中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  感染症流行下での訪問調査 -全国高齢者パネル調査における2021年調査の経験より-
■「中央調査報(No.799)」より

 ■感染症流行下での訪問調査 -全国高齢者パネル調査における2021年調査の経験より-


東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加とヘルシーエイジング研究チーム
小林 江里香  

1.はじめに
 全国高齢者パネル調査1)は、1987年より、東京都健康長寿医療センター研究所(旧 東京都老人総合研究所)が、ミシガン大学、東京大学とともに実施してきたもので、全国から無作為抽出された60歳以上を対象とし、3~6年ごとに訪問面接調査を行っている。「全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究」として、「中央調査報」においても何度か報告させていただいた(No.679、No.658、No.541など)。
 昭和・平成・令和と30年以上にわたる本縦断研究の期間には、様々な社会的出来事が起こり、2011年の東日本大震災の発生時には実査を1年延期したこともあった。直近の第10回調査を実施した2021年10月から12月にかけては、国内では新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)流行の第5波が収束し、オミクロン株が急拡大した第6波が始まる前の時期にあたる。振り返ってみれば、このタイミングで訪問調査を実施できたことは奇跡的ですらあるが、それまでの経験とは異質で、数々の決断に迫られた。
 2024年5月現在、新型コロナ流行は一応の終息に向かいつつあるが、パンデミックは今後も起こるかもしれない。本稿は、感染症流行下で実施した第10回調査における経験を振り返り、訪問調査の課題を整理する機会としたい。
 なお、第10回調査において訪問調査の対象となったのは、第8回調査(2012年)より追跡を継続している図1のE(2021年9月末現在69歳以上)、および第10回調査において追加された新規対象者F(同60~92歳)である。それ以前から追跡を継続するA~Dについては、予算的制約により訪問調査を実施しなかった。

