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■「中央調査報(No.783)」より

 ■ 2023 年の展望 ― 日本の経済
 ~景気回復に試練「米欧経済減速の影、カギ握る賃上げ」~



時事通信社 経済部専任部長 鈴木 康也


 2023年の日本経済は試練に直面しそうだ。インフレ抑制へ急速な利上げを進めた米国や欧州で景気の減速が避けられない。中国は、新型コロナウイルス感染拡大を徹底的に抑え込む「ゼロコロナ」政策を転換し経済正常化を急ぐが、力強い成長は見込めず、頼みの海外経済は厳しさを増している。ロシアのウクライナ侵攻は1年近くたっても収束が見通せず、かく乱要因としてくすぶり続ける。
 海外での原材料価格高騰や急速な円安を背景に、国内では食料品など生活必需品の値上げが進み、個人消費に影を落としている。電気代は4月分以降、複数の地域で電力大手による大幅値上げが見込まれる。日銀が22年12月、大規模金融緩和策の修正に動いたことで、長期金利が上昇。メガバンクや地方銀行は住宅ローンの固定金利を引き上げ、消費者心理は一段と冷え込みそうだ。内憂外患の中、景気回復の持続には「インフレ率を超える賃上げの実現」(岸田文雄首相)がカギを握る。

◇米景気後退の恐れ
 米連邦準備制度理事会(FRB)は22年3月、2年間続けた事実上のゼロ金利政策を解除し、約3年ぶりの利上げを決定した。コロナ禍による生産停止・縮小や深刻な人手不足が供給制約や賃金の大幅な上昇を招き、急激なインフレにつながったためだ。その後もFRBは利上げを急ピッチで進め、22年の上げ幅は計4.25%に達した。
 欧州もこの動きに追随。その影響は世界に広がる。世界銀行が23年1月発表した23年の世界の実質GDP(国内総生産)成長率は1.7%と22年6月時点の前回予測から1.3ポイント下方修正した。日本は1.0%(前回予測は1.3%)と緩やかな成長を維持する。一方、米国は0.5%(同2.4%)、ユーロ圏は0%(同1.9%)にそれぞれ大幅に引き下げ、景気後退の可能性が高まっている。
 利上げの影響は実体経済に及びつつある。米サプライ管理協会(ISM)が発表した22年12月の製造業景況指数は48.4と、前月から0.6ポイント低下。好不況の境目とされる50を下回るのは2カ月連続で、20年5月(43.5)以来、2年7カ月ぶりの低水準に落ち込んだ。同月の非製造業景況指数も49.6と50を割り込んだ。
 22年12月の米雇用統計では、賃金上昇率(平均時給の伸び)が前月比0.3%と市場予想を下回り、11月の伸び率も下方修正された。賃金の上昇がインフレの主因のため、市場では物価高が沈静化して利上げのペースが緩やかになり、米国経済が一定程度の成長を維持するソフトランディング(軟着陸)できるとの楽観的な見方が広がる。12月の米消費者物価指数の上昇率は前年同月比6.5%と前月の7.1%を下回り、6カ月連続で低下した。
 ただ、FRBはインフレへの警戒感を緩めていない。人手不足を背景に接客などサービス分野の値上がりは依然目立つ。FRBは「インフレを目標の2%に戻すため、十分に景気抑制的な金融政策を行う」(パウエル議長)構えだ。ペースは緩やかながらも、政策金利が5%程度になるまで利上げを続けるとみられる。

