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■「中央調査報(No.790)」より

 ■ サステナビリティ情報開示の標準化が企業にもたらす影響と必要とされる施策


三井住友トラスト・アセットマネジメント株式会社
スチュワードシップ推進部 シニア・スチュワードシップ・オフィサー
阿由葉 真司


 2023年6月末にIFRSサステナビリティ情報開示基準(IFRS SX)が最終化されるなど、サステナビリティ情報開示分野では、世界的に急ピッチで情報開示フレームワークの整備が進みつつある。一方、温暖化の影響は顕在化しつつあり、企業活動から発生する温室効果ガス(GHG)排出量の削減が今まで以上に求められている。こうした背景から、投資家は企業に一層のGHG排出量の削減を求めることとなるが、対話の基となるGHG排出量のデータ整備や開示はいまだ発展途上にある。本稿では、サステナビリティ情報開示の標準化の動向と温暖化の進展状況を概説し、日本企業のサステナビリティ情報開示の現状を踏まえ、こうした変化が企業に与える影響と必要とされる施策について論じる。

1.サステナビリティ情報開示基準の標準化の動き
(1)IFRSサステナビリティ情報開示基準の最終化

 2023年6月26日、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)によりサステナビリティ情報開示の世界基準であるIFRSサステナビリティ情報開示基準(IFRS SX)の最終版がIFRS財団年次会議で発表された。2022年3月末にISSBより草案が発表されてから1年半という異例の速さでの最終化であり、世界的にサステナビリティ情報開示の標準化が強く求められている証左と言える。なお、IFRS財団は2001年に設立された財務会計基準のルールセッターであり、IFRS基準は現在150ヵ国で利用されている。ISSBはIFRS財団の下部組織としてサステナビリティ会計基準審議会(SASB)をはじめとするサステナビリティ情報開示の普及に携わる世界有数の国際団体を統合する形で設立された組織であり、サステナビリティ情報開示のルールセッターの立場にあることが理解できよう。
 IFRS SXとは、一言で言えば、気候関連情報開示を含む企業のサステナビリティ情報の開示基準であり、財務情報開示基準と同様に、開示されるサステナビリティ情報の粒度や範囲などを定義した国際的な取決めと言える。IFRS SXはS1とS2という二つの文書から構成される。S1は「全般的要求事項」と呼ばれ、サステナビリティ情報全般に係る、開示粒度、範囲、頻度、時期といった情報開示フレームワーク全体に係る事項を取決める。次にS2は「気候関連開示」と呼ばれ、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言の開示4項目に基づき、開示すべき項目を詳細に規定している。IFRS SXは現在、気候変動のみを開示対象としているが、生物多様性・エコシステム、人的資本、及び人権といった領域も検討することが発表[1]されたように、気候変動を含む環境や社会といった広範なトピックスを網羅する方向にある。
 IFRS SXはTCFD提言の情報開示フレームワークを基にしているが、TCFD提言は開示情報の粒度や範囲は開示企業に委ねられる半面、IFRS SXでは企業は基準が求める詳細な情報を開示する義務を負う点で、情報開示に求められる要求水準が大きく異なる。情報開示の世界では前者を原則(プリンシプル)ベースの開示と呼び、後者をラインアイテムベースの開示と呼ぶ。TCFD提言に基づく情報開示は原則ベースであるため、投資家など情報活用側から「開示内容がバラバラで企業比較が困難」という声も聞かれるが、IFRS SXでは開示情報の標準化を通じて企業比較や時系列比較が可能となるため、企業のサステナビリティ活動の分析や評価の高度化が期待されている。
 現状、IFRS SXの適用は企業の任意であり、適用する企業は最速で2024年会計年度から同基準を基にした気候関連情報開示を始めることとなる[2]。更に、既にTCFD提言に基づく情報開示を義務化した英国等では自国の気候関連情報開示制度をIFRS SXに準拠させる方針を示している。一国としてIFRS SXを基にした情報開示基準を導入する動きも広がりつつある。日本では、既に有価証券報告書上での気候関連情報開示が義務化されているが、TCFD提言の開示4項目のうち「戦略」と「指標と目標」は重要度に応じての情報開示に留まっている。一方、IFRS SXは上記4項目全ての情報開示を義務としているだけでなく、「指標と目標」の難所とされるスコープ3と呼ばれるサプライチェーンから発生するGHG排出量の情報開示も求めている。
 IFRS SXの最終化を受け、日本におけるサステナビリティ情報開示のルールセッターであるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)は2023年8月に「現在開発中のサステナビリティ開示基準に関する今後の計画」の改訂版を発表し、IFRS SXを基に日本版サステナビリティ開示基準を2025年3月までに最終化するタイムラインを示した[3]。日本版サステナビリティ開示基準においてスコープ3のGHG排出量の開示が義務化されるかは今後の議論によるが、世界的なスコープ3のGHG排出量の開示を求める潮流を踏まえると、スコープ3のGHG排出量の開示が日本においても義務化される可能性が高いと考える。
 IFRS SXの最終化に伴い、サステナビリティ情報開示に関して開示企業が留意すべき点は、情報開示のバウンダリー(領域)である。IFRS SXでは、サステナビリティ情報開示がカバーする領域を財務情報開示と同じ基準、すなわち連結ベースで求めている。TCFD提言に基づく情報開示は原則ベースであるため、情報開示の範囲などは開示企業の裁量となっている。このため開示先進企業であってもGHG排出量に係る情報開示が国内事業や一部事業のみを対象とするケースが散見される。海外事業を展開する企業が連結ベースでGHG排出量の開示を実施するには海外の連結対象企業からの情報収集が不可欠であり、こうした情報収集体制整備には相応の時間が必要とされる。サプライチェーンからの排出であるスコープ3のGHG排出量の対応だけでなく、自己排出であるスコープ1、2のGHG排出量のグローバル対応も、今後のTODOリストに加えておくべき事項と言える。

