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■「中央調査報(No.795)」より

 ■ 日本政治の「2024年問題」 =岸田政権、信頼回復が生命線= ~経済・外交で試練、遠い野党団結~


時事通信社 政治部デスク 大塚 洋一


 自民党の安倍派、岸田派、二階派が解散を決めたものの、岸田政権の信頼回復に向けた道のりは険しい。対する野党も大同団結には遠く、政権交代への機運は高まらない。自民派閥の政治資金パーティー裏金事件は政局を流動化させ、内政・外交を停滞させる可能性をはらむ。これらの複合危機に直面する日本政治の「2024年問題」に解は見つかるのか。

◇国会論戦、最初の関門に
 「国民の信頼を回復するため、日本の民主主義を守るためには自民党自ら変わらなければならない」。岸田文雄首相(党総裁)は1月11日、党政治刷新本部の初会合で威勢よく語った。首相が出身派閥・岸田派の解散を突如表明したのはこの1週間後。会計責任者らが立件された最大派閥・安倍派と二階派も解散に追い込まれた。 首相の発言通り、今年の岸田政権に課された最大の課題は、国民の信頼を取り戻すことができるのか、自民党が不祥事の連鎖を断ち切って再生できるかどうかだ。それは首相が政権を維持し続けるための生命線となる。

2024年の政治日程
 今年の政局は、秋に予定される自民党総裁選を軸に展開される。9月末に任期満了を迎える首相は再選を目指すが、内閣支持率はどん底状態から抜け出せていない。首相には数々の関門が待ち構えている。
 最初のハードルとなるのが1月26日召集の通常国会の与野党論戦だ。29日には衆参両院の予算委員会で「政治とカネ」に関する集中審議が開かれ、攻防が本格化する。
 岸田政権に大逆風が吹く通常国会は、政治改革が最重要テーマとなる。派閥の政治資金規正法違反事件は組織的な腐敗構造を浮き彫りにし、現職議員の逮捕に至った。産学有志でつくる政策提言組織「令和国民会議」(令和臨調)は1988年のリクルート事件と比べて「より深刻だ」との声明を発表し、抜本的な政治改革を迫った。

◇問われる派閥
 自民党は政治刷新本部での議論を踏まえ、政治資金パーティー券購入者の公開対象拡大や、政治資金規正法の罰則強化を図る。同本部では派閥の在り方も焦点となった。
 無派閥の菅義偉前首相が「派閥解消が最低限必要だ」と主張したのに対し、麻生派会長の麻生太郎副総裁は派閥を存続させる構え。「無派閥派」と「派閥維持派」の主導権争いが激化すれば、総裁選をにらんだ権力闘争に発展し、政権の土台を揺さぶるだろう。
 田中角栄元首相は「政治は数であり、数は力、力は金だ」と語った。その権力の源泉である「数」を体現していたのが派閥だ。派閥の主な役割は、①総裁候補の擁立②人事やカネの配分・調整ーだ。リクルート事件を受けて党が89年に策定した「政治改革大綱」は派閥解消を打ち出していたが「絵に描いた餅」となった。安倍派などの解散を受け、党内の意思決定や権力構造がどう変化するかが注目点だ。
 世論に敏感な公明党は危機感を募らせ、政治改革をリードしようと、独自の「政治改革ビジョン」をまとめた。政党が所属議員に支出する「政策活動費」の使途公開の義務化や、会計責任者だけでなく議員本人も責任を負う「連座制」導入を掲げた。
 自民党は通常国会での政治資金規正法改正に向け、野党と協議を進める方針。ザル法と言われる同法の抜け穴をどうふさぐのか。野党は企業・団体献金や政策活動費の全面禁止を求めているが、消極的な自民党と折り合う見通しは立っていない。
 立憲民主党は「政治改革特別委員会」を衆院に設けるよう提案した。日本維新の会は調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)の使途公開などを主張。共産党は裏金事件の全容解明に向け、関与した自民議員の証人喚問を求めている。

