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■「中央調査報(No.753)」より

 ■ 「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」について


国際協力銀行 調査部 春日 剛、本吉 千紘


1.本調査の概要
 株式会社国際協力銀行(JBIC)では、毎年、海外事業展開を行う日本企業に対し、今後の事業展開姿勢やその課題などを問う「海外事業展開調査」というアンケート調査を実施している。これまで31回の(すなわち過去30年超にわたって)調査を実施してきており、ここでは昨年の調査結果を簡単にご紹介する(なお、このレポートは別途公表している報告書の抄訳版に、多少のアップデートを加えている)。
 今回の調査では、例年通り7月はじめに調査票を送付し9月にかけ回答票を回収している。対象企業数は1,004社、このうち有効回答社数588社、有効回答率58.6%という比較的回答率の高い調査となっている。ご協力頂いた企業の方々には、この場を借りて改めて感謝したい。
 さて今回の調査では、毎年恒例となっている質問事項である「海外事業展開実績評価」、「事業展開見通し」、「中期的な有望国・地域」のほか、個別テーマとして「米中摩擦の影響」、「オープン・イノベーションの海外展開」についても質問した。これら調査についても興味深い回答が得られているので、追ってご紹介する。

本調査の概要


2.海外事業の動向について
 海外事業の進展度合いを測る指標として、海外生産比率(海外生産高/(国内生産高 + 海外生産高))や海外売上高比率(海外売上高/(国内売上高 + 海外売上高))という数値を参照している。JBICの調査では毎年この数値を計測しており、今回の調査結果は海外生産比率が36.8%で、調査開始からの最高値を更新した。また中期的計画(2022年度)では39.2%まで上昇する見込みであり、引き続き海外生産に積極的な姿勢がうかがえる。
 他方、海外売上高比率は38.7%と前年比でやや減少、海外収益比率も過去最高値(37.3%)となった昨年度から低下し、36.4%となった。海外売上高比率や海外収益比率の低下は、米中摩擦の長期化や中国の景気減速の影響を受けたものとみられる。こうしたことを背景に、2019年度の実績見込みは2018年度実績のほぼ横ばいを予想するもので、企業の慎重な姿勢がうかがえる(図表1)

図表1 海外売上高比率、海外生産比率、海外収益比率


3.今後の事業見通しについて
 今後の中期的な見通しについても調査を行った。今後3年程度で、海外事業を中期的に「強化・拡大する」と回答した企業は401社(71.4%)であった。近年の調査では、海外事業の強化・拡大姿勢はやや現状維持寄りになる傾向が続いており、本年度の強化拡大姿勢も比較的低い水準にとどまっている(図表2)

図表2 中期的(今後3年程度)海外事業 展開見通し

 他方、国内事業の中期的見通しは、「強化・拡大する」が42.8%と昨年比で微減したものの、依然として高水準を維持した(図表3)。強化する分野は何かについて詳細を聞いたところ、昨年度に引き続き「製品の高付加価値化(72.9%)」が突出しているほか、半数近くが「新規顧客の開拓(45. 8%)」「国内生産設備の強化(45. 0%)」を挙げており、こうした形で国内事業の底上げを図っている様子がうかがえる。

図表3 中期的(今後3年程度)国内事業 展開見通し

 なお、海外事業を強化すると答えた企業の割合は71.4%、国内事業を強化すると答えた企業の割合は42.8%であり、海外・国内とも昨年度より減少した。また、海外事業強化と国内事業強化の獲得ポイントの差をとったところ、28.6ポイント差と昨年度(同29.7ポイント差)より更に小さくなり、海外向けの事業姿勢が比較的弱い状況が継続している様子がうかがえる(図表4)

図表4 強化拡大姿勢の推移(2000~19年度)


