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■「中央調査報(No.791)」より

 ■ 「暮らしと法律調査」の紹介


木下 麻奈子(同志社大学)


1.はじめに ― 調査の目的
 法社会学の重要な研究課題として、日本人の法への態度1、つまり日本人が法をどのように理解して賛成や反対の感情を抱くのか、あるいはどのような法を望ましいものと考えるのかといった態度の特徴を明らかにすることが挙げられてきた。それは、明治時代に西洋近代法が日本に継受されて以降、日本人の法に対する理解や考え方が法制度から乖離していることが指摘されてきたことによる2
 本稿で紹介する「暮らしと法律調査」は、こういった学術的な背景を踏まえて、人々の法に対する態度の特徴と変化に焦点を当てた調査である。先行研究の日本文化会議(1982)の調査では、法に対する人々の心理特性を構造化して把握しようと試みている。本研究では、その調査を継続的に追試することで、法態度の構造の変化を予測しようとするものである。

2.調査の概要
 本稿で紹介するのは、2022年に科学研究費基盤研究(B)3の補助を受けて行った社会調査である(以下2022年調査と呼ぶ)。2022年調査は日本文化会議が1976年に行った調査(日本文化会議 1982: 217頁、以下1976年調査と呼ぶ)、および2005年に科学研究費特定領域研究(B)「法化社会における紛争処理と民事司法」(領域代表 村山眞維)の一環として行った社会調査(以下2005年調査と呼ぶ)の追試である。なお、筆者も2005年調査に関与している(松村、木下他2006;木下 2010)。
 2022年調査の概要を述べると、調査対象は日本全国の18歳以上の成人(年齢の上限なし)であり、サンプリングは層化無作為二段抽出(抽出地点数は75 地点、1地点からの抽出人数は16人)を用いて、1,200サンプルを抽出した。調査方法は、訪問留置法(一部、郵送返送を含む)を用い、2022年1月14日から2022年2月6日にかけて実査した。回収標本数は、 691サンプル(回収率57.6%)であった。調査方法が主に訪問留置法であることから、コロナ禍の影響で回収率が低下することが懸念されたが、有効回収率は高かった。
 一方、先行調査である1976年調査の対象は首都30キロメートル圏内の20歳以上の一般男女であり、サンプリングは層化無作為二段抽出、抽出標本数は1,500サンプル(100地点、1地点15サンプル)である。調査方法は個別訪問面接聴取法、調査期間は1976年3月11日~ 3月29日、回収標本数は1,080サンプル(回収率72%)であった。なお、1976年調査は、1971年に日本文化会議(1973)が行った調査の後継調査と位置づけられてはいるが、設問が大幅に変更されているため(日本文化会議 1982:24頁, 35頁; 松村、木下他2006:2003-2001頁)、それ以降の調査では1976年調査を基軸としている。ただし1976年調査と以降の調査では調査対象が異なる。
 2005年調査の対象は日本全国の20歳以上70歳以下の成人、サンプリングは層化無作為二段抽出、抽出標本数は2,274サンプル(調査全体のサンプルサイズは25,014であるが、それを11分割し、その内の一つを1976年調査の追試に割当てた)である(松村、木下他2006:2005-2004頁)。調査方法は訪問留置法、調査期間は2005年2月から3月、回収標本数は1,138サンプル(回収率50.0%)であった。
 なお、1976年調査の設問のうち数問は、統計数理研究所の「日本人の国民性調査」の設問と同じである(中村他 2015)。

3.調査の結果
 2022年調査の分析結果はすでに公表しているので(木下 2023)、詳細はそれに譲る。本稿では、日本人の法に対する態度の根底にあるとされる、①融通性、②素朴道徳感情、③厳罰志向の3つのスケール(日本文化会議 1982:45-83頁)の変化の概要に絞って紹介する。