◇賃上げも政権左右
 今年は日本経済も正念場を迎える。30年余り続いた停滞から抜け出そうと、政府は、スタートアップ企業育成や人手不足対策などを盛り込んだ24年度予算案を通常国会に提出し、年度内成立に全力を挙げる。
 3月中旬には春季労使交渉(春闘)がピークを迎える。首相は1月5日、経団連など経済3団体が共催した新年会に出席し、物価上昇を上回る所得増に向けた「力強い賃上げ」への協力を呼び掛けた。
 6月には首相肝入りの所得・住民税の定額減税が実施される。野党からは「選挙目当てのバラマキ」と批判を受けていたが、首相は「夏には可処分所得の伸びが物価上昇を上回る状態を確実につくる。日本人と日本企業に長年染みついてきたデフレマインドの払拭に全力を期す」と約束した。経済政策の成果を政権の反転攻勢につなげることができるのか。経済も首相の命運を握っている。
 正月に発生した能登半島地震を受け、首相は与野党党首会談で予算案の早期成立への協力を要請した。「政治とカネ」問題で国会審議は紛糾も予想され、政権が体力を奪われる可能性が高い。予算成立と引き換えに首相が春に退陣するとのシナリオは今もくすぶっている。

◇米大統領選がリスク
 外交も難所が続く。ポイントとなるのは11月に大統領選を控える米国、覇権主義的な動きを強める中国との関係だ。
 日米外相は1月12日にワシントンで会談し、日米同盟を一層強化する方針を確認した。首相は4月上旬に米国を公式訪問する方向で調整している。首相が裏金事件の対応に追われれば、米側が受け入れる優先順位が下がるとの見方もある。
 米大統領選でトランプ前大統領が返り咲けば「ディール(取引)」を重視し、同盟軽視に転換する懸念は根強い。米中関係やウクライナ・中東情勢がさらに緊迫する恐れもあり、日本外交は試練を迎える。外務省は「米大統領選が今年最大のリスク要因」(関係者)と身構えている。
 対中国では、台湾海峡を含む東・南シナ海問題の緊張緩和や、東京電力福島第1原発の処理水放出問題が引き続き重要課題だ。日本側は戦略的互恵関係を推進しつつ、「主張すべきは主張」(首相)する立場。日本産水産物の禁輸措置の撤廃、日本の排他的経済水域(EEZ)内に中国が設置した海上ブイの撤去、拘束された日本人の解放を引き続き求めているが、中国側に軟化の兆しは見えない。
 弾道ミサイル発射など挑発を強める北朝鮮に対し、日米韓は昨年、弾道ミサイル発射情報をリアルタイムで共有するなど連携を深めた。金正恩・朝鮮労働党総書記は能登半島地震を受け、首相宛てに「異例」の見舞いメッセージを発表した。日本政府は北朝鮮の軍事動向を警戒しながらも、北朝鮮の意図を注意深く見極めながら拉致問題進展に向けて、水面下で接触を図る方針だ。
 ロシアの侵攻を受けるウクライナとは、2月に東京で日ウクライナ経済復興推進会議を開催する。戦闘長期化で米欧諸国に「支援疲れ」が目立つ中、復旧・復興に向けた官民一体の支援を打ち出すことを目標とする。イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザの情勢も不安材料だ。中東危機は日本のエネルギー安定供給を大きく揺さぶる。

◇立民提案に他党冷ややか
 旧民主党政権が下野し、自民党が政権に復帰してから今年で12年となる。干支が一回りする中、野党は離合集散を繰り返し「多弱化」が進んだ。
 昨年の臨時国会では、立民が提出した内閣不信任決議案に維新、国民民主党など野党各党が賛成したものの、各党の内輪もめは絶えない。自民党に対抗する「受け皿」となる野党共闘への道筋は描けていない。
 立民の泉健太代表は年頭記者会見で「今こそ野党が立ち上がるべきだ。政権を早期に代える準備を進めたい」と述べ、次期衆院選で政権交代を図る目標を掲げた。政治改革や教育無償化、ガソリン税を一時的に引き下げる「トリガー条項」の凍結解除などに触れ、「(野党が)共通政策で一致できれば選挙区調整も本格的に進む」と指摘。他党と協議を進めていく方針だ。
 だが、維新は次期衆院選で「野党第1党」を争うライバルとなる立民との連立構想を拒んでいる。共産党も、維新や国民民主を「与党の補完勢力」とみなして連携に反対。泉氏の構想に他野党の支持は広がらない。
 泉氏は首相と同様に9月に代表任期満了を迎える。立民内では、党勢回復への結果を示せない泉氏への不満が高まっており、続投できるかは見通せていない。
 維新は25年大阪・関西万博の建設費増や党所属議員の不祥事で逆風を受けて失速気味だ。地方選での負けも目立つ中、衆院選に向けた態勢立て直しに取り組む。
 国民民主は与党との協調路線を継続する見通しだが、連立政権入りの構想は事実上頓挫した。支持団体の連合からは立民との連携を求められているが、玉木雄一郎代表は「『共産と協力する政党』とは協力しない」と明言し、立民とは距離を置いている。

