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■「中央調査報(No.792)」より

 ■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 2022」からわかる若年・壮年者のワクチン接種、
 「大人であること」、スキル形成、育児と介護のダブルケア(前編)



石田 浩(東京大学科学研究所 特別教授)
俣野 美咲(東京大学社会科学研究所 助教)
石田 賢示(東京大学社会科学研究所 准教授)
大久保 将貴(東京大学社会科学研究所 助教)


要約
 本稿は、東京大学社会科学研究所が2007年から継続して実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」の2022年調査に関する基礎的な分析をまとめたものである。4つの大きなテーマについて分析した。(1)新型コロナウイルスのワクチンを接種のした人の属性とワクチン接種による行動変容の有無、(2)人々の「大人である」ことへの意識について、世代間での意識の違いと世代内での10年間での意識の変化、(3)勤め先の指示でおこなう職業訓練・研修と自発的におこなう学習・研修(自己啓発)の経験率の男女差と、2010年と2022年の2時点での比較、(4)育児と介護の両方をしているダブルケアラーの男女差と就業、健康状況、である。
【注:当稿は10月号前編、11月号後編とし2カ月に分けて紹介する】

1.研究の背景と調査データ
 東京大学社会科学研究所では、日本に居住する若年・壮年者を対象とした総合的な追跡調査である「働き方とライフスタイルの変化に関するパネル調査」(Japanese Life Course Panel Surveys - JLPS)を2007年から継続して実施している。この調査では、キャリアの形成、ワークライフバランスなどの働き方、生活時間・家族や友人との交流・趣味といったライフスタイルに加えて、交際・結婚・出産といった家族にかかわるイベント、人々の考え方や意識の変容といった多様な生活の側面についての質問項目を含んでいる。
 2007年に日本全国に居住する20-34歳(若年調査)と35-40歳(壮年調査)の男女を母集団として地域・都市規模・性別・年齢により層化し、対象者を抽出した。調査の方法は、郵送で調査票を配布し、調査員が訪問して調査票を回収した。2007年の第1波調査では「若年調査」3,367名(回収率34.5%)、「壮年調査」1,433名(回収率40.4%)を回収した。2011年には「追加サンプル」として、2011年に同年齢の24-38歳(若年)と39-44歳(壮年)の対象者を2007年調査と同様な形で抽出し、郵送配布・郵送回収の方法により、若年サンプル710名(回収率32.4%)、壮年サンプル253名(回収率31.4%)を回収した。
 2019年には、JLPSの対象者が加齢し、若年・壮年調査の対象者がそれぞれ32-46歳、47-52歳となり、20歳代の若い世代の対象者がいなくなった。そこで新たに若年リフレッシュサンプルとして、2019年時点で日本に居住する20-31歳の男女を母集団として、2007年調査と同様に地域・都市規模・性別・年齢により層化し、対象者を抽出した。調査方法も、2007年調査を継承して、郵送配布・訪問回収の方法で実施した。2383ケースを回収(アタック数に対する回収率36.1%)、そのうち調査に継続することを了承した2049ケース(同回収率31.1%)を追跡対象者とした。2007年からの「継続サンプル」、2011年からの「追加サンプル」、2019年に新たに加えた「若年リフレッシュサンプル」の3つのサンプルの対象者を毎年継続して追跡している。
 2022年1月から3月には、「継続サンプル」の第16 回、「追加サンプル」の第12回、そして「若年リフレッシュサンプル」は第4回目の調査を実施した。「継続サンプル」Wave16では、「若年調査」は1,679、「壮年調査」は837のケースを回収し、追跡することができているアタック数に対する回数率は、それぞれ83.8%と88.0%である。「追加サンプル」Wave 12については、401(若年)、175(壮年)のケースを回収し、回収率はそれぞれ66.5%と74.8%である。「若年リフレッシュサンプル」Wave4については、回収数は1,426ケース(回収率79.5%)であった。
 本報告では、以下の4つのテーマについて分析する。(1)新型コロナウイルスのワクチンを接種のした人の属性とワクチン接種による行動変容の有無、(2)人々の「大人である」ことへの意識について、世代間での意識の違いと世代内での10年間での意識の変化、(3)勤め先の指示でおこなう職業訓練・研修と自発的におこなう学習・研修(自己啓発)の経験率の男女差と、2010年と2022年の2時点での比較、(4)育児と介護の両方をしているダブルケアラーの男女差と就業、健康状況、である。

(石田 浩)


