■統治の不安と日本の民主主義(下)統治の不安尺度の作成とその切れ味
同志社大学 社会学部 池田 謙一
日本社会や日本の政治の行く末がどうもよく見えない。問題ない、大丈夫だ、と断定できる人はそう多くないだろう。こうした見通しの不透明さが何をもたらしうるのか、いったいなぜそうなっているのか、既存の政治心理概念から分析の解像度を上げようと、新たに「統治の不安」(anxietyover governance)というレンズの使用を筆者は提案している。本号では統治の不安の直接尺度を用いた日本データの解析から、日本社会における統治の不安の意味を考察する。
1.アジアンバロメータによる比較分析の中の日本
本年6月の中央調査報800号では、統治の不安概念の近似尺度とアジア的価値観との関連性にフォーカスし、日本を含めた15カ国の10年以上4波51サーベイにわたるアジアンバロメータ調査(ABS)データを分析した。
そこで判明したのは、まずアジアで広く共有されている公的な社会的価値観は日本においても効果を持つということだった。「脱亜入欧」は今でも途上、なのである。垂直的な社会関係を強調する価値観の志向性も、調和的な関係を強調する調和志向性も日本人はアジア域内で最弱レベルでありながら、他国と共通して、どちらのアジア的価値観の志向性もそれを強く持つほど国の統治に対する不安が弱く、しかし民主主義に対する選好が低い。視点を拡大すれば、社会関係資本論で著名なパットナムが「非民主主義的」な志向として挙げていた上下関係の強調や同調の強制を肯定する方向性を持つ市民ほど、アジアでは国の将来に不安を持たず、しかもそれが民主主義を望まない傾向と一貫していることが判明したのである。パットナムの議論が依拠していたイタリア政治の分析は「Making democracy work」と題して出版されたが(Putnam, 1993)、アジアの2つの価値観の志向性という全く異なる視点からも彼の主張と一貫する形で、アジアでも民主主義のプラクスティスに反する現象が政治文化の底流をなす価値観の志向性の持つインパクトとして明示された。
そして、平均値ではアジアで最低レベルのアジア的価値観の持ち主である日本人ではあるが、問題はその価値観の支持層が政権支持の中心的市民に比較的多く分布しており、これらの市民は民主主義とは逆の方向に国を引っ張りかねない、という様相が浮かび上がった。他方、我が国が民主的に統治されていると認識する日本人は、アジア的価値観を支持せずとも統治の不安も高くならない、つまりわが国が民主的に統治されているという認識は将来への悲観を抑制する効果を持つことも明らかとなった。
こうした複合的で一見矛盾する知見をより深く検討するため、本号では統治の不安概念の有効性を日本のデータ分析に絞ってより明らかにしたい。ABS全体では統治の不安の近似指標を用いたが(前回報告。各国の自国の統治に対する自信と信頼の4項目による指標だった)、今回は統治の不安の直接の尺度を含む日本のABS6データ(2023年10月実査)を主たる対象とした検討を進める(近似指標と次に見る統治の不安尺度とは-.45の相関係数を持つ)。ABS6日本調査は参院選後調査データ(2022年8月実査)のパネルデータ第2波として取得されていた。第1波は面接サンプル1344、留置サンプル1485(ともに回答したサンプルは1237)、第2波は面接サンプル1000であり、パネル対象者として全てに回答したサンプルは545であった。
2.統治の不安の測定
改めて、統治の不安とは「近未来的に見て国の政治がまともに統治されていくのか」についての市民の不安感であった。この概念を直接的に測定するために5項目4件法による尺度を作成し、上記の2調査も含めて2022年11月の岸田政権成立直後の衆院選挙から5回にわたって測定を続けてきた。
質問の文言とともに5回分のデータを図1に平均値で示す(詳細な分布は池田(2024, p. 238図8- 1)参照)1。元となる調査は2波のパネル調査あり、郵送法や面接法の対象者も含む点でいささか乱暴な時系列データであり、変化を見るには適さないが、データが指し示す内容は明白である。統治の不安の各項目の平均値が「不安でない」方向には一度も位置していないのである(2.5点以上に位置している)。多くの平均値が不安を肯定する「ある程度そう思う」の周辺に位置し、とくに「このままでは日本の未来はいったいどうなってしまうのか心配である」の不安回答がほぼ最強であった。この値は岸田政権が安定していた2022年の参院選後の8月の調査でも当てはまっていた。
