■ 日本版総合的社会調査(JGSS)の25年
岩井 紀子・佐々木 尚之・宍戸 邦章(大阪商業大学JGSS研究センター)
「日本版総合的社会調査(Japanese General Social Survey:JGSS)」は、大阪商業大学が
1998年秋に開始した調査研究プロジェクトである。2022年秋には25周年目を迎える。本稿では、
JGSSプロジェクトならびに「JGSS国際シンポジウム2003」を契機として、韓国・中国・台湾の研
究チームと立ち上げた「東アジア社会調査(East Asian Social Survey:EASS)」プロジェクトにつ
いて紹介する。プロジェクトの目的、19回の全国調査の実施時期・標本数/抽出地点数・テーマ・
回収率、調査対象者への謝礼の内容と渡すタイミング、研究費の調達、EASS調査の概要、JGSS
に組み込まれている設問数(継続・復活・新規・EASS関係)と変数の数の変遷、調査員の訪問日
時と欠票状況の記録、データの公開状況/公開先、JGSS公開データがどのように利用されている
かを紹介する。その中で、国際比較が可能で大規模な全国調査を継続的に実施して得られる成果
と直面する困難について述べる。 ![]() 3.調査方法の工夫 ①面接法と留置法を併用(順序は状況次第) GSSは平均90分を要する面接調査であるが、 日本の調査環境を考慮して、面接法と留置法を 併用し、各20分程度に抑えた。第1回予備調査 でsplit-ballot法で面接と留置の実施順序をテス トして、調査員の状況判断に任せることにした。 ②GSSとの互換性と日本独自のスケール 第1回と第2回予備調査では、留置調査票を2 種類用意して、スケールや選択肢としてGSSと 互換性のあるものを用いるか(中間値含む5点尺 度;「強く賛成」から始まる選択肢など)、日本で なじみのあるものを用いるか(4点尺度;「賛成」 から始めて「どちらかといえば」を含む)をテスト した。幸福感、満足度や健康状態など中間値を 必要とするものは5点尺度、家族観や政治意識 など意見項目は4点尺度とした。 ③謝礼は一部先渡し 謝礼を渡すタイミングは、第2回予備調査の 結果を踏まえて先渡しに決めた後も、表2に記 載しているように、大学の名前入りのペンセッ トを追加したり(JGSS-2002)、ごく少数の対象 者からの非難を受けて、全面的に後渡しにする (JGSS-2003)など、試行錯誤を繰り返した。 ![]() 図1のように、後渡しにしたJGSS-2003の回 収率は落ち込んだ。2005年は、日本の全世帯 を対象とした10月の国勢調査の前の8月に実施 したが、さらなる落ち込みは避けられなかった。 JGSS-2006では、事前挨拶状に目を通してもらっ たことに対する謝礼として半分を先に渡し、調 査完了後に残りの謝礼を渡すことにした。JGSS- 2013LCS/2019LCSは、2009LCSの追跡調査で あるため、後渡しである。 ![]() ④事前挨拶状の徹底的見直し JGSS-2006では、さらに、事前挨拶状の文面 を見直し、調査の説明やQ&Aなどを掲載した A3表裏カラーのパンフレットを作成し、郵送す る封筒は薄いピンクの大判の目立つものとして、 記念切手を貼った。回収率は9%改善した。 ⑤4回以上訪問から4日以上訪問へ JGSS-2003までは、調査員は対象者に会え るまで4回以上訪問することとしていた。JGSS- 2005からは、性・年齢・曜日別の在宅率の情報 (NHK生活時間調査2000)を調査要領に記載し、 平日と休日を合わせて4日以上訪問とした。 ![]() ⑥訪問記録と欠票状況の記録と分析 JGSSは回収状況と欠票調査票の分析に注力 している。JGSS-2005からは、欠票調査票を廃 止し、すべての対象者について「面接票」の表紙 に、訪問記録(最大10回)・接触状況を記入し、 欠票の場合は、表紙の裏頁に欠票決定日時・理 由・具体的状況・住居形態を記載するようにした。 2006以降は、集合住宅の入り口がオートロック かどうかを記録し、2018以降は表札の有無とイ ンターフォンの種類の記録を求めている。オート ロックは確かに対象者への接触の妨げとなるが、 一戸建てにも普及しているカメラ付きインター フォンは、対象者が調査員の様子を確認する機 会を提供することから、拒否を減らす効果を期待 できる。