2.新型コロナウイルスワクチン接種に関する分析
(1)誰がワクチン接種をしたのか

 新型コロナウイルスのワクチン接種は、日本では2021年2月に医療従事者を対象に開始された。2020年9月のオンラインによる調査では、もし新型コロナウイルスのワクチンが開発されたら、ワクチンを接種するかという質問に対して、3分の2の回答者がワクチン接種に肯定的であった。特に、高齢者、地方居住者、疾患を抱える者の肯定比率が高かったことが報告されている(Yoda and Katsuyama 2021)。2021年2月のオンライン調査の結果では、回答者の3分の1はワクチンを接種するかまだわからないと回答しており、11%がワクチンは接種しないと回答している。ワクチン接種に否定的な見解の理由として、ワクチン接種の安全性・副反応に関する不安が挙げられている(Nomura et al.2021)。同じ時期2021年2月に実施した別の調査の分析でも、回答者全体の11%がワクチン接種に否定的であった。特に若い女性の回答者の間で接種に否定的な態度が最も顕著にみられ、接種による副反応の不安が最大の理由とされている(Okubo 2021)。これらの調査結果は、ワクチン接種開始前の人々のワクチン接種への態度を分析したものである。
 「働き方とライフスタイルの変化に関するパネル調査」(JLPS)は、コロナ禍の期間も含めて年1回の調査を実施してきた。さらに2020年9月にはコロナ特別調査としてウェブで対象者に新型コロナウイルスに関連した項目と通常の調査で尋ねている項目を調査している1図1に示すように、2020年の2月頃(正確には1月から3月)に実施したWave14は、新型コロナウイルスが日本で拡大するコロナ禍以前の調査であると考えることができる。第1回の緊急事態宣言が発令されたのは2020年4月から5月であり、2020年調査の対象者は96%が2020年3月15日までに回答していることから、その回答はコロナ禍の始まる前と仮定することができる。2021年のWave15は、第2回の緊急事態宣言(2021年1月8日から3月21日まで)が発令されている只中に実施された。さらに、2020年の秋には、JLPSの対象者(継続サンプル、追加サンプル、若年リフレッシュサンプル)に対して、ウェブによる特別調査を実施した。実施期間は、2020年の8月29日から11月9日までであり、回答は9月に集中している。ウェブ調査の回収数は、3つの調査サンプル対象者全体で3740名(回収率63.9%)であった。ウェブによる調査ということで、回収率は通常の調査票配布による形式に比べるとサンプルにより多少異なるが、10-15%ほど低い。このウェブ特別調査では、第1回緊急事態宣言下(2020年4-5月)の状況と2020年秋の調査時点での対象者の状況について尋ねている。