図1 全国高齢者パネル調査対象者の年齢の推移

2.第10回調査(2021年)における新型コロナへの対応
 筆者が所属する研究所は、高齢者を対象として、会場招聘型、訪問型、地域拠点型など様々な調査研究を実施しているが、2020年、新型コロナの流行によりこれらの研究は中断を余儀なくされた。そこで、社会科学系の副所長・リーダーが中心となって、調査研究を安全に再開するための最初の指針を2020年6月にまとめ、その後、流行状況の変化に応じて新たな指針の作成や改訂を重ねた。
 第10回調査の感染症対策は、「新型コロナウイルス感染症流行下における社会科学系調査研究の指針(第2版)」(2021年7月12日)(以下、指針)に基づき、訪問調査の実施を委託していた一般社団法人中央調査社と協議を重ねて計画したものである。
(1)緊急事態宣言下での対応
 指針では、緊急事態宣言発令下では、「調査スタッフは全員新型コロナウイルスワクチンの2回目の接種を完了し、かつ接種完了日より2週間以上経過していること」を調査実施の条件としていた。中央調査社は、訪問調査員のワクチン接種状況の把握は行うが、接種の強制はできないとの立場であり、協議の結果、ワクチン接種の条件を満たす調査員が担当する地域は、緊急事態宣言下でも予定通り調査を実施し、条件を満たさない調査員が担当する地域は、緊急事態宣言解除後に調査を開始することとした。
 実際、調査内容・手順の最終確認を行うための予備調査を、首都圏で開始しようとしていた矢先の2021年7月12日に、東京都に緊急事態宣言が発出されてしまった(その後ほかの地域にも拡大)。このときの調査員6名は全員、ワクチン接種済みか接種予定であったため、条件を満たす調査員は予定通り7月13日から、それ以外の調査員も「接種後2週間」が経過した後に調査を開始した。
 この緊急事態宣言は同年9月30日に全地域で解除されたため、10月からの本調査は予定通り実施した。ただし、感染状況に応じて調査員が訪問時期を調整できるよう、実査期間を10月~12月中旬と幅をもたせた。第9回調査までは、10月の一次調査期間に協力を得られなかった対象者の中から、研究者も参加して二次調査の対象者を選定し、11月下旬からの二次調査で再訪問していた。
(2)調査員が感染源とならないための対策、対象者にお願いする対策
 指針が求める「調査員が感染源とならないための配慮」については、中央調査社が具体的対策をまとめた。調査員稼働前の対策としては、調査員に日頃からマスク着用や手指消毒の徹底を求めること、事前に調査員のワクチン接種状況をリストにすることなどが含まれる。稼働後の対策としては、調査員は、実施期間中は毎日検温記録表に体温や健康状態を記入し、週に1回管理者(実施責任者)が確認すること、発熱時の対応、訪問時の注意点(例:対象者と距離をとる、調査前に対象者の目の前で手を消毒するなど、安心感を与える工夫を心がける)などが含まれる。
 また、指針は、対象者の「訪問時の速やかな体温測定」を求めていたが、全国で稼働する200人以上の調査員に携帯させる非接触型体温計の購入が予算的に難しかったため、「体調チェックシート」による確認を徹底した。対象者には、面接前にこのシートを黙読してもらい、新型コロナ発症と関連する7項目の症状・事柄の中にあてはまる項目が1つ以上ある場合は、訪問日を再設定した。
 さらに、物品を介した感染拡大を防ぐため、対象者が手にとる「回答票」(選択肢を示した冊子)を複数用意して交互に使用したり、同意書への署名に用いるボールペンは対象者に謝礼として提供し、使い回ししないなどの対策をとった。
 対象者に対しても、マスク着用や調査前の手洗い・手指消毒について、事前に送付したカラーの説明文書において依頼した。対象者がマスク未着用だった場合は、謝礼の一部として用意していたマスクセット(マスクケースとマスク2枚)を面接前に提供し、マスク着用を促した。
(3)面接調査の短縮化と留置調査の併用
 指針においては「密集・密接を避けるため、調査や検査に要する時間を可能な限り短縮化する」こととされており、中央調査社からも面接時間を30分以内にするよう要請があった。過去の調査回における面接調査(本人調査)の所要時間は、個人差が大きいが、平均1時間程度であり、第8回・第9回調査では、「体力・身体測定」(身長またはデミスパン、体重、握力、歩行速度)も行ったため、調査員の平均滞在時間は1時間を超えていた(第9回では、面接調査:平均46.7分、体力・身体測定:平均17.7分)。体力・身体測定については、所要時間以外にも、測定時に対象者に接近する、測定方法を習得する調査員研修の実施が困難など様々な問題があり、第10回調査での実施は断念した。
 また、面接時間短縮化のため留置法を併用することとし、これまで面接調査で質問してきた項目の一部を、留置票に移動した。この決断は、面接用の質問項目を対象者が記入する自記式の質問項目に変更するという以上の意味をもっていた。調査手法によって回答傾向が異なる可能性があるためである2)。例えば、高齢者対象の研究では、調査手法によりADL(日常活動作)障害率に差がみられた3)。調査手法の変更は、同じ対象者内や時代的な「変化」に関心がある縦断研究にとって致命的な問題になりかねず、留置調査への移動項目の選択は慎重に行う必要があった。
 本研究では、本人面接調査の完了者のみに留置調査を依頼することとし、面接調査には、以下のいずれかの基準に該当する項目を残すという方針をとった:①全対象から情報を得たい基本項目、②変化を分析している項目(調査手法変更の影響を避ける必要性が高い)、③質問の性質上、自記式では困難な項目(認知機能テスト、回答形式が複雑なものなど)。実際には、分量的な問題から③の回答形式が複雑な項目をすべて面接票に残すことはできず、調査実施後、留置票のデータクリーニングに苦労する結果となった。