◇衆院任期満了まで1年
 衆院解散は今年行われるのか。10月には衆院議員の任期満了まで残り1年になるため、与野党は年内解散・総選挙を視野に入れ、選挙準備を急いでいる。
 内閣支持率が各種世論調査で2割前後と「危険水域」に落ち込み、自民内には「とても衆院選を戦える状況にない」(関係者)との見方が広がる。その中で、①首相が総裁選前の「岸田降ろし」を封じるため、通常国会で予算成立後に衆院解散する②総裁選で首相が交代し、新首相が秋に衆院解散するーというシナリオが浮上している。
 4月28日には、自民党の細田博之前衆院議長の死去に伴う衆院島根1区補欠選挙が控える。裏金事件で略式起訴された谷川弥一衆院議員(自民離党、長崎3区)も議員辞職。補選の対象区が増え、自民党が負け越せば「岸田首相では衆院選は戦えない」という党内の空気が強まるのは間違いない。

◇ポスト岸田も本命なし
 自民党内では総裁選をにらんだ駆け引きが始まっている。21年9月の前回総裁選で岸田氏に破れた高市早苗経済安全保障担当相(無派閥)と河野太郎デジタル相(麻生派)は現職閣僚ながら虎視眈々と準備を進める。高市氏は党内有志議員による勉強会を発足させ、河野氏も親しい議員と会合を重ねている。世論調査で「次の首相」トップ常連の石破茂元幹事長(無派閥)も総裁選出馬を狙う。出馬への意欲は「ないと言ったらうそになる」と話している。
 茂木敏充幹事長は「令和の明智光秀にはならない」と述べ、首相を支え続けると公言するものの、首相が退陣すれば総裁選に挑むとみられる。林芳正官房長官、上川陽子外相も「ポスト岸田」の有力候補として注目されている。
 ただ、党内には「ポスト岸田の本命は見えない」(ベテラン議員)との声が大勢。麻生氏や菅氏が誰を推すのかが総裁選の構図に影響しそうだ。

◇憲法改正は難路
 政治不信で政権の政策実行力が落ちることへの懸念もある。政府が通常国会に提出を予定する法案は約60本。安全保障に関わる国の機密情報へのアクセスを認める「セキュリティークリアランス」(適性評価)制度の創設法案、共同親権導入のための民法改正案など賛否が分かれる法案が含まれており、与野党の駆け引きが展開されるのは確実だ。防衛費増額のための財源を確保する増税論議も先送りされたままで、国会論戦のテーマとなる。
 憲法改正も課題となる。首相は年頭記者会見で、9月までの自民党総裁任期中の改憲実現に重ねて意欲を示した。首相の決意は、保守層をつなぎ留める狙いもあるとみられている。逆に言えば、改憲が進展しなければ、保守派の「岸田離れ」が加速し、政権の求心力が一層低下する恐れもある。
 首相の思いとは裏腹に、憲法改正の国民投票を行うための国会発議の展望は見えていない。国民投票法は、国会で発議をした日から起算して60~180日以内に国民投票を行うと定めている。逆算すると、通常国会の早い時期に改憲条文案作成にこぎ着ける必要がある。だが、立民や共産は国会で派閥の政治資金規正法違反事件への追及を強める考えで、憲法論議の劇的な進展は難しいのが実情だ。