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■「中央調査報(No.751)」より

 ■ 減少する中流意識と変わる日本人の社会観
   ~ISSP国際比較調査「社会的不平等」・日本の結果から~



NHK放送文化研究所 世論調査部 小林 利行


1.はじめに
 NHK放送文化研究所が参加している国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)1)では、世界約40の国と地域の研究機関が、毎年1つのテーマを設定して共通の質問文で調査を行っている。そして、時系列の変化を把握するために、同じテーマの調査を一定期間ごとに繰り返し実施している。
 2019年のテーマは、社会のさまざまな格差意識を探る「社会的不平等」で、ISSPとしては5回目、日本がISSPに参加(1993年)してからは1999年11月と2009年11月に続いて3回目の調査となった。各国の調査データが出そろって国際比較が可能になるのは数年後になるので、本稿では日本の結果のみを報告する。なお、今回のデータは、過去20年間の日本人の格差意識の変化がわかる貴重なものとなっており、本稿では時系列の変化2)を中心に紹介していく。調査の概要は次の通りである。(表1)

表1 調査の概要


2.減少する「中流意識」
所得格差が大きすぎる 20年前より増加

 まず、格差に対する意識の変化をみていく。日本の所得格差は大きすぎると思うかどうか尋ねたところ、19年3)は、『そう思う』4)が69%を占めた。
 『そう思う』という人の割合を過去と比較すると、今回は10年前(09年74%)より減っているものの、20年前(99年64%)よりは増えている(図1)

図1 所得格差は大きすぎるか(全体)

 次に、この20年間に日本の経済に影響を与えた主な出来事(表2)と経済の動き(表3)をみてみる。

表2 主な出来事


表3 株価・雇用情勢

 「所得格差が大きすぎる」という人が7割を超えた10年前(09年)は、その3年前の06年に「格差社会」という言葉が流行語に選ばれるなど、格差問題が顕在化していた。また、前年の08年に起きたリーマンショックの影響などで株価は1万円を割り込み、完全失業率は5%を超えて、行き場をなくした労働者が公園で寝泊まりすることを余儀なくされた「年越し派遣村」が話題になるなど、経済が大きく失速した時期であった。「所得格差が大きい」という人が09年に増えたのは、こうした経済情勢の影響が考えられよう。
 しかし、20年前との比較では、経済情勢だけでは説明のつかない結果が出ている。19年は、99年に比べて株価は2万円台と高く、求人が増えて、完全失業率は2%台と大幅に改善している。
 それなのに、「所得格差が大きい」という人は増えている。経済情勢がよくなっているにもかかわらず、人々の格差意識は拡大しているのである。
 そこで、調査に回答した人たちの世帯年収の回答をみてみる。世帯年収を①300万円未満、②300万円以上500万円未満、③500万円以上800万円未満、④800万円以上の4つの区分に分けてみたところ、19年は4つの区分がいずれも20%余りで並んでいる(図2)

図2 世帯年収(全体)

 区分ごとの割合は、10年前(09年)と変わらないが、20年前(99年)と比べると、「800万円以上」が大幅に減って、「300万円未満」が増えるなど、「高所得層」が減って、「低所得層」が増えていることがわかる。
 厚生労働省の「国民生活基礎調査」でも、平均世帯年収は99年626.0万円、09年549.6万円、最新の調査結果の17年は551.6万円となっており、本調査の傾向とおおむね一致している。つまり、経済情勢は、09年に比べて大きく改善されたものの、賃金が低い非正規労働者の増加などによって、「低所得層」の割合は減っていないのである。そのことが、「所得格差が大きい」と感じる人が、20年前よりも増えている要因の1つとして考えられる。

「中流」より「下流」が分厚い社会へ
 「社会構造」に対する人々の意識も、この20年間で大きく変化している。A~Eの社会構造のモデルを示し(図3)、「理想」に近い社会の形と、「現実」に近い社会の形をそれぞれ選んでもらった。図は、Aが格差が最も大きな社会で、B→C→D→Eとなるにつれて格差が小さくなるというイメージである。

図3 「社会構造」の選択肢

 その調査結果を示したのが、図4である。3回の調査とも、上と下が少なくて真ん中が分厚い「ダイヤモンド型」のDを「理想」の社会の形として選ぶ人が多かった。しかし、「現実」の社会の形としては、下が分厚く、上に行くほど少ない「ピラミッド型」のBなど、Dよりも格差が大きな社会の形を選ぶ人が多い。

図4 「理想」と「現実」の社会(全体)

 次に、「理想」の社会の形として選ぶ人が多いDについて、「理想」と「現実」の回答の差をみてみる。20年前(99年)は、「理想」が44%、「現実」が32%で、差は10ポイント程度だった。ところが、19年は、「理想」は43%で変わらないものの、「現実」は20%に減って、「理想」と「現実」の差は20ポイント余りとなり、差は20年前の2倍に広がっている。
 Dは「中流層」が分厚く、5つのモデルの中では格差の少ない社会の形だと言えよう。そうした社会を「理想」に思う人は今も変わらずに多いが、「現実」の社会としてDを選ぶ人は、この20年間で大幅に減少し、「下流層」が分厚い社会を選ぶ人が多くなっているのである。

