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■「中央調査報(No.793)」より

 ■ 「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査 2022」からわかる若年・壮年者のワクチン接種、
 「大人であること」、スキル形成、育児と介護のダブルケア(後編)



石田 浩(東京大学科学研究所 特別教授)
俣野 美咲(東京大学社会科学研究所 助教)
石田 賢示(東京大学社会科学研究所 准教授)
大久保 将貴(東京大学社会科学研究所 助教)


要約
 本稿は、東京大学社会科学研究所が2007年から継続して実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」の2022年調査に関する基礎的な分析をまとめたものである。4つの大きなテーマについて分析した。(1)新型コロナウイルスのワクチンを接種のした人の属性とワクチン接種による行動変容の有無、(2)人々の「大人である」ことへの意識について、世代間での意識の違いと世代内での10年間での意識の変化、(3)勤め先の指示でおこなう職業訓練・研修と自発的におこなう学習・研修(自己啓発)の経験率の男女差と、2010年と2022年の2時点での比較、(4)育児と介護の両方をしているダブルケアラーの男女差と就業、健康状況、である。
【注:当稿は10月号前編、11月号後編として2カ月に分けて紹介する】1

1本稿は、東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト・ディスカッションペーパーシリーズ No.165『「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査2022」分析結果報告:パネル調査からみるワクチン接種、スキル形成、意識、ダブルケア』(2023年3月)に加筆・修正したものである。本稿は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)(18103003, 22223005)、特別推進研究(25000001, 18H05204)の助成を受けて行った研究成果の一部である。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては社会科学研究所研究資金、(株)アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。調査は一般社団法人中央調査社に委託して実施した。パネル調査データの使用にあたっては社会科学研究所パネル調査運営委員会の許可を受けた。

4.スキル形成機会のジェンダー差
(1)スキル形成機会にかんする論点

 2010年代後半以降、スキル形成に対する関心が改めて高まっている。2015年にフレイ(Carl Benedikt Frey)とオズボーン(Michael A. Osborne)が野村総合研究所との共同研究を通じ、日本で今後AIなどによる自動化が進む可能性の高い職業について検討した結果などが、日本でも大きな注目を集めた(フレイ、オズボーン2015)。また、同じく2010年代半ば以降の労働市場における人手不足の問題(玄田編 2017)もあいまって、日本社会ではキャリアにおけるスキル形成のあり方の模索が続いている。
 企業内の訓練・研修やジョブ・ローテーションを通じてスキル(経験)を積んでゆくことがキャリア形成の理念型の一つである日本の労働市場において、スキル形成の場から遠ざけられやすいのが非正規雇用労働者や無業者である。長期雇用慣行のなかに埋め込まれていないこれらのカテゴリに属する人々は外部の研修・セミナーや自学自習(自己啓発)がスキル形成の中心的な場となる。雇用者、上司等からの指示や組織的なプログラムの存在により訓練・研修などを受けることが当然視される企業内訓練とは異なり、外部の研修や自己啓発は一見すると自発性の比較的高い活動である。そのため、大学教育の意義として学習への習慣づけを挙げる議論も重要な意味を持つ(矢野 2009)。
 ここで「一見すると」と述べたのは、結果として個人の意思によるものであったとしても、その意思決定自体がさまざまな社会的役割や規範の制約を受けている場合、文字通り「自発的である」とはいえないからである。スキル形成機会にかんしていえば、女性は男性よりも強い制約下にある(佐野 2019)。配偶者や子どものいる女性に生じる家事・育児時間は、単純にスキル形成にかける時間とトレード・オフの関係にある。また、結婚、特に出産後に非正規雇用の仕事に移ったり、仕事自体を辞めたりすることで、上述の企業内訓練の機会からは明らかに遠ざかってしまう。翻って、このような不利を認識するからこそ子どもを産む意思があっても実現できない有職女性が生じてしまうといえる(ブリントン 2022)。したがって、昨今よく見かける「学びなおし」や「リスキリング」の機会については、一人ひとりの置かれた社会的、経済的生活の状況を踏まえながら議論する必要がある。
 JLPSでは、2010年から1年おきに訓練・研修等の経験について対象者に尋ねている。ここでは、最初に質問を設けた2010年と最新の2022年のデータを比較しながら、約10年間でスキル形成機会のジェンダー差について何が変わったのかを検証する。