3.新型コロナ対策と統治の不安
図1の5時点は日本が新型コロナ災禍から快復する途上と重なっていた。21年11月はコロナ第5波の収束後、22年8月は第7波の渦中(新規感染者数最大を記録した頃)、23年1月は第8波収束中、同5月には新型コロナ感染がインフルエンザと同等の5類感染症移行となったため、23年10月はアフターコロナと呼べる時期の調査であった。したがって5時点の調査の中には政府のコロナ対策という特定の事象に対する評価を含むものがある。まず、その評価と統治の不安との関連性を見よう。
表1は、政府のコロナ対策の評価と投票との関連性を3つの調査時点で見たものである。政権政党である自民党と野党第一党である立憲民主党への投票を従属変数とし、両党への政権担当能力認知、保革イデオロギーを主たる規定的要因とし(3つの調査では政党支持は全てでは測定されていない)、デモグラフィック要因を統制した上で、まずは新型コロナ対策への評価が投票を左右するかどうかを見た(投票は2票なので順序ロジット分析を採用)。
結果は、新型コロナへの対策を評価するほど与党自民党への投票が高いことが明確である。また徐々にインパクトが低下しながらも立憲民主党への投票とはマイナスの関係、つまり政府の対策を批判すると立憲民主党への投票へと導く力が徐々に薄れている。それでもなお、単一の政策争点のインパクトを見ることができる。
次に、この政府の新型コロナ対策への評価を規定する要因として、統治の不安の効果を見よう。表2は、まず新型コロナ感染への恐怖やコロナ災禍による経済的インパクトの恐怖によって評価が直接規定されていたかを見た2。そのモデル1、3、5、7に見るように、直接の規定力は弱い。2021年に仕事関連で多少効果が見えるが、はっきりと回答者自らの経験がモノを言うのは2023年になって過去を振り返ってからである3。
これに比すると統治の不安のインパクトは一貫して強い。モデル2、4、6、8に見るように、統治の不安が高いほど政府の新型コロナ対策を明確に低く評価する方向を示している。政府の評価の分散のかなりの部分は統治の不安で説明されるのみならず、この要因を投入すると2021年では身近なコロナ関連の恐怖や経験の効果は吹き飛んでいる。
前回の報告でも述べたように、統治の不安はこれからの国の行く末と統治のあり方に対するディフューズでネガティブな不安であった。この漠然とした不安は、表2の分析で見たように身近な自らの感染の恐怖や経済的な恐怖より、政府の具体的な対策に対して強いネガティブなインパクトを与えることが判明した。このことはたいへんに示唆的である。
コロナに限らず、具体的な政府の争点対応策に対して、具体的とは言いがたい国の将来のネガティブなイメージが支配的な規定力を持つのであり、しかもそのネガティブなイメージが図1で示したように多くの市民によって共有されているのであれば、国は何をすれば人々の期待に応えることが出来るのだろう。その糸口を見いだすには、統治の不安の構造をまず見ておかなければならない。
Ikeda(2022)は、このようなディフューズでネガティブな統治の不安を構成する政治的背景を分析し、戦後の日本政治で溜まり続けてきた日本政治のネガティブな要素の累積がこのような将来への不安を形成する貢献要因だと指摘した。つまり、人々を政治に結びつける社会関係資本の低下(政治制度への信頼の低下)、政治的選択肢の狭少化(支持を拒否したい政党数が拡大、かつ政党への感情が悪化し、選べる選択の幅が貧弱化した)、アジア的価値観による葛藤(前回の報告も適例である)、政治参加が不安を強める逆機能、といった政治領域の多重的機能不全が統治の不安を押し上げているので、容易に不安が解消し得ないという指摘である。他方、日本が民主主義的に統治されていると認識できると、一貫して統治の不安は軽減していた。
4.ABS6による統治の不安の政治制度的、経済的背景の分析をめざして