JGSS-2017G/2018G/2021H/2022Hは、 留置法のみで実施したので、訪問記録と欠票状 況は回収状況記入票に記載した。 ⑦複数の大学で問い合わせを受ける JGSS-2000から2012までは、前述した東京 大学社会科学研究所が研究協力機関であった が、JGSS-2015は大阪商業大学単独で臨んだ。 2016以降は京都大学大学院教育学研究科教育社 会学講座が協力機関となり、調査の際には、両 機関がウェブサイトに調査実施のお知らせを掲 載して、問い合わせの電話を受けている。 ⑧質問文と選択肢の翻訳の確認 第1回予備調査を始めるに際して、GSSのす べての設問(1972 ~ 1998年)を確認して、日本 で問うべき設問を選んだ。GSSの設問の中には、 ISSP2に組み込まれて、日本でNHK放送文化研 究所が翻訳した設問があった。日本では選択さ れにくい「strongly agree」が「そう思う」と訳さ れるなど、適切でない翻訳があった。前述した ように、JGSSは意見項目についてはGSSとの 互換性をあきらめて、日本でなじみのある選択 肢を採用した。NHKとは異なり、データと調査 票の公開(日本語・英語)の際には、利用者が誤 解しないように適切な英訳を心がけた。 英語で作成された設問の選択肢が適切に翻 訳されていないという事態(非対称スケールが 対称スケールに変更など)はその後も直面した。 JGSSはSplit-ballot法で回答分布の違いを確認 して適切な翻訳を提示した(JGSS-2017/2021)。 ⑨5点尺度と7点尺度 JGSSを開始した頃、韓国と中国のチームも GSSを範とする総合的社会調査の準備を進めて いた。JGSSが2003年に開催した国際シンポジ ウムには、両チームに加えて、1984年に社会 変遷調査を開始した台湾チームを招聘した。4 チームは東アジア社会調査(East Asian Social Survey)を立ち上げて、第1回共通モジュールの テーマを「東アジアの家族」に決めた。 ![]() 4チームは設問以上に選択肢について議論を重 ねた。台湾は日本と同様に「どちらともいえない」 を選択する傾向があり、面接調査ではまず意見 への賛否を尋ね、その後、賛否の程度を尋ねる という方法をとっている。韓国と中国では、回 答が中央に偏る傾向は少なく、「強く賛成」から 始まる5点尺度を面接で示している。 選択肢に中央値を含めることはJGSSも合意 した。問題は、5点尺度で両極を「強く賛成」「強 く反対」とした場合、日本では回答が中央値とそ の左右の3点に集中しすぎることである。JGSS は、2005年7月に無作為抽出で4種類の選択肢 (4点、5点、7点、7点で選択肢異なる)を用い たsplit-ballot法での予備調査を実施した。「強 く賛成」から始まる5点では、日本の回答は中央 値近くに偏ることをデータに基づいて他のチー ムに示して説得した。EASSの意見項目は、「強 く賛成」から始まる7点に決まった。 4.設問の公募・分布の公表・データの公開 JGSSプロジェクトの第一の理念は「公開性」 であり、あらゆる過程で重視している。 ①設問の公募 調査開始当初は、面接調査票は東京大学社会 科学研究所が、留置調査票は大阪商業大学が作 成を担当した。面接調査票は、GSSのみならず、 厚生労働省やNHKの調査、さらに、社会学の研 究グループが1955年から10年ごとに実施して いる「社会階層と社会移動調査(SSM)」を参照し て、世帯構成、職業、学歴、収入など対象者によっ て飛び先の異なる設問を中心に構成した。 調査対象者に記入を求める留置調査票には、 意見項目への賛否、価値観、満足感など、調 査員とのやり取りでは、社会的望ましさの影響 を受ける可能性のある設問を中心に構成した。 日本版総合的社会調査の基礎を固めるまでは、 GSSと共通する設問を中心に、立ち上げにかか わった研究者たちが時事的設問を加えていた。 調査を重ねる過程で、コア設問として毎回尋 ねる設問と、毎回尋ねなくてもよい設問の判断 がつくようになった(表5)。JGSS-2003では split-ballot法で、留置A票はJGSSの基本形で、 留置B票は対象者の社会的ネットワークについ て、悩み事・政治・仕事のそれぞれに関して相 談する相手のことを詳しく尋ね(表1)、彼らの 相互関係も尋ねるという意欲的な試みを行った。 