(1)融通性の変化
 日本人の法態度の根底には融通無碍な態度が潜むと考え、融通性スケールが作成されている(日本文化会議 1973:131-146頁; 1982:65頁)。ところが2005年調査以降では現代の社会状況では不適切な設問文があったため、2問を除外せざるを得なかった(松村、木下他 2006 :2001-2000頁)。ここでは、融通性スケールに用いられた残り4つの設問の回答の変化を示す【表1】

表1 融通性に係わる設問で厳格さが占める割合の変化(1976年、2005年、2022年調査別、性別、年齢別、合計)
 調査では、法の内容と適用の2つの側面から尋ねた設問がある。まず前者に該当するものとして、(ⅰ)国有林に無断に入って、雑木を勝手に取ることの是非を尋ねた質問(問5)については「立入禁止」を選択する割合は1976年以来一貫して高い。(ⅱ)空地で子供が遊ぶことの是非に関する設問(問6)については、「所有者の許可がいる」を選択する割合が1976年以降徐々に増加している。一方、後者に該当する、(ⅲ)好きな公務員のタイプ(問10)では「法をまげない」人を、(ⅳ)法律の適用の柔軟性の是非(問11)については「必ず制裁」をそれぞれ選択する割合は1976年調査以来、いずれの調査においても少なかった。

(2)素朴道徳感情の変化
 素朴道徳感情とは、日本人の日常における「正しさ」を判断する基準とされる(日本文化会議1982:45-46頁)。たとえば「悪いことをしたらバチがあたると思う」といった、人の心の根底にある素朴で単純な正義感や因果応報を期待する価値観である。1976年調査以降、こういった6つの設問から素朴道徳感情というスケールを作成している。本稿では、集計表全体ではなく、素朴道徳感情スケールの高得点者(4から6点)の占める割合をプロットした【図1】を示す。
図1 素朴道徳感情スケールの変化(1976年、2005年、2022年調査別、性別、年齢別)
 男性、女性のいずれについても、1976年調査および2005年調査では加齢するに従って素朴道徳感情が増加していた。ところが2022年調査では、男性は60歳代で突如低くなり、女性は20歳代では高いが30歳代以上の年代では10ポイント程度下がり、多少の増減はあるが60歳代以上になっても顕著に増加しないという、今までとは異なる傾向が見られた。

(3)厳罰志向の変化
 厳罰志向スケールは、日常軽易な犯罪ではなく、深刻な犯罪に関して「場合によっては死刑もやむを得ない」といったように、厳罰を科す是非に係わる5つの設問を用いて作成されている(日本文化会議 1982:57-58頁)。
 厳罰志向スケールの最高点は5点であるが、そのうち4点と5点の高得点を得た人の割合を合計して調査ごとの変化を図示した【図2】。その結果、いずれの調査においても全般的に男性の方が女性よりも厳罰志向が強かった。そして1976年、2022年調査よりも2005年調査の方が、男女とも厳罰志向が強かった。また、いずれの調査においても、原則的に男女ともに40歳代から50歳代で厳罰志向が強まるが60歳代で減少する。例外的に2005年調査の女性は20歳代が最も厳罰志向が高く、他とは異なった。
図2 厳罰志向スケールの変化(1976年、2005年、2022年調査別、性別、年齢別)

(4)3つのスケールの組合せの変化
 最後に、融通性4、素朴道徳感情、厳罰志向の3つのスケールの高低により組合せを作り、それぞれの占める割合を調べた(日本文化会議1982:64-68頁)。林は素朴道徳感情の高い3つのタイプ(①素朴道徳感情、厳罰志向、融通性のいずれもが高いタイプ、②素朴道徳感情が高く、厳罰志向が低く、融通性が高いタイプ、③素朴道徳感情が高く、厳罰志向が高く、融通性が低いタイプ)を古い形の日本型と呼んでいる(1982:68頁)。この①~③を併せた割合は、1976年調査では全体の62%、2005調査では70%、2022年調査では63%であった。2005年調査で若干増加したものの、ほとんど変化がなかった。つまり①~③のタイプは、古い形というよりも、時代の変化の影響をあまり受けない根底的な態度のようである。

