■ 霧に覆われた日本政治 =石破政権の継続不透明= ~政界再編予想する声も~
時事通信社 政治部デスク 西垣 雄一郎
2025年の日本政治は濃い霧に覆われている。石破茂首相は2025年度予算案を何とか成立させ、夏の参院選を乗り切って政権運営を軌道に乗せる青写真を描くものの、石破政権が夏まで続くかどうかすら見通せない。参院選の結果次第では政界再編があり得ると予想する声も出ている。
◇部分連合ハードル高く
「総選挙の結果、厳しい審判をいただき、約30年ぶりの少数与党となった。党派を超えた合意形成を図るため、野党にもこれまで以上に責任を共有していただく」。首相は1月6日、三重県伊勢市での年頭の記者会見で、与党との政策協議に積極的に応じるよう強い口調で呼び掛けた。
首相は昨年10月の就任直後に衆院解散に踏み切り、少数与党の状況に陥った。1月24日召集の通常国会で描くのは、昨年の臨時国会と同様に野党と「部分連合」を形成し、議案の成立に道筋を付けていく戦術だ。通常国会には25年度予算案、59法案、13条約承認案の提出が見込まれている。
最大の試練となるのが25年度予算案の審議だ。昨年の臨時国会では「年収103万円の壁」見直しを国民民主党に、教育無償化に関する実務者協議を日本維新の会に約束し、24年度補正予算への賛成を両党から取り付けた。25年度予算案でも両党との部分連合をまず念頭に置く。
ただ、賛成を得るのは容易ではない。国民民主は賛成の条件として、所得税の課税最低ラインである103万円を178万円まで引き上げるよう要求。昨年は財政規律派が力を持つ自民税制調査会が123万円までしか認めず、国民民主が協議の「打ち切り」を通告する事態に陥った。
自民、公明両党の幹事長にとりなされる形で、国民民主は協議のテーブルに復帰したが、「123万円のままでは確実に予算に反対」(玉木雄一郎代表)と強硬姿勢を崩しておらず、協議の行方は予断を許さない。「150万円程度で両党幹部の話はついている」(他の野党幹部)との見方もあるが、協議を主導する党執行部に不満を強める自民税調から反発が出る可能性も否定できない。
維新との協議も一筋縄ではいきそうにない。維新は今月10日の協議で、所得制限なしの高校授業料無償化を4月から実施するよう要求。しかし、予算案修正や法改正が必要になることを考えれば、「ハードルが極めて高い」(自民実務者の柴山昌彦・元文部科学相)のは明らかだ。
無理筋とも言える要求を仮に飲んでも、維新が賛成に回るとは限らない。国会議員団を率いる前原誠司代表代行は「(高校無償化は)必要条件であり、必要十分条件ではない」と語っており、ハードルをさらに上げる可能性もある。
◇立民は硬軟両様
首相は連携相手を国民民主と維新に限っているわけではない。野党第1党の立憲民主党との連携も視野に入れる。国民民主と維新は常設の協議体設置に応じておらず、両党だけに頼るのはリスクが大きいとの判断からだ。首相は周辺に、両党に限らず「合うところとやっていく」と語る。
これに対し、立民は硬軟両様の対応を織り交ぜ、石破政権を揺さぶる構えだ。野田佳彦代表は今月6日の党仕事始めで、「熟議と公開」を引き続き国会対応の原則とする考えを示しつつ、「通常国会ではその真価が問われる。しっかり存在感を示す」として攻勢を強める考えを示した。
昨年の24年度補正予算の審議で、立民は能登半島地震の復旧・復興費増額を求める修正案を国会に提出。賛成カードを切らないまま、採決に応じただけで、28年ぶりの予算修正を与党に飲ませることに成功した。通常国会でも「来年度予算案の修正を求めていく」(野田氏)と意気込む。