(2) 欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の整備の進展と最終化
 サステナビリティ情報開示の方向性を検討する際、欧州の情報開示フレームワークの動向把握は必要不可欠である。欧州の情報開示基準が直接的に日本企業の情報開示を規定することはないが、投資活動はグローバルであり、欧州の機関投資家は自らの情報開示基準を踏まえ欧州域外の企業を評価する傾向にある。また、欧州で事業展開する日本企業も欧州事業に関しては欧州の情報開示基準に則る必要がある。このように事業や金融のグローバル化により、財務情報開示がそうであったように、サステナビリティ情報開示基準もグローバルベースラインと呼ばれる国際基準に最終的に収斂することが予想される。
 欧州においてもIFRS SXの最終化の流れを受けて、欧州版IFRS SXともいえる欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の最終化が急ピッチで進んでいる。ESRSとは、欧州連合(EU)の財務情報開示基準のルールセッターである欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)が2022年4月に草案を発表し、同年11月に欧州委員会に提出したサステナビリティ情報開示フレームワークである。これを基に最終案が欧州委員会により2023年6月に発表され、同年7月末に最終化された[4]
 ESRSの全体構造は次の通りである。ESRSもIFRS SXと同様に、全業種に適用される全般的要求事項と、環境、社会、ガバナンスといったESGテーマ毎の開示要求事項という二層構造を採用している。全般的要求事項はESRS1、ESRS2という2つの文書からなり、ESRS1は開示企業が開示範囲や概念の定義などサステナビリティ情報開示の際に遵守すべき要件を定義し、ESRS2はガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標といったTCFD提言の情報開示フレームワークを基にした情報開示フレームワークの在り方を解説している。E1からG1の10文書で構成されるESGテーマ毎に開示要求事項は、ESRS2を補完し、より詳細な開示要求事項を定義する役割を担っている。気候変動の開示要求事項を定めるESRS E1から資源利用と循環経済の開示要求事項を定めるESRS E5までの5文書が環境トピックスを、自社従業員に係る開示要求事項を定めるESRS S1から消費者と最終利用者の開示要求事項を定めるESRS S4までの4文書が社会トピックスを、そしてESRS G1が企業行動(ガバナンス)をカバーし、それぞれの文書において、開示するべき項目を詳細に定義している。なお、ESGテーマ別基準のうち気候変動に係るE1及び自社従業員に係るS1については、事業に対するマテリアリティに関わらず、開示対象企業は全て情報開示することが要請される。
 気候変動に関しては、スコープ1、2のGHG排出量の開示が義務化され、上述したように、スコープ3のGHG排出量も一部の小規模企業に関して1年免除が提案されている以外は、ほぼIFRS SXと同じ開示基準となっている。更に、導入時期もIFRS SXと平仄を合わせるべく2024年会計年度からとなるよう最終化が急ピッチで進められた[5]