GSSのネットワーク設問群よりも踏み込んだ。 ![]() JGSS-2005では設問の公募を開始した。研究 課題・設問案・想定する分析・必要な他の変数・ 関連文献を記載した提案を、JGSS運営委員会 で検討した。提案者をセンターに招聘して、設 問を練り上げることも度々行った。JGSS-2010 では、研究者10名、大学院生5名、JGSSメンバー 4名から応募があり、それぞれ9名、3名、4名(3 名は過去設問の復活)の提案を採択した。 JGSS-2006~2012では、留置A票はJGSS の基本形、B票はEASS共通モジュールとその 関連設問を組み込み、EASSも設問を公募した。 ②特別利用データの分析の公募 JGSSプロジェクトでは、データを作成し、一 般公開に向けて基礎集計表などを整備する段階 においても、分析研究を公募している。 ③国内外のデータアーカイブでの一般公開 整備を終えたデータは、調査関連資料ととも に、国内ではSSJDAに、海外ではICPSRとド イツのGESIS3に寄託してきた(表6)。海外で の利用は、データの英語版を作成して、日本語 版とセットで寄託し直した平成17(2005)年以 降、急激に拡大した(図2)。公開データは、社 会学をはじめ、経済学、統計学、政治学、心理学、 教育学、地理学、公衆衛生学、農学などの分野 で活用されている。オンラインでの統計分析を 含めて令和3年度には5万3千件利用され、平成 12年度からの累積では32万件を超えている。 ![]() ![]() これまでに、国内の269大学、52研究機関、 海外の416大学、27研究機関で利用されている。 研究だけではなく、学部や大学院での教育に活 用されている(図3)。EASSの4チームの統合デー タも、JGSSがデータ整備を担当して、EASS データアーカイブ(成均館大学Survey Research Center)とICPSRに寄託している。 ![]() ④調査関連資料の公開 JGSSは、データだけではなく、調査関連の 資料を、抽出の詳細以外はすべて公開している。 調査に関わったメンバー、調査内容、調査方法、 対象者への依頼状・パンフレット(過去の調査結 果やQ&A含む)、調査票、面接調査の回答票、 調査要領、回収率・欠票の分析、面接調査票の 設問のフローチャート、コード表、基礎集計、 データセットの重み付け、公開状況と入手方法 を、調査ごとに『基礎集計表・コードブック』に 収録して刊行するとともに、JGSS研究センター のウェブサイト4に掲載している。 ウェブサイトには、調査項目の事項索引と変 数名索引も掲載している。これらの資料は、デー タ分析に関心のある者だけでなく、面接調査や 自記式調査を自ら企画しようとしている学生や 研究者のガイドとなっている。ウェブサイトの 閲覧回数は、20万3千をこえている。 ⑤大学・研究機関以外の人々への紹介 JGSSのウェブサイトには、すべての調査項目 について、回答の推移を掲載している。例えば、 「信仰する宗教がある」または「家の宗教がある」 と回答した人には、具体的に「宗教名」を尋ねて いる。宗教名は社会調査では尋ねることを避け られやすい項目であるが、JGSSのウェブサイト では、この2000年から2018年までにさまざま な宗教を挙げた人の数が記載されている。 調査結果を広く知ってもらうために、ウェブ サイトで時事設問の速報を掲載し、新聞やテ レビからの報道依頼には積極的に応じている。 2013年からは日本政策金融公庫の『調査月報』5 に3年以上にわたり「JGSSでよむ日本人の意識 と行動」を連載した。 ⑥EASSの4チームによる国際発信 EASSの4チームは、2003年以降、春と秋に 4チームが持ち回りでホストを務めて、会議やセ ミナーを開催してきた。さらに4年毎に開催され る「国際社会学会世界社会学会議」(2010年イエ テボリ・ 2014年横浜)において共同でパネルセッ ションを開催するなど、国際発信に努めている。 コロナ禍でオンライン会議に切り替わったが、 共通モジュールを作成し、それぞれの全国調査 に組み込んでデータを収集し、統合データを作 成し、データを公開する過程は続いている。 5.調査実施・データ整備費用の確保の困難 全国調査のデータの質は、調査票の内容や回 収率だけでなく、調査地点の数に左右される。 