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■「中央調査報(No.782)」より

 ■ 高齢者の職業生活の20 年間の変化:高齢者の雇用延長政策による影響はあるのか?


杉澤 秀博(桜美林大学大学院)


1.問題意識
 少子高齢化という急速に進展する人口転換に よって、社会や経済システムの見直しが必要と される。その重要な課題の1つとして高齢者の 雇用推進が位置付けられる。高齢化の急速な進 展により年金受給者が急増するものの、少子化 によって年金を納める現役世代の人たちが減少 することから、賦課方式の公的年金制度は財源 的な危機に直面することになる。その危機を回 避するためには年金支出の抑制が不可欠であり、 高齢者が年金に依存しなくても生計維持ができ るような体制の整備、すなわち稼働所得を維持 できるよう雇用推進を図ることが重要な柱とな る。このような政策的な意図のもと、公的年金 の支給開始年齢の引き上げのスケジュールに合 わせて、65歳までの雇用確保のための措置が 2000年以降の高年齢者雇用安定法の改定によっ て講じられている。この法律の改定によって多 くの企業では定年者の再雇用を行い、65歳まで の雇用確保を図ってきている。世界的にみても 日本の高齢男性の就労割合が高いものの、年金 財政の安定を目指した高齢者の雇用推進施策に よって、より一層高齢者の就労を促す社会的な 圧力が強くなってきている。
 このように65歳までは法律的に雇用保障が行 われるようになったが、この人たちの就業の実 態、特に雇用延長政策の進展に伴ってどのよう に職業生活に変化が見られるかについては明ら かにされていない。著者は、65歳までの雇用延 長が法律上保障される以前の1999年と、65歳ま での雇用が法律上保障されて以降の2016年に、 全国55 ~ 64歳の男性を対象に職業生活に関す る調査を実施した。この間に基礎年金の支給開 始年齢が60歳から65歳へと引き上げられている。
 本稿では、このデータベースを用いて、60歳 以上男性の職業生活が1999年と2016年でど のように異なるかを示してみたい。分析の軸は、 雇用形態(正規職、非正規職、自営業、無職)と 職種(「ホワイトカラー職」と「ブルーカラー職」) であり、①現職の雇用形態・職種とそこに至る 経緯、②健康状態による現職の雇用形態・職種 の分布、③現職の雇用形態・職種別の職業生活 の質(自由裁量、仕事要求度、技術の活用、仕事 満足度)が、1999年と2016年でどのように異な るかを明らかにし、高齢者の雇用延長施策との 関連で職業生活の質がどのように変化してきて いるかについて考察してみたい。なお、ホワイ トカラー職には「管理的職業」「専門的・技術的 職業」「事務従事者」「販売従事者」が、ブルーカ ラー職には、「農林漁業従事者」「運輸・機械運 転従事者」「生産工程従事者」「運搬・清掃従事者」 「サービス職業従事者」「建設・採掘従事者」など が含まれる。

2.現職の雇用形態・職種とそこに至る経過:1999年と2016年の比較
 表1は、雇用形態と職種を組みわせ、「正規ホ ワイトカラー職」「非正規ホワイトカラー職」「正 規ブルーカラー職」「非正規ブルーカラー職」「自 営業」「無職」のそれぞれの割合を、1999年と 2016年で比較した結果を示している。「正規ホ ワイトカラー職」と「非正規ホワイトカラー職」の 各割合は2016年では19%と12%であり、いず れの割合も1999年の割合(11%、7% )よりも増 加している。他方、「自営業」と「無職」の各割合は、 2016年で23%と21%であり、1999年の29%と 32%から減少している。

表1:現在の雇用形態・職種の分布:1999 年と2016 年の比較

 表2には、現職への転職の年齢(「45歳未満に 転職」「45歳以上で転職」)について、1999年と 2016年を比較した結果を示している。「45歳未 満で転職」した人に関してみると、転職の結果 として「自営業」という人が1999年の65%から 2016年では47%に減少したものの、転職後に「正 規ホワイトカラー職」「非正規ホワイトカラー職」 となった人の割合は合計で19%から32%へと増 加していた。他方、「45歳以上で転職」した人で は、1999年と2016年では、転職後の雇用形態・ 職種の分布に有意差はみられなかった。つまり、 高齢者雇用安定法の改定の影響は観察できな かった。
表2:転職年齢階級別にみた現在の雇用形態・職種の分布:1999 年と2016 年の比較

