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■「中央調査報(No.795)」より

 ■ 2024年の展望 ― 日本の経済 ~春闘賃上げ焦点、日銀は金融政策正常化か~


時事通信社 経済部専任部長 安藤 浩一


 2024年は新年早々、石川県で最大震度7を観測した能登半島地震が発生し甚大な被害をもたらしたほか、羽田空港(東京都大田区)で日本航空と海上保安庁の航空機の衝突炎上事故が起き欠航が相次ぐなど、厳しい幕開けとなった。だが、今年の日本経済は為替の円安などを背景に物価上昇が定着する中、春闘では賃上げが加速する見通しで、足腰は弱くない。さらに賃上げの動きが地方や中小企業にも波及し、個人消費や企業の設備投資が上向いて経済の好循環が確認できれば、政府のデフレ脱却宣言が視野に入る。そして、いよいよ日銀はマイナス金利政策を解除し、10年以上にわたって続けてきた大規模金融緩和策の正常化に踏み切る可能性が高まっている。

◇元日に能登半島地震
 元日の午後4時10分ごろ、石川県能登地方を震源とする強い地震が発生した。同県志賀町では最大震度7の揺れを観測、気象庁によると地震の規模(マグニチュード)は7.6と推定され、沿岸部には津波も押し寄せた。
 この地震による生活インフラへの打撃は大きかった。停電は一時4万戸を超え、被害は石川を中心に新潟、富山各県にも及んだ。緊急通報を含む音声通話やデータ通信なども、NTTドコモやKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルなどで障害が発生。ガソリンスタンドも被災地域で一時約70店が営業を停止したほか、断水した地域も少なくない。降雪による冷え込みが続く中、ライフラインの復旧が遅れ、被災者は過酷な生活を強いられている。
 影響は経済活動にも及んだ。道路の寸断や交通規制で郵便物や宅配便など物流が大幅に滞り、コンビニエンスストアなどの小売店でも臨時休業が相次いだ。セブン―イレブンは従業員の安全確保などのため約150店が一時休業。ローソンは約40店、ファミリーマートは約160店が営業を休止した。
 メーカーも東芝や日本製鉄、村田製作所、コマツ、シャープ、三菱ふそうトラック・バス(川崎市)、ジャパンディスプレイ、信越化学工業、ジェイ・バス(石川県小松市)、三菱ケミカルグループ、サンケン電気、サワイグループホールディングス、トヨタ自動車などが被災地に関連工場などを構え、稼働再開に向けて対応に追われた。
 帝国データバンクによると、能登地方に本社を置く企業は4075社、従業員数は計4万9728人に上り、日本経済全体への影響が懸念されている。自然災害のリスク評価を行う米ムーディーズRMSは、住宅などの物的な損害や企業活動混乱による損失も含め、能登半島地震の被害に伴う経済損失が4350億~8700億円に上るとの試算を公表。SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは能登半島地震の日本経済への影響に関する暫定的な推計として、24年の国内総生産(GDP)を約640億円押し下げるとみている。

◇物価上昇定着、伸び率は落ち着き
 ただ、足元の日本経済全体の状況は、株価の上昇基調もあり悪くない。総務省が発表する全国消費者物価指数は、伸び率が一時より鈍化傾向にあるものの、円安などを受けて安定的に上昇を続けている。価格変動の大きい生鮮食品を除いた総合指数は、昨年11月に前年同月比2.5%上昇した。上昇は27カ月連続で、伸び率はこのところ2%台に収まっている。
 食料品は原材料価格や物流費の上昇で値上がりが続き、宿泊料も観光客の増加を受けて上がっているが、燃料価格の下落などで電気・ガス代は低下。政府が石油元売り会社への補助金を延長・拡充したことでガソリン価格高騰の勢いも鈍っている。
 全国の先行指標となる昨年12月の東京都区部消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合指数で前年同月比2.1%上昇となっている。帝国データバンクによると、食品メーカーなど主要195社の昨年の食品値上げ品目数は計3万2396品で、「3万品超えはバブル経済崩壊以降の30年間で例を見ない。記録的な値上げラッシュの1年」(担当者)となった。一方、今年は最大1万~1万5000品程度へ約6割減少すると予想される。輸入する原材料の価格が前年と比べて下落することで、値上げペースは落ち着きそうだ。
 ここで重要なのは、日本では物価の伸びに賃金上昇が追い付いていないことだろう。厚生労働省が発表した昨年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、現金給与総額(名目賃金)に物価の変動を反映させた実質賃金は、前年同月比3.0%減となり、20カ月連続で前年を下回った。岸田文雄首相も「官民が協力し、あらゆる政策を総動員して物価高騰に負けない賃上げを実現するべく努力したい」と述べており、今年の春闘の賃上げが焦点となりそうだ。