4.英国のEU離脱の影響について
 海外の事業展開姿勢を聞く中で、英国とEU14に分けて質問し、いわゆるブレグジットの影響についても分析した(図表5)。この結果、英国については「現状維持」が104社と最多、EU14については「強化・拡大」が118社と最多となった。また「縮小・撤退」についてみると、英国(13社)がEU14(6社)の倍にのぼっており、欧州と英国の間で事業展開姿勢の違いが確認できた。なお英国の縮小撤退の業種別内訳をみると、自動車部品関連企業が中心になっている。なおこの分布表では、EU14を「強化・拡大」すると同時に、英国は「縮小・撤退」すると回答した企業も7社あった。数としては少ないが、欧州事業の重心をEU側に寄せる動きもみられる。他方で、機械や電機・電子、食料品などを中心に、英国を「強化・拡大」する企業も41社いた。英国市場に浸透している企業であると推察される。

図表5 EU14・英国の事業展開見通し(分布表)

 事業展開見通しを回答するにあたり大きく影響した要因についても質問した(図表6)。この結果、英国・EU14ともに「現地マーケットの現状規模」を挙げる企業が最も多く、どちらの国・地域でも現地市場規模が投資判断に与える影響度が高いことが確認できたが、「英国のEU離脱問題」については、英国の事業判断では2番目に重要な要素で(63社)、実際にこのうち6社は「縮小・撤退」を選択している。しかし、EU14における英国の離脱問題は4番目(30社)となっており、英国のEU離脱問題はEU事業にとっては比較的限定的な影響度であることがわかった。なおヒアリングでは、「もともと中東欧への移転を検討していたところ、Brexit問題の不透明な状態が長引いたため、Brexitに背中を押され英国撤退を決めた」(非鉄金属)との声も聞かれており、ブレグジット問題が大陸欧州と英国に対して非対称的な影響を与える可能性を示唆している。

図票6 見通しに影響した要因(EU14・英国)


5.有望国ランキング
 本調査の最も注目を浴びる調査項目が、この「有望国ランキング」である(図表7)。これは回答企業に中期的な有望事業展開先国・地域を5カ国あげてもらい、それを集計したものだが、毎年多くの企業や外国政府関係者からの問い合わせを頂く調査項目である。

図表7 中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地域 得票率の推移

 今年度の調査では、インドが193社(得票率では1.6ポイント上昇)と2016年以来3年ぶりに首位に返り咲いた。他方、中国は昨年の225社から180社へ大きく後退した。昨年度の調査で中国への期待が大きく膨らんだ反動と、米中摩擦や景気減速への警戒感が高まったことが背景とみられる。中国が後退した背後で、ベトナム(147社)、フィリピン(48社)、マレーシア(41社)が順位を上げた。獲得票数が昨年度とほぼ同等であったものの、世界的に不透明感が高まる中で、相対的にランクを上げた形となっている。他方、タイ(133社)、メキシコ(47社)が票数を落とした。米国は順位に変動はなかったが、過去数年の上昇基調から今年は下落に転じ、中国と同じく昨年比で大きく票数を落としている(124社→93社)。新型コロナウイルスの影響でランキングがどのように変化するのか、今年の調査結果に注目していただきたい。

6.米中摩擦の影響について
 今回の調査では、時事的なトピックに関する調査も実施しているが、一つ目は米中摩擦についてである。米中貿易摩擦をはじめとする国際貿易をめぐる緊張の高まりが、自社の減益要因となると答えた企業は、昨年度の33.9%と比して本年度45.2%と半数近くまで増加した(図表8)。他方、「影響はない」「わからない」は減少しており、収益への影響を認識し始めている企業が増加していることがわかった。この、収益が「減少する」と回答した企業について、業種別の内訳を昨年度と比較した(図表9)。それによると、①自動車(昨年59社→56社)が最も多く素早く反応していること、また、今年度調査の結果、②化学(20社→39社)や電機・電子(26社→32社)、一般機械(21社→30社)、金属製品(4社→12社)など、幅広い業種に減益を見込む企業が増えている様子がわかった。

図表8 米中摩擦:収益への影響(業種別)、図表9 減益と回答した企業の割合

 また今後の海外直接投資への影響については、「減少が見込まれる」と回答した企業が13%と、昨年度から倍増した。業種別には、自動車(23%)、一般機械(14%)が直接投資の減少要因と回答した(図表10)。これを仕向け地別にみると、対米国では「減少する」が「増加する」を4社上回ったのに対し、対中国では「減少する」が「増加する」を60社上回った。米中貿易摩擦が、中国向け投資の大幅な減少と関連があることがうかがえる(図表11)。このように、米中ともに直接投資が減少すると見込まれる一方で、「漁夫の利」を得る形で、米国中国以外の国への直接投資が堅調に増加している。とりわけタイやベトナムなどにとっては、投資を呼び込む機会となっている。
図表10 海外直接投資への影響


