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■「中央調査報(No.784)」より

 ■ 健康情報についての全国調査(2020年)(INFORM Study 2020)


(国立がん研究センター がん対策研究所 行動科学研究部 実装科学研究室)
大槻 曜生、島津 太一


Ⅰ.背景
 日本での大きな疾病負荷である「がん」について、予防のエビデンスは確立されているが1, 2, 3、国民の予防行動は十分ではない。例えば、未だ男性の27%、女性の8%が喫煙しており4、がん検診受診率は37~54%5と、社会経済的水準が同程度の諸外国と比較して低い6
 がん予防行動を実践していない人々に対して、ヘルスコミュニケーション・キャンペーンで広く効果的に必要な情報を届けるためには、セグメンテーションとメッセージのテーラリングが重要である。すなわち、人々を、変容させたい行動、がんの知識、態度、信念などの個人特性、社会経済的特性が類似している集団に分け(セグメンテーション)、その集団に最もよく届く情報チャネル(新聞、テレビ、インターネット、医療従事者など)を選択し、集団ごとに説得力のあるメッセージを発信する7, 8, 9。それによって行動変容の前提条件である予防の知識や行動変容の意図を強化できる可能性がある10, 11。しかし日本では、セグメンテーションや情報チャネル特定のために必要な情報が全国規模の調査では評価されていない12, 13, 14。したがって、本研究は、全国を代表するサンプルを対象とし、がん予防行動、がんの知識、態度、信念などの個人特性、社会経済的特性、がん情報を得るためにアクセスする情報チャネル、信頼する情報チャネル、IT利用などの情報発信の際のセグメンテーションや情報チャネル特定に必要な情報を取得することを目的とした。

Ⅱ.方法
1.調査対象者および調査期間

 20歳以上の日本人男女10,000人を対象として、自記式質問票を用いた郵送調査を行った。対象者の抽出は、国勢調査区を第一次抽出単位、20歳以上の個人を第二次抽出単位とする層化二段無作為抽出法で行った。国勢調査区は500とし、地域と都市規模で層別した35層から人口に比例した確率で無作為抽出した。地域は、北海道、東北、関東、甲信越・北陸、東海、近畿、中国、四国、九州・沖縄地方、都市規模は、21大都市、人口20万人以上の市、その他の市、町村とした。それぞれの国勢調査区から無作為に20人を抽出した。対象者の除外基準は設けなかった。調査期間は2020年8月1日から9月30日であった。

2.研究のフレームワーク
 我々は、米国で2003年以来継続的に実施されている全国調査「Health Information NationalTrends Survey: HINTS15 」で使用されたフレームワークを参考に、Audience-Channel-Message-Evaluation(ACME)フレームワーク16に基づいて、重要なターゲット(Audience)と情報チャネル(Channel)を特定し効果的ながん対策ヘルスコミュニケーション・キャンペーンにつなげるためのフレームワークを作成した(図1)。人々はがんに関する知識、態度、信念、社会経済的特性に基づいてがん情報へのニーズを形成し、それが行動への意図につながる17。知識、態度、信念は、受動的に受け取ったがん情報と、自らのニーズに応じて能動的に取得したがん情報の両方から形成される18, 19, 20, 21。本研究では、推奨されるがん予防行動を行わない人々の情報へのアクセスから健康行動までの経路を把握するために、メディア情報への曝露、がん情報探索の経験、がん情報源等を評価する。そして、健康行動を促進するために積極的に情報を提供すべきターゲットとなるセグメントと、そのセグメントに到達するための情報チャネルを明らかにする。

