中央調査報

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■「中央調査報(No.770)」より

 ■ 国際比較調査について


青柳 みどり(国立研究開発法人国立環境研究所)


1.「国際比較調査のデザインと実施のガイドラインに関するイニシアチブ」の設立
 “The Comparative Survey Design and Implementation (CSDI) Guidelines Initiative”「国際比較調査のデザインと実施のガイドラインに関するイニシアチブ」は、国際比較調査を実施する研究者達が集まって設立したネットワークである。2008年以降、International Conference on Survey Methods in Multinational, Multiregional, and Multicultural Contexts (3MC)として研究者の会合を開いてきた。その後、2014年からは、2014 International Workshop on Comparative Survey Design and Implementationとして開催され、次回は2022年4月にパリで対面で開催予定である。筆者は、2016年(シカゴ)、2018年(リムリュック、アイルランド)等に出席した。The Comparative Survey Design and Implementation (CSDI) Guidelinesは、ミシガン大社会調査研究所サーベイリサーチセンター(ISR-SRC)が中心となってとりまとめた社会調査の国際比較実施にかかるガイドラインである(https://ccsg.isr.umich.edu/)。
 毎年の会合は、これを実施している研究者・実務者がそれぞれの実施した調査や分析結果をもちよってお互いの知見を蓄積していくためのもので、2018年のCSDIにおいては、各ネットワークのデータの質を比較するメタ分析もポーランドの研究者によって発表されているなど、調査全体の質の向上を目指した学術的な分析などもその活動の一環である。
 以下に国際比較調査のネットワークをいくつか挙げる。一国のリーダーがまとめて調査費用を獲得して実施するもの(アジアバロメーター、アジアンバロメーターなどはこれに該当するであろうか)、同じ領域の研究者が時期を合わせて資金を獲得して実施するものは数多くある。筆者が参加した1998年実施した国際環境調査GOESなどもその一つである。この調査の企画立案、調査実施にあたっては、以下で述べる国際比較調査ネットワークでの活動の様々な報告が非常に役に立ったことは言うまでもない。


2.国際比較調査のネットワーク
 1980年代から、いくつかの国際比較調査に関する国際的なネットワークが存在する。いくつか挙げてみよう。

1)世界価値観調査(World Values Survey)
 これは、今年逝去したミシガン大学のイングルハート教授が欧州価値観調査をもとに世界に拡大して始めたもので、1981年に開始されている。現在では世界120の国・地域で実施される規模になっており、世界の人口の90%をカバーしている(https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp)。現在第7回(2017~2021)が完了 したところのようである。実施国・国がそれぞれに調査費用も調達して実施するのが基本であるが、途上国などには共同で費用を獲得する努力もある。日本は1990年から継続して参加している。

2)国際社会調査プログラム(International Social Survey Programme)
 これは1984年にオーストリア、ドイツ、英国、アメリカ合衆国の研究者が集まって国際比較調査を実施したのが始まりであり、現在では世界で42ヶ国・地域が参加している。毎年テーマを変えながら実施しているのが特長である(http://www.issp.org/menu-top/home/)。日本ではNHK放送文化研究所世論調査部が参加している。およそ、11のトピックについて、定期的に実施することでそれらのトピックについての世論の変化を把握することが出来るようになっている。主なトピックは、” Role of Government” , ” Social Networks” , ” Social Inequality” , “Family and Changing Gender Roles” , “Work Orientations” ,“Religion” , “Environment” , “National Identity” ,“Citizenship”,“Leisure Time and Sports”, “Health and Health Care”である。

3)グローブスキャン(Globe Scan)
 ここからは、世論調査専門機関による調査になる。Globescan(https://globescan.com/)はカナダにある調査会社で、環境問題を中心に一般市民対象の世論調査だけでなく持続可能性リーダー調査等も継続的に実施している。世論調査では、現在、” Globescan Radar”というシリーズの調査が1997年から継続的に実施されてきており、他のアカデミックな調査とは異なった興味深い設問での調査である。” Survey of Experts”は、1994年から継続的に実施されている持続可能性に関する調査である。調査回答者に特徴があり、各分野の専門家からスノーボール方式で収集した各国・各世界の専門家の回答者リストを作り上げて継続的に調査をしている類を見ない調査である。

4)ピューリサーチセンター(Pew Research Center)
 アメリカ合衆国のワシントン特別区にある世論調査を主にするシンクタンクである(https://www.pewresearch.org/)。ここはピュー慈善財団の資金を得て世界各国での世論調査を実施しており、その結果はしばしば日本のメディアでも引用される。特に中東や北アフリカなど他の調査ではあまりカバーされない地域においても実施されているのが特徴である。CSDIコンファレンスにおける研究員の報告では、各国のフィールド調査について詳細な分析も実施しており、非常に質の高い調査結果を提供している。