補正予算に比べ、本予算は野党が賛成に回るハードルが格段に高い。野党第1党なら反対するのがこれまでの永田町の常識だ。それでも立民は25年度予算案への賛否をぎりぎりまで決めず、予算修正を与党に迫る構えを見せる。自民派閥裏金事件の関係者の国会招致も自民に迫る方針だ。
企業・団体献金を巡る協議も25年度予算案の審議に影響を与えそうだ。自民、立民は企業献金禁止の扱いについて3月末までに結論を出すことで合意しており、予算審議の時期と重なる。自民が禁止を飲まなければ、予算審議に影響させることも可能だ。立民幹部は「予算賛成を含め、最後までさまざまな選択肢を残しておく」と語った。
首相にとっては25年度予算案の年度内成立が至上課題。本予算は3月2日までに衆院を通過すれば、憲法の規定により年度内の自然成立が確定するため、衆院では2月下旬~3月上旬、参院では3月下旬に与野党の駆け引きがヤマ場を迎える。
1989年には当時の竹下登首相が予算案の衆院通過と引き換えに退陣した。25年度予算案の成立が見通せなくなれば、こうした展開になると予想する声も皆無ではない。自民幹部は「与野党の話し合いが行き詰まれば、衆院解散もあり得る」と早くも野党をけん制している。
◇石破降ろしの兆し
とはいえ、25年度予算案を巡っては、審議が仮に年度をまたいでも、4月初旬には成立すると予想する向きが多い。国民生活に影響が及べば、野党とて批判を免れないからだ。「支持率の低い石破首相のまま参院選を迎えたい」(立民幹部)との本音も、野党の攻勢を鈍らせるとみられている。
加えて、自民の国会運営の実権を握るのは森山裕幹事長。立民では森山氏と気脈を通じる安住淳氏が衆院予算委員長に就任し、前国対委員長として国会対策委員会への影響力を維持している。「最後は森山、安住両氏が落とすところに落とす」(国会関係者)との見方は強い。
しかし、25年度予算案が通っても、次の試練が首相を待ち受ける。与党が過半数割れした昨年の衆院選後も首相の退陣論が自民内で強まらなかったのは、本予算を通すのが先決との意識が強かったからだ。自民関係者は「予算が通れば『石破降ろし』の動きが出てくる」と予言する。
実際、兆しはある。昨年の党総裁選の決選投票で首相に敗れた高市早苗元政調会長は昨年12月発売の月刊誌のインタビューで、衆院選で裏金候補を非公認とした党執行部を「とんでもなくひどい話だ」と批判。「何をしたいのかが見えてこない」と首相にも矛先を向けた。
立民は衆院法務委員長ポストを自民から奪っており、予算審議に一区切りついた段階で、選択的夫婦別姓制度の導入法案成立に向けて攻勢を強める構え。公明とも水面下で連携を探っており、野党の多くと公明がスクラムを組んで法案成立を迫れば、自民は窮地に立つ可能性がある。
公明は与党実務者協議を自民に求めており、自民も重い腰を上げ、ワーキングチームの議論を近く再開する方針。首相は導入にかねて理解を示す一方、高市氏ら保守派は導入に反対しており、自民中堅は「導入に動こうとするなら党内政局だ。首相をおろしにかかる」と息巻く。
もっとも、総裁交代となれば、国会での首相指名選挙やり直しを意味する。11月の選挙では維新と国民民主が無効票を投じ、首相は野田氏にようやく競り勝ったが、次も同じ展開に持ち込めるとは限らない。衆目の一致する「ポスト石破」候補が見当たらない以上、「参院選まで波乱はないのではないか」(永田町筋)との見方も強い。
◇トリプル選挙も
昨年暮れから年明けにかけ、機微に触れる首相の発言が永田町をにぎわせた。夏の参院選に合わせて衆院選を行う衆参同日選について昨年12月28日のテレビ番組で「これはありますよね」と言明。元日放送のラジオ番組では「大連立する(のは)選択肢としてはある」と立民との連立の可能性に言及した。
