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■「中央調査報(No.759)」より

 ■ 2021年の展望-日本の政治 -菅首相、コロナに縛られる解散権-


時事通信社 政治部専任部長 佐々木 慎


 幕が開けた2021年政局の焦点は、菅義偉首相(自民党総裁)が自らの手で衆院解散・総選挙を打てるかどうかだ。昨年来、感染拡大が止まらない新型コロナウイルス対応で後手に回り、内閣支持率は急落。1月18日に召集された通常国会でコロナ対策の成果が見えないと、解散はおろか「菅おろし」が起きかねない。菅首相は2月下旬までに始めるとしたワクチン接種に活路を求めるが、政権の先行きは不透明感を増している。

◇コロナ制御が大前提
 時事通信の1月の世論調査によると、菅内閣の支持率は34.2パーセントと前月に続き下落し、支持と不支持が初めて逆転した。昨年9月の内閣発足時は報道各社の世論調査で歴代内閣を通じても高い支持率を記録し、好スタートを切ったかと思わせた。だが、社会経済活動を回すことを優先するため観光支援策「GoTo トラベル」継続にこだわったり、緊急事態宣言をめぐる対応が「小出し」になったりしたことが世論の反発を受けた。100日間とされる新政権のハネムーン期間中に「貯金」を使い果たした格好だ。
 自民党内からは、高支持率を維持していた昨年中に「解散すればよかったのに」との恨み節も聞こえる。1月7日に緊急事態宣言の発令を決定したことで、当面、解散は困難視されている。衆院解散・総選挙は早くても21年度予算案成立後で、4月25日に予定される衆院北海道2区と参院長野選挙区の両補欠選挙に合わせて行う日程だ。
 衆院北海道2区補選は鶏卵会社から現金を提供されたとされる吉川貴盛元農林水産相(収賄罪で在宅起訴)の議員辞職、参院長野選挙区補選は立憲民主党の羽田雄一郎参院幹事長の死去にそれぞれ伴うもので、戦う前から「野党有利」と予想されている。
 「4. 25衆院選」はあくまでコロナの制御が大前提。2020年度第3次補正予算案と新型コロナ対策の特別措置法改正案などの成立を図った上で、21年度予算案が3月中に成立していることも条件だ。
 4月25日投開票なら公示は13日。衆院選は憲法54条などで解散の日から40日以内に衆院選を行うと規定されているが、衆院小選挙区比例代表並立制が実施された1996年以降、解散の日から公示までの最短日数は11日間で、予算成立後直ちに解散しなければならない。コロナ禍でなくともタイトなスケジュールだ。

◇しぼむ春解散
 一方、野党は通常国会で、首相のコロナ対応に加え、安倍晋三前首相側が主催した「桜を見る会」前夜祭をめぐる政治資金規正法違反事件、吉川氏の贈収賄事件など「政治とカネ」の問題を厳しく追及する方針だ。「桜」では安倍氏の公設秘書(当時)が東京地検特捜部に略式起訴される一方、検察審査会は、安倍氏の不起訴処分を不服とした市民団体の申し立てを受理した。野党は安倍氏の説明では納得できないとして証人喚問も要求している。
 対決姿勢を強める野党の攻勢で予算審議に影響が出れば、国会で安倍氏に再び説明を求める声が与野党で高まる可能性もある。衆院選が迫る中、野党がどこまで本気で攻めてくるか見極めることになりそうだ。
 既に触れた通り、解散の大前提はコロナの沈静化で、状況は予断を許さない。東京など11都府県に発令した緊急事態宣言の期限は2月7日だが、政府・与党内は「延長せざるを得ない」との見方が支配的。「(菅氏は4.25衆院選を)決断しにくい」(山口泰明自民党選対委員長)というのが実情で、春解散を求める声はしぼみつつある。北海道2区をめぐり自民党は1月15日、党本部主導で早々と候補擁立見送りを発表、不戦敗を選んだ。
 そうした中、菅氏が期待するのがワクチンだ。コロナのリスクが軽減されれば、社会経済活動を再び回すことができ、政権運営でフリーハンドを握れる。7日の記者会見では「世界でワクチン接種が始まり、日本でも2月下旬までに接種したいと思っている。しっかり対応することで、国民の雰囲気も変わってくる」と期待感を表明。1月18日には、ワクチン接種の調整役として河野太郎規制改革担当相を起用したと発表した。
 ワクチン接種は医療従事者や高齢者を優先して行われる。ただ、超低温での保管、全国への輸送網の整備、接種会場の確保など、政府がこれまで経験したことのないプロジェクトとなる。春先に接種にこぎつけたとしても、効果が期待できるかは未知数。日本でも確認されている変異種が強毒化する恐れもあり、ワクチンへの過大な期待に「(先行国の)米国や英国ではむしろ陽性者が増えている」(閣僚経験者)と疑問視する向きもある。