図1 本研究のフレームワーク


3.調査項目
 質問票は、HINTS、国民生活基礎調査、国民健康・栄養調査などの既存調査の質問項目で構成した。英語やドイツ語の質問項目についてはガイドライン22に従って翻訳を行った。300人を対象とした予備調査の回答割合を踏まえて文言や選択肢の修正を行い、調査票を確定した。調査項目は以下のA~Kとした。
A.がん情報探索(探索経験、探索チャネル、探したがん情報、探索への満足度、信頼するがん情報源)
B.コミュニケーション(医療従事者とのコミュニケーション、ソーシャルネットワーク、健康リテラシー)
C.健康状態・生活習慣など(健康状態、健康管理能力、食環境、がん予防に関する食知識、野菜・果物・食塩の摂取、飲酒、身体活動、健康行動意図、メディア利用、がんの原因に関する知識)
D.たばこ(喫煙習慣、禁煙の意図、健康リスクに関する考え、家庭内での喫煙ルール)
E.検診(がんの原因に関する知識、検診歴、検診に関する考え)
F.インターネットの利用(利用頻度、インターネットによる健康情報探索、ソーシャルネットワーキングサービス利用、健康アプリケーション利用)
G.がんについての考え
H.がん既往歴
I.遺伝子検査
J.基本情報(性、年齢、身長、体重、職、教育歴、配偶者の有無、世帯員、収入)
K.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(関連情報の探索経験、COVID-19への不安)
 調査を実施した時期はCOVID-19の流行時であった。生活習慣の項目は「過去2~ 3ヶ月の状況」(2020年5月から7月にあたる)について回答するように説明文を追加した。

4.分析方法
 本稿で示す単純集計結果では、男女別に年齢(10歳階級)別に回答を集計した。項目レベルの欠損値は集計から除外した。各項目の回答割合は、層化二段無作為抽出による調査デザインを考慮し、さらに非回答者によるバイアスを補正して算出した母集団推定値を用いた23。補正のための重みづけには、回答者が属する層における回答者の抽出確率の逆数に、層、性別、年齢から算出した非回答確率の逆数を乗じたものを用いた。算出には、STATA(バージョン17.0)のsvysetコマンドを用いた。

5.倫理的配慮
 本調査の計画は、国立がん研究センター研究倫理委員会から承認を得た(研究課題番号:2019-290)。

Ⅲ.単純集計結果の概要
 この項では、2022年11月に一般公開した単純集計結果(https://www.ncc.go.jp/jp/icc/behav-sci/project/030/index.html)の概要について紹介する。個別の研究課題、本研究の目的に直接応える結果(ヘルスコミュニケーション・キャンペーンに資するセグメンテーションや情報チャネル)は、今後、国立がん研究センターの本調査に関するページで公開、紹介してゆく予定である。
 調査票は10,000名へ発送したが、281名へは宛所不明で配達できなかった。返送された調査票のうち未記入等の不備による除外とデータクリーニングを経た結果、分析の対象となる有効回答者数は3,605名(37%)であった。全体では男性より女性で回答割合が高く(男性:34%、女性:40%)、年代毎にみると50歳台(男性:35 %、女性:46%)および60歳台(男性:43%、女性:49%)で回答割合が高かった。
●がん予防行動
 喫煙者の割合は、男性で26%、女性で7%であった(表1)。飲酒リスク量(厚生労働省が定める生活習慣病のリスクを高める量:1日当たりの純アルコール摂取量が男性で40g以上、女性では20g以上)にあてはまる飲酒者の割合は、男性で4%、女性で10%であった。大腸がん検診を「受けたことがない」人の割合は、受診推奨年齢である40歳以上では40歳台の男女で最も高かった(男性:29%、女性:33%)(表2)
表1 喫煙習慣の有無

表2 大腸がん検診受診

●がんに関する知識
 がんの一次予防に関して正しい知識を持っていない人の割合(がんの原因と「思わない」または「分からない」人の割合)は、喫煙について男性で5%、女性で3%、受動喫煙について男性で11%、女性で8%、飲酒について男性で26%、女性で20%、野菜・果物不足について男性で44%、女性で39%、塩分のとりすぎについて男性で26%、女性で20%、運動不足について男性で51%、女性で46%、肥満について男性で40%、女性で34%であった。
●がん情報探索、がん情報源への信頼
 「がん」についての情報を探したことがある人の割合は男性で51%、女性で62%であった(表3)。男性では60歳台以上で探索者の割合が高く60%前後であった。女性はどの年代でも男性より探索者の割合が高く、40歳台と50歳台では70%を超えていた。若年層よりがんの罹患率が増加する中高齢層のがん情報探索者の割合が高いという結果は、米国HINTS(35~65歳)の結果と同様であった。ただし女性においては20歳台の情報探索者の割合も50%近く30歳台では60%を超えていた。探索者のうち約半数が、探索時の最初の情報源としてインターネット(国立がん研究センターの「がん情報サービス」以外)を選択した。インターネット(国立がん研究センターの「がん情報サービス」)を選択した人の割合は、10%未満であった。
表3 がん情報の探索

