分と同じくらい」の回答がほぼ半分を占めており、残りは「自分よりも豊か・やや豊か」(27%)と「自分よりも貧しい・やや貧しい」(24%)がほぼ半々となっている。
図2 自分と比べて子どもの暮らしむきはどのようになると思うか

 これらの回答は、平成世代を生きてきた若年・壮年者の感じ方として、昭和の時代を生きた親世代とこれから令和の時代を生きる子ども世代の暮らしむきを比較したものと考えることができる。実際の昭和世代の暮らしむきがどのようなものであったか、令和世代の暮らしむきがどのようになるのかは、この回答からは容易に推察できない。あくまでも平成世代を生きた現役層が、親世代と子世代の生活水準と主観的に比較した回答である。

(2) 親世代との比較と子ども世代との比較の関連
 それでは親世代との比較と子ども世代との比較の回答には関連があるのだろうか。回答を「より豊か」「同じ」「より貧しい」の3カテゴリーとして2つの回答のクロス集計を行うと、関連は統計的に有意である(カイ2乗=154.3、自由度=4、p値<0.001)。親世代と比較した回答と子ども世代と比較した回答は、すでに見たように分布が異なる。そこで周辺分布をコントロールした上で2つの回答の関連を示したのが、図3である(対数線形モデルより推計)。
図3 親の世代(行)との比較の回答と子ども世代(列)との比較の回答の関連

 この図から上の世代と下の世代に対して、どちらも同じ比較傾向にある回答が多いことがわかる。特に親世代と「同じくらい」の暮らしむきであると答えた場合には、子ども世代も「同じくらい」の暮らしむきになるだろうと答える傾向がとても強い。自分が親世代と比べて「より貧しい」暮らしむきであるとする回答者は、子ども世代も自分と比べて「より貧しい」であろうと回答する傾向がある。これらの傾向よりもずっと弱いが、親世代と比べて「より豊か」な暮らしむきであると回答する者は、子ども世代も自分世代に比べ「より豊か」な暮らしむきになるだろうと予想している傾向がある。しかし、自分が親よりも豊かになったと考えている場合には、すでに有利な生活状況にあるので、子どもがこれ以上より豊かになるであろうと考える傾向はそれほど強くはないと言える。これに対して自分が親よりも貧しくなった場合には、子どもがさらに貧しくなる可能性を否定できない回答者がそれなりにいることをこの結果は示唆している。このように暮らしむきについて、3世代の間で(回答者の主観的な感じ方としては)再生産する傾向があることが確認される。

(3) 暮らしむきの世代間比較に影響を与える要因
 次にどのような回答者が親世代あるいは子ども世代と比較して「より豊か」な暮らしむきをしているのかを多変量解析(ロジット回帰)で分析した。回答者の社会的な背景、学歴、年齢、婚姻関係、現在の経済的環境が、親世代あるいは子ども世代との暮らしむきの比較に影響を与えているのかを検証した。社会的背景としては、父親の学歴(高等教育を受けたか否か)、15歳時の家庭の経済的環境(「豊か・やや豊か」「ふつう」「貧しい・やや貧しい」の3カテゴリー)を考慮した。回答者の学歴は高等教育の有無、年齢は、回答時の年齢が30歳代前半(30-34歳)、30歳代後半(35-39歳)、40歳代前半(40-44歳)、40歳代後半(45-50歳)に分けた。回答者の婚姻関係は、未婚、既婚、離死別の3カテゴリー、回答者の現在の経済的環境は3つのカテゴリー(「豊か・やや豊か」「ふつう」「貧しい・やや貧しい」)に分けた。
 図4は、ロジット回帰の係数(点)と標準誤差(上下の棒)をプロットしたものである。棒がY軸のゼロに触れる係数は、5%の水準で統計的に有意ではない。図に表れないカテゴリー(例えば性別でいえば男性)を基準のカテゴリーとして用いた。図4から明らかになる知見は以下である。回答者が親世代と比較してより豊かな暮らしをしていると考えているのは、未婚に比べ離別・死別で少ない傾向がある。回答者の現在の経済状況が豊かな場合には「ふつう」と比べ、親より豊かな暮らしを享受していると回答する傾向があり、逆に現在の経済状況が貧しい場合には、親より豊かな暮らしを享受していないと回答する傾向がある。回答者の現在の経済環境が、親世代との暮らしむき比較のレファレンスとなっていることがわかる。
図4 親世代と比較して回答者がより豊かな暮らしをしていると回答する要因