3.新規対象者における低回収率の問題
(1)面接調査の回収状況
 以上の対策を講じることで、第10回調査は何とか実施できたものの、新型コロナの流行が回収率に悪影響を及ぼすのではないかという懸念は大きかった。
 第8回からの継続対象者(図1のE)については、934人に調査の依頼を行い、対象者本人への面接調査は661人(回収率72.2%)、本人が回答不能で家族等が代行調査に回答した場合を含めると706人(77.1%)から協力を得た。なお、本研究では、訪問前に死亡や施設入所4)が判明していた人には訪問調査を依頼していないため、訪問時に死亡・入所が判明した人も分母から除外して回収率を計算している。対象者Eの第9回調査(2017年)時の代行を含む回収率は80.8%であり、今回(77.1%)はやや低いが、懸念されたほどの低下はなかった。
 他方、新規対象者(図1のF)は2,700人に調査を依頼し(うち、28人は死亡・入所判明)、本人調査への回答が得られたのは1,136人(42.5%)、代行調査を含めても1,227人(45.9%)に留まった。対象者が初めて調査に参加したときの回収率は、第1回(図1のA;当時60歳以上)が67.2%(第1回は代行調査なし)、第5回(D;当時70歳以上)が82.6%、第8回(E;当時60 ~92歳)が58.9%であり、第10回の新規対象者Fの回収率は、回収率が大きく低下した第8回よりさらに10%以上低くなった。
(2)新規対象者における未回収理由と回答者の特徴
 ここでは、第10回の新規対象者Fにおいて、最終的に未回収となった理由や、どのような人が本人面接調査に回答した(しなかった)かについて、新型コロナ流行前の2012年に実施された第8回調査での新規対象者Eと比較しながらみてみたい5)。  まず、新規対象者において本人・代行調査とも協力を得られなかった未回収者は、死亡・入所者を含め、第10回では1,473人(2,700人中)、第8回では1,050人(2,500人中)だった。このうち、「本人の拒否」を理由とするものが第10回:60.8%、第8回:57.3%で6割前後を占めており(以下、第10回、第8回の順)、次いで多かったのは、「家族の拒否」10.4%、14.4%や、「一時不在」11.7%、5.8%であった。第10回は第8回に比べ、「家族の拒否」が低く「一時不在」が高い傾向があるが、単身世帯の増加が背景にあると考えられる。本人と家族による拒否を合わせた拒否者の割合は、71.1%、71.7%であり、第10回と第8回に大きな差はなかった。また、第10回の拒否者1,048人のうち、新型コロナを理由として拒否したのは27人(未回収中の1.8%)と割合としては低かった。未回収の理由からは、第10回の未回収割合の増加を、新型コロナの流行に求めることは難しい。
 回収率の低さによって懸念されるのは、回答者の特性に偏りが生じることである。そこで、次に、面接調査への回答の有無を目的変数、性別、年齢、地域ブロック、都市規模を説明変数としたロジスティック回帰分析を行った。ここでの回答あり(=1)は、対象者本人が面接に回答、回答なし(=0)は、代行回答または未回収の場合である。
 結論から言うと、第10回の新規対象者は、第8回の新規対象者に比べて、回答を得られるかに地域的な偏りが大きかった(表1)。第10回においてオッズ比が1を超える地域が多いことは、参照カテゴリとした地域の回収率が相対的に低かったことを意味しており、具体的には、「関東」は「北海道」「近畿」を除くどの地域より、また、「政令指定都市」(23区を含む)は、「人口10万人以上20万人未満の市」を除くどの規模の市・町村よりも統計的に有意に回答を得にくかった。
 第10回調査を実施した2021年10月当時は、新型コロナの流行状況に地域差があり、東京都・大阪府とその近隣府県、大都市での感染者数が多かった。新規対象者の回収率がこれらの地域で特に低かったことは、感染者数が少ない地域に住む人に比べて、調査員に対面で会うことへの抵抗感が強かったという可能性を否定できない。

表1 新規対象者における本人面接回答者の特徴:ロジスティック回帰分析

4.高齢者を対象とした留置調査の課題
 留置調査は、対象者本人が面接調査に回答した1,797人に依頼し、1,654人(本人面接完了者の92.0%)より有効票を回収した。対象者の種類別では、第8回からの継続対象者では638人(96.5%)、第10回新規対象者では1,016人(89.4%)であった。
 留置用の調査票は自記式の調査票として作成されたものだが、対象者が高齢であることを考慮し、調査員には、対象者から依頼があった場合は、対象者の回答を代筆してもよいという指示をしていた。留置調査を回収した1,654人のうち、本人記入によるものは1,234人、「対象者の回答を代筆」が263人、記入者不明が157人であった。対象者と代筆者との関係は特定できないが、調査員の報告によれば、調査員が面接調査に続き聞き取りをして記入したケースが多数含まれる。
 表2に、岡本(2024)6)が報告した、第10回調査における①留置調査の未回収者と回収者、②代筆者と本人記入者の特性の違いについての分析結果をまとめた。表2の①より、未回収となりやすいのは、主観的健康感や認知機能が低い人、新規対象者(継続対象者に比べて)であり、年齢、性、教育、就労、社会的ネットワークの状況による違いはみられなかった。一方、②代筆回答になりやすい人は、主観的健康・認知機能が低いことに加えて、高齢(85歳以上)、女性、教育歴が低い、友人等との交流が少ない傾向があった。また、関東はその他の地域(北海道、東北、北陸・東山、東海、近畿、中国・四国、九州)に比べて本人記入者が多かったが、理由は定かではない。
 仮に代筆を未回収に含めると、留置未回収者は143人から406人に増える。未回収または代筆の場合を、本人記入による回答者と比較した結果6)は、表2の①の特徴に②の特徴を加えた、最大公約数的な結果であった。同じ調査において、自記による回答と、実質的には面接聴取に近い代筆での回答が混在していることは、調査手法的には望ましいことではない。しかしながら、少なくとも高齢者調査では、自記を厳密に求めて代筆を排除すると、回答者の特性の偏りが大きくなる点に注意が必要である。