 ESRSはIFRS SXよりも開示範囲や開示対象企業がより広く設定されている点が特徴である。例えば、IFRS SXでは気候変動のみが開示対象となっている半面、ESRSでは環境では気候変動(E1)だけでなく、汚染(E2)、水と海洋資源(E3)、生物多様性と生態系(E4)、資源利用と循環経済(E5)と広範な環境トピックスが開示対象範囲となっている。更に、社会トピックスとして自社従業員(S1)だけでなく、バリューチェーンの労働者(S2)、影響を受ける地域社会(S3)、消費者と最終利用者(S4)もカバーしている。このように、ESRSはIFRS SXに先行して気候変動だけでなくESGトピックスを広範に扱う情報開示フレームワークとなっている。
 ESRSはサステナビリティ情報開示の開示要件を詳細に定めた基準であるが、この基準に法的根拠を与えている根拠法が企業サステナビリティ報告指令(CSRD)である[6]。EUは2014年に非財務情報報告指令(NFRD)を導入し、世界で初めて環境、社会といった非財務情報開示をEU域内企業に対して義務化している。CSRDはこのNFRDを基に開示対象を従業員数500名超から250名超に引き下げたため、EU域内企業約50,000社に及ぶ膨大な数の企業がESRSに基づく情報開示に対応することとなる。CSRDは非上場企業や外国籍企業も開示対象としているため、欧州事業を営む日本企業で、一定の条件を満たす場合にはESRSに基づく開示対応に迫られることになる。
 TCFD開示のフレームワークを活用しているIFRS SXは、企業の財務に与えるサステナビリティ事項の影響のみを開示対象とするシングル・マテリアリティの考え方に基づいているが、CSRD/ESRSは企業活動が環境や社会に与える影響についても開示対象とするダブル・マテリアリティの考え方に基づいている。企業活動が環境や社会に与える影響も開示対象とする点でCSRD/ESRSの情報開示フレームワークの方がIFRS SXよりも把握するべき情報の範囲が広い。CSRDはESRSと共に段階的に導入され、第一弾として旧NFRDの適用対象企業に対して2024年会計年度の導入が予定されている。以降、段階的に導入が進み、EU域外企業への適用は2028年会計年度とされている。開示情報の質を担保するため開示情報の第三者保証の取得も義務付けられるなど、IFRS SXと比較しても、開示企業に厳しい要求がなされる予定である。
 このように、EUのサステナビリティ情報開示基準は、IFRS SXと同じTCFD開示の情報開示フレームワークに依拠しているが、開示トピックスや情報の質の担保、対象企業の範囲など開示企業への要求水準が高いものとなっている。こうした差異を調整し、相互運用性を高める目的で、ISSBとEFRAGはESRSの最終化の発表の際「気候関連情報開示」において高い次元での整合性とることで連携してゆくことも発表した。既に、世界の二大サステナビリティ情報開示基準が調和に向けて歩み寄りを始めていることからも、この二大サステナビリティ開示基準が世界のサステナビリティ情報開示の動向に大きな影響を与え、各国のサステナビリティ情報開示フレームワークを導入の際のベンチマークとなると考えられる。