階層意識も「下流」方向へシフト
 この調査では、自分がどの社会階層にいると思うかという「階層意識」についても尋ねている。仮に日本の社会をいくつかの階層に分けて、一番下を①、一番上を⑩とした場合、自分はどのあたりにいると思うかと尋ねたところ、19年は、⑤が24%で最も多く、次いで④や③が多かった。⑤と⑥の間を真ん中と考えると、真ん中より下の階層を選んだ人が多い(図5)

図5 社会での自分の位置(全体)

 過去との比較でみると、10年前(09年)も⑤が最も多いのは変わらないが、回答者の割合は31%で、19年の24%を上回っている。また、20年前(99年)は、真ん中より上の⑥が27%で最も多くなっており、この20年間で、自分が中流よりも下の階層にいると思う人が増えていることがわかる。
 戦後の高度経済成長期に「一億総中流」という言葉が生まれ、その後、経済成長に陰りがみえてからも、日本では国民の多くが「中流意識」を持っていると言われてきた。バブル崩壊後、国民の平均所得が減少するなど低所得層が増えていることは国の統計でも明らかだが、この調査結果では、人々の階層意識が、「中流」から「下流」に向けてシフトしている様子がはっきりと示されたのである。


3.弱まる社会の対立意識
グループ間の対立意識が弱まる

 これまでにみてきた格差意識は、社会の中でさまざまな対立を生むことがある。アメリカでのトランプ政権の誕生や、イギリスのEU離脱などの背景には、広がる格差によって生まれた社会の分断があると言われている5)。ISSPでは、以前からこうした問題に着目し、社会のさまざまなグループ間の「対立」について尋ねてきた(図6)

図6 グループ間の対立(全体)

 今回(19年)の調査で『対立している』と思う人が最も多かったのは、「経営者と労働者」の対立であるが、それでも36%にとどまり、『対立していない』と思う人の48%よりも少ない。同様に、「貧しい人と豊かな人」では、『対立している』が27%なのに対し、『対立していない』は52%、「若者と年配の人」では、『対立している』が22%なのに対し、『対立していない』は61%で、いずれも『対立していない』と思う人のほうが多くなっている。そして、いずれのグループ間でも、『対立している』が20年前(99年)と比べて減少しており、グループ間の対立意識は弱まる傾向がみられた。


女性と中・高年層の対立意識が変化
 『対立している』の減少幅が大きい「若者と年配の人」を男女年代別に詳しくみてみた(図7)

図7 若者と年配の人『対立している』(男女・男女年代別)

 20年前(99年)も今回(19年)も、30代以下の若い年代では『対立している』と思う人が多く、年齢が高くなるほど『対立している』と思う人が少なくなる傾向は変わっていない。だが、この20年間では、女性では40歳以上で『対立している』と思う人が大幅に減少していることがわかる。
 女性の40歳以上で『対立している』が減っているのは、「貧しい人と豊かな人」についても同じである。中・高年層の女性の意識の変化が、全体として『対立している』が減少する主な要因となっている。
 また、『対立している』と思う人が若年層で多く、高年層に向かうほど少なくなっているのは、「経営者と労働者」、「貧しい人と豊かな人」でも同じである。少子高齢化が進み、人口に占める高齢者の割合が増える中で、中・高年層の意識が大きく変わっていることも、『対立している』が全体で減少する要因となっているのである。

4.責任の所在
貧困は自己責任か

 これまでに、「低所得層」の増加を背景として、「中流意識」が減少して自分が中流より下の階層にいると思う人が増えているという、格差意識の変化についてみてきた。その一方で、社会の対立意識が減少していることも指摘した。では、社会的格差が生まれた責任の所在については、人々はどのように考えているのだろうか。
 「人が貧困におちいるのは、努力が足りないからだ」という意見についてどう思うか尋ねたところ、『そうは思わない』は32%、『そう思う』は22%で、貧困におちいることが自己責任だとは思わない人が、自己責任だと思う人を上回った。ただ、「どちらともいえない」が46%で最も多く、貧困の原因を本人の努力不足にだけ求めることには慎重な人が多い(図8)

図8 貧困は努力が足りないから(全体)

 『そうは思わない』という人を男女別にみると、女性は35%で、男性の28%を上回っている。また、年代別では、男女ともに若い年代ほど『そうは思わない』という人が多くなっており、特に30代以下の女性では47%と半数近くを占めている(図9)

図9 貧困は努力が足りないから(男女・男女年代別)


5.変わる日本人の社会観
「学歴」「お金」が減少、「自然」「人との結びつき」が増加

 最後に、日本人の「社会観」がどのように変化しているのかをみていく。現在の日本の社会はどういう社会だと思うか、8つの社会観を示し、そう思うか思わないかで答えてもらった(図10)

図10 日本はどんな社会か(全体)