図1 JLPSの実施期間、コロナ禍の拡大状況とワクチン接種期間
 Wave15を実施した以降、第3回・第4回の緊急事態宣言が発令され、新型コロナウイルスの感染拡大が加速していった。Wave16を実施した2022年2月の段階でも、まん延防止等重点措置が多くの地域で実施されており、感染拡大の傾向には歯止めがかかっておらず、2022年2月にも1日の感染者が10万人を超す日が記録されている。
 新型コロナウイルスに対するワクチンの接種は、2021年2月17日から医療従事者を対象にスタートし、高齢者の優先接種が4月12日から開始された。その後一般の接種も急速に拡大し、同年6月21日には、企業や大学等における職域単位でのワクチン接種がはじまった。首相官邸のWebによれば、「希望する全ての対象者への接種について、同11月末で全人口比で76.9%の方が2回接種を完了」2との記述がある。Wave16を実施した2022年2月(正確には1月中旬から3月中旬)までに、若い世代を含めてワクチン接種の機会は十分にあったと考えられる。
 そこでこのJLPSの実施期間の特性を活かして、Wave15を新型コロナウイルスワクチン接種前、Wave16を接種後の状況ととらえ、この前後の回答を比較することでワクチン接種の影響を推察してみることとする。
 まず新型コロナウイルスワクチン接種の質問だが、Wave16調査の最後にワクチン接種の回数についての質問を新型コロナウイルス感染症に関連した生活面での不安に感じることとともに尋ねた。1度もワクチン接種をしていない回答者はほぼ1割、残りの9割は少なくとも1回は接種している。2回接種が84%と一番多く、3回接種は2022年2月の段階では、5%とわずかである。1回のみ接種はほとんどいないので、今後の分析では、一度もワクチン接種をしていない人と少なくとも1回は接種した人の2つのグループに分けて検討する。
 ワクチン接種の有無(ワクチン接種をした人を1、しなかった人を0)を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。ワクチン接種の規定要因として考慮したのは、性別、年齢、世代(調査時に20歳代、30歳代、40歳代、50歳代)、学歴(高等教育を受けたか否か)、暮らし向き(貧しいから豊かまでの5ポイントスケール)、配偶関係(未婚、既婚、離死別)、単身世帯(同居者がいない単身者)、都市規模(16大都市・特別区、規模20万以上の都市、規模20万未満の都市、町村)、従業上の地位(Wave14時点の正規雇用、非正規雇用、自営・家族従業、無職)、職業(専門管理職、事務・販売・サービス職、ブルーカラー職)、企業規模(300人以上の大企業、300人未満の中小企業)である。
 図2には、それぞれの独立変数の効果(係数を丸で表示)と95%の信頼区間(丸の左右のバー)を表示した。信頼区間がゼロを含む場合には、その独立変数の効果は統計的に有意ではない。効果が統計的に有意な場合には係数の丸を濃く表示してある。結果をみていこう。ワクチン接種の有無には、性別、年齢、世代の違いはみられない。学歴が高い場合には、ワクチンの接種をしやすい傾向があることがわかる。ワクチン接種の効用についての知識が、高学歴者の方が高いことを示しているのかもしれない。未婚・既婚・離死別による違いはみられず、都市規模によりワクチン接種率は異ならない。従業上の地位については、明確な違いがみられた。自営・家族従業者、無職の場合には、正規・非正規の雇用者と比較してワクチン接種率が低い。これは、企業や大学等において職場でのワクチンの職域接種が実施されたことを反映しているのかもしれない。専門管理職の従事者は、ブルーカラー職従事者と比較して、ワクチンの接種をしやすいことがわかる。こちらについても職域接種の普及と関連があるのかもしれない。最後に、健康状態の影響をみた。主観的な健康状態として「悪い」「良くない」という回答を1、「ふつう」「まあ良い」「とても良い」という回答を0とした「健康状態が良くない」変数を作成して独立変数として加えている。主観的な健康状態は、ワクチン接種に関しては、有意な効果は確認できない。健康状態が悪い人の間では、コロナ感染による重症化を防ぐためにワクチン接種を積極的に行う場合と、ワクチン接種による副反応を考慮して逆に接種を控える場合の2つの可能性が考えられる。
図2 ワクチン接種の有無の規定要因
 以上の要因に加えて、「不安スコア」と呼ばれるコロナに関連した不安の度合いを測定した項目を、別のロジスティック回帰分析として走らせ、「不安スコア」の効果を示した。この「不安スコア」について説明する。JLPSでは、新型コロナウイルス感染症の拡大が人々にどのような影響を及ぼしているのかを検証するために、2020年秋に実施したウェブによる特別調査では、「新型コロナウイルス感染症に関連して、以下の生活面で不安に感じることはありましたか」という質問を行い、11項目に関して「第1回緊急事態宣言下(2020年4月~ 5月)」と「調査回答時点」(2020年秋9月-10月頃)の2つの時期について「不安があった」か「不安はなかった」の2択で選択してもらった。同様の質問をWave15(2021年2月頃)、Wave16(2022年2月頃)でも行っている。表1にはそれぞれの時点での回答(項目を選択した比率)を示した。
表1 新型コロナウイルス感染症に関連して生活面で不安に感じることの回答
 不安スコアは、「休校による子どもの学習への影響」の項目を除く残りの10項目について「不安があった」と回答した数を合計した。「休校による子どもの学習への影響」の項目は、回答者の子どもの有無で質問の意味が異なってくることから、不安スコアの算出からは除外した。不安スコアは、ゼロ(不安がまったくない)から10(すべての項目で不安)の値をとる。この不安スコアを独立変数として導入すると、不安スコアが高いほど、ワクチン接種率が高いことがわかる。2020年秋の段階で、新型コロナウイルス感染症に関連して生活面で不安に感じる度合いが強いほど、ワクチンを接種しやすい傾向にあった。生活面での不安とワクチン接種は密接に関係しているようである。

