■ 若年層の「保守化」を検証する
竹中 佳彦(筑波大学)
はじめに その分、立憲民主党に投票する割合は、若年層が低い。高年層が立民党にも20%弱投票しているのに対して、30~39歳は11.5%、18~29歳は9.5%しか投票していない。つまり高年層は、自民党に投票する人が多いものの、立民党にも投票する人が一定数いるために自民党だけに投票している印象を持たれないが、若年層は、自民党に投票するか、そうでない人は棄権するという傾向があるため、自民党ばかりに投票しているように誤解されているように思われる。 2.年齢層別の保革イデオロギー分布 若年層は「保守化」していないのだろうか。この調査では、「最も革新的」「かなり革新的」「やや革新的」「中間」「やや保守的」「かなり保守的」「最も保守的」の7点尺度で保革イデオロギー軸上に自己を位置づけさせている。図2は、「わからない」という回答を除いて、年齢層別に保革イデオロギーの自己位置づけの分布を見たものである。 全体の分布は、中間が31.2%で最も多く、「やや革新的」が18.9%、「かなり革新的」が5.9%、「最も革新的」が1. 3%に対して、「やや保守的」が30. 5%、「かなり保守的」が11. 1%、「最も保守的」が1.0%である。保守、革新とも「最も~」「かなり~」と回答する割合は少なく、極端な考えを持っている人はあまりいない。ただし「やや革新的」と「やや保守的」を比較すると、後者の割合が多く、グラフはやや右側に偏っているといえる。分布が右側にやや偏るのは1980年代にも見られることであり6、この事実をもって日本の有権者が保守化しているとはいえない。 ほとんどの年齢層は、全体の分布とほぼ同じように、中間が最頻値で、保守的な考えの人が相対的に多いという分布になっている。そのなかで50歳代は、最頻値が「やや保守」となっている。18~29歳の人たちは、その50歳代よりも「やや保守的」な人が多い。それだけを見ると、若年層が「保守化」しているようにも見える。 だが18~29歳は、他の年齢層よりも「やや革新的」な人も多く、二峰分布となっている。また図には示していないが、「わからない」と答えている人は、18~29歳が31%もいるのに対して、30~39歳は13.6%、他の年齢層は10%未満である。若年層が、他の年齢層と比べて、著しく「保守化」していると断じることはできない。 3.年齢層別の保革イデオロギー上の政党の位置づけ 若年層と高年層との間で「革新」という語の意味が異なっていることが、遠藤晶久とウィリー・ジョウによって示されている7。私たちの調査でも同様のことがいえるだろうか。 図3は、自民党、立民党、国民民主党、公明党、共産党、日本維新の会のそれぞれを有権者が保革イデオロギーの7点尺度上のどこに位置づけたか、年齢層別の平均で示したものである。イデオロギーの値は、4を引いて、中間が0になるようにしている。 70歳以上の有権者は、自民党が1.32、共産党が-1.62と、両党間のイデオロギー距離が大きい。保守側から自民、公明、維新、国民民主、立民、共産と、それぞれの間に差があると位置づけている。60~69歳は、70歳以上ほどではないが、政党間のイデオロギー距離は大きい。ただし国民民主と維新との間に違いがないと見ている。50~59歳は、60歳以上と比べて、政党間のイデオロギー距離が小さい。公明党の位置を自民党とほぼ同じとし、共産党を他の政党よりも革新的としているものの、立民党と維新の位置はほぼ同じと捉えていて、政党の間に差をつけて並べていない。 40~49歳は、維新をもっとも革新的だと捉え、立民党も共産党より革新的だとしている。自民党と維新という両極の政党間のイデオロギー距離は、50~59歳よりはやや大きいが、60歳以上よりかなり小さい。30~39歳も、維新をもっとも革新的だと見ており、両極の政党間のイデオロギー距離は小さい。立民党はほぼ真ん中、共産党は、やや保守側に位置づけられ、国民民主とほぼ同じ位置である。18~29歳も、自民党と維新を両極と捉え、その間のイデオロギー距離は、他の年齢層よりもかなり小さい。立民党と国民民主は中間と位置づけられており、多くの政党について、その保革イデオロギー軸上の位置を順番に並べておらず、政党間にイデオロギーの違いはないと理解している。若年層が、「革新」の意味を60歳以上と同じようには捉えていないことがここからも窺える。 図3では、「わからない」と答えている人を除いている。政党のイデオロギー位置を「わからない」と答えた回答者の割合は、全体では、自民党について17.9%、立民党について33.4%、共産党について28.5%である。これに対して18~29歳の回答者では、自民党について30.3%、立民党について37.8%、その他の政党について半数ほどが、その位置を「わからない」と答えている。年齢層別の保革イデオロギー軸上の政党の平均値を投票政党変数に代入し、保革イデオロギーと投票政党とのスピアマンの順位相関係数を求めた。