図表11 米国、中国、米中以外、の比較


7.オープン・イノベーションの海外展開
 時事的なトピックの二つ目は、イノベーションに関するものである。イノベーション創出に向けた「現在」と「将来」の取り組み状況について聞いた(図表12)ところ、現在は国内での外部連携が中心であり、特に「自社内の技術・人材」(回答率73.2%)、「国内の大学・研究機関」(同58.4%)など、社内の研究開発機能の活用や、従来の研究開発領域における共同研究等を中心に実施されている様子が伺える。また、海外の相手との連携を実施中との回答は、現時点では低位にとどまった。

図表12 イノベーションの連携先(複数回答可)

 一方、「現在」と「将来」の取り組み状況を比較した場合、国内では「自社内」と「大学・研究機関」の回答率が低下する一方で、「他企業」や「ベンチャー企業」との連携が伸びる傾向にある。社内研究や教育機関との共同研究が飽和状態となる中、今後は異業種など多様なプレーヤーとの協働が拡大すると考えられる。また、全体として、国内連携先に比べ海外連携先の伸びが顕著であり、海外の企業やベンチャー、研究機関との連携に対する期待の高さがうかがえる結果となった。ヒアリングでは、「国内事業の拡大が見込めない中、海外での販売を見越して海外連携先との協働を見込んでいる」(化学)との声も聞かれた。業種別に見ると、特に化学(のべ回答数86)が多く、大手総合化学メーカーや医薬品関連企業を中心に、樹脂、農薬、化粧品等、多様な企業が海外連携先との協働に積極的であることがわかった。
 また、オープン・イノベーションに取り組むにあたり、どの都市が連携の場として有望か聞いたところ、海外では上海が71社の回答を得て首位を獲得。次点のシリコンバレー(53社)に差をつける結果となった。企業がイノベーション創出のため、中国の連携先に強い期待を寄せていることがわかる(図表13)

図表13 連携の場として有望な都市

 東京、シリコンバレー、上海の3都市について、それぞれを有望視する回答企業の属性に特徴がないか調べた(図表14)。この結果、業種別にみると、上海は一般機械や自動車の割合が他2都市に比べ高いのに対し、シリコンバレーは電機・電子や精密機械の割合が高いことがわかった。また、シリコンバレーを目指す企業は海外連携先として「他企業」「大学・研究機関」「ベンチャー」をバランスよく選択している一方で、上海を選択する企業は「他企業」との連携を志向する傾向にあることがわかった。なお、東京での国内連携を選択する企業は、「大学研究機関」を選択する比率が突出して高い。このように、海外でのイノベーションを志向する動きは今後さらに強まってくるものとみられるが、海外のどういった都市を目指すのかがイノベーションの成否を大きく左右する要素となり得ることが読み取れる結果となった。
図表14 東京、上海、シリコンバレーを選択した企業の内訳(属性)


8.おわりに
 今回の調査では、政治経済情勢の大波に左右されつつも、混乱に柔軟に打ち勝つための方策を丹念に模索する企業の姿が浮き彫りになった。こうした伝統的な柔軟性を発揮する一方で、オープン・イノベーションへの底堅い関心と、海外展開への潜在的な意欲も確認された。今後は、次世代を見据えた技術開発と新しいニーズとの意図的な出会いにより、新たな課題解決力を世界に広く訴求できる機会が増えていくことが期待される。なお現在、新型コロナウイルスの感染拡大による影響により、業種を問わず、わが国の企業は極めて厳しい状況に直面している。とりわけ、サプライチェーンをいかに維持していくのか、さらに米中対立をはじめとする国際政治情勢にどう対応していくのか、がますます重要な要素となっている。こうした企業に少しでも役に立つ調査を今後も実施していく予定である。