表2 留置調査の未回収者および代筆による回答者の特徴

5.おわりに:訪問調査の将来に向けて
 第10回調査は、回収率の低さなどの問題はあったが、調査員の訪問が感染拡大を招くこともなく無事終了できたことに安堵している。この調査を実施できたことで、コロナ後の適応・回復過程の解明という新たな研究課題を得て、第11回調査(2024年実施予定)のための新たな研究費を獲得することもできた。
 感染症流行下での訪問調査の実施はリスクが大きく、調査会社としてもなかなか引き受けられないのが実状だろう。第10回調査を実施できたのは、当研究所が作成した感染症流行下での調査実施についての指針があり、その基準に近づけるには何ができるかを、研究者と調査会社(中央調査社)との間で建設的に議論できたことが大きい。当研究所は、公衆衛生の専門家や医師研究員が多く、指針の作成が可能だったが、調査実施を委託する機関・団体が個別に独自の指針を作成するのは容易ではない。感染症流行下での訪問調査の実施については、調査を受託する会社が加盟する団体などが中心となって、共通の指針を作成しておくのが望ましいように思う。
 感染症流行下で直面した課題の多くは、新たに生じたというよりもむしろ、以前からあった課題がより顕在化したと感じるものが多かった。第1に、訪問調査の回収率の問題が挙げられる。訪問調査の回収率の低下傾向は、コロナ前から見られており、調査への問い合わせ内容からも、自宅訪問への警戒感や敬遠傾向の高まりを感じていた。新型コロナの流行は大都市部での回収率低下を加速させた側面はあったかもしれないが、コロナ後も回復はせず、この傾向が都市部以外の地域に広がる可能性も残る。調査実施者は、訪問調査でなければならない理由を明確に説明できることが、これまで以上に重要になっている。
 第2に、新型コロナ流行下では、調査員が対象者から距離をとり、マスクを着用して質問文を読み上げる必要があり、耳の遠い高齢者が質問を正確に聞き取ることが、いつも以上に難しかったと思われる。難聴の高齢者への対応は以前からの課題だったが、有効な対策をとれないまま現在に至っている。別の高齢者調査では、対象者にヘッドホンをつけてもらい、調査員のマイク越しの声を聞く試みも始まっており、今後検討したい。
 第3に、調査におけるIT化の遅れを改めて感じた。欧米の訪問面接調査では、調査員が携帯したPCに回答を入力するCAPI(ComputerAssisted Personal Interview)などが一般的になっており、スキップパターンの複雑な調査の実施や集計が容易という利点があるが、本調査では未だに導入できていない。第10回調査では、せめて、対象者が直接手に取る回答票は、印刷した冊子ではなく、アルコール消毒ができるタブレット型端末に変更できないかと考えたが、結局実現しなかった。
 さらに、新型コロナ流行下ではZoom等によるビデオ通話の普及が進み、今後は、オンライン型の面接調査が、訪問面接調査の補完あるいは代替手段となる可能性がある。長期的には高齢者も世代交代していくので、高齢者対象の調査であっても、新しいテクノロジーをうまく導入できなければ、面接調査の存続自体が危うくなる。調査会社においても、危機感をもって、変革に向けた第一歩を踏み出すことを期待している。


注釈および引用文献
1)「全国高齢者パネル調査」は、本調査の個票データをSSJデータアーカイブ(https://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/)に寄託する際に使用している調査名。調査対象者に示している調査名は調査回により異なるが、第8回調査(2012年)以降は「長寿社会における中高年者の暮らし方の調査」となっている。プロジェクトの歴史や調査方法の詳細については調査のホームページ(https://www2.tmig.or.jp/jahead/)を参照のこと。
2)一般社団法人新情報センター (2023). 令和4年度内閣府調査研究 世論調査の実施方法に関する調査. https://survey.gov-online.go.jp/sonota/r04/pdf/houkokusyo.pdf
3)Walsh,E.,&Khatutsky,G.(2007).Mode of administration effects on disabilitymeasures in a sample of frail beneficiaries.The Gerontologist , 47(6), 838-844.
4)訪問調査対象外とする「施設」は、長期療養型病院、特別養護老人ホーム、認知症対応型グループホームの3種類に限定している。
5)東京都健康長寿医療センター研究所社会参加とヘルシーエイジング研究チーム (2024). 高齢者の健康と生活に関する縦断的研究-第10回調査(2021)研究報告書-.https://www2.tmig.or.jp/jahead/dl/document_w10.pdf(第1章および第2章をもとに再構成)
6)岡本翔平(2024). 留置調査の回答者の特性.上記5)の報告書の第3章(pp.33-36).