(2)ワクチン接種による行動変容はあったのか
 次に、ワクチン接種を受けたことにより、人々は行動を変化させたのかについて推察してみたい。ワクチンを接種した人としなかった人に分けて、Wave15からWave16にかけて不安スコアの変化があったのか、外食の頻度、友人・恋人との食事の頻度、運動の頻度といった普段の生活に関して変化があったのかについて検証した。不安スコアについては、ワクチン接種が始まる前の2021年2月(Wave15)からワクチン接種の開始後の2022年2月(Wave16)の間での変化に着目し、2021年と2022年のスコアの差を計算し、「変化なし」「不安が増加」「不安が低下」の3つのグループに分けた分析を行った。外食、友人・恋人との食事、運動の頻度については、「毎日」「週に5-6日」「週に3-4日」「週に1-2日」「月に1-3日」「ほとんどしない」の6つの選択肢から回答してもらっている。「ほとんどなし」を1点「毎日」を6点とするスコアを計算し、その差を「変化なし」「頻度が増加」「頻度が減少」の3つのグループに分けた分析を行った。
 表2は、ワクチン接種と不安スコアの変化の関連をみたものである。不安スコアが増加した人の比率は、ワクチン接種の有無で違いがみられないが、不安スコアが減少した人の比率は、ワクチン接種を受けていない方が若干高い(51.3%)。ワクチン接種をする人は、もともと不安スコアが高い人なので、不安に対する感受性が比較的に高い可能性がある。このため不安の度合いが下がりにくいのかもしれない。2つの変数の関連は、5%の水準では有意ではないので、不安スコアの変化については、ワクチン接種と概ね関連がみられない、と考えるのが良さそうである。
表2 不安スコアの変化とワクチン接種の関連
 表3は、ワクチン接種と夕食、友人・恋人との会食、運動の頻度の変化の関連をみたものである。夕食の頻度については、増加した比率は、接種無で22%、接種有で25%と接種者の方がわずかに高い。しかし、カイ2乗検定の結果からは、接種の有無による統計的に有意な違いはみられない。友人・恋人との会食の頻度、運動の頻度についても、ワクチン接種をしていないグループとしたグループの間で有意な差はみられない。これらの結果3から、ワクチン接種が人々の日常行動に変化をもたらしたという知見は、確認できなかった。ワクチンを接種したことにより、外食の頻度、友人・恋人との会食の頻度、運動の頻度が増すというような単純な傾向があるわけではなさそうである。
表3 夕食、友人・恋人との会食、運動の頻度の変化とワクチン接種の関連

(3)小括
 最後にこのセクションで分かったことを簡潔にまとめておこう。このセクションでは、新型コロナウイルスのワクチン接種を取り上げた。ワクチン接種の有無の規定要因を分析したところ、学歴の高い人、専門管理職に従事している人はワクチンを接種しやすく、自営業者・無職者は雇用者と比較してワクチンを接種しにくい傾向が確認された。ワクチン接種により行動変容がみられるのかについての分析では、外食の頻度、友人・恋人との会食頻度、運動の頻度の変化については、ワクチン接種を受けた人と受けなかった人の間で違いはみられなかった。ここで明らかになった知見は、先行研究の結果とも整合的である。Arashiro et al. (2022) によれば、2021年11月のオンライン調査の回答者でワクチン接種をしていないあるいはする意図がないのは8%で、接種済の回答者と比較して、新型コロナウイルスに感染する不安、他者に感染させる不安の程度は低かった。しかし、接種者と非接種者の間では、他人との接触、混雑した場所に出向くこと、旅行に関して有意な違いがみられなかった。つまりワクチン接種と行動変容の関連は明らかではなかった。

1本稿でのWaveは、それぞれの調査年度の継続サンプルのWaveを表示してある。例えば、2020年2月の調査では、継続サンプルがWave14、追加サンプルはWave10、若年リフレッシュサンプルでは、Wave2に当たる。
2https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine_supply.html
3ここでは結果は省略するが、ワクチン接種を受ける人が特定の属性を持つ人であることを考慮し、図2で取り上げた(2020年秋の不安スコアを除く)要因を独立変数として追加して、不安スコアのポイント変化、夕食、友人・恋人との会食、運動のポイントの変化を従属変数とした多変量解析を行った。その分析の結果からも上記のクロス集計表と同じ知見が得られた。

文献
○ Arashiro, Takeshi, Yuzo Arima, Ashley Stucky, Chris Smith, Martin Hibberd, Koya Ariyoshi, and Motoi Suzuki. 2022. “Social and Behavioral Factors Associated with Lack of Intent to Receive COVID-19 Vaccine, Japan,”Emerging Infectious Diseases 28(9): 1909-1910.
○ Nomura, Shuhei et al. 2021. “Reasons for Being Unsure or Unwilling regarding Intention to Take COVIC-19 Vaccine among Japanese People: A Large Cross-sectional National Survey.” Lancet Regional Health . Western Pacific 14: 100223.
○ Okubo, Ryo, Takashi Yoshioka, Satoko Ohfuji, Takahiro Matsuo and Takahiro Tabuchi. 2021. “COVID-19 Vaccine Hesitancy and Its Associated Factors in Japan,” Vaccines 9: 662-672.
○ Yoda, Takeshi and Hironobu Katsuyama. 2021.“Willingness to Receive COVID-19 Vaccination in Japan,” Vaccines 9:48-56.

