■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 2022」からわかる若年・壮年者のワクチン接種、 「大人であること」、スキル形成、育児と介護のダブルケア(前編) 石田 浩(東京大学科学研究所 特別教授)
要約 (石田 浩)
2.新型コロナウイルスワクチン接種に関する分析 新型コロナウイルスに対するワクチンの接種は、2021年2月17日から医療従事者を対象にスタートし、高齢者の優先接種が4月12日から開始された。その後一般の接種も急速に拡大し、同年6月21日には、企業や大学等における職域単位でのワクチン接種がはじまった。首相官邸のWebによれば、「希望する全ての対象者への接種について、同11月末で全人口比で76.9%の方が2回接種を完了」2との記述がある。Wave16を実施した2022年2月(正確には1月中旬から3月中旬)までに、若い世代を含めてワクチン接種の機会は十分にあったと考えられる。 そこでこのJLPSの実施期間の特性を活かして、Wave15を新型コロナウイルスワクチン接種前、Wave16を接種後の状況ととらえ、この前後の回答を比較することでワクチン接種の影響を推察してみることとする。 まず新型コロナウイルスワクチン接種の質問だが、Wave16調査の最後にワクチン接種の回数についての質問を新型コロナウイルス感染症に関連した生活面での不安に感じることとともに尋ねた。1度もワクチン接種をしていない回答者はほぼ1割、残りの9割は少なくとも1回は接種している。2回接種が84%と一番多く、3回接種は2022年2月の段階では、5%とわずかである。1回のみ接種はほとんどいないので、今後の分析では、一度もワクチン接種をしていない人と少なくとも1回は接種した人の2つのグループに分けて検討する。 ワクチン接種の有無(ワクチン接種をした人を1、しなかった人を0)を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。ワクチン接種の規定要因として考慮したのは、性別、年齢、世代(調査時に20歳代、30歳代、40歳代、50歳代)、学歴(高等教育を受けたか否か)、暮らし向き(貧しいから豊かまでの5ポイントスケール)、配偶関係(未婚、既婚、離死別)、単身世帯(同居者がいない単身者)、都市規模(16大都市・特別区、規模20万以上の都市、規模20万未満の都市、町村)、従業上の地位(Wave14時点の正規雇用、非正規雇用、自営・家族従業、無職)、職業(専門管理職、事務・販売・サービス職、ブルーカラー職)、企業規模(300人以上の大企業、300人未満の中小企業)である。 図2には、それぞれの独立変数の効果(係数を丸で表示)と95%の信頼区間(丸の左右のバー)を表示した。信頼区間がゼロを含む場合には、その独立変数の効果は統計的に有意ではない。効果が統計的に有意な場合には係数の丸を濃く表示してある。結果をみていこう。ワクチン接種の有無には、性別、年齢、世代の違いはみられない。学歴が高い場合には、ワクチンの接種をしやすい傾向があることがわかる。ワクチン接種の効用についての知識が、高学歴者の方が高いことを示しているのかもしれない。未婚・既婚・離死別による違いはみられず、都市規模によりワクチン接種率は異ならない。従業上の地位については、明確な違いがみられた。自営・家族従業者、無職の場合には、正規・非正規の雇用者と比較してワクチン接種率が低い。これは、企業や大学等において職場でのワクチンの職域接種が実施されたことを反映しているのかもしれない。専門管理職の従事者は、ブルーカラー職従事者と比較して、ワクチンの接種をしやすいことがわかる。こちらについても職域接種の普及と関連があるのかもしれない。最後に、健康状態の影響をみた。主観的な健康状態として「悪い」「良くない」という回答を1、「ふつう」「まあ良い」「とても良い」という回答を0とした「健康状態が良くない」変数を作成して独立変数として加えている。主観的な健康状態は、ワクチン接種に関しては、有意な効果は確認できない。健康状態が悪い人の間では、コロナ感染による重症化を防ぐためにワクチン接種を積極的に行う場合と、ワクチン接種による副反応を考慮して逆に接種を控える場合の2つの可能性が考えられる。 (2)ワクチン接種による行動変容はあったのか 次に、ワクチン接種を受けたことにより、人々は行動を変化させたのかについて推察してみたい。ワクチンを接種した人としなかった人に分けて、Wave15からWave16にかけて不安スコアの変化があったのか、外食の頻度、友人・恋人との食事の頻度、運動の頻度といった普段の生活に関して変化があったのかについて検証した。不安スコアについては、ワクチン接種が始まる前の2021年2月(Wave15)からワクチン接種の開始後の2022年2月(Wave16)の間での変化に着目し、2021年と2022年のスコアの差を計算し、「変化なし」「不安が増加」「不安が低下」の3つのグループに分けた分析を行った。