■ 「暮らしと法律調査」の紹介
木下 麻奈子(同志社大学)
1.はじめに ― 調査の目的 (2)素朴道徳感情の変化 素朴道徳感情とは、日本人の日常における「正しさ」を判断する基準とされる(日本文化会議1982:45-46頁)。たとえば「悪いことをしたらバチがあたると思う」といった、人の心の根底にある素朴で単純な正義感や因果応報を期待する価値観である。1976年調査以降、こういった6つの設問から素朴道徳感情というスケールを作成している。本稿では、集計表全体ではなく、素朴道徳感情スケールの高得点者(4から6点)の占める割合をプロットした【図1】を示す。 (3)厳罰志向の変化 厳罰志向スケールは、日常軽易な犯罪ではなく、深刻な犯罪に関して「場合によっては死刑もやむを得ない」といったように、厳罰を科す是非に係わる5つの設問を用いて作成されている(日本文化会議 1982:57-58頁)。 厳罰志向スケールの最高点は5点であるが、そのうち4点と5点の高得点を得た人の割合を合計して調査ごとの変化を図示した【図2】。その結果、いずれの調査においても全般的に男性の方が女性よりも厳罰志向が強かった。そして1976年、2022年調査よりも2005年調査の方が、男女とも厳罰志向が強かった。また、いずれの調査においても、原則的に男女ともに40歳代から50歳代で厳罰志向が強まるが60歳代で減少する。例外的に2005年調査の女性は20歳代が最も厳罰志向が高く、他とは異なった。 (4)3つのスケールの組合せの変化 最後に、融通性4、素朴道徳感情、厳罰志向の3つのスケールの高低により組合せを作り、それぞれの占める割合を調べた(日本文化会議1982:64-68頁)。林は素朴道徳感情の高い3つのタイプ(①素朴道徳感情、厳罰志向、融通性のいずれもが高いタイプ、②素朴道徳感情が高く、厳罰志向が低く、融通性が高いタイプ、③素朴道徳感情が高く、厳罰志向が高く、融通性が低いタイプ)を古い形の日本型と呼んでいる(1982:68頁)。この①~③を併せた割合は、1976年調査では全体の62%、2005調査では70%、2022年調査では63%であった。2005年調査で若干増加したものの、ほとんど変化がなかった。つまり①~③のタイプは、古い形というよりも、時代の変化の影響をあまり受けない根底的な態度のようである。 4.まとめ 以上のようにこの調査は、日本人の法への態度の変化とその構造を示している。同様の調査を一定の間隔で継続することにより、人々の法態度が今後、どのように変化していくか探ることができよう。 最後に2022年調査を行って気づいた点、あるいは反省すべき点を記しておく。 第1は、調査の設計に係わる問題である。とくに2022年調査では予算の制約があったためサンプルサイズが他の調査より小さく、データを属性に応じて分割して分析することに限界がある。とくに継続的に調査する際は、当然のことであるが母集団を同じものにし、一定間隔で実査しないと比較することが難しくなる。 第2は、設問のワーディングの問題がある。過去の調査時点では一般的に理解できた言葉や社会事象も、年数を経ることによって馴染みのないものになる。本調査では、「電車に乗ってキセルをする」や「三億円事件」がそれに当たる。同じ設問をしても回答者に等価な内容として理解されているかの保証はない。また融通性スケールの項で説明したように、設問文を削除せざるを得なかったことにより、スケールが作成できなることもある。 第3は、調査の回答傾向に変化が見られたとしても、どういう外的要因が影響したかが不明な点である。たとえば「子は親を扶養する法律上の義務があると思いますか」という設問について「義務がある」を選択した割合は、2022年調査で29.6%であり、2005年調査より10ポイント強下がり、今までの調査の中で最も低かった。ところがそのような変化が生じた理由は、本調査の結果からだけでは分からない。 日本人の法態度に関するこの調査を継続するには、上記のような課題があるが、林等が1971年以来始めたこの調査は(日本文化会議 1973)、データの経年変化を見る面白さや予測する楽しさといったデータの科学の醍醐味を教えてくれている。 ──────── 1 「法態度」とは、従来「法意識」と呼ばれていたものを社会心理学の態度という概念を用いて再構成したものである(木下 2021)。 2 その代表的な研究が、川島武宜(1967)『日本人の法意識』岩波書店である。 3 本研究は、JSPS科研費 JP19H01409 の助成を受けたものである。 4 なお上記(1)で述べたように、2005年調査と2022年調査では、1976年調査の融通性スケールを構成していた設問2問を削除したため、1976年調査の融通性スケールと同じものは作成できない。ただし、林(日本文化会議1982:65頁)は、融通性スケールが0と1のものだけを「融通性の低いもの」として扱っているので、それに倣い2005年調査および2022年調査でも0と1のものだけを融通性の低いものとして計算した。 文献 ○川島武宜(1967)『 日本人の法意識』岩波新書。[『川島武宜著作集 第四巻 法社会学4 法意識』岩波書店 1982 226-381頁に収録] ○木下麻奈子(2010)「日本人の法に対する態度の構造と変容――30年間で人びとの考え方はどのように変化したか」村山眞維、松村良之編『現代日本の紛争処理と民事司法1 法意識と紛争行動』東京大学出版会 3-22頁 ○――(2021)「法を掴まえる」法と社会研究第6号 33-57頁 ○――(2023)「法態度はどのように変わったか―契約に関する融通性、素朴道徳感情、厳罰志向への態度を中心に」法と社会研究 第8号 117-131頁.松村良之、木下麻奈子、藤本亮、山田裕子、藤田政博、小林知博(2006)「『日本人の法意識』はどのように変わったか : 1971年、1976年、2005年調査の比較」北大法学論集 57巻4号 2006-1967頁(注:この雑誌は縦書きが原則で右頁始まりのため、横書きの論文は頁番号が逆行する。) ○中村隆、土屋隆裕、前田忠彦(2015)「国民性の研究 第13次全国調査―2013年全国調査―」統計数理研究所調査研究リポートNo.116 ○日本文化会議編(1973)『日本人の法意識 調査分析』至誠堂 ○――(1982)『現代日本人の法意識』第一法規 |