(2)男女で異なる勤め先の指示による訓練と自己啓発の経験率
 上述の通り、JLPSでは2010年(Wave4)から1年おきに、勤め先の指示による訓練や自己啓発の経験について対象者に尋ねている。具体的には、「この1年間に仕事に役立てるための訓練や自己啓発2をしましたか」とはじめに尋ね、「した」と回答した者には「勤め先の指示で行ったもの」と「自発的に行ったもの(自己啓発)」のそれぞれについて、どのようなものを経験したかを複数回答形式で尋ねている。ここではその内容には立ち入らず、勤め先の指示による訓練と自己啓発の経験に関するジェンダー差をみてゆく。なお、両時点での年齢層を揃えるため、それぞれの時点で23歳から43歳であった者に限定して分析をおこなう。
 図1は、男女それぞれについて、配偶者、子どもの有無別にそれぞれのスキル形成経験率を棒グラフで示したものである。男女の「全体」をみると、明らかに男性の方が勤め先の指示による訓練、自己啓発ともに経験率が高い。この男女差と関連しているのは女性の家族の状況である。配偶者や子どもがいない場合、勤め先の指示による訓練や自己啓発の経験率について性別による大きな差はない。しかし、配偶者や子どもがいる場合、いずれの経験率も男性よりも女性の方が明らかに低い。男性については配偶者や子どもの有無がスキル形成経験とほぼ関連していないことも特徴的である。

図1 2010年と2022年のあいだの比較
 2010年から2022年にかけての変化についてはどうだろうか。性別、配偶者や子どもの有無について、グラフを見ると若干の差が生じているようにみえるが、統計的に有意な差はいずれについてもみられない。つまり、有配偶女性や子どものいる女性がスキル形成の機会を持ちにくく、その傾向が10年間でほとんど変化していないということを意味している。

(3)約10年間での社会経済人口的要因の変化
 一方で、男女の全体平均をみてみると、統計的に有意な差ではないもののそれぞれについて共通の傾向が読み取れる。男性については2010年から2022年にかけていずれの経験率も微減しているのに対し、女性については反対に微増している。さまざまな背景要因が考えられるが、ここでは学歴、職種、雇用形態、配偶状態、子どもの有無の変化をみてみる。
 図2は、2010年(Wave4)と2022年(Wave16)のそれぞれについて、23歳から43歳男女の学歴、職種(プリコード)、雇用形態、配偶状態、子どもの有無の分布を示したものである。まず学歴の構成をみると、男女ともに高学歴化していることがわかる。たとえば、大学・大学院学歴の者の割合は、男性については2010年に46%であったのが、2022年には55%に上昇している。女性はより顕著であり、2010年から2022年にかけて27%から44%に上昇している。
図2 学歴・職種・雇用形態・配偶状態・子どもの有無の変化
 職種と雇用形態の構成についても変化がみられる。職種については、2010年から2022年にかけて専門的・技術的職業の割合が男女ともに上昇しているが、男性の4%ポイントの上昇に比べて女性は9%ポイント上昇している。また、雇用形態にかんして、正規雇用労働者の割合が男性では74%から77%に微増しているのに対し、女性では37%から53%に上昇している。他方、女性については非正規雇用、無業の割合が減少しているが、男性については若干増加している。
 さいごに有配偶者と子どものいる者の割合を確認する。こちらについては男女でほぼ共通の変化がみられ、2010年から2022年にかけて有配偶者割合、子どものいる者の割合が共に低下している。
 以上をふまえると、2010年から2022年にかけてのスキル形成経験の全体平均の変化は、男女の社会経済人口構成の変化によって説明できるかもしれない。高学歴化、専門化、正規雇用化が女性でより顕著であり、これらは女性におけるスキル形成経験率の微増と関連している可能性がある。また、この時期は同時に未婚者や子どもを持たない女性の割合も増加しており、家事・育児に充てられていた時間や労力が職場での訓練・研修や自学自習にシフトした可能性も考えられる。