(石田 浩)


3.「大人である」ことに対する意識の変容
(1)問題の所在と本節の目的

 近年、若者が「大人」になる道程はますます多様化している。高度経済成長期以降の日本社会では、多くの若者が、学校教育を終えた後、間断なく安定的な仕事を得て、親の世帯を離れ独立した住まいを確立し、結婚して子どもをもつというライフコースを経験した。それとともに、「結婚して、自分自身の家庭を築いて一人前」という価値観も社会に浸透していただろう。国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」の第9回調査(1987年)の結果によると、結婚することの利点として「社会的信用を得たり、周囲と対等になれる」を挙げる未婚者の割合は男性で21.9%、女性で10.7%であった(釜野・別府 2017)。これは、男性では「精神的安らぎの場が得られる」(34. 7 %)に次いで2 番目に選択率が高い。 しかし、その後未婚化・晩婚化が進行するにつれ、そのような価値観は徐々に過去のものとなっている。先述した「出生動向基本調査」の最新の第15回調査(2015年)の結果では、結婚の利点として「社会的信用を得たり、周囲と対等になれる」を選択した未婚者の割合は、男性で12.2%、女性で7.0% まで低下している(釜野・別府 2017)。
 2020年時点で、50歳時の未婚割合は男性で28.3%、女性で17.8%と過去最高になり(内閣府 2022)、結婚をしないという選択がもはや珍しいものではなくなっている。働き方の面でも、1990年代後半以降、若年層における非正規雇用の割合が拡大し、学校卒業後に安定した仕事を得るまでに時間を要する者もかつてより増加した。また、未婚化・晩婚化や若年労働市場の不安定化にともない、親元から離れるタイミングにも遅れが生じている。
 このような社会状況の変化とともに、人々が抱く「大人」のイメージはいかに変わったのだろうか、それとも変わっていないのだろうか。また、人々はどのような基準にしたがって「大人」であるか否かを判断するのだろうか。
 アメリカの若年層から中年層を対象としたArnett(2001)の研究によると、いずれの年齢層においても、「自分の行動の結果に責任を持つこと」「親やその他の影響から独立して、個人の信条や価値観を決定すること」「親と対等な大人としての関係性を築くこと」などの心理的な側面での成熟が重視され、学校の卒業や就職、結婚、子どもをもつことなどのライフイベントの経験による社会的役割の移行はまったく重要視されていないという。
 アメリカ、イタリア、スペイン、日本、デンマークなどの先進諸国でインタビュー調査を行ったNewman(2012=萩原・桑島2013)の研究においても同様の知見が得られている。いずれの国においても、1970~80年代以降に生まれた世代では、「大人になること」は「自分の行動や他人に対して責任を持つこと」「大人になったと自分自身が感じたとき」などといった心理的な成熟によって定義づけられている(Newman 2012=萩原・桑島2013)。
 JLPSのWave6(2012年)を用いた石田ほか(2013)の分析では、日本の若年層においても「自分の行動の結果に責任を持つこと」「自分の感情をいつもコントロールできること」などの心理的側面を選択する割合は高いことが明らかにされている。しかしそれと同時に、「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」といったライフイベントの経験にともなう役割の移行も、大人であるための重要な要件として理解されていることが指摘されている。
 JLPSのWave16(2022年)では、人々の「大人である」ことに対する意識について、Wave6(2012年)以来10年ぶりに改めて尋ねている。そこで本節では、この2時点の回答の分析から、(1)現代の若年層における「大人である」ことへの意識は、10年前の若年層と比較してどのように変わったか(世代間での違い)と、(2)10年間で、人々の「大人である」ことへの意識はどのように変化したか(世代内での変化)の2点について検討する。