 親世代の要因でいうと、15歳のときの家庭の経済的環境が「貧しい」場合には「ふつう」に比べ、親世代よりもより良い暮らしをしていると感じる傾向がある。他方では、父が高等教育を受けている場合、15歳時点での家庭の経済的環境が豊かな場合には、親世代より豊かな暮らしむきと答える確率が小さくなっている。つまり出身家庭の社会・経済状況がかなり良好な場合には、親世代より暮らしむきが豊かになったとは、回答者は考えにくいことを示している。回答者の性別・年齢・学歴は影響を与えていない。
 回答者が子ども世代と比較して子どもがより豊かな暮らしをすると考えているのは、図5に示したように、未婚者に比べ既婚者、離死別者で多い傾向にある。離別・死別の経験者は現在の暮らしむきがあまり良くないと答える傾向があるため、自分たちの経済状況よりは子ども世代は良くなるであろうと考える傾向があるようである。これに対して回答者の現在の経済状況が豊かな場合には、子ども世代がこれ以上豊かになるとは考えない傾向が読み取れる。同様に、15歳時点での家庭の経済的環境が豊かな場合には、子どもの世代がより豊かになる可能性が少ないと考える傾向がある。性別・年齢・回答者と父親の教育は有意な効果を示していない。
図5 子ども世代がより豊かな暮らしをすると回答する要因


(4)小括
 本節では、暮らしむきに関する世代間の移り変わりについて分析した。分析結果をまとめると、親世代との比較では、回答者の暮らしむきは「より豊か」「同じ」「より貧しい」がほぼ3等分している。子ども世代との比較では、「自分と同じくらい」の回答がほぼ半分を占めており、残りは「自分よりも豊か」と「自分よりも貧しい」がほぼ半々となっている。これらの回答は、平成世代を生きてきた若年・壮年者の感じ方として、昭和の時代を生きた親世代とこれからの令和の時代を生きる子ども世代の暮らしむきを比較したものである。暮らしむきの世代間比較に影響を与える要因としては、回答者の現在の経済環境とともに、15歳時点での出身家庭の豊かさが重要な参照基準となっているようである。

文献
○玄田有史、2001『仕事のなかの曖昧な不安』中央公論新社。
○小杉礼子(編)、2002『自由の代償フリーター』日本労働研究機構。
○小杉礼子、2003『フリーターという生き方』勁草書房。
○小杉礼子(編)、2005『フリーターとニート』勁草書房。
○白波瀬佐和子、2005『少子高齢社会のみえない格差』東京大学出版会。
○宮本みち子・岩上真珠・山田昌弘、1997『未婚化社会の親子関係』有斐閣。
○宮本みち子、2002『若者が社会的弱者に転落する』洋泉社。
○山田昌弘、1996『結婚の社会学』丸善。

(石田 浩)


3.介護の状況と影響
(1)介護の頻度

 2000年の介護保険制度創設以降、介護サービスの利用は急増した。介護保険制度においては、施設でのサービス、在宅でのサービス、地域密着型のサービスなど様々なサービスが提供されている。しかしながら、介護保険制度に代表されるフォーマルな介護サービスがいかに充実しようとも、家族や親族によるインフォーマルな介護を完全に代替することは稀だろう。この点を踏まえると、人々の直面する介護状況の実態を記述し、また介護状況が就業や健康など様々な指標にどのような影響を与えているのかを検証することは、今後のフォーマルな介護制度を設計するうえで重要な作業となる。本節では、同一個人を複数時点にわたって調査した「東大社研パネル調査」データを用いて、以下の3点について分析をおこなう。すなわち、(1)介護の頻度は男女別および配偶者別でどのように異なるのか、(2)介護をすると就業にどのような影響を与えるのか、(3)介護をすると主観的健康とメンタルヘルスにどのような影響を与えるのか、の3点である。「東大社研パネル調査」では、Wave8(2014年)から毎年、日常生活における介護の頻度を訪ねている。具体的には「あなたはどのくらいの頻度で介護をしていますか(仕事以外)」という質問に対して、「1:毎日」「2:週に5~6日」「3:週に3~4日」「4:週に1~2日」「5:月に1~3日」「6:ほとんどしない」の5つの選択肢が与えられている。本稿では、「6:ほとんどしない」を「0:介護をしていない」とし、それ以外を「1:介護をしている」とみなして分析をおこなう。なお、「東大社研パネル調査」では、誰を介護しているのかについては尋ねていない。介護の対象としては親を想定するのが一般的だろう。その場合には、親が生存しているサンプルに限定して分析することも可能だが、本稿では、介護の対象を親や親族に限定しない場合の介護をすることに着目した。したがって、サブサンプルを設定せずに分析をおこなっている。
 図6は、介護をしていると答えた人の割合を示している。男女それぞれについて、配偶者の有無別に算出している。全体的な傾向として、男女ともに調査年が新しくなるにつれて介護をしている人の割合が増加している。調査年(年齢)を重ねるにつれて、親や親族などの潜在的な介護対象者も年齢を重ねるために、実際の介護対象者になることを反映していると考えられる。また男女ともに、配偶者なしの場合に介護をしている割合が高い傾向にある(2014年と2015年の女性は除く)。女性については、配偶者の有無によって介護をしている人の割合に大きな差はない。一方で、男性の場合には、配偶者の有無によって介護をしている人の割合に大きな差があり、2018年で約5%ポイントの差が生じている。介護役割にジェンダー差が生じていることの現れとも解釈できよう。