(4)約10年間で変わらないスキル形成機会のジェンダー差
 以上の解釈がある程度妥当なものかを検証するため、2010年、2022年時点での性別、年齢、学歴、職種、雇用形態、配偶者の有無、子どもの有無を独立変数とし、勤め先の指示による訓練経験の有無、自己啓発経験の有無を従属変数とするロジスティック回帰分析をおこなった。ここでは、上記の独立変数に加え、配偶者の有無と性別、子どもの有無と性別の交互作用項を含めることで、有配偶女性や子どものいる女性のスキル形成経験率の低さが社会経済人口構成により説明できるのかを検討する。その結果が図3図4であり、推定結果にもとづく予測確率(マージン)を示している(図中のエラーバーは推定値の95%信頼区間)。なお、ここでは注目する変数以外の推定結果は割愛している。
図3 年齢・社会経済人口要因の調整前後での経験率(勤め先の指示)
図4 年齢・社会経済人口要因の調整前後での経験率(自己啓発)
 図3の2010年の結果をみると、年齢のみを調整した結果(「学歴・職業等の影響調整前」の結果)では、無配偶者については男女間で勤め先の指示による訓練の経験率に差がみられない。子どものいない者については、女性の方が統計的に有意に経験率は低いものの、後述する2022年の結果や自己啓発に関する結果を総合すると、男女間での差がそれほど大きなものであるとは思われない。他方、有配偶者や子どものいる者のなかで男女差をみると、いずれも統計的に有意な差が確認され、男性のほうが高い経験率を示している。なお、2022年についても、2010年と概ね同じ結果が得られている。
 調整後の結果をみると、性別、配偶状態、子どもの有無の組み合わせのあいだで勤め先の指示による経験率がほぼ等しくなる。また、この結果は2010年、2022年で共通している。図4の自己啓発経験に関する分析結果も、図3と同様といえる。学歴、職業等の影響を調整する前の推定結果をみると、2010年、2022年ともに、無配偶者、子どものいない者については男女のあいだで自己啓発経験率に差はみられない。しかし、有配偶者、子どものいる者については、明確な男女差がみられるようになる。
 また、学歴、職種、雇用形態の影響をコントロールした結果をみると、職場の指示による訓練経験と同様に、すべてのグループのあいだで自己啓発経験率に統計的に有意な差はみられなくなる。以上の結果をまとめると、有配偶女性、子どものいる女性におけるスキル形成経験率の低さが、彼女らの社会経済的属性によりほぼ説明されることを示唆している。つまり、彼女らの多くが非正規雇用や無業であることで勤め先の指示による訓練の機会から遠ざかっており、それが約10年間では変わっていないといえる。

(5)小括:鍵となるのは持続可能な就業継続
 ここまでの結果は2時点のデータを比較的シンプルに分析したものであり、学術的により精緻な結果を得るためには分析に用いる時点数を増やす、その他の日常生活の活動などにかかわる要因を考慮するなどの工夫が必要である。また、ここでみた職業訓練や自己啓発が果たしてその後のキャリア形成に寄与するのかという疑問も残る。これらの課題については、今後詳細な分析を進めることとしたい。
 上記の限界、課題を認識しつつも、ここでの分析結果から得られる示唆について若干の議論を加えてまとめとしたい。以上の分析結果は、有配偶女性や子どものいる女性がキャリアを中断し、再就職をしたとしても正規雇用の仕事を続けにくいという状況を反映したものといえる。重要なことは、正規雇用の仕事に就いている女性が結婚や出産によってそれまで蓄積してきたキャリアを中断しなくてすむ環境を整備することだという、これまでも指摘されてきた点である。短期的には女性がより容易に労働市場に復帰できるような支援を講じる必要はあると思われるが、中長期的には従来の「男性並みの働き方」自体を大きく見直す必要があろう。