◇都議選ダブル
 春解散を見送ると、次は東京五輪開幕(7月23日)前のタイミングとなる。通常国会の会期末は6月16日。五輪や7月22日が任期満了の東京都議選が控えており、会期延長は難しい。となると会期末近くに解散に持ち込み、東京都議選との「ダブル選挙」が考えられる。
 都議選を重視する公明党はダブル選を避けたいのが本音とされるが、短期間のうちに両選挙を同時に行うことで相乗効果を期待できるとの見方もある。菅氏は同党の支持母体である創価学会幹部とパイプを持つ。気温が上がる夏場は感染が一定程度落ち着くとの観測もある。看板政策のデジタル庁創設や携帯電話料金値下げなどで実績を積み重ねれば、選挙でアピールすることもできる。経済をテコ入れするため21年度補正予算を仕上げて解散との声もある。
 東京都選挙管理委員会は1月27日、都議選日程を7月4日投開票と決めた。コロナ対応で連携の悪さが目立つ小池百合子都知事と菅氏だが、五輪に影響が出ないよう一定の間隔を置くとともに、国会日程にも配慮したようにみえる。衆院選をこれに合わせると「6月22日公示、7月4日投開票」。会期末から公示まで1週間足らずなので、菅氏が都議選とのダブル選挙を断行する場合、解散日は6月10日前後となりそうだ。

◇追い込まれ解散
 春解散、五輪前解散とも逃すと、菅氏に残された選択肢は五輪閉幕(8月8日、パラリンピックは9月5日)後しかない。衆院議員の任期満了は10月21日。コロナを何とか抑え込み、五輪も無事成功させたとなれば、その余韻が残る9月上旬に解散、同26日投開票との日程が浮かんでくる。菅氏の自民党総裁としての任期は9月末だが、総裁選は1カ月先送りすればいい。菅氏が衆院選に勝てば、無論、総裁選は信任投票となる。
 しかし、コロナの世界的感染が続く中、完全な形の五輪開催は難しいとの見方が大勢となってきた。開催できたとしても、規模縮小や無観客開催となれば盛り上がりに欠け、五輪が政権浮揚の推進力にはならない。支持率が低迷していれば、「菅氏で選挙は戦えない」との声が与党内に充満してくるかもしれない。
 麻生政権末期の09年7月、当時の石破茂農林水産相と与謝野馨財務相が官邸に乗り込み「あなたで選挙は戦えない」と退陣を迫ったことがあった。麻生太郎首相は要求を突っぱね、自身の手で解散し選挙に臨んだ。結果は自民党が大敗し、政権交代を許した。時の権力者が政権運営への意欲を残している限り、倒閣は難しいことを示す例だ。菅氏が「ラグビーのノット・リリース・ザ・ボール」(倒れたまま球を手放さない反則)よろしく、政権にしがみついている限り、菅氏で衆院選を戦うことになる。事実上の追い込まれ解散となる可能性もある。
 問題は選挙結果だ。12年、14年、17年の直近3回の衆院選は自民圧勝だった。しかし、昨年末に自民党が行った世論調査では30~40議席減との結果が出たという。仮に40議席減でも自民党は単独過半数を維持できる。それを勝ったと取るか負けたとみるか。自民党関係者は「30議席減でも敗北だろう」とみる。衆院選に敗れた菅氏は、総裁選に出馬するか否かの判断を迫られる。

