■ 高齢者の職業生活の20 年間の変化:高齢者の雇用延長政策による影響はあるのか?
杉澤 秀博(桜美林大学大学院)
1.問題意識 表2には、現職への転職の年齢(「45歳未満に 転職」「45歳以上で転職」)について、1999年と 2016年を比較した結果を示している。「45歳未 満で転職」した人に関してみると、転職の結果 として「自営業」という人が1999年の65%から 2016年では47%に減少したものの、転職後に「正 規ホワイトカラー職」「非正規ホワイトカラー職」 となった人の割合は合計で19%から32%へと増 加していた。他方、「45歳以上で転職」した人で は、1999年と2016年では、転職後の雇用形態・ 職種の分布に有意差はみられなかった。つまり、 高齢者雇用安定法の改定の影響は観察できな かった。 どのような紹介ルートで現職に就いたかにつ いては、職種による違いが大きく、調査年による 違いは大きくなかった。すなわち、いずれの調査 年においても「ホワイトカラー職」では「正規」「非 正規」のいずれも、「出向元や元の会社の指示や 斡旋」が50 ~ 60%以上を占めており、次いで「家 族や友人の紹介」が20 ~ 30%であった。「ブルー カラー職」については、「正規職」「非正規職」のい ずれも「家族や友人の紹介」が40 ~ 50%と最も 多くを占めていた(表略)。高齢者雇用安定法の 改定によって、65歳までの雇用保障が企業に義 務づけられたが、45歳以上の転職に関しては全 体としてみた場合、「出向元や元の会社の指示や 斡旋」の割合に有意な増加は観察されなかった。 表3には、最長職(「正規ホワイトカラー職」 「正規ブルーカラー職」「自営業」」)別に、現在の 雇用形態・職種の分布が1999年と2016年でど のように異なるかを比較した結果を示している。 最長職が「正規ホワイトカラー職」の人では、現 職が「正規ホワイトカラー職」であるという人の 割合が1996年の30%から2016年では37%へ増 加していた半面、「無職」の人は41%から24%へ と減少していた。これ以外の最長職である「正規 ブルーカラー職」「自営業」についてはいずれも、 現在の雇用形態・職種の分布に関しては1999年 と2016年で有意差はみられなかった。高齢者の 雇用延長政策との関連では、最長職が「正規ホワ イトカラー職」の人への影響が大きく、60歳以降 でも「正規ホワイトカラー職」に就く人の割合が 増えていることが示唆されている。 3.健康状態別にみた現職の雇用形態・職種の分布:1999年と2016年の比較 表1で示したように、この20年間に「無職」の人が減少し、「ホワイトカラー職」の人は「正規職」「非正規職」の割合がいずれも増加していた。年金の支給開始年齢が上がったことによって、健康上の問題を抱えている人でも無理をして就業せざるをえなかったという弊害が起こっていないのであろうか。表4では、いくつかの健康指標を用いて健康状態の良否別に現職の雇用形態・職種の分布を、1999年と2016年で比較した結果を示した。いずれの指標についても、健康状態が良好な人だけでなく、健康状態が良くない人でも、雇用形態・職種の分布は1999年と2016年で有意な差があり、特に「非正規ホワイトカラー職」で割合の増加が、「無職」の人で割合の減少が著しかった。以上のことから、1999年においては、健康状態が悪く、就業を控えていた人であっても、2016年においては同じような健康状態の人で就業している可能性があり、この傾向は、特に「非正規ホワイトカラー職」の人たちで顕著であることが示唆された。 4.現在の雇用形態・職種別にみた仕事特性:1999年と2016年の比較 年金の支給開始の繰り上げに伴って、経済的 な理由から就業環境が悪い場合でも65歳まで就 労することが求められている可能性がある。表5 では、現在の雇用形態・職種別に、仕事特性が 1999年と2016年で違いがあるか否かを分析し た結果を示した。仕事特性は、「自由裁量」「仕 事要求」「技術・知識の活用」「失業不安」「仕事 満足度」の面から評価した。「ホワイトカラー職」 では「正規職」「非正規職」に関係なく、「自由裁量」 と「技術・知識の活動」のスコアが高く、「ブルー カラー職」では「正規職」「非正規職」に関係なく、 「自由裁量」と「技術・知識の活用」のスコアが低 い傾向がみられたが、それらの分布は1999年と 2016年では有意差はみられなかった。 表6に、最長職と現職との職種の移動が、仕 事特性に与える影響を分析した結果を示した。 仕事満足度については、「ホワイトカラー職⇒ブ ルーカラー職」へ、「ブルーカラー職⇒ホワイト カラー職」へと職種を移動した人では、1999年 から2016年で仕事満足度の低下が著しかった。 5.終わりに 近年、年金財政の逼迫に対応するため、年金 に依存するのではなく稼働所得による生計維持 を目指した高齢者の雇用推進が目指されている。 本稿のデータ分析では60歳以上の男性について は就業割合が増加しており、特に最長職がホワ イトカラー職の人で60歳以後もホワイトカラー 職で就業する人の増加が大きいことが示唆され た。他方では、次のような課題があることも浮 かび上がってきた。第1に、以前は健康が優れ ないため就業を控えていた人の間でも就業して いる人の割合が増加しており、健康管理の拡充 の必要性が示唆されたこと、第2に、仕事の質 の面では職種の変更(「ホワイトカラー職種⇒ブ ルーカラー職種」「ブルーカラー職種⇒ホワイ トカラー」)が仕事満足度を低下させる傾向が強 まっており、その理由としては、生計維持のた めの就業という半強制的に就業せざるを得ない ことが関係していると思われることである。以 上の課題への研究面・実践面での対応が必要で ある。 謝辞 本稿では、「高齢者における健康の社会階層格 差のメカニズムとその制御要因の解明」プロジェ クトのデータを使用している。データの使用を 快諾された原田謙先生(実践女子大学)、杉原陽 子先生(東京都立大学)、柳沢志津子先生(徳島 大学)、新名正弥先生(田園調布大学)に心から感 謝申し上げます。2016年の調査結果については、 http://age-inequality.jp/performance.htmlを 参照ください。なおこのデータの収集は、中央 調査社に委託して行った。 |