2 注記として、「自己啓発とは、職業に関する能力を自発的に開発し、向上させるための活動をいいます。(職業に関係ない趣味、娯楽、スポーツ、健康増進等のためのものは含みません。)」という説明を質問文の側に加えている。

文献
○ ブリントン、メアリー・C、2022、『縛られる日本人――人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか』中央公論新社.
○ 玄田有史編、2017、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』慶應義塾大学出版会.
○ フレイ、 カール・ベネディクト、 マイケル・A・オズボーン、 2015、「日本におけるコンピューター化と仕事の未来」野村総合研究所(https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/journal/2017/05/01J.pdf)
○ 佐野和子、2019、「女性の教育歴とスキル形成――スキル形成レジームに基づく計量社会学的分析」『ソシオロジ』64(1): 21-40.
○ 矢野眞和、2009、「教育と労働と社会――教育効果の視点から」『日本労働研究雑誌』588:5-15.

(石田 賢示)


5.ダブルケアの実態と影響
(1)はじめに

 2016年に内閣府が公開した「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査報告書」によると、ダブルケアの推計人口は2012年時点で約25.3万人と推計されている。この報告書によると、ダブルケアラーのうち女性は約17万人、男性約8万人と、男性よりも女性のダブルケアラーが多いことが指摘されている。こうした育児と介護のダブルケアの背景には、晩婚化や晩産化があると考えられている。これまでは、子育てがひと段落したら介護が訪れるという状況が一般的だったが、晩婚化や晩産化によって育児期間が後ろ倒しされるため、介護のタイミングと重なる人が増えるというわけである。しかしながら、育児や介護というケアについては、それぞれの分野で研究蓄積が進んでいるものの、育児と介護の両方を担うダブルケアについての研究はまだまだ少ない。とりわけ、同一個人を複数時点にわたって追跡したパネル調査データを用いた分析例は管見の限り見当たらない。ダブルケアの問題としては、就業の中断、経済的負担、身体的および精神的健康の悪化、ジェンダー不平等な負担等が指摘されている。
 こうした背景のもと、本稿では、「東大社研パネル調査」の「継続・追加・リフレッシュサンプル」を用いて、以下の3点を明らかにする。第1に、ダブルケアラーについて男女別に集計する。基礎的な属性に基づいた集計をすることで、ダブルケアラーがどの程度いるのか、また時系列でどの程度変化するのかを明らかにすることが目的である。第2に、ダブルケアラーと非ダブルケアラーでは、就業や健康にどのような違いがあるのかを明らかにする。育児や介護を理由とした離職が問題となって久しいが、ダブルケアに着目した場合には、就業や健康面でどのような違いがあるのかを記述する。第3に、ダブルケアを担うようになると就業や健康にどのような影響を与えるのかについて、パネルデータの利点を活かした多変量分析を行う。

(2)誰がダブルケアをしているのか
 本節では、誰がダブルケアをしているのかについて、男女別に集計をおこなう。集計に用いるデータは、東大社研パネル調査の継続・追加・リフレッシュサンプルである。ダブルケアの定義について確認する。介護の有無については、仕事以外で現在介護をしている場合に、介護者としてコーディングしている。育児の有無については、平日および休日の育児時間を尋ねている。ここでは、平日と休日の平均育児時間が1分以上の場合に育児者と定義した。本稿では、これらの介護と育児の両方を担っている者をダブルケアラーとして定義する。表1が集計の結果である。表1からは、以下の3点が分かる。第1に、2019年では、ダブルケアラーは全体で1.36%、男性で0.7%、女性で1.86%となっている。2021年では、全体で1.66%、男性で0.63%、女性で2.42%となっている。このことから、ダブルケアは男性よりも女性に多くいることが分かる。第2に、対象者の年齢(調査年)を重ねるごとにダブルケアラーは微増しているが、これは主に女性のダブルケアラーが増加したことに起因する。第3に、ダブルケアの構成要素である介護者については、2019年男性で3.12%、2019年女性で6.03%、2021年男性で3.16%、2021年女性で7.27%となっている。育児者については、2019年男性で26.08%、2019年女性で35.01%、2021年男性で26.93%、2021年女性で34.33%となっており、介護者と育児者のそれぞれについても女性の方が男性よりも多いことがわかる。