(2)「大人である」ことへの意識の世代間比較
 はじめに、世代間での意識の違いについて分析をおこなう。JLPS では、Wave6(2012年)とWave16(2022年)において、(1)自分自身のことを大人であると思うかどうか、(2)一般に「大人である」ために何が必要と思うかを尋ねている。
 1つ目については、「世間では人のことを『大人である』とか『大人でない』などといいますが、あなたはご自分が大人であると思いますか」という質問文で、「大人である」「大人でない」「どちらともいえない」の3つの選択肢から1つ選んでもらう方式で尋ねている。
 2つ目については、「一般に『大人である』ためには、次のようなことが必要だと思いますか。必要だと思うものすべてに○をつけてください」という質問文で、「20歳になること」「就職すること」「親から経済的に自立すること」「性体験のあること」「親とは別に暮らすこと」「結婚すること」「学校教育を終えること」「子どもをもつこと」の8つの選択肢を設けている。また、続けて「それでは次のようなことはどうでしょうか。『大人である』ためには必要だと思いますか。必要だと思うものすべてに○をつけてください」という質問文で「自分の感情をいつもコントロールできること」「家族を経済的に支えられること」「自分の行動の結果に責任をもつこと」「自分の家を購入すること」「両親と対等な大人としての関係を築くこと」「子どもを育てられること」「両親や他人から独立して自分の信念・価値を決定できること」「妊娠しないために避妊すること」の8つの選択肢についても尋ねている。
 これらの質問項目に対する回答を、継続サンプルおよび追加サンプルの世代(1966~1986年出生)と、リフレッシュサンプルの世代(1987~1998年出生)で比較する。分析対象は、25~34歳に限定する。Wave6(2012年)の継続・追加サンプルは25~45歳であり、Wave16(2022年)のリフレッシュサンプルは23~34歳であるため、年齢層をそろえるためにこのような処理を行った。
 図3は、性別およびサンプル種別にみた、自分を「大人である」と思うかどうかの回答である。継続・追加サンプルはWave6(2012年)、リフレッシュサンプルはWave16(2022年)の結果を示している。男性では、継続・追加サンプルとリフレッシュサンプルの間で割合はほとんど変わらず、統計的に有意な差もみられない。一方、女性では有意差が認められ、「大人である」と思う割合が継続・追加サンプルでは38.8%であったのに対し、リフレッシュサンプルでは48.4%と約10%ポイント上昇している。

図3 性別・サンプル種別にみた自分を「大人である」と思う割合
 さらに年齢層別にみてみると、継続・追加サンプルでは概ね年齢が高いほど「大人である」と思う割合が高い傾向が読み取れる(図4)。それに対し、リフレッシュサンプルでは、とくに女性においてそのような傾向が薄れ、25~34歳の間で「大人である」と思う割合にほとんど差がみられない(図5)。たとえば、継続・追加サンプルの女性では、25~26歳で「大人である」と思う割合は28.0%であり、年齢層が高くなるにつれて上昇し、33~34歳では49.5%に至っている。一方でリフレッシュサンプルの女性では、25~26歳ですでに45.7%が「大人である」と自覚しており、その後の年齢層でも概ね同じ水準である。この結果からは、リフレッシュサンプルの世代では、継続・追加サンプルの世代と比べて、比較的早い年齢から自分自身を「大人である」と自覚している者の割合が増加していることがうかがえる。
図4 性別・年齢層別にみた自分を「大人である」と思う割合(継続・追加)

図5 性別・年齢層別にみた自分を「大人である」と思う割合(リフレッシュ)
 では、それぞれの世代で、「大人である」ために必要だと考える要件は異なるのだろうか。図6には、性別・サンプル種別にみた「大人である」ための要件の回答を示した。
図6 性別・サンプル種別にみた「大人である」ための要件
 「20歳になること」「学校教育を終えること」の選択率は、男女ともに、リフレッシュサンプルの世代で有意に増加している。それに対して、「親から経済的に自立すること」「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」の選択率は男女ともに有意に減少している。また、「自分の家を購入すること」の選択率は女性のみ有意に減少している。
 「自分の感情をいつもコントロールできること」や「自分の行動の結果に責任をもつこと」などの精神的な成熟に関する項目は、世代によって選択率が変わらない。しかし上述したように「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」といったライフイベントの経験による役割取得や、「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」といった家族に対する責任については、継続・追加サンプルと比較してリフレッシュサンプルの世代では「大人である」ための要件として重視されなくなっていることがわかる。
 「20歳になること」の選択率がリフレッシュサンプルの世代で上昇した理由としては、2022年4月1日より、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたことが影響していると考えられる。Wave16の調査の実施時期は2022年1~3月であり、このような社会的な出来事を目前に控えた状況で、「年齢」という区切りを意識するようになったと推測される。
 また、「学校教育を終えること」の選択率がリフレッシュサンプルの世代で上昇している一方で、その後に付随するイベントとして想定できる「就職すること」や「親から経済的に自立すること」の選択率は低下している点は興味深い結果である。現代の若年層にとって、学校教育の修了と、就職して経済的に自立することの結びつきが意識の面で弱まっている可能性がうかがえる。
 ただし、継続・追加サンプルと比較して選択率は低下してはいるものの、「親から経済的に自立すること」は男女ともに約8割が選択しており、16の選択肢の中で2番目に選択率が高い。「就職すること」も選択率は5割を超えており、4番目に選択率が高い。安定的な仕事を得て経済的に自立することは、日本の若年層の間では依然として「大人である」ための重要な要件とみなされているといえる。