◇春闘で記録的賃上げ期待
 今年の春闘は昨年に続き賃上げラッシュとなりそうだ。定期昇給だけでなく、基本給を底上げするベースアップ(ベア)や一時金の上積みも期待されている。日本最大の労働組合の全国中央組織「連合」は、定昇を含め賃上げ要求水準を5%以上とする方針を決定。芳野友子会長は「日本がデフレから本当に脱却できるか。カギは賃上げが実現するかにある」と意気込みを語る。
 また、今回の春闘は大企業の賃上げの流れが地方、中小企業にも波及していくかがポイントとなる。政府は中小企業の賃上げに向けて各都道府県に「地方版政労使会議」を立ち上げ、地方経済を支える中小企業の賃上げ機運を高めるのに躍起となっている。
 電機や自動車など主要製造業の産別労組で構成する「金属労協」は、ベアの要求基準を月1万円以上とする春闘要求方針を決定。これを受けて鉄鋼や造船重機などの労組で構成する下部団体の基幹労連は、ベアを含め月1万2000円以上の賃上げを求める方針を示し、傘下の日本製鉄など鉄鋼大手の労組はベアで月3万円以上を要求する方向で最終調整するなど賃上げに向けた動きは強い。
 芳野連合会長の出身母体で、機械・金属産業の中小企業労組を中心とした「ものづくり産業労働組合JAM」は、ベアで結成以来最高額となる月1万2000円を要求。電機メーカーの労組で構成する「電機連合」はベアの統一要求額を月1万3000円以上、定昇と合わせると月2万円以上の賃上げを要求する方向だ。
 一方の経営側はどうか。経団連の十倉雅和会長は「構造的賃上げを確かなものにしないといけない。インフレ(率)以上のプラスを今年、来年も続けていくことだ」と強調。既に企業からは、サントリーホールディングスやみずほフィナンシャルグループが7%程度の賃上げ、伊藤忠商事やキリンホールディングスが6%程度の賃上げを行うと表明している。

◇日銀総裁「チャレンジング」いつ?
 春闘での賃上げが地方や中小企業へも広く浸透し、賃金と物価がともに上昇する好循環が視野に入ると、日銀はマイナス金利の解除に着手することになる。日銀の植田和男総裁は昨年、「24年春闘ではっきりとした賃上げが続くかが重要なポイントだ」と指摘。そして「(23)年末から来年(24年)にかけて一段とチャレンジングになる」と発言した。長短金利操作の撤廃も含め、緩和策からの「出口」に向かって具体的に動きだすことを示唆したとみられるが、能登半島地震の影響度合いを見極める必要もあり、金融政策の正常化のタイミングには若干の不透明感が出ている。
 さらに、今年は米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ局面から転じ、複数回にわたり利下げを行うと想定されている。このため、日銀がマイナス金利を解除すると日米の金利差が縮小することで、一気に為替が円高に振れて足元で堅調な輸出企業の企業業績を下押しする恐れがある。さらに、円高基調が想定より強いと、日銀 が目指す2%の物価上昇が持続的・安定的に続かず、デフレ状態に後戻りしかねないため、正常化のタイミングにはより慎重さが求められそうだ。
 日銀が07年以来17年ぶりの利上げを実施すれば、日本は金利のある世界に戻ることになる。銀行界で預金金利を引き上げる動きが加速する一方、企業の借入金利や、家計の住宅ローンの金利が上昇するなど、企業や家計にさまざまな経路を通じて大きな影響を及ぼすことが想定されている。

