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■「中央調査報(No.807)」より

 ■ 2025年の展望 ― 内憂外患の日本経済 ~賃上げ・政局に不安、「トランプ」リスク~


時事通信社 経済部デスク 杉浦 喜雄

 2025年の日本経済は国内外に不安要素を抱え、景気が足踏み状態を抜け出せるのか見通しづらい。最大の焦点は「実質賃金」がプラス転換するかどうか。今後、本格化する春闘で前年並みの大幅賃上げが実現するとともに、生活必需品の物価上昇が落ち着かなければ、個人消費は勢いを取り戻せそうにない。昨秋の衆院選で少数与党に転落した石破政権が夏の参院選を経て政局を安定させられるかも、株価動向などを左右しそうだ。こうした「内憂」に加え、トランプ米大統領が掲げる関税の引き上げ、為替相場の行方といった不確実性が日本企業の収益に影を落とす恐れがある。



◇中小企業に「賃上げ疲れ」
 昨年は、実際に支給された「名目賃金」に物価の変動を反映させた実質賃金が、夏のボーナス時期を除いて一貫して前年同月比マイナス圏で推移した。名目賃金はおおむね1~4%程度のプラスを維持したものの、光熱費の上昇や「令和の米騒動」で高騰したコメをはじめとする食料品などの値上がりに追い付かなかった。
 25年春闘に向け、労働組合側は強気の要求方針を掲げる。連合は基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた賃上げの要求水準として前年と同様の「5%以上」を掲げ、今春闘は中小労組に限って「6%以上」と一段階ギアを上げた。24年春闘は、連合が集計した平均賃上げ率が5.10%と、前年を1.52ポイント上回って33年ぶりの高水準を達成したが、このうち組合員数が300人未満の中小組合は4.45%にとどまった。
 中小の上乗せは大手との格差を縮めるのが狙いだ。芳野友子連合会長の出身母体で、機械や金属関連の中小企業労組が中心の「ものづくり産業労働組合(JAM)」は、ベアの要求水準を過去最高の「月額1万5000円以上」と前年から3000円引き上げた。
 懸念材料は中小企業を中心に「賃上げ疲れ」が広がり始めていることだ。民間シンクタンク日本経済研究センターの集計によると、今春闘の賃上げ率はエコノミスト予測の平均が4.74%にとどまった。バブル崩壊後に根雪のように固まった「賃金は上がらない」とのノルム(社会通念)を打ち破れるのか正念場を迎える。


◇最低賃金上げ、異例のペース
 支持率低迷が続く石破政権は、企業側に春闘で大幅な賃上げに応じるよう働きかけているほか、最低賃金の引き上げに関しても破格の目標を掲げた。政府は従来、「30年代半ば」までに全国平均で時給1500円へ引き上げると標ぼうしていたが、石破茂首相は昨年の自民党総裁選の時から「20年代」に1500円と大胆な前倒しを公約した。
 円安・株高が進んで国内景気が底を打った第2次安倍政権以降、最低賃金の引き上げ率はコロナ禍で横ばいだった20年度を除いて毎年2~3%の伸びが続き、直近の2年は4~5%に加速した。中小零細企業を中心に価格転嫁がなかなか進まない中、首相が打ち出した新目標を実現するには今後5年間、毎年7.3%程度と過去に例のないペースで引き上げ続ける必要がある。
 経済界は最低賃金を1500円へ引き上げる必要性に理解を示しつつも、そのペースを巡って賛否は分かれる。経団連の十倉雅和会長が昨秋に「あまり乱暴な議論はすべきでない」とたしなめたのに対し、経済同友会は「3年以内」とさらに短期間で達成するよう政府に提言。新浪剛史代表幹事は「払わない経営者は失格だ」と言い放った。
 ただ、東京商工リサーチが昨年12月に実施したアンケート調査に時給1500円が「不可能」と答えた企業の割合は48.4%に達し、目標達成の難しさが如実に示された。
 人手不足は深刻さを一段と増しており、昨年1年間の企業倒産件数(負債額1000万円以上)は13年以来、11年ぶりに1万件の大台を超えた。物価高による仕入れ価格の上昇と並び、求人難や人件費高騰など人手不足が原因で経営に行き詰まるケースが急増。今年は倒産件数がさらに増えるとみられている。