(3)継続・追加サンプルの10年間での意識の変化
 ここまでは、異なる世代間で「大人である」ことへの意識に違いがみられるかどうか検討した。ここからは、同じ世代のなかで、Wave6(2012年)からWave16(2022年)の10年間で意識がどのように変化したかを分析する。
 リフレッシュサンプルはWave13(2019年)から調査に参加しているため、継続・追加サンプルのみを分析対象とする。継続・追加サンプルの年齢はWave6時点で25~45歳であり、Wave16時点で35~55歳となっている。
 表4は、Wave6からWave16で、自分が大人であるかどうかに対する回答がどのように変化したかを男女別に示したものである。表4をみると、自分が大人であるかどうかの回答の変化に男女差はほとんどみられないことがわかる。
表4 自分が大人であると思うかの10年間での変化(継続・追加サンプル)
 「大人でない」から「大人である」に変化した者の割合はおよそ3割であり、残りの7割はまだ「大人でない」と感じているか、「どちらともいえない」に変化している。そして、「どちらともいえない」から「大人である」に変化した者の割合はおよそ4割である。回答者の年齢が35~55歳であることをふまえると、10年間で「大人である」と思うようになった人々は思いのほか多くないといえるのではないだろうか。
 さらに、自分は「大人である」と認識していた者も、2割程度は「大人でない」あるいは「どちらともいえない」に変化している。単純に考えれば、加齢とともに大人としての自覚が芽生えるという予想が可能であるが、10年間で、自分が大人であるという意識に確信が持てなくなった者も少なくないようである。
 次に、「大人である」ために必要なことについての回答の10年間での変化を男女別に示した(図7)。世代間での比較と同様に、同じ世代内でも、「結婚すること」「子どもをもつこと」などの家族形成に関するライフイベントや、「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」などの家族に対する責任の選択率は低下している。一方、「就職すること」や「親から経済的に自立すること」はわずかに低下しているものの、リフレッシュサンプルの世代に比べると選択率は高い水準を保っている。
図7 性別・調査年別にみた「大人である」ための要件(継続・追加サンプル)
 「自分の行動の結果に責任をもつこと」や「自分の感情をいつもコントロールできること」、「両親や他人から独立して自分の信念・価値を決定できること」などの心理的側面での成熟に関しては、10年前と選択率に変化はみられない。
 最後に、どのような要因によって、自分自身が「大人である」と自覚するのかを多項ロジスティック回帰分析によって検討した(図8)4
図8 大人であるかどうかの意識の変化についての多項ロジスティック回帰分析の結果
 従属変数は、Wave6からWave16での「大人であるかどうか」の回答の変化である。それぞれの時点の回答を「大人である」と「大人でない・どちらともいえない」の2値にリコードし、「大人である」から「大人でない・どちらともいえない」に変化した場合を1、「大人でない」または「どちらともいえない・大人である」に変化した場合を2、変化がなかった場合を3と割り当てた。基準カテゴリは3の変化なしとした。独立変数には、性別、Wave6時点の年齢、従業上の地位、配偶状態、子どもの有無、持ち家の有無5、親との同居6、Wave6からWave16での上記の状況の変化7を使用した。
 図8は、分析結果の係数と95%信頼区間をプロットしたものである。図中の丸が黒く塗りつぶされている場合は5%水準で統計的に有意であることを意味し、グレーで塗りつぶされている場合は10%で統計的に有意であることを意味する。
 結果をみると、Wave6からWave16での変化を表すダミー変数がすべて統計的に有意でないことから、働き方や配偶者の有無、子どもの有無、持ち家の有無、親との同居の状況の変化は、自分が大人であるかどうかの意識の変化に影響を及ぼさないことがわかる。
 統計的に有意な影響を及ぼしているのは、Wave6時点の年齢、Wave6時点での持ち家の所有、Wave6時点での親との同居である。年齢が若いほど、「大人でない・どちらともいえない」から「大人である」に変化しやすい。また、Wave6時点ですでに持ち家を所有していると、いずれの方向の変化も生じにくい。補足的な分析として、Wave6時点の自分が大人であるかどうかを従属変数8として多項ロジスティック回帰分析をおこなった結果(図表は省略)、持ち家を所有していると「大人である」と回答しやすいことが示された。つまり、Wave6時点で持ち家を所有していた者は、その時点で自分を「大人である」と認識しており、10年後もその意識は変化しない傾向にある。また、Wave6時点で親と同居していた者は「大人である」から「大人でない・どちらともいえない」への変化が生じにくい。上述した補足的な分析から、親と同居しているとWave6時点で「大人である」と回答しにくいことが示されたため、「大人である」から「大人でない・どちらともいえない」への変化も起こりにくいと考えられる。

