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■「中央調査報(No.771)」より

 ■ 2022年の展望-日本の経済 -不透明感増す「経済正常化」-


時事通信社 経済部副部長 川村 豊


 2022年の日本経済は年明けから、先行きに対する不透明感が急速に増す状況となった。1月1日に500人台だった新型コロナウイルスの国内新規感染者数は、12日に1万人超に拡大。そのわずか二日後の14日には2万人を、19日には初めて4万人を超えた。これを受け、当初は沖縄県と山口県、広島県に適用された『まん延防止等重点措置』も対象地域が一気に拡大。経済活動が再び制限される事態となった。
 こうした状況を受け、昨年秋から回復傾向にあった日本経済も再び失速する恐れが高まっている。政府は22年度の実質GDP(国内総生産)成長率について、大規模な経済対策の景気押し上げ効果により、前年度比3.2%とリーマン・ショック後の10年度以来となる高成長を見込む。しかし、感染力の極めて強い変異株「オミクロン株」の拡大で、こうした「経済正常化」のシナリオに黄信号がともった格好だ。


◇内需が総崩れ
 初めてコロナ禍に見舞われた20年に続き、日本経済は21年も、年明けから9月末までの大半の期間で緊急事態宣言や重点措置が発令されるという厳しい環境下にあった。1~3月期の実質GDPは年率換算で前期比2.9%減のマイナス成長。この反動で4~6月期こそ2.0%増とやや持ち直したものの、7~9月期は3.6%減と再び大幅なマイナス成長に転じた。
 特に7~9月期は内需が総崩れとなり、予想以上の落ち込みだった。変異株「デルタ株」の爆発的な感染拡大を受け夏休み中の外出を控える動きが広がり、内需の柱である個人消費は1.3%減。サービス消費が低調で、ほぼ無観客の開催だった東京五輪・パラリンピックの景気押し上げ効果はほとんど見られなかった。
 これに追い打ちをかけたのが、世界的な半導体不足や、東南アジアでのコロナ感染拡大に伴うサプライチェーン(供給網)の混乱だ。部品調達が滞ったトヨタ自動車など自動車大手は大幅な減産を余儀なくされ、国内での新車販売も低迷した。
 供給網の混乱が響き、内需のもう一つの柱である設備投資も2.3%減と4四半期ぶりマイナス。コロナ禍の日本経済を下支えしてきた輸出も、自動車の大幅減産や中国経済の減速を受けマイナス0.9%となり、5四半期ぶりに減少した。
 この結果、21年7~9月期の実質GDP実額は年率換算で約532兆円。コロナ禍が直撃した20年4~6月期の501兆円からは持ち直しているものの、感染拡大前の19年10~12月期(約543兆円)をなお10兆円下回る。日本経済は停滞が長期化し、なおコロナ前の水準を回復していないことになる。

◇宣言解除で回復基調
 緊急事態宣言と重点措置が9月末で全面解除され、新型コロナの新規感染者も低水準で推移したことを受け、日本経済はようやく緩やかな回復基調に入った。その一つが個人消費。飲食店の酒類提供制限が解除されたことなどにより、人の流れも増え始めた。
 日銀の消費活動指数によると、21年11月の実質消費活動指数(旅行収支調整済み、季節調整値)は前月比2.4%増と3カ月連続のプラス。夏場に落ち込んだサービスが持ち直したほか、耐久財も回復した。
 総務省の家計調査では、21年11月の1世帯当たり消費支出は27万7029円。全体では前年同月比で4カ月連続のマイナスだったものの、外出機会が増えたことで「被服および履き物」が8.9%増と4カ月ぶりのプラス、「交通・通信」も2カ月連続で増加した。
 サプライチェーン混乱の影響も緩和しつつある。21年11月の鉱工業生産指数速報値(2015年=100、季節調整済み)は97.7と、前月比7.2%上昇した。上昇は2カ月連続で、上昇幅は現行基準となった13年1月以降で最大。経済産業省は、「足踏みをしている」としていた生産の基調判断を「持ち直しの動きが見られる」とし、1年3カ月ぶりに上方修正した。
 東南アジアからの部品調達難が緩和され、自動車生産が上向いたことが要因。業種別に見ると普通乗用車など「自動車」が43.1%増と大幅に伸びた。
 一方、経済活動の再開は雇用環境にも好影響を及ぼす。総務省の労働力調査によると、21年11月の完全失業者数(季節調整値)は192万人。前月から10万人増えているものの、内訳を見ると解雇など「非自発的な離職」が横ばいだったのに対し、「自発的な離職」が6万人増加している。社会経済活動が再開する中、より良い条件の仕事を求め離職する人が増えたとみられる。
 景気の先行指標とされる新規求人数でも、同様の傾向が見て取れる。厚生労働省が公表した同月の新規求人数(同)は前月比4.1%増と4カ月連続で増加。前年同月比では12.3%増の高い伸びで、製造業が38.0%増、コロナ禍で打撃を受けた宿泊業・飲食サービス業が23.3%増、生活関連サービス業・娯楽業が17.3%増と伸びている。