2.気候変動の顕在化とアクティブ・オーナーシップ
(1)気候変動の顕在化

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2023年3月に発表した第6次評価報告書の統合報告書を通じて「人間の活動は温室効果ガス(GHG)の排出を通じて明らか(unequivocally)に地球温暖化を引き起こした」と結論付けた。足元の気温上昇は人為的なものであり「1900年に比較して2020年はすでに気温は1.1℃上昇」する中、パリ協定が目指す1.5℃シナリオ実現には「この10年間」で全てのセクターにおいて迅速かつ踏み込んだGHG排出量の削減が必要と主張している。
 この第6次報告書の特徴は、第5次までの報告書と異なり、地球温暖化の原因が温室効果ガス(GHG)であり、その上昇の原因が人間の活動であると明らかとしている点である。IPCCは科学的根拠を基に温暖化の脅威を評価することがその活動目的であるため第5次報告書まではその断定に慎重であったが、第6次評価報告書でこのスタンスを大きく変更したのである。
 このように本統合報告書の最大のメッセージは「この10年で踏みこんだアクションを取らないと1.5℃シナリオが実現できない」ことである。統合報告書は、既存の炭素多排出資産を放置すると1.5℃シナリオ達成が困難になるため追加的な化石燃料による発電能力の削減が必要と主張している。このため、アンモニア混焼等でGHG排出量を削減するといった既存のエネルギーインフラを活用しながらトランジション(移行)を進める日本政府の戦略は、国際的に厳しい目でみられる背景にもなっている。国が決定する貢献(NDC)の更新が2025年に迫る中、GHG排出量の削減をめぐり国際的に厳しい議論が展開されることが予想される。

(2)炭素予算の考え方
 第6次報告書では、カーボンバジェット(炭素予算)という単語が使われているが、これは「1.5℃シナリオを実現するために、残りどの程度大気中にGHG排出が許容されるか」という概念である。IPCCは1.5℃シナリオ実現のためには残り400~500ギガトンのGHG排出が許容されると計算している。一方、世界全体のGHG排出量は50~60ギガトン/年と推測されるため、現状のGHG排出水準が継続すると、残り7~8年程度(2030年前後)で、この炭素予算を使い切ってしまう計算となる。統合報告書では、現時点の各国のNDCを基にしたGHG排出抑制策を実施しても世界のGHG排出量は横ばいにしかならないと予想し、この状況が継続すると2100年時点の気温上昇は3.2℃(中央値)に達すると予測している。気温上昇が3.2℃に達することは、気候パターンが大きく変化し、経済社会に重篤な影響を与えることが想定される。こうした状況を回避するために企業のGHG排出量の削減がより一層求められ、企業の資金調達や企業価値形成に大きな影響を与える金融機関や株式市場に企業努力を加速させる役割が期待されているのである。