◇回復鈍い中国
 中国は、経済の足かせとなっていたゼロコロナ政策を解除した。ゼロコロナでも感染を封じ込めることが困難になっていたことや、企業が生産拠点を中国以外に求める「脱中国」の動きが出てきたことなどが中国政府に政策転換を促した。
 その後、感染が急拡大したことで、中国は日米欧など各国から入国規制を受けることになった。中国政府は23年1月10日、日本と韓国による水際対策への対抗措置として、中国への渡航に必要なビザ(査証)の発給手続きを停止したと発表。ビジネスでの往来や、インバウンド(訪日外国人旅行者)などに支障が出る恐れがある。
 中国での感染収束は容易に見通せない。変異株の流行や大都市でのロックダウン(都市封鎖)などで混乱が長引くと、消費回復は進まず、サプライチェーン(供給網)にも深刻な影響が及ぶ。コロナ禍だけではなく、激化する米中対立も懸念要因だ。米国による半導体規制などが景気回復の足を引っ張る可能性もある。世銀が発表した23年実質GDP成長率は4.3%で、政府が目標に掲げる「5.5%前後」は達成できない見通しだ。
 原油や小麦などの価格高騰を通じ、世界経済に混乱をもたらしたロシアのウクライナ侵攻。1年近くたっても戦闘が続いている。ロシアが過激な軍事行動を展開するなど危機が一段と高まれば、景気減速による需要減退を見込んで落ち着いてきた資源価格が再び高騰しかねない。日本はロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」から液化天然ガス(LNG)を輸入している。年間輸入量の約8%を調達しており、情勢緊迫化で支障が生じればLNGの安定供給が揺らぐ恐れがある。

◇続く物価高
 総務省が発表した22年12月の東京都区部消費者物価指数(中旬速報値、20年=100)は、価格変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が103.9と、前年同月比4.0%上昇した。伸び率は第2次石油危機の影響が残る1982年4月(4.2%)以来、40年8カ月ぶりの高い水準となった。食料品やエネルギーの価格高騰が全体を押し上げた。
 生鮮食品を除く食料が7.5%上昇。大手チェーンの値上げを受け、外食のハンバーガーが伸びた。原材料高などで食用油は32.5%上がった。
 エネルギーも、都市ガス代が36.9%、電気代は26.0%と上昇が続いた。タクシー代は14.4%上がった。
 帝国データバンクによると、22年の食品値上げは2万822品目に上り、平均14%引き上げられた。原油や小麦などの市況が高騰。日米金融政策の方向性の違いから円相場は約32年ぶりに1ドル=151円台まで円安が進行し、原材料の輸入価格上昇に拍車を掛けた。10月には単月で6699品目に上り、「記録的な値上げラッシュ」(帝国データ)となった。
 同社によると、23年には4月までに7390品目の食品が値上げされる。前年同期比6割増とペースが加速している。原材料高や物流費上昇を商品価格に転嫁する動きが進んでいないためだ。既に値上げした食品については、客離れを回避しようと、価格を変えずに内容量を減らす「実質値上げ」を選択する例が増えている。分野別では、冷凍食品やかまぼこなどの加工品が半数超を占める。
 食品の値上げラッシュは当面続く公算が大きい。穀物やエネルギーの国際商品市況は高騰が一服しているものの、円安の影響がなお残る。小麦については、4月の政府売り渡し価格が引き上げられる可能性がある。半年ごとに改定される売り渡し価格を巡っては、岸田政権が価格抑制のため22年10月の価格を据え置いた経緯がある。23年4月には過去1年の買い付け価格を基に算定されるため、ロシアのウクライナ侵攻に伴う価格高騰も反映されることになる。
 電気代が大幅に上昇する地域も出てきそうだ。2月分料金については、東京電力ホールディングスなど電力大手10社が22年末に引き下げを発表。政府の負担軽減策により、標準家庭で2000円近くの値下げとなる。ただ、政策効果は一時的なものになりそうだ。東北、北陸、中国、四国、沖縄の各電力大手は家庭向け規制料金の大幅値上げを経済産業省に申請した。5社は燃料価格の高騰を理由に、平均28~45%程度の料金引き上げを認めるよう求めている。東電、北海道電力も家庭向け規制料金を引き上げる方向だ。
 もっとも、23年の消費者物価指数の上昇率について、エコノミストの間では1%台に落ち着くとの見方が多い。需要と供給力の差を示す「需給ギャップ」はコロナ禍以降マイナスで推移しており、需要不足が重しとなって、物価上昇が鈍化するとの見立てだ。一方、日銀が算出した22年7~9月期の需給ギャップはマイナス0.06%と需要不足解消に近づいたことを示唆しており、物価上昇圧力が強まる可能性もある。