その結果、18~29歳が0.55、70歳以上が0.41、60~69歳が0.29、その他の年齢層は有意ではなく、若年層がもっとも高くなった。若年層は、政党を保革イデオロギー軸上に位置づけられない者が相対的に多いが、イデオロギーを理解している者は自己に近いと認識している政党に投票する度合いが高い。 4.自民、立民・国民民主への投票要因 2019年参院選(比例代表)で自民党と立民党(および国民民主党)への投票を分けた要因は何だったのだろうか。その要因を探るため、自民党に投票した人を1、立民・国民民主党に投票した人を0としてロジスティック回帰分析を行った8。 その結果を示したのが表1である。表によれば、「政府はほとんどの人々が考えていることにかかわらず、立案された政策を貫くべきである」という意見に賛成する人、すなわち有権者への応答性よりも、政策をぶれずに強力に推進することを重んじる人が自民党に投票している。また「日本の防衛力はもっと強化するべきだ」や「日米安保体制は現在よりもっと強化すべきだ」という意見に賛成する人、「仕事の内容が同じならば、正社員であるかどうかとは関係なく、給料も同じにすべきだ」や「外国人労働者の受け入れを進めるべきだ」という意見に反対する人は自民党に投票している。さらに保守的なイデオロギーを持つ人は自民党に投票している。そのほかに投入した独立変数は有意ではなかったので、年齢や性別、学歴、世帯年収などによっては説明できないし、夫婦別姓や女性国会議員割当制などの争点態度の影響もなかった。 このように自民党と立民・国民民主党への投票を分けるのは、政策の強力な推進への賛否、安全保障争点への賛否、労働問題争点への賛否、イデオロギーである。 5.年齢層別に見た争点態度 それでは、安全保障および労働問題に関する争点態度、政策の強力な推進への賛否に対する態度は、若年層と高年層で異なるのだろうか。年齢層別にそれを示したのが図4である。 まず防衛力強化について、18~29歳は、反対が4.1%、やや反対が9.5%なのに対して、やや賛成が32.4%、賛成が16.2%である。30歳代も、賛成意見が多い。しかし若年層のみが防衛力強化に賛成しているわけではなく、他の年齢層とそれほど大きな差はない。また日米安保体制強化についても同様である。 同一労働同一賃金は、全体的に賛成する人が多い。しかし18~29歳は、やや反対が17.6%、反対が16.2%と、反対意見もある。また30歳代も、20%超が反対意見である。若年層の方が、同一労働同一賃金にはやや抵抗がある。外国人労働者受け入れについては、50歳以上は賛成、反対のいずれかへの意見の偏りはない。しかし18~29歳は、賛成が18.9%、やや賛成が35.1%であり、30歳代も賛成が11.7%である。若年層は、外国人労働者受け入れに柔軟である。 有権者、とくに若年層は、ぶれない政治がよいと思っているのだろうか。政策を強力に推進することへの賛成意見は全体的に少なく、それは若年層も例外ではない。政治のリーダーシップへの渇望が、ぶれない政治を求めているように考えられがちだが、有権者は、若年層も含めて、政治の応答性を望んでいることがわかる。 おわりに 2019年参院選の投票行動を見ると、高年層には、自民党に投票する人が多いが、立民党にも投票する人がいるのに対して、若年層は、自民党に投票するか、棄権するかという選択となる傾向があるため、自民党ばかりに投票しているように誤解されているようである。イデオロギー分布を見ると、若年層は、「やや保守的」な人だけでなく、他の年齢層よりも「やや革新的」な人が多く、分化しており、かつ自己イデオロギーの位置を「わからない」と答える人も3割以上いるため、他の年齢層と比べて、著しく「保守化」していると断じることはできない。若年層は、「革新」の意味を高年層と同じようには捉えておらず、また政党を保革イデオロギー軸上に位置づけられない者が相対的に多い。しかしイデオロギーを理解している若年層は、他の年齢層に比べて、自己に近いと認識している政党に投票している。 自民党と立民党・国民民主党への投票を分けるのは、政策の強力な推進への賛否、安全保障争点への賛否、労働問題争点への賛否、イデオロギーであり、年齢や性別、ジェンダーに関する争点態度などでは説明できない。防衛力強化や日米安保体制強化は、若年層のみが賛成しているわけではない。同一労働同一賃金については、全体的に賛成する人が多いが、若年層の方がやや抵抗感を持っている。外国人労働者受け入れについても、若年層の方が柔軟である。有権者は、ぶれない政治よりも政治の応答性を望んでおり、それは若年層でも例外ではない。 2019年参院選に関する私たちの調査データに基づくかぎり、若年層の「保守化」という議論も実証的裏づけが薄弱であることがわかる。
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