◇円安修正、金融政策がカギ
 消費者物価は上昇傾向が続きそうだ。政府の電気・ガス代補助が再開されるとはいえ、現時点で決まっているのは3月使用分まで。補助額は前年より小幅にとどまる。コメは全国農業協同組合連合会(JA全農)が24年産米を集荷する際に農家に前払いした「JA概算金」が前年より2~4割高く、小売価格は現状のまま高値圏で推移すると予想される。
 昨年は異常気象で野菜など生鮮食品の値上がりも目立ち、消費者は節約志向を強めている。総務省の家計調査によると、2人以上世帯の消費支出は昨年、実質でおおむね前年割れが続いた。帝国データバンクは、昨年1万2520品目に達した食料品や飲料の値上げが「今年は1万5000~2万品目前後に到達する可能性がある」とみており、消費者の財布のひもはますます固くなる可能性がある。
 物価動向のカギを握るのは、輸入物価の上昇をもたらした歴史的な円安に歯止めがかかるかどうかで、日米の金融政策に大きく左右される。金融正常化を急ぎたい日銀は1月の金融政策決定会合で昨夏に続く再利上げに踏み切る公算が大きい。ただ、政策金利を0.5%に引き上げた後も利上げを続けられるとみる向きは少数派だ。日本経済の需要と供給の差を表す需給ギャップはマイナス圏にとどまり、「低温経済」から抜け出せていない。
 一方、米連邦準備制度理事会(FRB)の判断を巡り、金融市場は揺れている。昨年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、今年の利下げ回数を2回と予想。9月時点の4回から半減させ、利下げペースが鈍化するとの見通しを示した。さらに、年明けに発表された12月の雇用統計で景気の堅調さが示され、市場では利下げ休止論が急浮上。長期金利は上昇傾向をたどった。
 トランプ政権が公約通り関税引き上げに踏み切った場合、物価上昇につながって利下げの機運はさらに後退するだろう。大規模減税などによる財政収支の悪化が懸念されれば、これも長期金利の上昇を招きかねない。


◇東京株、辰巳天井?
 日経平均株価は「辰(たつ)年」の昨年、史上最高値を更新した。バブル絶頂期の1989年末に付けた3万8915円87銭を2月下旬に上回ると、3月初めに4万円の大台に到達。7月11日に史上最高値4万2224円02銭を記録した。人工知能(AI)ブームに沸いた米国市場で半導体関連株が大幅上昇した流れを引き継いだ買いが集まるとともに、円安を追い風に海外マネーが流入した。
 8月初めに87年の「ブラックマンデー」翌日を超える史上最大の暴落を演じるなど、年後半は調整局面が続いた。結局、企業の自社株買いなどに支えられ、大納会の株価は4万円近辺まで盛り返したが、「巳(み)年」を迎えて再び最高値にトライし、「辰巳天井」の相場格言に沿った展開をたどるかどうかは見通しづらい。
 日銀の利上げは株価の重しとなり得る上に、日米の金利差縮小を見込んでこれまでの円安・ドル高が修正されれば輸出関連株に逆風が吹く。米中対立が世界経済を冷え込ませるリスクも見過ごせない。
 夏までは国内政局も景気や株価にとって大きな不安材料だ。政府は一般会計総額が過去最大の115兆5415億円に上る25年度予算案を閣議決定したが、少数与党の下、年度内成立の道筋は見通せない。「年収の壁」などを巡って予算案は修正含み。自民党内で参院選をにらんだ「石破降ろし」の動きが広がれば、政局安定を望む外国人投資家が日本株から離れかねない。