(4)小括
 本節では、人々の「大人である」ことへの意識について、(1)世代間での意識の違いと、(2)世代内での10年間での意識の変化に着目して分析をおこなった。
 分析の結果から、この10年間で、人々が「大人である」ために必要だと考える要件は変化していることが明らかになった。大人であるための要件として、「親から経済的に自立すること」「就職すること」「結婚すること」「子どもをもつこと」「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」を選択する割合は男女ともに若年世代で低下していた。また、同じ世代内でも、10年前と比較して「結婚すること」「子どもをもつこと」「家族を経済的に支えられること」「子どもを育てられること」を選択する割合が低下していた。
 ただし、前の世代と比べると選択率は低下しているものの、男女ともに「親から経済的に自立すること」や「就職すること」を選択する割合は高い水準を維持していた。結婚して家庭を築き、子どもを生み育てることについては重視されなくなった一方で、仕事を得て経済的に自立することを重視する傾向は根強い。未婚化・晩婚化や少子化が急激に進行するなかで、家族形成による役割の移行に依拠した「大人」像は薄れてきているといえるだろう。
 同じ世代内での意識の変化についての分析からは、10年間で自分が大人であると思うようになった者の割合は3割程度とそれほど多くないこと、さらに、もともと自分は大人であると感じていた者の2割程度は、10年後、その認識に揺らぎが生じていたことが明らかになった。また、自分は大人であるという意識が芽生えること、また、大人であると思わなくなることに対して、回答者自身の働き方、配偶状況、子どもの有無、持ち家の有無、親との同居の変化は影響を及ぼしていなかった。このようなライフイベントの経験よりもむしろ、精神的な成熟を自覚することのほうが重要なのかもしれない。これらの分析結果からは、人々が抱く「大人である」という認識は非常にあいまいで揺らぎやすいものであることがうかがえる。

4 分析に使用したケースはn=2842である。
5 持ち家の有無については、回答者または配偶者の名義で持ち家を所有している場合は持ち家あり、そうでない場合は持ち家なしとした。
6 親との同居については、回答者の父親または母親と同居している場合は同居、いずれとも別居している場合は別居とした。
7 従業上の地位の変化は、1=「正規雇用・経営者・自営業」から「非正規雇用・無職・学生・その他」への変化、2=「非正規雇用・無職・学生・その他」から「正規雇用・経営者・自営業」への変化、3=変化なしの3値である。
8 「大人である」「大人でない」「どちらともいえない」の3値で、「どちらともいえない」を基準カテゴリとした。

文献
○ Arnett, J. J., 2001, “Conceptions of the Transition to Adulthood: Perspectives from Adolescence Through Midlife,” Journal of Adult Development , 8(2): 133-43.
○ 石田浩・有田伸・田辺俊介・大島真夫,2013,「『不安社会日本』と『大人になること』の難しさ――『働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2012』の結果から」東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズNo.65.
○ 釜野さおり・別府志海,2017,「第1章 結婚という選択」『現代日本の結婚と出産――第15回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書』国立社会保障・人口問題研究所,13-20(2023年2月27日取得,https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_report3.pdf).
○ 内閣府,2022,「令和4 年版少子化社会対策白書」,内閣府ホームページ,(2023年2月27日取得,https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2022/r04webhonpen/html/b1_s1-1-3.html).
○ Newman, KatherineS., 2012, THE ACCORDION FAMILY: Boomerang Kids, Anxious Parents, and the Private Toll of Global Competition, Boston: Beacon Press.(萩原久美子・桑島薫訳,2013,『親元暮らしという戦略――アコーディオン・ファミリーの時代』岩波書店.)

(俣野 美咲)