図6 男女別・配偶者の有無別にみた介護をしている者の割合

(2)介護と就業
 厚生労働省「平成29年雇用動向調査」によれば、平成29年の常用労働離職者735万人のうち、「個人的理由による離職」は74.7%を占めており、「介護・看護」による離職は1.2%となっている。平成25年に取りまとめられた「社会保障制度改革国民会議報告書」には、「今後、要介護者が急増する中、親などの介護を理由として離職する人々が大幅に増加する懸念がある」との記述があり、これからの日本社会において介護と就業の両立を支援する制度設計は喫緊の課題である。ここでは、介護と就業の関連について確認する。図7は、「東大社研パネル調査」のWave8からWave12のデータを用いて、線形固定効果(linear fixed effect:LFE)モデルによる分析をおこなった結果である。LFEは個体内(within-unit)の変化をモデリングしているため、分析結果は、個体内の変数の変化とアウトカムの変化の関連として解釈できる。就業の変数としては、従業状の地位(正規や非正規)を問わず、就業している場合に1の値をとる変数を作成している。
図7 就業(結果変数)と介護の関連

 なおWave8では28~48歳、Wave12では32歳~52歳の対象者が含まれている。分析結果からは、介護が就業に与える影響は男女で異なることが確認できる。すなわち、女性では介護をしていると就業しない傾向があるのに対して、男性ではそのような関連はみられない。女性の場合、介護に直面すると就業を中断する傾向があるということだ。山田・酒井(2016)では、介護に関するより詳細な情報を含む「中高年者縦断調査」を用いて介護と労働の関連を分析しており、男女ともに介護は就業に負の影響を与えることを示している。本稿で用いている「東大社研パネル調査」の対象者の年齢は、「中高年者縦断調査」に比べて若いため、異なる結果を得たとも考えられる。つまり、年齢を重ねるごとに、周囲に介護を必要とする者が出てくるが、そうした要介護者に対して初期の(本人年齢も比較的若い)段階では女性が介護を担っており、男性については何らかの形(配偶者、きょうだい、親族など)で介護を外注している可能性がある。この点については、男女の従業上の地位、配偶者状況と介護の関係を詳細にみることである程度は確認できるだろうが、別稿にて検討したい。

(3)介護と健康
 近年では、「介護疲れ」「介護うつ」といった言葉が行き交い、長期間および長期間の介護が健康に与える様々な側面が問題視されている。以下では、介護と健康の関連についての分析結果を紹介する。介護については、これまでと同様の変数を用いる。健康については、主観的健康(self-rated health)を変数として用いる。「東大社研パネル調査」における主観的健康(self-rated health)とは、「あなたは、自分の健康状態についてどのようにお感じですか」という質問に対して、「1:とても良い「2:まあ良い」「3:普通」「4:あまり良くない」「5:悪い」の選択肢で測定される。解釈をわかりやすくするために、値が高くなるほど健康状態が良くなるよう値を反転して分析をおこなった。図8はLFEによる分析結果を示している。図8からは、男女ともに、介護有のパラメター推定値の95%信頼区間が0をまたいでおり、介護と主観的健康に目立った関連がないことがわかる。なお、介護頻度の情報を残したままの変数で追加的に分析をおこなったが、介護と主観的健康の関連は確認できなかった。
図8 主観的健康(結果変数)と介護の関連