表1に示すように、JGSSは、大阪商業大学と東 京大学の学内経費で始まり、1999年4月に大阪 商業大学比較地域研究所が「学術フロンティア推 進拠点」に認定されて半額助成を受け、2004年 にはさらに5年更新された。しかし、全国調査 の実施、設問や選択肢の妥当性を確認する予備 調査の実施、有効回収票の入力、データ作成・ クリーニング、基礎集計表・コードブックの作成、 公開準備などを進める研究員とスタッフの人件 費などの合計は巨額であり、一大学が担い続け ることはできず、終了を検討した。 2008年5月、文部科学省は公立・私立大学に おいて共同利用・共同研究拠点を認定し、整備 を推進する事業の募集を開始した。JGSS研究セ ンターは、即座に応募し、日本版総合的社会調 査共同研究拠点に認定され、2012年までの拠点 の推進事業を受託した。 2013年度以降は、科学研究費をはじめ、学内 と民間の研究助成を組み合わせることで、サン プルサイズの確保に努めた。2016年には文部科 学省の「特色ある共同研究拠点の整備の推進事 業~機能強化支援(2016-2018)」の助成を受け て、着手が遅れていたEASS 2016家族モジュー ルを組み込んだJGSS-2017およびEASS 2018 文化とグローバリゼーションモジュールに特化 した2017Gと2018Gを実施することが出来た。 EASSプロジェクトは、各チームが調査を実 施する1年前までに共通モジュールを確定させ る必要があり、研究費が数年先まで確保できて いないと、他のチームと同じペースでプロジェ クトを進めることが難しくなる。中国チームと 台湾チームは政府からの助成をコンスタントに 受けている。一方、日本と韓国チームは、研究 費の確保に苦労しており、調査の時期がずれた り、1つの調査では十分なサンプルが確保でき ず、2回の調査結果を合わせるなどして対応して いる。 2018年に日本学術振興会の「人文学・社会科 学データインフラストラクチャー構築推進事業」 の拠点機関に認定され、研究員を増員して、遅 れていたデータ整備を加速することが出来た。 さらに、国立情報学研究所が更新を進めてい る全国の大学図書館のネットワークシステムに 組み込む形で、JGSS自らがデータダウンロード システム(JGSSDDS)を構築するプロジェクト が進んでいる。JGSSとEASSデータのみならず、 JGSS研究センターが整備を支援する研究者や 研究機関のデータも掲載される。 なお、JGSSDDSでは、SPSSやSTATAなど の統計パッケージが手元になくても、オンライ ンで分析できるアプリケーションも稼働する。 2020年には、科研基盤Aと機能強化支援の助 成を得て、9年ぶりに調査票を2種類作成した。 科研では東アジア社会調査の共通設問、機能 強化支援ではヨーロッパ社会調査との共通設問 (Covid-19)を組み込んだJGSS-2021H/2022H を実施した。 6.JGSSプロジェクトのこれから JGSSプロジェクトは、1998年秋の発足時か らこれまでに、日本全国の9万5千人以上の人々 に意見を尋ねてきた。この秋には、20回目の全 国調査を実施する。2023年1月には、25周年の 国際シンポジウムの開催を予定している。今年 度末には、科研基盤A、文部科学省の機能強化 支援、日本学術振興会のデータインフラ事業の 3つの研究助成がすべて終了する。JGSS研究セ ンターは、JGSSプロジェクトとEASSプロジェ クトの継続を目指して、新たな研究助成の獲得 を目指す。 1Inter-university Consortium for Political and Social Research;世界最大の社会科学のデータアーカイブ。 2International Social Survey Programme; 1984年にアメリカ・西ドイツ・イギリス・オーストラリアの4チームが立ち上げ、これまでに57カ国のチームが参加。日本は1993年から参加。 3German Social Science Infrastructure Services 4https://jgss.daishodai.ac.jp/surveys/sur_top.html。 5https://www.jfc.go.jp/n/findings/tyousa_gttupou_2013.html |