5)日本を中心とする調査:大阪商業大学JGSSセンター
 GSS(General Social Survey)は、シカゴ大学国立社会調査センターが1972年に開始した全米を対象とした継続的な調査であり、他の各国でも同様のGSSが実施されるようになった。先に述べたISSPは、このネットワークでの経験と人のネットワークが元になっている。大阪商業大学はこのGSSの日本版を実施してきた。(https://jgss.daishodai.ac.jp/introduction/int_top.html)。また、同時に韓国、中国、台湾などの調査研究機関と共同して東アジア社会調査(East Asian Social Survey)率いてきた。このセンターの特徴は、手法に関する良質の調査であること、またデータの公開と利用を積極的に推奨していることで、これを元にした研究成果の研究論文集や会合の開催は、この分野の中でも高く評価されている。

6)その他
 ギャラップ(Gallup)やイプソス(Ipsos)、ニールセン(Nielsen)など世界にネットワークを持つ調査機関やマーケティング会社が国際的な調査サービスを提供している。日本において住民基本台帳やそれに準ずるリストを母集団として個人面接での調査を提供しているところは少なく、多くはクライアントの予算次第とも言える。ただし、 Ipsosは日本以外では基本的に代表性のあるサンプリングを用いた個人面接調査のサービスを提供しており、特に欧州では学術的な調査も多く実施している。筆者もタイにおける全国調査の際にはIpsosにお世話になった。


3.東南アジア生活者調査(タイ、ベトナム、ミャンマー)の実施
 上記のような様々な単発・継続、そして大規模かつ継続的な調査と様々ある中で、単発ながら国立環境研究所がアジア地域で実施した調査について紹介したい。アジアの中でも東南アジアは、1980年代以降の韓国、台湾、シンガポール、香港などの東アジア中華圏を中心とする経済成長を遂げた諸国に次いで、タイやインドネシア、マレーシアを中心に1990年代以降大きく経済成長を遂げた国が多い。現在では、それらにベトナムなどが続く。国全体では経済発展を遂げているとはいえ、国の中では不均衡な経済状況であり、首都を始めとする都市部と農村部の経済格差は大きい。
 環境分野からの位置付けでみると2016年に発効した気候変動枠組み条約下のパリ協定では、以前の京都議定書とは異なり、登場国も含めた世界中の国々の温室効果ガス排出削減が求められている。東南アジアの諸国もそれぞれNDC(国が決定する貢献 Nationally Determined Commitment)を国連の枠組み条約事務局に提出している。今後の経済成長とそれに伴う温室効果ガスの排出をうまくコントロールしながら、生活レベルの向上を目指していかなければならない。このような背景から、2016年にタイ、2017年にベトナム、2018年にミャンマーと半島アジアの三カ国を対象として国全体の生活者の生活レベルの把握を目的とした全国調査を実施した。
 筆者は、先に述べたGOES以外にも、2000年代前半には中国や香港(北京大学や日本の総合地球学研究所を通じての華東師範大学や、香港城市大学等)との共同調査を実施してきた。2016年に英・仏・ノルウェー・ドイツの4ヶ国の調査に参加して実施した。また、2016年にはスタンフォード大学のKrosnick教授の共同調査にも参加した。これらの調査の実施にあたっては、最初に紹介した国際比較調査ガイドラインやこれらの過去の中国や香港、また欧米との共同実施研究の経験が大きく役にたったことはいうまでもない。