外食、友人・恋人との食事、運動の頻度については、「毎日」「週に5-6日」「週に3-4日」「週に1-2日」「月に1-3日」「ほとんどしない」の6つの選択肢から回答してもらっている。「ほとんどなし」を1点「毎日」を6点とするスコアを計算し、その差を「変化なし」「頻度が増加」「頻度が減少」の3つのグループに分けた分析を行った。 表2は、ワクチン接種と不安スコアの変化の関連をみたものである。不安スコアが増加した人の比率は、ワクチン接種の有無で違いがみられないが、不安スコアが減少した人の比率は、ワクチン接種を受けていない方が若干高い(51.3%)。ワクチン接種をする人は、もともと不安スコアが高い人なので、不安に対する感受性が比較的に高い可能性がある。このため不安の度合いが下がりにくいのかもしれない。2つの変数の関連は、5%の水準では有意ではないので、不安スコアの変化については、ワクチン接種と概ね関連がみられない、と考えるのが良さそうである。 (3)小括 最後にこのセクションで分かったことを簡潔にまとめておこう。このセクションでは、新型コロナウイルスのワクチン接種を取り上げた。ワクチン接種の有無の規定要因を分析したところ、学歴の高い人、専門管理職に従事している人はワクチンを接種しやすく、自営業者・無職者は雇用者と比較してワクチンを接種しにくい傾向が確認された。ワクチン接種により行動変容がみられるのかについての分析では、外食の頻度、友人・恋人との会食頻度、運動の頻度の変化については、ワクチン接種を受けた人と受けなかった人の間で違いはみられなかった。ここで明らかになった知見は、先行研究の結果とも整合的である。Arashiro et al. (2022) によれば、2021年11月のオンライン調査の回答者でワクチン接種をしていないあるいはする意図がないのは8%で、接種済の回答者と比較して、新型コロナウイルスに感染する不安、他者に感染させる不安の程度は低かった。しかし、接種者と非接種者の間では、他人との接触、混雑した場所に出向くこと、旅行に関して有意な違いがみられなかった。つまりワクチン接種と行動変容の関連は明らかではなかった。 1本稿でのWaveは、それぞれの調査年度の継続サンプルのWaveを表示してある。例えば、2020年2月の調査では、継続サンプルがWave14、追加サンプルはWave10、若年リフレッシュサンプルでは、Wave2に当たる。 2https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine_supply.html 3ここでは結果は省略するが、ワクチン接種を受ける人が特定の属性を持つ人であることを考慮し、図2で取り上げた(2020年秋の不安スコアを除く)要因を独立変数として追加して、不安スコアのポイント変化、夕食、友人・恋人との会食、運動のポイントの変化を従属変数とした多変量解析を行った。その分析の結果からも上記のクロス集計表と同じ知見が得られた。 文献 ○ Arashiro, Takeshi, Yuzo Arima, Ashley Stucky, Chris Smith, Martin Hibberd, Koya Ariyoshi, and Motoi Suzuki. 2022. “Social and Behavioral Factors Associated with Lack of Intent to Receive COVID-19 Vaccine, Japan,”Emerging Infectious Diseases 28(9): 1909-1910. ○ Nomura, Shuhei et al. 2021. “Reasons for Being Unsure or Unwilling regarding Intention to Take COVIC-19 Vaccine among Japanese People: A Large Cross-sectional National Survey.” Lancet Regional Health . Western Pacific 14: 100223. ○ Okubo, Ryo, Takashi Yoshioka, Satoko Ohfuji, Takahiro Matsuo and Takahiro Tabuchi. 2021. “COVID-19 Vaccine Hesitancy and Its Associated Factors in Japan,” Vaccines 9: 662-672. ○ Yoda, Takeshi and Hironobu Katsuyama. 2021.“Willingness to Receive COVID-19 Vaccination in Japan,” Vaccines 9:48-56. (石田 浩)