表1 男女別にみたダブルケアラー、介護者、育児者の割合


(3)ダブルケアラーの就業と健康
 次に、ダブルケアラーの就業と健康について記述する。健康については、主観的健康(self-rated health)を変数として用いる。東大社研パネル調査における主観的健康(self-rated health)とは、「あなたは、自分の健康状態についてどのようにお感じですか」という質問に対して、「1:とても良い」「2:まあ良い」「3:普通」「4:あまり良くない」「5:悪い」の選択肢で測定される。解釈をわかりやすくするために、値が高くなるほど健康状態が良くなるよう値を反転して分析をおこなった。メンタルヘルスの指標としては、MHI-5(Mental Health Inventory 5)を用いる。MHI-5は、過去1ヶ月間で「かなり神経質であったこと」「どうにもならないくらい気分が落ち込んでいたこと」「落ち着いておだやかな気分であったこと」「おちこんで、ゆううつな気分であったこと」「楽しい気分であったこと」の5項目について尋ねている。回答選択肢は、それぞれの項目について「1:いつもあった」から「5:まったくなかった」の5件法で測定される。分析では、これらの5項目について単純加算し、値が高くなるほどメンタルヘルスが良くなるよう値を変換している。表2は、ダブルケアラーを男女別にして、就業率、主観的健康の平均値、メンタルヘルスの平均値を集計した結果である。なおそれぞれの値は2019年と2021年の平均値を要約している。
 表2からは、就業率については非ケアラー(育児者でも介護者でもダブルケアラーでもない回答者)の就業率が最も高く(90.88%)、続いて育児者(84. 54%)、介護者(83. 98%)、ダブルケアラー(81.94%)の順になることが分かる。ケアの種類別に集計すると、ダブルケアラーの就業率が最も低く、非ケアラーとの差は約9%ポイントである。主観的健康の平均値については、育児者(3.34)、非ケアラーとダブルケアラー(3.26)、介護者(3.05)の順に高い値となっている。メンタルヘルスについては、主観的健康と同様の傾向がある。すなわち、育児者の値が最も高く(22.37)、介護者の値が最も低く(20.95)、非ケアラー(21.85)とダブルケアラー(21.65)の値は概ね同じである。就業についてはダブルケアラー/非ケアラーの間で大きな差がある一方で、健康については両者の間に就業ほどの大きな差はみられない。
表2 ケアラー別の就業率(%)、主観的健康平均値、メンタルヘルス平均値


(4)ダブルケアをすると就業と健康にどのような影響を与えるのか
 表2は、ケアラーを分類(非ケアラー/介護者/育児者/ダブルケアラー)したうえで、それぞれの就業率および健康状態をそのまま集計した。次に、パネルデータの利点を活かし、かつ簡単な統計的な調整をおこなったうえで、ダブルケアラーに移行した場合に就業と健康にどのような影響を与えるのかを明らかにする。ダブルケアをしていない状態から担う状態になると、就業や健康にどのような影響を与えるのかを確認するため、時点と個体の固定効果モデルによって推定をおこなう。結果変数と処置変数の他の調整変数は、年齢、婚姻状況である。図5は、非ケアラーを参照カテゴリとした場合の固定効果モデル推定結果である。
図5 ダブルケアが就業、主観的健康、メンタルヘルスに与える影響
 図5の分析結果からは、固定効果モデル推定値はいずれの分析においても、エラーバーの信頼区間が推定値0をまたいでいるため、ダブルケアの明瞭な効果が確認できない。本分析で用いたデータにおいてはダブルケアラーの数が少ないために、推定が不安定になっていることも考えうる。いずれにしても、本分析からはダブルケアと就業、主観的健康、メンタルヘルスについて、母集団について明白な傾向を導くことは難しいと言えよう。なお、図5の分析を男女別におこなったが、統計的に有意なダブルケアの効果は確認できなかった。