本稿では統治の不安が累積的効果として生じてきたことを前提に、統治の不安が持つ構造をさらにABS日本データ6波の中で検討する。つまり、第一に統治の不安に対する政治制度的背景による効果を、非民主主義的制度の選好、日本の民主的統治度認知の変数の効果として検討し、政治の底流と民主主義の実践・意義の認知に目を向けることとする。後者は前回見たような民主的な統治度認知の効果を日本に絞って確認するものだが、前者については前回報告では民主主義を好まないような価値観の効果として現れていたが、そうした方向性が非民主主義的な体制を選ぶ選好の効果としても表れるのか、という点について今回は直接的に検討する。
第二に、これまで検討してこなかった経済変数の効果についても分析の対象とする。統治の不安は経済要因によっても左右されるだろうか。しばしば選挙時に調査で重要な争点を選択してもらうと、まず最多の回答者が景気対策を挙げることからもその重要性が推論される。自民党総裁選でもそうした期待があるのは、NHK月次世論調査2024年8月のデータからも明らかで、「自民党総裁選挙で最も議論を深めてほしい政治課題」として「経済対策」が27%でトップであり、「政治とカネの問題など政治改革」の26%より上回っていた。未来の統治の不安は景気や家計の改善によって軽減されるだろうか。
*統治の不安、内閣満足度、政権政党支持という従属変数
以下の分析における従属変数は、統治の不安、内閣への満足度、政権政党支持とする(ABSデータは投票を従属変数としないので、代わりに政権政党支持を検討する)。より詳細には次の通りである。
・従属変数1:統治の不安。前回の報告で用いた統治の不安代替指標(現在の日本の統治体制の評価) ではなく、図1に示した5つの設問を尺度として用いる(一次元の因子得点である)。前者を従属変数とした分析も行ったが、結果は統治の不安と類似していながらパフォーマンスは落ちた。紙面の関連で報告には含めない。
・従属変数2:内閣への満足度。統治の不安を独立変数としたときに従属変数として用いる。日本では一般的に内閣評価が測定されているが、ABSでは現内閣への「満足度」の設問が用いられている。アジア一円で測定を可能にするためである。
・従属変数3:政権政党支持。政権政党である自民党、公明党という与党への支持度である。ABSデータは投票を従属変数としないので政権政党支持で代替する。この変数は、従属変数1と2の検討の際には独立変数としても用いる。
*独立変数
内閣への満足度と統治の不安との関連を検討する際には、内閣への満足度に対して統治の不安を独立変数とする。統治の不安を従属変数とする場合には、前年の統治の不安を独立変数として投入する分析も実施し、このことによって統治の不安の「変化」に効果を持つ要因を検討する。
また他の独立変数には、政治との距離、政治参加に効果を持つ社会関係資本、個人としての政治的影響力の認識たるエンパワーメント感覚に加え、民主主義の選好と現状認識といった政治制度的要因、さらに、政治的な党派的環境の認識、経済的な環境の認識を加えることで体系的な検討をABSデータで分析可能な範囲内で目指す。列挙すれば次の通りである。
・政治関心:政治との距離の測度となる。市民が政治に背を向ける私生活志向と関連し、無関心は政治にネガティブな効果を持つ(池田,2007; 小林, 2024印刷中)。
・社会関係資本:一般的信頼、制度信頼、社会参加、ネットワークサイズ、政治的議論の頻度。これらはパットナムの研究やソーシャルネットワークの政治的インパクトの研究(Huckfeldt& Sprague, 1995; 池田, 2019)に由来する。社会関係資本こそ民主主義を支える基本的な「資本」だと考える。
・エンパワーメント:個人としての政治的影響力の認知:内的・外的政治的効力感
・民主主義制度の認識:日本の民主的統治度の認知、非民主主義的制度の選好
前者は、わが国の民主主義に関し10点尺度で「現在の政府の下での日本は、どこに位置していると思いますか」と尋ねるもので、1に「まったく民主主義ではない」、10に「完全な民主主義」というラベルを付けて回答を求める。
後者は、次の4つの4点尺度の設問への肯定的回答の和であった:「議会や選挙を廃止して、強いリーダーに物事を決めさせるべきだ」「一つの政党のみが選挙に出る資格を持ち、政権を常に持つべきだ」「軍隊が国を治めるべきだ」「議会や選挙を廃止して、専門家が国民の代わりに決定すべきだ」。念頭に置いているのはアジアの強権主義国家である。
・政治的な党派的環境:政権政党支持、野党支持
・経済的な環境の認識:景気認識、家計の認識