3.「大人である」ことに対する意識の変容 「自分の感情をいつもコントロールできること」や「自分の行動の結果に責任をもつこと」などの精神的な成熟に関する項目は、世代によって選択率が変わらない。しかし上述したように「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」といったライフイベントの経験による役割取得や、「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」といった家族に対する責任については、継続・追加サンプルと比較してリフレッシュサンプルの世代では「大人である」ための要件として重視されなくなっていることがわかる。 「20歳になること」の選択率がリフレッシュサンプルの世代で上昇した理由としては、2022年4月1日より、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたことが影響していると考えられる。Wave16の調査の実施時期は2022年1~3月であり、このような社会的な出来事を目前に控えた状況で、「年齢」という区切りを意識するようになったと推測される。 また、「学校教育を終えること」の選択率がリフレッシュサンプルの世代で上昇している一方で、その後に付随するイベントとして想定できる「就職すること」や「親から経済的に自立すること」の選択率は低下している点は興味深い結果である。現代の若年層にとって、学校教育の修了と、就職して経済的に自立することの結びつきが意識の面で弱まっている可能性がうかがえる。 ただし、継続・追加サンプルと比較して選択率は低下してはいるものの、「親から経済的に自立すること」は男女ともに約8割が選択しており、16の選択肢の中で2番目に選択率が高い。「就職すること」も選択率は5割を超えており、4番目に選択率が高い。安定的な仕事を得て経済的に自立することは、日本の若年層の間では依然として「大人である」ための重要な要件とみなされているといえる。 (3)継続・追加サンプルの10年間での意識の変化 ここまでは、異なる世代間で「大人である」ことへの意識に違いがみられるかどうか検討した。ここからは、同じ世代のなかで、Wave6(2012年)からWave16(2022年)の10年間で意識がどのように変化したかを分析する。 リフレッシュサンプルはWave13(2019年)から調査に参加しているため、継続・追加サンプルのみを分析対象とする。継続・追加サンプルの年齢はWave6時点で25~45歳であり、Wave16時点で35~55歳となっている。 表4は、Wave6からWave16で、自分が大人であるかどうかに対する回答がどのように変化したかを男女別に示したものである。表4をみると、自分が大人であるかどうかの回答の変化に男女差はほとんどみられないことがわかる。 さらに、自分は「大人である」と認識していた者も、2割程度は「大人でない」あるいは「どちらともいえない」に変化している。単純に考えれば、加齢とともに大人としての自覚が芽生えるという予想が可能であるが、10年間で、自分が大人であるという意識に確信が持てなくなった者も少なくないようである。 次に、「大人である」ために必要なことについての回答の10年間での変化を男女別に示した(図7)。世代間での比較と同様に、同じ世代内でも、「結婚すること」「子どもをもつこと」などの家族形成に関するライフイベントや、「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」などの家族に対する責任の選択率は低下している。一方、「就職すること」や「親から経済的に自立すること」はわずかに低下しているものの、リフレッシュサンプルの世代に比べると選択率は高い水準を保っている。 最後に、どのような要因によって、自分自身が「大人である」と自覚するのかを多項ロジスティック回帰分析によって検討した(図8)4。 図8は、分析結果の係数と95%信頼区間をプロットしたものである。図中の丸が黒く塗りつぶされている場合は5%水準で統計的に有意であることを意味し、グレーで塗りつぶされている場合は10%で統計的に有意であることを意味する。 結果をみると、Wave6からWave16での変化を表すダミー変数がすべて統計的に有意でないことから、働き方や配偶者の有無、子どもの有無、持ち家の有無、親との同居の状況の変化は、自分が大人であるかどうかの意識の変化に影響を及ぼさないことがわかる。 統計的に有意な影響を及ぼしているのは、Wave6時点の年齢、Wave6時点での持ち家の所有、Wave6時点での親との同居である。年齢が若いほど、「大人でない・どちらともいえない」から「大人である」に変化しやすい。また、Wave6時点ですでに持ち家を所有していると、いずれの方向の変化も生じにくい。補足的な分析として、Wave6時点の自分が大人であるかどうかを従属変数8として多項ロジスティック回帰分析をおこなった結果(図表は省略)、持ち家を所有していると「大人である」と回答しやすいことが示された。つまり、Wave6時点で持ち家を所有していた者は、その時点で自分を「大人である」と認識しており、10年後もその意識は変化しない傾向にある。また、Wave6時点で親と同居していた者は「大人である」から「大人でない・どちらともいえない」への変化が生じにくい。