(5)おわりに
 本節では、同一個人を複数時点にわたって調査した「東大社研パネル調査」データを用いて、(1)ダブルケアラーがどの程度いるのか、(2)ダブルケアラーと非ダブルケアラーでは、就業や健康にどのような違いがあるのか、(3)ダブルケアを担うようになると就業や健康にどのような影響を与えるのか、の3点について分析をおこなった。
 (1)については、以下の3点が明らかになった。第1に、2019年では、ダブルケアラーは全体で1.36%、男性で0.7%、女性で1.86%となっている。2021年では、全体で1.66%、男性で0.63%、女性で2.42%となっている。このことから、ダブルケアは男性よりも女性に多くいることが分かる。第2に、対象者の年齢(調査年)を重ねるごとにダブルケアラーは微増しているが、これは主に女性のダブルケアラーが増加したことに起因する。第3に、ダブルケアの構成要素である介護者については、2019年男性で3.12%、2019年女性で6.03%、2021年男性で3.16%、2021年女性で7.27%となっている。育児者については、2019年男性で26.08%、2019年女性で35.01%、2021年男性で26.93%、2021年女性で34.33%となっており、介護者と育児者のそれぞれについても女性の方が男性よりも多いことがわかる。
 (2)については、ダブルケアラーの就業率は2019年で85.71%、2021年で78.38% である一方、非ダブルケアラーの就業率は2019年で88.50%、2021年で88.96%であり、ダブルケアラーの就業率がやや低い。メンタルヘルスおよび主観的健康の平均スコアについては、ダブルケアラーの健康スコアは介護のみをしている人よりは高く、育児のみをしている人よりは低く、介護も育児もしていない人と同程度であった。(3)については、ダブルケアと就業および健康の変化の間に統計的に有意な関連はみられなかった。この結果は男女別に分析をしても変わらなかった。繰返しになるが、本分析で用いた2時点のデータでは、ダブルケアをしていない状態から担う状態に移行するケースが少ない。その点に起因するのは不安定な統計的推測であり、このことがダブルケアと就業や健康との明白な関連を見出すことを困難にしている可能性は残る。男女ではケアによる異なるストレスを経験することが示唆されているがため(Zwar et al. 2020)、今後も同様の分析を継続する必要があろう。

文献
○ Zwar、L.、H.- H. König、& A. Hajek、2020、“Psychosocial Consequences of Transitioning into Informal Caregiving in Male and Female Caregivers: Findings from a Population-based Panel Study、” Social Science and Medicine 264: 113281.

(大久保 将貴)


6.おわりに
 最後に、本稿の分析結果をまとめておく。(1)新型コロナウイルスのワクチンを接種のした人の属性とワクチン接種による行動変容の有無では、学歴の高い人、専門管理職に従事している人はワクチン接種しやすく、自営業者・無職者は接種しにくい傾向が確認された。ワクチン接種による明確な行動変容はみられなかった。(2)人々の「大人である」ことへの意識についての分析では、「大人である」ための要件として、結婚して子どもを産み育てることは重視されなくなった一方で、仕事を得て経済的に自立することを重視する傾向は根強いことが明らかになった。
 (3)勤め先の指示でおこなう職業訓練・研修と自発的におこなう学習・研修(自己啓発)の経験率の男女差と2時点での比較の分析によると、約10年間でいずれの経験率も全体としては変わらず、女性の方が低い。女性における訓練、自己啓発経験率の低さは、有配偶女性や子どものいる女性がスキル形成機会を持ちにくいためであることが明らかになった。(4)育児と介護の両方をしているダブルケアラーの就業、健康状況の分析からは、ダブルケアラーの比率は2%ほどでまだ数が少ないこと、ほぼ8割が女性であること、ダブルケアラーの就業率がやや低いことが明らかになった。メンタルヘルスおよび主観的健康については、ダブルケアラーの健康度は介護のみをしている人よりは高く、育児のみをしている人よりは低く、介護も育児もしていない人と同程度であった。

(石田 浩)