 どのような紹介ルートで現職に就いたかにつ いては、職種による違いが大きく、調査年による 違いは大きくなかった。すなわち、いずれの調査 年においても「ホワイトカラー職」では「正規」「非 正規」のいずれも、「出向元や元の会社の指示や 斡旋」が50 ~ 60%以上を占めており、次いで「家 族や友人の紹介」が20 ~ 30%であった。「ブルー カラー職」については、「正規職」「非正規職」のい ずれも「家族や友人の紹介」が40 ~ 50%と最も 多くを占めていた(表略)。高齢者雇用安定法の 改定によって、65歳までの雇用保障が企業に義 務づけられたが、45歳以上の転職に関しては全 体としてみた場合、「出向元や元の会社の指示や 斡旋」の割合に有意な増加は観察されなかった。
 表3には、最長職(「正規ホワイトカラー職」 「正規ブルーカラー職」「自営業」」)別に、現在の 雇用形態・職種の分布が1999年と2016年でど のように異なるかを比較した結果を示している。 最長職が「正規ホワイトカラー職」の人では、現 職が「正規ホワイトカラー職」であるという人の 割合が1996年の30%から2016年では37%へ増 加していた半面、「無職」の人は41%から24%へ と減少していた。これ以外の最長職である「正規 ブルーカラー職」「自営業」についてはいずれも、 現在の雇用形態・職種の分布に関しては1999年 と2016年で有意差はみられなかった。高齢者の 雇用延長政策との関連では、最長職が「正規ホワ イトカラー職」の人への影響が大きく、60歳以降 でも「正規ホワイトカラー職」に就く人の割合が 増えていることが示唆されている。
表3:最長職別にみた現在の雇用形態・職種の分布:1999 年と2016 年の比較


3.健康状態別にみた現職の雇用形態・職種の分布:1999年と2016年の比較
 表1で示したように、この20年間に「無職」の人が減少し、「ホワイトカラー職」の人は「正規職」「非正規職」の割合がいずれも増加していた。年金の支給開始年齢が上がったことによって、健康上の問題を抱えている人でも無理をして就業せざるをえなかったという弊害が起こっていないのであろうか。表4では、いくつかの健康指標を用いて健康状態の良否別に現職の雇用形態・職種の分布を、1999年と2016年で比較した結果を示した。いずれの指標についても、健康状態が良好な人だけでなく、健康状態が良くない人でも、雇用形態・職種の分布は1999年と2016年で有意な差があり、特に「非正規ホワイトカラー職」で割合の増加が、「無職」の人で割合の減少が著しかった。以上のことから、1999年においては、健康状態が悪く、就業を控えていた人であっても、2016年においては同じような健康状態の人で就業している可能性があり、この傾向は、特に「非正規ホワイトカラー職」の人たちで顕著であることが示唆された。
表4:健康状態別にみた現職の雇用形態・職種の分布:1999 年と2016 年の比較


4.現在の雇用形態・職種別にみた仕事特性:1999年と2016年の比較
 年金の支給開始の繰り上げに伴って、経済的 な理由から就業環境が悪い場合でも65歳まで就 労することが求められている可能性がある。表5 では、現在の雇用形態・職種別に、仕事特性が 1999年と2016年で違いがあるか否かを分析し た結果を示した。仕事特性は、「自由裁量」「仕 事要求」「技術・知識の活用」「失業不安」「仕事 満足度」の面から評価した。「ホワイトカラー職」 では「正規職」「非正規職」に関係なく、「自由裁量」 と「技術・知識の活動」のスコアが高く、「ブルー カラー職」では「正規職」「非正規職」に関係なく、 「自由裁量」と「技術・知識の活用」のスコアが低 い傾向がみられたが、それらの分布は1999年と 2016年では有意差はみられなかった。
表5:雇用形態・職種別にみた仕事特性:1999 年と2016 年の比較

 表6に、最長職と現職との職種の移動が、仕 事特性に与える影響を分析した結果を示した。 仕事満足度については、「ホワイトカラー職⇒ブ ルーカラー職」へ、「ブルーカラー職⇒ホワイト カラー職」へと職種を移動した人では、1999年 から2016年で仕事満足度の低下が著しかった。
表6:最長職と現職との職種移動別にみた仕事特性:1999 年と2016 年の比較


5.終わりに
 近年、年金財政の逼迫に対応するため、年金 に依存するのではなく稼働所得による生計維持 を目指した高齢者の雇用推進が目指されている。 本稿のデータ分析では60歳以上の男性について は就業割合が増加しており、特に最長職がホワ イトカラー職の人で60歳以後もホワイトカラー 職で就業する人の増加が大きいことが示唆され た。他方では、次のような課題があることも浮 かび上がってきた。第1に、以前は健康が優れ ないため就業を控えていた人の間でも就業して いる人の割合が増加しており、健康管理の拡充 の必要性が示唆されたこと、第2に、仕事の質 の面では職種の変更(「ホワイトカラー職種⇒ブ ルーカラー職種」「ブルーカラー職種⇒ホワイ トカラー」)が仕事満足度を低下させる傾向が強 まっており、その理由としては、生計維持のた めの就業という半強制的に就業せざるを得ない ことが関係していると思われることである。以 上の課題への研究面・実践面での対応が必要で ある。

謝辞
 本稿では、「高齢者における健康の社会階層格 差のメカニズムとその制御要因の解明」プロジェ クトのデータを使用している。データの使用を 快諾された原田謙先生(実践女子大学)、杉原陽 子先生(東京都立大学)、柳沢志津子先生(徳島 大学)、新名正弥先生(田園調布大学)に心から感 謝申し上げます。2016年の調査結果については、 http://age-inequality.jp/performance.htmlを 参照ください。なおこのデータの収集は、中央 調査社に委託して行った。