・デモグラフィック要因:性、年齢、教育程度、有職かどうか、居住地の都市規模
5.統治の不安を従属変数とした分析結果
まず統治の不安を従属変数として、上記のフルモデルを検討した結果から述べる。表3を見ながら検討しよう(モデル1。2023年データで同年のウェイト値を使用)。
政治関心は統治の不安を高める。
社会関係資本の中ではまず制度信頼が明瞭な効果を示し、信頼が高いほど不安を低下させる強い効果を持っていた。またネットワーク的な要因として、政治について語るほど不安が増大することが判明した。これは政治関心の高さの効果と共通する要素があるだろう。また、他者に対する一般的信頼やソーシャルネットワークサイズはマージナルに有意で、こちらも不安を増大させる方向性を示していた。パットナムやハックフェルトは日常のコミュニケーションや他者との交流の蓄積が民主主義を機能させるのだと論じたが、今回の分析で分かるのは、そうした日常のコミュニケーションが同時に、政治との関わりの中で統治の不安を増大させるということである。民主主義を機能させる社会の構造的な力の源泉(社会関係資本)が、予期せざる帰結として国や社会に対して不安を増進するというパラドックスである(これが日本だけのことなのかどうか、確かな実証はなく、今後の課題である)。
市民のエンパワーメント感覚を示す2つのタイプの効力感はともに明瞭なインパクトを持たなかった。
他方、政治制度の認識に関わる点では、以前の調査と同様に、日本の民主主義的統治の現在位置の認識が強い効果を示し、わが国がより民主主義的であると認識するほど統治の不安は低くなっていた。他方、回答者が非民主主義的制度の選好を示すかどうかには効果はなかった。
政治のより近接要因である政権政党支持、野党支持変数では、政権政党支持は統治の不安を下げるが、野党支持とは関連していなかった。
経済要因に関しては、現在の景気認知も家計認知の効果も統計的に有意に統治の不安を増大させていた(変数の方向が逆転したままなので、値の高い方が認識が悪いことに注意)。
これが全体の構図であるが、まずここから日本の現在の民主的統治度の認知(政治制度環境)、政治的な党派的環境、経済的な環境の認識の諸要因をそれぞれ除いた分析を行ったところ、どの環境要因を除いた場合にも、他の要因の効果は安定しており、それぞれが独立的であることが判明した。つまり統治の不安はこれまで述べてきた要因の加算効果であることを示している。
なお、デモグラフィック要因では若いほど不安が高かった。
続いて、本調査がパネル調査であることを用いて、2022年の統治の不安変数を統制した上で、同じ分析を行った(モデル24)。同一の統治の不安の継続度は高いため、2022年の統治の不安変数は当然ながら高度に有意であった5。
その上で明確なのは、2022年の統治の不安変数を統制しても他の変数の効果はあまり変わらないという点であった。このことが示しているのは、統治の不安の規定要因そのもののみならず、1年間の統治の不安度の「変化」の貢献要因も類似しているということであろう。わずかに有意でなくなったのは政治関心と政治的議論の効果、家計経済認知の効果であった。これらは時事的な事情によるのかもしれない(確認はできないが、家計も含めて政府に関わるネガティブな側面を語る機会が増えていないなど)。
全体として、制度信頼と現在の日本の民主的統治度の認識による統治の不安への低減効果は明確で、他方、政治関心や政治的議論は不安を高める。経済的な環境が苦境にあることもまた不安増大要因であった。また、非民主主義的制度選好が統治の不安を下げる可能性を憂慮したが、これは杞憂だった。もしそうであるならば、非民主主義的な制度の支持に対する誘因となるが、そうした方向性は見られなかった。
6.独立変数に統治の不安を投入する分析:その1 従属変数は岸田内閣への満足度
次に、岸田内閣への満足度を従属変数とした分析を行う(順序ロジット分析)。
統治の不安変数の持つ効果を知ることが重要であるため、まず統治の不安とともに全変数を投入したモデルを評価し(表4 モデル2)、ついで統治の不安変数を除いた効果(モデル1)をチェックした。前者と後者のNを揃えてモデルの差の検定をしたところ、統治の不安変数の投入の効果は高度に有意であった。