4.まとめ
 以上のようにこの調査は、日本人の法への態度の変化とその構造を示している。同様の調査を一定の間隔で継続することにより、人々の法態度が今後、どのように変化していくか探ることができよう。
 最後に2022年調査を行って気づいた点、あるいは反省すべき点を記しておく。
 第1は、調査の設計に係わる問題である。とくに2022年調査では予算の制約があったためサンプルサイズが他の調査より小さく、データを属性に応じて分割して分析することに限界がある。とくに継続的に調査する際は、当然のことであるが母集団を同じものにし、一定間隔で実査しないと比較することが難しくなる。
 第2は、設問のワーディングの問題がある。過去の調査時点では一般的に理解できた言葉や社会事象も、年数を経ることによって馴染みのないものになる。本調査では、「電車に乗ってキセルをする」や「三億円事件」がそれに当たる。同じ設問をしても回答者に等価な内容として理解されているかの保証はない。また融通性スケールの項で説明したように、設問文を削除せざるを得なかったことにより、スケールが作成できなることもある。
 第3は、調査の回答傾向に変化が見られたとしても、どういう外的要因が影響したかが不明な点である。たとえば「子は親を扶養する法律上の義務があると思いますか」という設問について「義務がある」を選択した割合は、2022年調査で29.6%であり、2005年調査より10ポイント強下がり、今までの調査の中で最も低かった。ところがそのような変化が生じた理由は、本調査の結果からだけでは分からない。
 日本人の法態度に関するこの調査を継続するには、上記のような課題があるが、林等が1971年以来始めたこの調査は(日本文化会議 1973)、データの経年変化を見る面白さや予測する楽しさといったデータの科学の醍醐味を教えてくれている。

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1 「法態度」とは、従来「法意識」と呼ばれていたものを社会心理学の態度という概念を用いて再構成したものである(木下 2021)。
2 その代表的な研究が、川島武宜(1967)『日本人の法意識』岩波書店である。
3 本研究は、JSPS科研費 JP19H01409 の助成を受けたものである。
4 なお上記(1)で述べたように、2005年調査と2022年調査では、1976年調査の融通性スケールを構成していた設問2問を削除したため、1976年調査の融通性スケールと同じものは作成できない。ただし、林(日本文化会議1982:65頁)は、融通性スケールが0と1のものだけを「融通性の低いもの」として扱っているので、それに倣い2005年調査および2022年調査でも0と1のものだけを融通性の低いものとして計算した。

文献
○川島武宜(1967)『 日本人の法意識』岩波新書。[『川島武宜著作集 第四巻 法社会学4 法意識』岩波書店 1982 226-381頁に収録]
○木下麻奈子(2010)「日本人の法に対する態度の構造と変容――30年間で人びとの考え方はどのように変化したか」村山眞維、松村良之編『現代日本の紛争処理と民事司法1 法意識と紛争行動』東京大学出版会 3-22頁
○――(2021)「法を掴まえる」法と社会研究第6号 33-57頁
○――(2023)「法態度はどのように変わったか―契約に関する融通性、素朴道徳感情、厳罰志向への態度を中心に」法と社会研究 第8号 117-131頁.松村良之、木下麻奈子、藤本亮、山田裕子、藤田政博、小林知博(2006)「『日本人の法意識』はどのように変わったか : 1971年、1976年、2005年調査の比較」北大法学論集 57巻4号 2006-1967頁(注:この雑誌は縦書きが原則で右頁始まりのため、横書きの論文は頁番号が逆行する。)
○中村隆、土屋隆裕、前田忠彦(2015)「国民性の研究 第13次全国調査―2013年全国調査―」統計数理研究所調査研究リポートNo.116
○日本文化会議編(1973)『日本人の法意識 調査分析』至誠堂
○――(1982)『現代日本人の法意識』第一法規