 次に介護とメンタルヘルスの関連について確認する。主観的健康とは、身体的、精神的、図8主観的健康(結果変数)と介護の関連社会的など様々な要素からなる主観的な健康状態であった。介護はいずれの健康要素にも影響を与えうるが、とりわけ精神的な健康への影響は大きいと考えられる。メンタルヘルスの指標としては、MHI-5(mental health inventory 5)を用いる。MHI-5は、過去1ヶ月間で「かなり神経質であった」「どうにもならないくらい気分が落ち込んでいたこと」「落ち着いておだやかな気分であったこと」「落ち込んで、憂鬱な気分であったこと」「楽しい気分であったこと」の5項目について尋ねている。回答選択肢は、それぞれの項目について「1:いつもあった」から「5:まったくなかった」の5件法で測定される。分析では、これらの5項目について単純加算し、値が高くなるほどメンタルヘルスが良くなるよう値を変換している。図9はLFEモデルによる分析結果である。男性では、介護とMHI-5の関連がみられない一方で、女性では介護をしているとMHI-5が低い傾向にある。「東大社研パネル調査」では介護の内容について識別ができないが、女性は男性に比べてよりハードな介護をしている可能性などが指摘できるだろう。なお、介護頻度の情報を残したまま同様の分析をおこなった結果、女性においてのみ、介護頻度が高いほどMHI-5が低くなる傾向があった。
図9 メンタルヘルス(結果変数)と介護の関連


(4)小括
 本節では、同一個人を複数時点にわたって調査した「東大社研パネル調査」データを用いて、(1)介護の頻度は男女別および配偶者別でどのように異なるのか、(2)介護をすると就業にどのような影響を与えるのか、(3)介護をすると主観的健康とメンタルヘルスにどのような影響を与えるのか、の3点について分析結果を紹介した。
 (1)については、男女ともに調査年が新しくなる(年齢を重ねる)につれて介護をしている人の割合が増加していた。女性については、配偶者の有無によって介護をしている人の割合に大きな差はない一方で、男性の場合には、配偶者の有無によって介護をしている人の割合に約5%の差が生じていた。(2)については、女性のみ、介護に直面すると就業を中断する傾向があることがわかった。今後は、従業上の地位(正規や非正規)を考慮した分析が課題となる。(3)については、介護をすることと主観的健康の間に関連はみられなかったものの、メンタルヘルスについては女性においてのみ介護とMHI-5の負の関連を確認した。長時間および長期の介護については、身体的健康にも大きな影響を及ぼしうるが、介護の期間や対象を考慮しない場合には、介護はまずメンタルヘルスに影響を及ぼす可能性が指摘できる。以上の分析結果を踏まえると、介護をすることとその影響については、ジェンダー差が存在することがわかる。
 日本において、介護の可視化および社会化が進展する契機となったのは、2000年に導入された介護保険制度の創設である。「介護の社会化」を掲げた介護保険制度を契機に、(主に女性による)家庭での奉仕や義務として考えられてきた介護は、広く「労働」や「サービス」として認知されるようになった。しかしながら、冒頭で述べた通り、世帯や個人などのある単位で生じる介護を完全に社会化することは困難だろう。介護保険制度などのフォーマルな介護サービスを利用しながら、就業や健康に配慮した持続可能なインフォーマルな介護のあり方が求められる。本稿では、「東大社研パネル調査」を用いて、インフォーマルな介護の実態とその影響に着目しているが、介護保険制度創設以降においても、女性は男性に比べて介護をしており、また様々な指標において介護の影響を受けやすい。「介護の社会化」が掲げられる以前のジェンダー規範は、インフォーマルな介護において依然として続いている。介護サービス利用が介護者に与える影響については、すでに様々な研究が存在する(Tamiya et al. 2011)。「東大社研パネル調査」は介護が影響を与えうる様々な指標を含んでおり、介護サービス利用と様々な指標の関連を明らかにすることは制度改善のための課題となろう。

文献
○Tamiya, N., Noguchi, H., Nishi, A., Reich, M. R., Ikegami, N., Hashimoto, H., Shibuya,K., Kawachi, I. and J.Campbell, 2011, “Population ageing and wellbeing: lessons from Japan’s long-term care insurance policy.” Lancet 378(9797): 1183-92.
○山田篤裕・酒井正(2016)「要介護の親と中高年の労働供給制約・収入減少」『経済分析』191:183-212.

(大久保将貴)