モデル2に見る統治の不安の効果は大きく内閣への満足度をマイナス方向に引っ張ることが明瞭である。次いで政治関心が強いと内閣満足度は下がる。逆に政治に背を向けると内閣満足度は上がる。つまり政治に関心を持たないことがもたらす、パラドクシカルな政権支持効果が見られる。一方、社会関係資本の中では逆に政治制度信頼が内閣満足度を上げる強い貢献要因であった。
エンパワーメントに関する効力感には効果は見られないが、政治的制度環境である統治度の認識はここでも強い正の効果を示し、政権政党支持とともに内閣への満足度を上げていた。野党支持度の効果は見られなかった。非民主主義的な制度の選好の効果も見られない。
経済認識の面では、景気の判断が良ければ内閣満足度はやや上昇したが(マージナルに有意)、家計経済との関連性は見られなかった。いわゆるポケットブック的な効果ではない、ということである。
デモグラフィック要因では男性より女性がわずかに、また年齢が高いほど満足度が上昇した。しかし教育程度、有職、居住地の都市規模の効果は見られなかった。
ついで、モデル1で統治の不安変数を除いた分析を行ったが、全体の構造は変わらないことが確認された。わずかな例外は景気の認知が今回は有意となった点である6。
モデル3では、統治の不安と民主的統治度認知との交互作用を検討した。統計的にはマージナルに有意であるが、その結果を図2に示す。全体としては統治の不安が増大すると(図を右方向に見る)内閣への満足度は大きく下がるが、政治の統治度認識が高いとそれにブレーキがかかる傾向にある(右肩下がりとなっている)。そしてブレーキの掛かり方は、統治の不安が高いほど強くかかる。それにしても、統治の不安が低い群(図の左4分の1に示す下位4%)での統治度認識の上位者は過半数が内閣に満足を感じているが、統治の不安が高い群(図の右4分の1の上位8%)では統治度認識の上位者でも大半が内閣に不満となり、両者は別の世界に住んでいるかのようである。
この交互作用を除き、統治の不安のもたらす効果は日本人の政権に対する態度を規定する他の評価とはおおよそ独立している。景気や家計の認知と統治の不安とも明瞭な交互作用はなかった。統治の不安変数を投入すると、経済認識の効果は多少とも弱まっているので関連性はゼロではないかもしれないが、統治の不安のもたらす、つまり漠然としたネガティブな近未来の政治への不安がもたらすインパクトは、目前の経済認識とは独立して内閣への満足度を下げるようである。これまで多くの研究が内閣支持を説明するために用いてきた経済要因や政党支持などとは異なる規定要因が、統治の不安なのである。
7.その2 従属変数は政権政党支持
ABSでは投票行動の分析は行えないので(例えば比較対象国の中国が入っている)、本稿では政権政党支持を従属変数として検討を行う。ここでも統治の不安変数の投入の有無で2つの分析を行い(表4のモデル4と5)、統治の不安変数を投入することが統計的に意味のあることをまず確認できた(Wald testによる)。
このことを踏まえて全体を概観しよう。まず、統治の不安が強いと政権政党支持は弱化する。政治関心、政治制度信頼、民主的統治度認知は政権政党支持にプラスに貢献し、非民主主義的制度の選好はマイナスの貢献要因であった。統治の不安との交互作用はない。
非民主主義的制度の支持への選好を持つ市民が与党を支持しないという点は、前稿(中央調査報800号)の知見との両立を考えると興味深い。価値観では民主主義と両立しない垂直性強調や調和志向を持つ市民が与党支持者に多い一方で、彼らは政治制度として非民主主義的な制度へと志向しているわけではない、ということである。上下関係を重視し集団内の調和を要求し、異論を好まなくとも、一党制や軍事独裁、あるいは議会や選挙のない社会は望まないのである。それではどういう政治のあり方がこの価値観の下で可能か、なかんずくダイバーシティがより強調されるべき時代の中で落とし所があるのか、日本の市民は考えなければならない。
8.統治の不安というレンズが見せる展望
統治の不安は戦後の日本政治の構造的な問題の蓄積の上に成り立っている。その構造自体を変えていくことができなければ、同じことを繰り返すことになる。つまり統治の不安は低減しない。未来は明るくならない。その構造的要因を本稿では見てきたが、構造を変えるモメントはあるのだろうか。