◇タリフマンの脅威
 海外に目を転じれば、トランプ政権の経済政策が最大の不安要因だいうのが衆目の一致するところ。自らを「タリフ(関税)マン」と称するトランプ氏は輸入品に10~20%の一律関税、中国やカナダ、メキシコの製品に追加関税を課すと宣言した。お得意の「ディール(取引)」の一環にすぎなければ脅威論は杞憂(きゆう)に終わるが、報復関税で各国が対抗する事態に発展した場合は世界経済に急ブレーキがかかるのは避けられそうにない。
 自由貿易の拡大を目指して95年に設立された世界貿易機関(WTO)は、くしくも発足30年の節目に「自国第一主義」を唱えるトランプ大統領の再登板という逆風にさらされる。中国政府は景気てこ入れに躍起だが、不動産市況の悪化から抜け出す糸口は見えておらず、米中対立が激しさを増して輸出が落ち込めば成長軌道を取り戻す上で大きな障害となる。
 トランプ政権の出方に目を凝らしているのは日本製鉄も同様だろう。大統領選で両陣営が全米鉄鋼労組(USW)の支持を目当てに製鉄大手USスチールの買収に反対を表明。計画は宙に浮いた。日鉄は今後の法廷闘争で「政治介入」を立証するか、トランプ氏の心変わりを待つしかない苦しい立場に追い込まれている。
 日本政府が経済安全保障の確立に向けて同盟国や同志国との連携強化を目指す一方、トランプ氏は経済安保を理由に自国産業の保護を優先するスタンス。この溝を埋めるのは容易ではなさそうだ。


◇経済・エネルギー安保の行方
 経済安保を強化するために政府が巨額の財政支援を続ける半導体産業は今年、工場稼働が相次ぐ。次世代半導体の国産化を目指すラピダス(東京)が4月に試作ラインを稼働させるほか、受託製造世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は昨年末に第1工場で量産を開始した。
 気がかりなのは、半導体市況に変調の兆しがうかがえることだ。電気自動車(EV)の販売が北米や中国市場で低迷するなど、半導体需要が先細りしかねないとの懸念が広がり始めている。
 エネルギー政策を巡り、政府は東京電力福島第1原発事故後の方針を転換する。既に原発の建て替えや運転期間延長にかじを切っていたが、昨年末に政府がまとめた次期エネルギー基本計画の原案は、原発について「可能な限り依存度を低減する」との文言を削除。再生可能エネルギーとともに「最大限活用する」と踏み込んだ。
 40年度の電源構成は、再エネを「4~5割程度」へ現行の30年度目標「36~38%」から引き上げ、「20~22%」の原発は「2割程度」の水準を維持する。生成AI時代の本格的な到来に向けたデータセンターや半導体工場の建設ラッシュを見込み、電力需要が1~2割増えると想定。原発は敷地外での建て替えも容認する見通しだ。ただ、依然として原発不信は根強く、再稼働も含めて政府の想定通りに原発活用が進む見通しは立たない。


◇脱皮なるか
 日本経済をけん引してきた自動車産業は大きな転機を迎える。ガソリン車から電動車に切り替わる「100年に1度」の変革期に、国内完成車メーカー2位のホンダと3位の日産自動車が経営統合に踏み切る。これに三菱自動車が合流する見通しで、実現すれば自動車業界はトヨタ自動車を中心に資本関係で結ばれたスズキやマツダなど5社連合との2陣営に色分けされる。
 ホンダ・日産連合は、北米市場で売れ筋のハイブリッド車で有力車種を持たない日産の業績悪化が引き金だったが、同時に巨額の開発資金が必要な電動化時代に単独で生き残る難しさも浮き彫りにした。今後は完全自動運転などによるクルマの「家電化」をにらみ、両陣営と電機メーカーやソフト開発会社などが業界の垣根を越えて連携を加速させることになりそうだ。
 昨年は企業の不祥事が相次いだ。自動車メーカーの認証不正はトヨタをはじめ、業界にまん延していたことが明らかになった。小林製薬が引き起こした「紅麴(べにこうじ)」配合サプリメントの健康被害問題は、大手メーカーの衛生管理のずさんさを白日の下にさらした。
 金融界では、金融庁に出向していた裁判官や東証職員のインサイダー取引が発覚し、市場の公正さが根本から揺らいだ。三菱UFJ銀行の貸金庫窃盗や野村証券の強盗殺人未遂と悪質な事件も続いた。再発防止策を徹底し、健全な企業に「脱皮」できるかが問われる。