1)調査準備
 企画に当たって、アジアにおいて経済成長の段階がそれぞれ異なり、なおかつ全国調査を実施できる機関が存在する国を選定しなければならない。ISSPやWVS(世界価値観調査)などをみるとタイ、ベトナムは確実にできそうである。もう一カ国は、運良くミャンマーで実施することになった。タイにおいては、英国の協力先であるカーディフ大学との調査実施の際に彼らが英国のMORIと長く調査を行ってきたが、そのMORIがパリに本社を置くIpsosと合併し、Ipsosに調査を委託して実施したことから、タイではIpsosタイに調査実施を依頼した。当時、他の機関では、タイ語でのやりとりが必須もしくは好ましい状況であったことや、英語でのやりとりが可能な場合には、農村部の調査に二の足を踏まれることが多かったこともある。ベトナムでは、国家機関であるベトナム社会科学院の傘下にある持続可能研究所に依頼した。ベトナムではニールセンなどの調査機関とも交渉したが、やはり農村部の調査には二の足を踏まれることが多かったことがある。マーケティング調査が主であるあため、まだまだ購買力の点で農村部は魅力がなく、調査の需要もないのではないかと思われた。一方、持続可能研究所は、国の全国統計作成のための家計調査の実査を担っており、そのためのノウハウを持っていた。
 ミャンマーは、2018年当時、民主政権が誕生し、経済が急速に上向き、日本や他のアジア諸国からの投資も活発化していたところだった。最初に訪問したときには旧い空港であったが最後には新しい空港から出発するなどめざましく変化していた時期であった。ミャンマーの調査実施機関の選定は若干難航した。ニールセンなどマーケティング会社が事務所を開いたと聞き、連絡を取ったが、返事はない。ベトナムの持続可能性研究所の協力者が知り合いがいるというので連絡をとっても、実査はできないという。調査とは関係なく私的な旅行で首都のヤンゴンに滞在した際にヤンゴン駅前で「ミャンマーサーベイリサーチ」の看板をみて、さっそくホームページをあたり、日本のJICAや国連機関の依頼を受けて全国社会調査実績があることがわかり、メールを送ったのがきっかけである。この機関はESOMARのダイレクトリにも名前を掲載している唯一のミャンマー国内にある調査機関であることもわかった。ここには、英語がネイティブのスタッフとオーストラリアで社会調査を専門に博士号を取得した責任者がおり、実査に当たるスタッフもよく訓練された非常に優秀な調査機関であることがわかった。

2)タイにおける調査
 タイの調査は前述のようにIpsosのタイ支社に実査を委託した。後に述べるベトナムとミャンマーにおいても同様であるが、全国調査をいきなり実施したのではなく、まず都市部と農村部での家庭訪問調査を30戸程度実施して、家屋の状況や生活水準、家電製品の充実度や、生活全般、地域社会についての考え方などを詳細に聞き取り調査をし、これをもとに、全国調査の調査票を作成するという手順で行った。タイにおける調査の大きな特徴は、首都バンコクでのサンプリングである。クライアントである私たちが直接サンプリングに手を煩わすことはないのであるが、首都バンコクにおいては、タイ全般がそうなのかもしれないが、いわゆる首都の下部の行政組織は整っていない。そのため、例えば日本のように住民基本台帳のようなものが使えないのである。さらに、欧州のように「通り」で住所を特定することも難しい。バンコクのように人口密度の高いエリアは地図上に碁盤目に地域を分け、その碁盤目を基準にサンプリングを行うのである。家庭訪問調査を実施してわかったのだが、タイの人々の多くには「コミュニティ」の概念がない。もちろん、地域によっては地域内で集団で様々なイベントを実施し、集会所を持っている地域もあるが、そうではない地域も多いのである。親戚で数軒固まってまとまって住んでいる場合も多く、「地域コミュニティ」について質問しても、その親戚で固まって住んでいるエリアを指して回答する場合もしばしばであった。

3)ベトナムにおける調査
 ベトナムにおいても、ハノイ、ホーチミン、そして中部のホイアンの3カ所についてまず全30戸の家庭訪問調査を実施した上で、調査票を作成し全国調査を実施した。タイの調査との比較のため、実際にはタイの調査票を家庭訪問調査の結果とベトナム側カウンターパートの意見を取り入れながら改訂するという方法をとった。家庭訪問調査の対象地はいずれも海側であるが、アジア全般に特に農村部は外国人が歩き回ることに対して警戒心が強く、農村部の調査の際には、事前にベトナム側カウンターパートが調査に関する許可をすべて申請しておいてくれたものである。その上で、現地ではまず警察署を訪問し、説明し、現地警察担当者が我々に同行するという状況であった。

4)ミャンマーにおける調査
 ミャンマーでも、ヤンゴン、シャン州(東部高原地帯)、マグウェー地域(西部のエーヤワディー川沿いの乾燥地帯)の3カ所での家庭訪問調査を実施した上で、全国調査の調査票を改訂し、全国調査を実施するという手順をとって実施した。


4.まとめにかえて
 以上は、ある国を単位として個人面接調査を国を代表するサンプリングにて実施する調査をもとにした国際比較調査の事例である。今やオンラインで非常に簡単にいわゆる『国際比較調査』が実施可能になった。しかし、上記アジア3 ヶ国調査における経験から、特に途上国や、企画者・実施者が自分達と異なる生活習慣、文化をもつ国・地域を対象とした帖佐を規格・実施する際には、充分な予備調査と相手の文化習慣に配慮した調査を計画しなければならないと強く感じる。
 なお、この後半のアジア3ヶ国調査は環(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費」S16-2(1)JPMEERF16S11605の研究資金によるものである。