本稿執筆の間に、岸田文雄首相はこの秋の自民党総裁選への出馬を断念した。断念の決断を述べる記者会見の中で、こう語った(8月14日):「今回の総裁選では自民党が変わる姿、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要だ。そのためには透明で開かれた選挙、そして何よりも自由闊達な論戦が重要だ」。
これには驚かされた。何より自由民主主義では当然の前提である、透明で開かれた選挙や自由闊達な論戦を今更主張しなければならない出馬断念の会見、とは何だろう。統治の不安への対処以前の問題の根の深さを感じざるを得ない。本稿冒頭で前回の知見を紹介したようなアジア的価値観の根深いインパクトを反映するものとも見える。統治の不安の構造的発生を抑制するのは、さらにその先の問題であり、その糸口をかいま見せられる次期首相は現れるのか。ポジティブな意味での「脱亜入欧」は21世紀に深く入った現時点でもまだ道遠しの感あり、ではないか。
今後、「失われた政治の何十年」とならないよう、政権党の総裁選のみならず、来るべき国政選挙でも諦めずに日本政治の未来のあり方を追求していく責は、市民の側にも当然ながらある。
1 5回のデータはそれぞれ、Ikeda(2022)記載のインテージ社シングルソース対象者の調査データ(2021年11月。また23年1月にもウェブ上のパネル調査として調査を実施)、科研費基盤研究(A)による全国パネル調査(課題番号22H00052:本文参照)、スマートニュース・メディア価値観調査(SMPP全国郵送調査。2023年3月)からの回答データである。
2 2022年データは保革イデオロギーのDK/NA回答が多いため、この変数を含む/含まない分析(それぞれモデル3と4、対モデル5と6)をともに掲載する。
3 2023年測定の「コロナ関連ストレス経験」は次の6項目への回答の累計による:「自宅などに閉じこもることでたいへん苦しい思いをしたことがあった」「自宅などに閉じこもることで家族との間でストレスを感じたことがあった」「買い物や外出ができずに困ったことがあった」「外出先で感染の恐怖を感じたことがあった」「望まない外出や出勤・登校によって、いやな経験をしたことがあった」「いつもより用事に手間がかかったり、仕事の量が増えたことがあった」。
4 パネル落ちによる選択バイアスを検討するため、Heckmanの選択モデルを検討したところ、落ちたサンプルにバイアスはなく、バイアスの補正の必要性を認めなかった。選択モデルの独立性の検定(LR test. p=.189)と統計値(arthrho. p=.141)はともに有意ではなかった。
5 この変数が持つ追加効果を(サンプルを揃えた上で)統計的に検討したところ高度に有意であった。
6 統治の不安との交互作用を検討したが、統計的に有意とはならなかった。
引用文献
○ Huckfeldt, Robert & Sprague, John (1995)Citizens, Politics, and Social Communication:Information and Influence in an ElectionCampaign . Cambridge University Press.
○ 池田謙一(2024 10月刊行)人々の「統治の不安」はどんな行動につながるのか:政治や社会に対する見通しと評価による分断、池田謙一・前田幸男・山脇岳志編『日本の分断はどこにあるのか:スマートニュース・メディア価値観全国調査から検証する』,勁草書房. Pp.233-270.
○ Ikeda, K.(2022) Contemporary Japanese Politics and Anxiety Over Governance,Routledge.
○ 池田謙一(2019)『統治の不安と日本政治のリアリティ:政権交代前後の底流と国際比較文脈』,木鐸社.
○ 池田謙一(2007)『政治のリアリティと社会心理:平成小泉政治のダイナミックス』、木鐸社.
○ 小林哲郎(2024) 私生活志向は何をもたらすのか:政治との距離による分断、上掲池田ら編, Pp.143-172.
○ Putnam,Robert D.(1993).Making Democracy Work:Civic Traditions in Modern Italy.Princeton University Press.
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