 一方、がん情報源への信頼については、医師に対しての信頼が最も高く、政府関連保健機関、公益財団法人(日本対がん協会、がん研究振興財団など)は、その次に信頼度が高いことが示された(図2)
図2 様々な情報源から得るがん情報への信頼度

●インターネット、テレビ、ラジオ、新聞の利用
 インターネットの利用割合は、20歳台~40歳台では男女とも90%以上であり、年代が上がるにつれて割合が低下した(表4)。インターネット利用者の中で、フェイスブックなどのSNSサイトを閲覧している人の割合は、20歳台で最も高く80%以上であり、年代が上がるにつれて低下した。テレビを見る人の割合(週末)は、最も割合が少ない20歳台でも80%程度で、年代が上がるにつれて増加した。ラジオを聴く人の割合は全体として低かった。新聞を読む人の割合は60歳台以上の中高齢層で高く70%以上であった。

表4 インターネットの利用


Ⅳ.今後の展望
 本調査は、日本人のがん情報の求め方、知識、態度、信念、行動についての現状を把握する、日本で初めての全国規模の調査である。この調査で得られた結果により、情報を届けるべきセグメントの特徴と、到達するための情報チャネルについての大まかな状況を明らかにすることができる。ターゲットとなるセグメントのがん情報へのニーズやがん予防行動に対する態度等を詳細に把握するための追加調査を行えば、その特徴に合わせた予防行動への意図を喚起するためのメッセージを開発することができる。それらの結果、戦略的なヘルスコミュニケーション・キャンペーンの実施が可能になる。
 情報発信にかかわるステークホルダーが、本調査結果を活用することが期待される。例えば、多くの日本人がインターネット上でがん情報を探している一方で、最も信頼できる情報源は医師であった。このことから、医師が効果的な情報発信者となるようターゲットとなるセグメントの性別、年齢、教育、がん信念などの特徴を積極的に情報提供したり、マスメディアを介した情報発信でもメッセージを医師の発言や推奨として作成したりするなどの方法が考えられる。また、政府関連保健機関、公益財団法人は、高い信頼度を生かして積極的な情報発信をすべきである。
 社会経済的に不利な人々は、健康情報へのアクセスが不足している傾向や健康リテラシーが低い傾向があり24, 25, 26、知識が不十分な場合がある27。本調査でも、日本での社会経済的特性によるがん知識の格差を示すことができる。その結果に基づき、ヘルスコミュニケーションの不平等28に対処することで、日本のがん対策に貢献することができる。
 2023年に実施予定の第二回目の全国調査では、がんの治療やサバイバーシップに焦点をあてている。米国では、Healthy People 2020および2030(米国保健福祉省)において、ヘルスコミュニケーションと健康情報技術の目標達成度を評価するためにHINTSの結果が活用されており、今後、日本においても、本調査のようなヘルスコミュニケーションに関するサーベイの知見が日本のがん対策の政策決定に反映されていくことが期待される。
 また本研究は、International Studies to Investigate Global Health Information Trends (INSIGHTS) 研究コンソーシアムの一環として日本、中国、ドイツ、その他いくつかの国で行われた同様のHINTSを下地とした調査の間で国際比較を行う予定である29。政治的、経済的、文化的背景、がん負荷の異なる国々30, 31でがん情報へのアクセスと利用に関連する施策を比較すれば、各国でヘルスコミュニケーションを最適化する上での問題点や解決策を特定することに役立つと考えられる。

参考文献─────
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 本調査は、下記研究班の活動として、他機関と共同して行われた。
■国立がん研究センター研究開発費
 「日本人におけるがんに関する健康情報へのアクセス、IT利用、健康行動についての調査」
 研究課題番号:30-A-18(2018年度~2020年度)、2021-A-19(2021年度~2023年度)
 研究代表者:島津太一(国立がん研究センターがん対策研究所行動科学研究部)
■共同研究機関
 お茶の水女子大学、慶應義塾大学、帝京大学、東邦大学、武蔵野大学、明治大学、東京都健康長寿医療センター研究所、京都大学、ヘルシンキ大学