◇広がる賃上げ機運
 物価高は賃金の目減りにつながっている。厚生労働省が発表した22年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、基本給と残業代などを合わせた現金給与総額に物価の変動を反映させた実質賃金は前年同月比3.8%減となった。実質賃金の減少は8カ月連続で、減少幅は消費税増税後の14年5月(4.1%減)以来の大きさだった。物価上昇に賃金の伸びが追い付かない状況が続いている。
 実質賃金の落ち込みは消費者心理を冷え込ませている。内閣府の消費動向調査によると、消費マインドを示す消費者態度指数(2人以上の世帯、季節調整値)は22年1月以降、低下基調を鮮明にしている。11月は28.6とコロナ禍で消費が萎縮していた20年6月(28.3)以来の水準に落ち込んだ。
 総務省が発表した22年11月の家計調査によると、1世帯(2人以上)当たりの消費支出は28万5947円で、物価変動の影響を除いた実質で前年同月比1.2%減少した。食料などの支出が減少し、消費支出全体を押し下げた。
 消費低迷による景気失速を回避するには物価高をカバーするだけの賃上げが必要だ。連合は23年春闘で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を含め「5%程度」の賃上げを目指す。芳野友子会長は5日に開いた年頭の記者会見で、「実質賃金を上げ、経済を回していくことが今まで以上に大切だ」と訴えた。
 大企業では物価高に対応し賃金を引き上げる動きが広がっている。サントリーホールディングスの新浪剛史社長は、23年春闘でベアを含め6%の賃上げを実施する方針を示した。キヤノンは20年ぶりにベアを実施。日揮ホールディングスは4月、ベアなどで月額10%の賃上げを行う。カジュアル衣料「ユニクロ」などを展開するファーストリテイリングは3月から、国内従業員の年収を最大で4割引き上げる。経団連など経済3団体が開いた新年祝賀会を訪れた企業トップからも賃上げに前向きな発言が相次いだ。
 実際、賃上げ機運は高まっているようだ。東京商工リサーチが22年10月に実施した調査(有効回答4433社)では、81.6%が賃上げを予定していると回答した。ただ、「5%以上の引き上げ」を見込む企業は4.2%にとどまった。厚労省が公表している主要民間企業の賃上げ率は、安倍政権下の「官製春闘」でも2%台前半だったことを考えると、足元のインフレ率を上回る賃上げのハードルは高い。

◇異次元緩和の修正進むか
 日銀は22年12月、大規模緩和の副作用を軽減するため、長期金利の上昇を認める上限を0.25%から0.5%に引き上げた。日銀が大規模緩和を続ける一方、米国では利上げが進み、金利差が拡大。急速な円安につながり、物価高の一因になったことで、日銀が政策修正を迫られた格好だ。上限引き上げについて、市場は事実上の利上げと受け止める。日銀の黒田東彦総裁は「利上げではない。出口戦略の一歩とか、そういうものでは全くない」などと反論した。ただ、黒田総裁は22年9月の講演で、長期金利の上限引き上げについて「明らかに金融緩和の効果を阻害する」と指摘しており、政策修正の唐突感は否めず、市場関係者からは困惑の声が上がった。
 日銀の政策修正により、市場では日米金利差縮小が意識され円高が進んだ。米国でインフレ沈静化が顕著になり、利上げの打ち止め感が強まれば、さらに円高方向に振れることになる。輸入物価の上昇抑制につながる一方で、自動車など輸出関連企業の収益には逆風となる。4月には黒田総裁が任期満了を迎える。再続投はなく、10年ぶりに新総裁が誕生する見通しだ。交代を機に、物価上昇目標を2%と定める政府と日銀の共同声明(アコード)が見直される可能性がある。異次元緩和からの転換が鮮明になれば、金利上昇を通じて円高・株安が進む場面もありそうだ。(了)