首相はその後、「大連立の『だ』の字も、ダブル選挙の『だ』の字も、言ったことはない」と火消しに躍起になっており、永田町からは「いつまでも評論家癖が抜けない」とあきれたような声も漏れる。ただ、自民の閣僚経験者の一人は「首相の本音が出た。火のないところに煙は立たない」と警戒を緩めていない。
来年の政局を左右する最大の変数は「7月3日公示―20日投開票」と想定される参院選だ。衆院に続いて参院の過半数を失えば、首相は政権運営に行き詰まる可能性が高い。与党で過半数の125を死守するのが「絶対防衛ライン」だ。
与党は非改選議席を75有しており、過半数を守るには50議席が必要。自民関係者は「公明が14議席を維持すると仮定すれば、自民は36議席取ればいい。高いハードルではない」と語る。しかし、07年参院選で自民は37議席、公明は9議席に沈んだ。今回も野党共闘が進めば、与党の苦戦は避けられないとの見方が強い。
今年は参院選と東京都議選が12年に1度重なるへび年。参院選直前と想定される都議選にも注目が集まる。自民は都議選で都議会第一党の座を死守し、余勢を駆って参院選になだれ込む戦略を描くが、衆院選で与党を苦しめた裏金事件が都議会自民にも波及。前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が都議選に向けて地域政党「再生の道」を旗揚げし、先行きには早くも暗雲が垂れ込める。
局面を転換するため、首相が1986年以来となる衆参同日選に打って出る可能性もささやかれる。ただ、衆院選、参院選、都議選のトリプル選挙が現実になれば、選挙の重複を嫌う公明が猛反発するのは必至。支持率が低迷する中でそうした勝負に突っ込んだ場合、政権を野党に奪われる可能性も否定できない。
逆に野党優勢の状況で通常国会の会期末を迎えれば、野党が仕掛ける展開もあり得る。衆院の多数を握る野党がまとまれば、内閣不信任決議案を提出して可決し、退陣か解散を首相に迫ることも可能だ。野田氏は昨年12月の講演で「内閣不信任案は伝家の宝刀。よく見定めながら判断したい」と語った。
◇くすぶる大連立
参院選後の展開はまさに五里霧中だ。与党が仮に過半数を維持したとしても、衆院が過半数割れしたままなら、石破政権がそのまま続くとは考えにくい。自民の木原誠二選対委員長は1月5日のテレビ番組で「(政権は)安定している必要がある。参院選で示される民意によっていろんな可能性がある」と語った。
「いろんな可能性」として考えられるのは連立の組み替えなど。その一つが、自民と立民が政権を組む大連立だ。大連立構想には自民の亀井静香政調会長が元日放送のラジオ番組で言及。首相がラジオ番組で、亀井氏と大連立について話したか問われて否定せず、「選択肢としてはあるでしょう」と語ったことで一気に現実味を帯びた。
同じ元日、立民の小沢一郎衆院議員は自宅で開いた新年会で「政権交代への大いなる一歩は踏み出した。あとは野党の諸君の自覚を待つのみだ。どういう政権の枠組みがいいのか(考えるべきだ)」と強調。旧民主党時代に大連立実現に動いた小沢氏の発言だけに、臆測が広がる。
野田氏は1月6日の記者会見で「大連立を組む環境ではない。よほど困難な事態に日本が陥らない限り、ちょっと想定できない」と自民との連立を否定した。ただ、永田町関係者からは「野田氏が首班なら大連立はあり得る」との声が漏れる。
与党が参院選で過半数を失えば、自民の下野と政権交代が一気に現実味を帯びる。自民関係者は「政権交代となれば公明は自民と手を切り、野党と結ぶのではないか」と指摘する。自民内では「自民や立民が分裂し、政界再編に進むのではないか」(閣僚経験者)などの声も出ている。
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