上述した補足的な分析から、親と同居しているとWave6時点で「大人である」と回答しにくいことが示されたため、「大人である」から「大人でない・どちらともいえない」への変化も起こりにくいと考えられる。 (4)小括 本節では、人々の「大人である」ことへの意識について、(1)世代間での意識の違いと、(2)世代内での10年間での意識の変化に着目して分析をおこなった。 分析の結果から、この10年間で、人々が「大人である」ために必要だと考える要件は変化していることが明らかになった。大人であるための要件として、「親から経済的に自立すること」「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」を選択する割合は男女ともに若年世代で低下していた。また、同じ世代内でも、10年前と比較して「結婚すること」「子どもをもつこと」「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」を選択する割合が低下していた。 ただし、前の世代と比べると選択率は低下しているものの、男女ともに「親から経済的に自立すること」や「就職すること」を選択する割合は高い水準を維持していた。結婚して家庭を築き、子どもを生み育てることについては重視されなくなった一方で、仕事を得て経済的に自立することを重視する傾向は根強い。未婚化・晩婚化や少子化が急激に進行するなかで、家族形成による役割の移行に依拠した「大人」像は薄れてきているといえるだろう。 同じ世代内での意識の変化についての分析からは、10年間で自分が大人であると思うようになった者の割合は3割程度とそれほど多くないこと、さらに、もともと自分は大人であると感じていた者の2割程度は、10年後、その認識に揺らぎが生じていたことが明らかになった。また、自分は大人であるという意識が芽生えること、また、大人であると思わなくなることに対して、回答者自身の働き方、配偶状況、子どもの有無、持ち家の有無、親との同居の変化は影響を及ぼしていなかった。このようなライフイベントの経験よりもむしろ、精神的な成熟を自覚することのほうが重要なのかもしれない。これらの分析結果からは、人々が抱く「大人である」という認識は非常にあいまいで揺らぎやすいものであることがうかがえる。 4 分析に使用したケースはn=2842である。 5 持ち家の有無については、回答者または配偶者の名義で持ち家を所有している場合は持ち家あり、そうでない場合は持ち家なしとした。 6 親との同居については、回答者の父親または母親と同居している場合は同居、いずれとも別居している場合は別居とした。 7 従業上の地位の変化は、1=「正規雇用・経営者・自営業」から「非正規雇用・無職・学生・その他」への変化、2=「非正規雇用・無職・学生・その他」から「正規雇用・経営者・自営業」への変化、3=変化なしの3値である。 8 「大人である」「大人でない」「どちらともいえない」の3値で、「どちらともいえない」を基準カテゴリとした。 文献 ○ Arnett, J. J., 2001, “Conceptions of the Transition to Adulthood: Perspectives from Adolescence Through Midlife,” Journal of Adult Development , 8(2): 133-43. ○ 石田浩・有田伸・田辺俊介・大島真夫,2013,「『不安社会日本』と『大人になること』の難しさ――『働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2012』の結果から」東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズNo.65. ○ 釜野さおり・別府志海,2017,「第1章 結婚という選択」『現代日本の結婚と出産――第15回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書』国立社会保障・人口問題研究所,13-20(2023年2月27日取得,https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_report3.pdf). ○ 内閣府,2022,「令和4 年版少子化社会対策白書」,内閣府ホームページ,(2023年2月27日取得,https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2022/r04webhonpen/html/b1_s1-1-3.html). ○ Newman, KatherineS., 2012, THE ACCORDION FAMILY: Boomerang Kids, Anxious Parents, and the Private Toll of Global Competition, Boston: Beacon Press.(萩原久美子・桑島薫訳,2013,『親元暮らしという戦略――アコーディオン・ファミリーの時代』岩波書店.) (俣野 美咲) |