◇五輪中止でも菅氏?
 ここまでは五輪が開催されるとの前提だ。菅氏にとって最悪のケースはコロナ感染を抑えられず、五輪開催も危うくなる展開。3月25日には福島県から聖火リレーがスタートする。それまでに緊急事態宣言が全面解除されていなければ、五輪どころではない。リレー前に開催の可否を判断することになるとみられる。
 菅氏は「人類がコロナに打ち勝った証しとして大会を実現する決意だ」とかねて表明しており、開催断念に追い込まれれば、政権のコロナ対応が失敗したと見なされる。安倍政権当時、幹部が「コロナは政権を疲弊させる」と語っていたが、菅政権でも繰り返されることになる。
 各種世論調査ではコロナ感染が収束しない中での五輪開催には否定的な声が多い。「五輪中止やむなし」と世論が受け入れれば「政権に打撃とはならない」との指摘もあるが、五輪開催断念で菅氏が求心力を失えば「菅おろし」が本格化するかもしれない。
 ここで注目されるのが菅政権誕生の立役者である二階俊博幹事長。かつて「椎名裁定」で三木武夫政権を生んだ椎名悦三郎副総裁が「三木おろし」の先頭に立ち、「生みの親だが、育てると言った覚えはない」と言い放ったのは政界故事として知られる。党内には「二階氏は菅氏と心中するつもり」(党関係者)との見方がある一方で、「二階氏が菅氏を切るのはたやすいことだ」(ベテラン秘書)との声もある。無派閥で党内基盤が弱い菅氏だけに、二階氏が鍵を握るのは間違いない。
 自民党にとって悩ましいのは、「ポスト小泉」候補に擬せられた「麻垣康三」のような「ポスト菅」候補が見当たらないことだ。昨年の総裁選に立候補した石破氏、岸田文雄前政調会長は有資格者だが、党内外から待望論は聞こえてこない。ほかに名前の挙がる茂木敏充外相、河野氏、加藤勝信官房長官、小泉進次郎環境相らは閣内、野田聖子幹事長代行は閣外で菅氏を支える政権幹部でともに連帯責任を負っている。総理候補としては皆一長一短で、そもそも党内がまとまらないかもしれない。
 党の歴史を知る関係者ほど「党を割って争うことになる総裁選のあとに衆院選はできない」「総裁選にさわやかな総裁選などない」などと指摘する。幹事長経験者は「去年の総裁選で選んだのだから、菅氏で結束して衆院選を戦わなければならない」と語る。

◇野党も正念場
 菅内閣の支持率が下がる一方で、野党の支持率は伸び悩んでいる。時事通信の1月の世論調査で野党第1党の立憲民主党は3.1パーセントと昨年9月の旧国民民主党との合流以降、最低となった。野党第1党が100議席以上有するのは、09年の衆院選で旧民主党が政権交代を成し遂げた直前の規模に迫る。にもかかわらず、立民への期待は高まらない。
 3年3カ月続いた旧民主党政権は12年末に政権を自民党に奪還され、その後は離合集散を繰り返し今に至る。党名はしばしば変更されたが、「幹部はいつも同じ顔ぶれ」(立民ベテラン)というのが実態だ。「批判ばかりで政権を任せられない」との声はいまだに消えない。
 次期衆院選で自民党が議席を減らしても、立民以外の日本維新の会や国民民主党などほかの野党に一定程度流れるとの見方もあり、立民関係者は「現有議席にあまり上積みできないかもしれない」と懸念する。菅政権同様、野党第1党も正念場を迎える。(了)