◇東京株に勢い、政局は不安定か
 東京株式市場は1月15日終値で、1990年2月以来約34年ぶりの高値となる3万5901円を付け、バブル崩壊後の最高値を5営業日連続で更新した。年内には89年末に付けた史上最高値(3万8915円)を超えるとの見方もある。野村ホールディングスの奥田健太郎グループ最高経営責任者は「年後半に4万円にチャレンジする」との見通しを示す。年初に新NISA(少額投資非課税制度)が始動して市場活性化を後押ししている面もありそうだ。
 NISAは、専用口座で取引すれば株式や投資信託の売却、配当などで得た利益に通常課される約20%の税が免除される制度で、14年に始まった。新制度では、非課税の運用期間が無制限となり、年間投資枠は従来から大幅に拡大。1人が生涯利用できる上限額は計1800万円に上り、投資に一段と有利な仕組みとなる。個人金融資産の「貯蓄から投資へ」の移行が進むのかが注目される。岸田政権が掲げる「資産所得倍増計画」の成否も懸かっていると言えよう。
 一方、政局は流動化しそうだ。岸田政権は自民党派閥の政治資金パーティー収入を巡る裏金事件などを受け、厳しい政権運営を余儀なくされている。支持率回復を狙って打ち出した定額減税も効果は限定的とみられる。9月末の自民党総裁任期満了に向けて政局は緊迫化しそうで、政治の不安定化が経済に与える影響は読みにくい状況だ。
 このほか、4月には働き方改革の一環で残業規制が強化されてトラックのドライバーが不足し、物流停滞を招く恐れのある「2024年問題」が控える。運転手1人が1日で運べる荷物量や距離が減ることで人手が足らなくなることが見込まれ、官民挙げての対応が急がれている。

◇海外は選挙イヤー、米大統領選の行方は
 海外に目を移すと、今年は選挙イヤーで、この動向に経済も無関係ではいられないだろう。この中、特に1月の台湾総統選と11月の米大統領選の注目度が高い。これにより経済大国である米中の関係にどのような変化が生じるのか目が離せない。
 台湾総統選は1月13日に投票が締め切られ、中国に厳しい態度で臨む蔡英文総統の路線継承を掲げる与党・民進党の頼清徳副総統が、最大野党・国民党の侯友宜・新北市長や第3党・民衆党の柯文哲・前台北市長を抑えて当選した。頼氏は中国に厳しい態度を取っており、米国や日本との関係が深い。中国の習近平政権は頼氏を敵視していることから、民進党政権が継続することで、軍事的な手段も含め圧力を強めることが予想される。
 米大統領選は、共和党のトランプ前大統領が返り咲きを目指して立候補を表明しており、民主党のバイデン大統領と再戦となる公算が大きい。バイデン大統領が再選した場合の国際秩序は現状維持となるが、問題はトランプ氏が復権した場合だろう。
 トランプ氏は「米国第一主義」を唱えており、関税などを使って保護主義政策にかじを切ることが想定される。中国に対しても貿易面で厳しい姿勢で臨む可能性が高い。また、バイデン政権で築かれた新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」など国際経済関係にも変化が生じる可能性がありそうだ。
 このほか、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルとイスラム組織ハマスの衝突は長期化の様相を呈しており、地政学リスクとして引き続きくすぶり続けている。
 また、日本は23年の名目GDPで、ドイツに抜かれて世界4位に転落するのが確実だ。ドル換算した際に日本は円安で目減りし、ドイツは物価高で押し上げられる面もあるが、日本の成長率が長期的に鈍化してきた点も見逃せない。かつて世界2位の経済大国を誇ったが、10年に中国に抜かれて3位に落ち、現在は5位のインドも迫っている。日本は新車輸出台数でも23年に中国に抜かれて世界首位の座を明け渡すのが確実で、少子高齢化が加速する中、どのように経済成長率を引き上げていくかが問われている。