(3)アクティブ・オーナーシップの広がり
 世界のGHG排出の約6割[7]が産業活動に伴うなど企業がGHG排出に与える影響が大きい。企業によるGHG排出量の削減の取組みを加速させるため、近年、国内外の環境団体を中心に、気候変動対応の加速を求める株主提案が増加している。具体的にはGHG多排出企業に対して2050年にGHG排出量をネットゼロにする目標達成に向けた具体的な計画の策定を求めるものである。2023年6月に日本で株主総会を開く企業のうち、株主から提案を受けた企業数は90社[8]と過去最多を記録するなど、株主が企業に対して様々な要求をする動きが増加している。国内企業に対し気候変動の対応を求める株主提案も活発化しており、「パリ協定目標と整合する中期及び短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定及び開示」といった気候関連情報開示の改善に対する株主提案に対して2割近い賛成票が投じられるなど、株主は炭素多排出企業に対し引き続き厳しい目を向けている。
 近年の気候変動関連の株主提案を振り返ると日本においても賛成率が2割を超える事例も出てきている。コーポレートガバナンス・コード補充原則1-1①[9]では「取締役会は、株主総会において可決には至ったものの相当数の反対票が投じられた会社提案議案があったと認めるときは、反対の理由や反対票が多くなった原因の分析を行い、株主との対話その他の対応の要否について検討を行うべきである」と規定し、総会議案に相当数の反対票が入った場合には、企業としての対応の検討を慫慂している。更に、国内の機関投資家においても議決権行使ガイドラインに多排出企業において気候関連情報開示の質が十分でない場合には、取締役選任議案に反対する旨を追記するケースも出始めている。
 こうした動きはアクティブ・オーナシップ(積極的株主行動)と呼ばれる。具体的には、株主としての権利を積極的に行使し、長期的なサステナビリティの課題に対し、企業の行動に影響を与えるべく企業と対話を継続することを指す。その主な手法は株主総会における議決権行使と投資先企業へのエンゲージメントであり、エンゲージメントとは、投資先企業との議論、対話を通じ、株主が長期的視点から投資先企業の経営の改善に働きかけることを意味する。また、企業の持続的成長と企業価値向上を促すことを目的になされる「建設的な目的をもった対話」とも定義されている。日本では機関投資家は、スチュワードシップ・コード指針4-2[10]において「機関投資家は、サステナビリティを巡る課題に関する対話に当たっては、運用戦略と整合的で、中長期的な企業価値の向上や企業の持続的成長に結び付くものとなるよう意識する」ことも求められている。気候変動の影響が顕在化する中、企業は脱炭素に向けた取り組みを加速することが益々求められるため、投資家によるアクティブ・エンゲージメントは、更に活性化する方向にあると考えられる。

3.日本における気候関連情報開示の現状
 サステナビリティ関連情報開示のフレームワークは世界的に急速に制度化、義務化が進んでいるが、TCFDコンソーシアムが毎年実施している会員向けアンケート結果を基に、気候関連情報開示に限定されるものの実際にどの程度企業が情報開示対応を進めているかを示す[11]。本アンケート調査は2022年11月に発表されたものであり、TCFDコンソーシアム加盟企業のうち681社が回答した結果をまとめたものである。
 TCFD提言に基づく情報開示はガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4項目が開示推奨項目と言われているが、正確には11項目である。調査結果によると回答した681社のうち150社が11項目全て情報開示しているとのことである。プライム上場企業1,834社[12]を分母とし、アンケート回答にて11項目開示している企業数をプライム市場における全開示企業と仮定しその回答数を分子とすると、その割合は約8%となる。2022年10月に発表されたTCFDステータスレポート2022によると全世界で11項目に開示対応している企業の割合は4%[13]であり、日本の割合はそれよりも高いものの、11項目全てに開示対応している企業は世界的にも少数であることが伺われる。よって、サステナビリティ情報開示が標準化され各項目の情報開示が義務化されると、多くの企業が情報開示の内容のレベルアップに取り組む必要が出てくることが容易に想像できる。
 次に、サプライチェーン等からの排出を示すスコープ3のGHG排出量がどの程度開示されているかを示す。非金融機関ではスコープ3を既に開示している企業は289社中171社(59%)であり、金融機関では97社中42社(43%)となる。自社排出であるスコープ1、2のGHG排出量の開示社数が金融機関82社(85%)、事業会社243社(84%)であることを踏まえると、スコープ3のGHG排出量を開示している企業はスコープ1、2の排出量を開示している企業の半数程度となる。プライム上場企業数を分母とした場合のスコープ3対応割合は約12%であり、11項目対応企業の割合よりも高いが、大半の企業がスコープ3の情報開示はこれから対応する状況にあると結論づけられる。このような分析結果に基づくと、情報開示フレームワークの整備と企業側の開示対応に大きなギャップが生じつつあることが推察される。