◇忍び寄る物価上昇
 一方、こうした景気の回復基調に水を差し始めているのが物価上昇だ。経済活動の再開や原油をはじめとする資源・原材料価格の高騰を背景に、米国や欧州ではインフレが急伸。21年12月の米消費者物価指数は前年同月比7.0%上昇と、1982年6月以来、39年半ぶりの伸び率となった。好調だった米経済の大きなリスク要因となっている。
 こうした物価上昇圧力は日本にも及び始めている。日本ではこれに加えて、国為替市場で進む円安・ドル高が輸入コストの上昇につながっている。日銀によると、企業間で取引されるモノの価格を示す国内企業物価指数(2015年平均=100)は、21年11月に108.9と前年同月比9.2%上昇。伸び率は比較可能な81年1月以降で最大となった。12月の上昇率は8.5%(速報値)とやや縮小したものの、歴史的な高水準で推移している。
 これを受け、上昇した調達コストの一部を最終製品に転嫁する動きが出始めている。総務省が発表した21年11月の全国消費者物価指数(2020年=100)は、価格変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が100.1となり、前年同月比0.5%上昇した。伸び率は1年9カ月ぶりの大きさ。原油高と円安の影響でガソリン価格が27.1%、電気代が10.7%上昇したほか、輸入牛肉が11.0%、調理カレーが14.4%上昇するなど、身近な商品の値上げが相次いでいることを裏付けた。
 家計への影響は既に表れ始めている。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、21年11月の実質賃金(速報値)は前年同月比1.6%減と、3カ月連続で前年を下回った。実質賃金は、現金給与総額から物価変動の影響を差し引いたもの。下げ幅は20年12月以来の大きさで、消費者物価の上昇が響いた格好となる。

◇過去最大の経済対策
 経済活動の再開を受け、21年10~12月の実質GDPがプラス成長となることは確実な状況。7~9月期に成長を押し下げた個人消費や輸出、設備投資がいずれも持ち直しており、民間エコノミストの間では大幅なプラスになるとの見通しが多くなっている。
 もっとも、実質GDPの実額が感染拡大前に当たる19年10~12月期の約543兆円を超えるかについては、意見が分かれる。政府は21年中にコロナ前の水準に戻す目標を見直し、達成時期を22年1~3月期に先送りした。
 ただ、19年10~12月期は消費税率の引き上げで経済が落ち込んだタイミングでもあり、この水準を回復してもコロナ前の経済に戻ったとは言い難い。コロナ禍を克服して「経済の正常化」を果たすためには、直近のピークである19年4~6月期の557兆円を超える必要がある。民間シンクタンクの予測では、達成は22年10~12月以降にずれ込むとの見方が多い。
 政府は昨年秋、経済の正常化を確実にするため、財政支出が過去最大の55.7兆円、民間支出などを含め事業規模78.9兆円に上る経済対策を策定した。柱となるのは、岸田文雄首相が掲げる「成長と分配の好循環」の具体化策である18歳以下への10万円相当の給付や事業者支援、介護士や保育士らの賃上げなど。内閣府は経済対策が実質GDPを5.6%程度押し上げると見込む。
 さらに経済対策を盛り込んだ21年度補正予算も、一般会計の歳出総額が35兆9895億円と補正予算としては過去最大。22年度予算案も一般会計総額が107兆5964億円と10年連続で過去最大を更新し、21年度補正予算と一体の「16カ月予算」の歳出総額は143.6兆円に膨らんだ。
 山際大志郎経済財政担当相は通常国会の経済演説で、これら21年度補正予算と22年度予算案の切れ目ない執行により、「GDPは22年度には過去最高となる」と強調。その上で、「日本経済を一日も早く民需主導の自律的な成長軌道に乗せ、デフレ脱却・経済再生が実現できるように全力で取り組んでいく」と語った。

◇問われる感染対策との両立
 しかし、政府が目指す巨額の財政支出によるコロナ禍からの再生も、想像を超えるオミクロン株の急速な拡大で全く見通せなくなっている。
 既に経済が再び失速する予兆は現れている。21年12月25日~31日に調査が実施された内閣府の景気ウオッチャー調査によると、街角の景況感を示す現状判断指数(季節調整値)は前月比0.1ポイント上昇の56.4で、4カ月連続で改善した。05年12月以来となる高水準。しかし、2~3カ月先の見通しを示す先行き判断指数は4.0ポイント低下の49.4と2カ月連続で悪化し、好不況の境目とされる50を4カ月ぶりに下回った。
 調査時点では、海外でオミクロン株の急速な感染拡大が伝えられていたものの、国内では1日の新規感染者数が200~500人台で推移していた時期。それでも、先行きへの警戒感が強まっていたことになる。今後の感染状況次第ながら、22年1~3月期は個人消費を中心に景気が再び落ち込みかねない状況にある。
 また、コロナ禍が長期化すれば、これまで政府の支援策で抑え込まれてきた企業倒産が増加に転じる可能性がある。海外での感染拡大によるサプライチェーンの停滞が長引けば、回復している自動車などの生産が再び落ち込む事態も想定される。
 さらに「経済正常化」へのリスクはオミクロン株だけではない。激化する米中対立や地政学的な問題も金融市場を通じ、日本経済への打撃となりかねない。
 中でも焦点となりそうなのが、物価動向だ。資源や原材料価格は高止まりしており、今後も物価上昇圧力は強い。原油高の影響が遅れて反映される電気代やガス代の上昇が本格化するのは、むしろこれから。調達コストの上昇を受け企業業績が悪化し、十分な賃上げがなければ相次ぐ値上げで個人消費が冷え込むことも懸念される。
 物価動向に関連しては、米国の金融政策の動向も日本経済のリスク要因となる。歴史的なインフレ下にある米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)が今年3回の利上げを想定するが、市場では4回に増えるとの観測も浮上している。米国で利上げが進めば、日銀が大規模金融緩和を維持する日本との金利差が拡大して円安が進み、日本の輸入物価が一段と上がるリスクもある。
 先行きリスクが山積する22年の日本経済。だが、当面は新型コロナの感染状況に大きく左右される展開が続きそうで、これまでの知見を生かしながらいかに感染対策と経済活動の両立を図れるか、政府の真価が問われている。(了)