 19年では、『そう思う』という人が最も多いのは、「学歴がものをいう社会」で73%を占めている。次いで「お金があればたいていのことがかなう社会」が69%、「出身大学がものをいう社会」が65%などとなっている。
 「学歴」「お金」「出身大学」が重視される3つの社会観は、20年前(99年)も今も変わらずにトップ3を占めているが、『そう思う』と答えた人の割合は、いずれも20年前より減少している。
 その一方で、『そう思う』という人は少ないながらも、20年前と比べて増えている社会観もある。「自然や環境を大切にしている社会」は、『そう思う』と答えた人が99年は21%だったが、19年は37%と大幅に増加した。同様に、「人との結びつきを大事にする社会」は、33%(99年)から42%(19年)に、「人と違う生き方を選びやすい社会」は24%(99年)から29%(19年)に、それぞれ増えている。

「お金」は中・高年層で減少
 それぞれの社会観について、『そう思う』と答えた人が、この20年間でどのように変化したかを詳しくみていく。
 「学歴がものをいう社会」(図11)は、この20年間では、どの年代も『そう思う』が、ほぼ同じような割合で減少しており、年代による意識の差はあまりみられない。

図11 学歴がものをいう社会『そう思う』(男女・男女年代別)

 これに対し、「お金があればたいていのことがかなう社会」(図12)は、年代による意識の差が広がっている。男性では、99年には年代による差はあまりみられなかったが、その後、40歳以上で『そう思う』が大幅に減少したため、若年層と中・高年層の間で意識の差が広がった。女性も、60歳以上で減って他の年代との差が広がっている。

図12 お金があればたいていのことがかなう社会『そう思う』(男女・男女年代別)


「自然・環境」などは若年層で増加
 一方、「自然や環境を大切にしている社会」(図13)と「人との結びつきを大事にする社会」(図14)、それに「人と違う生き方を選びやすい社会」(図15)では、若い年代で、かつては少なかった『そう思う』が大幅に増え、年代による意識の差が小さくなっている。

図13 自然や環境を大切にしている社会『そう思う』(男女・男女年代別)


図14 人との結びつきを大事にする社会『そう思う』(男女・男女年代別)


図15 人と違う生き方を選びやすい社会『そう思う』(男女・男女年代別)

 中でも、今の社会を「自然や環境を大切にしている社会」だと思う人が、若年層では、20年前(99年)と比べて、男性で30ポイント近く、女性で20ポイント近くと大幅に増えている。また、「人との結びつきを大事にする社会」だと思う人も、若年層の女性で15ポイント以上増えている。このように、社会に対する見方が若年層で大きく変化したことによって、日本人全体の社会観も変わってきているのである。

「努力すればむくわれる」 若年層では年収で意識に差
 「努力すればむくわれる社会」を選ぶ人も30代以下の若年層で増えている(図16)。この結果を、世帯年収別で分析したのが表4である。

図16 努力すればむくわれる社会『そう思う』(男女・男女年代別)


表4 努力すればむくわれる社会『そう思う』(年代世帯年収別)

 世帯年収を「500万円以上」と「500万円未満」に分けて、『そう思う』と答えた人の割合を比較してみた。30代以下の若年層では、20年前(99年)は年収による差はなかったが、10年前(09年)には差が10ポイント近くに広がり、さらに19年には20ポイント近くにまで広がっている。『努力すればむくわれる』と思う人は、年収が「500万円未満」でも10年前(09年)と比べて10ポイント近く増えているが、年収が「500万円以上」では20ポイント近く増えたため、差が広がったのである。
 年収の違いによって、同じ年代の人たちの意識にこれだけ大きな差が出ていることは、日本の社会の分断を考えるうえでも参考になるであろう。


6 . まとめ
 今回の調査結果を要約すれば、「日本の社会では、低所得層の増加を背景に中流意識が減少し、階層意識も中流から下流へとシフトしている。しかし、社会の対立意識は弱まり、貧困が自己責任だと思う人は少ない。そうした中、若い年代を中心に、日本人の社会観は変化してきている」ということになるだろう。
 本稿では、日本人の社会的格差に対する意識と日本の社会に対する意識の変化を客観的なデータに基づいて示したつもりだが、積み残した課題も多い。今後、各国から集まる調査データと比較することで、日本人の意識構造をさらに詳しく分析していきたい。


1)ISSPの詳細については以下のサイトを参照のこと。
 http://w.issp.org/about-issp/
2)本リポート内の「増加」「減少」などの表現は、信頼度95%の有意差検定の結果を根拠としている。
3)本リポート内で1999年・2009年・2019年は、それぞれ99年・09年・19年と表示する。
 なお、質問には19年のみのものや、09年としか比較できないものもある。
4)選択肢を囲う『 』は複数の選択肢を合算している場合、「 」は単独の場合を示している。
 なお、『 』の%は選択肢ごとの%を単純に足し上げたものではなく、各選択肢の実数を足し上げて再計算したものである。
5)例えば、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏(読売新聞2020年1月12日朝刊)など。