4.まとめ
 サステナビリティ情報開示フレームワークの標準化の動きはIFRS SXやESRSが最終化を迎えることで一段落するが、企業によるサステナビリティ情報開示の対応は緒に就いたばかりであり、両者の間に大きなギャップがあることが推察される。気候変動の影響が顕在化し、企業に対しGHG排出量の情報開示要請が一層強まり、パリ目標に整合性のとれたGHG排出量の削減が企業と投資家との対話のメインテーマと期待されるが、実際には、GHG排出量の開示は始まったばかりであり、現状、投資家をはじめとしたステークホルダーが求める水準まで情報開示の量や質が追い付いていない。このギャップを埋めることが喫緊の課題と指摘できる。
 上述したアンケート調査においても、回答企業の多くから社内における開示対応の人材が不足していることが示された。ギャップを埋める方策の一つとして、サステナビリティ情報の開示を進める企業に対する支援や開示の質の向上に関する支援が不可欠であり、とりわけサステナビリティ情報開示を担う人材教育・育成が、サステナビリティ情報開示フレームワークを実際に機能させるための鍵を握っていると言えよう。



[1] IFRS 同機関ホームページ News “Consultation now open: The ISSB seeks feedback on its priorities for the next two years” 4 May 2023(https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2023/05/issb-seeks-feedbackon-its-priorities-for-the-next-two-years/)参照。
[2] よって、情報開示自体は2025年会計年度からとなる。
[3] サステナビリティ基準委員会(SSBJ)同委員会ホームページ「現在開発中のサステナビリティ開示基準に関する今後の計画」2023年8月3日(https://www.asb.or.jp/jp/project/plan-ssbj.html)参照。
[4] European Commission 同ホームページ “European sustainability reporting standards. first set” 9 June 2023(https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/13765-Europeansustainability-reporting-standards-first-set_en)参照。この最終案では、小規模企業の開示負担を軽減する目的で、従業員が750名未満の報告企業に対してスコープ3のGHG排出量の初年度開示免除や、いくつかの開示要求事項では段階的導入が織り込まれている。
[5] IFRS 同ホームページ News “European Commission, EFRAG and ISSB confirm high degree of climatedisclosure alignment” 31 July 2023 (https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2023/07/europeancomission-efrag-issb-confirm-high-degree-of-climate-disclosure-alignment/)参照。
[6] 2023年1月に発効済み。現在、加盟国においてCSRDを各国の開示基準に反映するため、国内法の整備が進められている。
[7] Our World in Data 同ホームページ “Emissions by sector”(2023年8月1日参照)(https://ourworldindata.org/emissions-by-sector)参照。産業向けエネルギー(24.2%)、交通(16.2%)、商業用ビル(6.6%)、遺漏分(5.8%)、セメント・化学(5.2%)の合計。
[8] 日本放送協会 NEWS WEB「株主総会がピーク 配当増額など株主提案受けた企業 過去最多に」 2023年6月29日(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230629/k10014112621000.html)参照。
[9] 株式会社東京証券取引所 同所ホームページ「コーポレートガバナンス・コード」2021年6月11日(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf)参照。
[10] スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会 金融庁ホームページ「「責任ある機関投資家」の諸原則」2020年3月24日(https://www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/01.pdf)参照。
[11] TCFDコンソーシアム 同ホームページ「2022年度 TCFDコンソーシアム TCFD開示・活用に関するアンケート調査」2022年11月18日(https://tcfd-consortium.jp/pdf/news/22111801/Questionnaire2022_results_general_r.pdf)参照。
[12] 日本取引所グループ 同所ホームページ「月末上場会社数」2023年7月31日(https://www.jpx.co.jp/listing/co/index.html)参照。
[13] TCFD 同ホームページ “2022 Status Report” October 2022(https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2022/10/2022-TCFD-Status-Report.pdf)参照。