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■「中央調査報(No.819)」より

 ■ 2026年の日本経済、緩やかな回復も課題山積 ~「三つの波」賃上げ・長期金利・対中国~


時事通信社 経済部デスク 奥野 伸

 東京証券取引所は1月5日、新年最初の取引日「大発会」を迎えた。ゲストとして参加した片山さつき財務相は、「天井破りの高値を更新することを期待する」と景気の先行きに強気のあいさつ。市場心理の改善を映すように、この日の日経平均株価は人工知能(AI)関連企業への成長期待が追い風となり、一時、前年末比で1700円近い上昇を見せた。結局、1493円32銭高の5万1832円80銭で大発会の取引を終え、幸先の良いスタートとなった。株式市場の地合いの改善に呼応するように、実体経済も緩やかながら回復を続けており、今年7月まで景気拡大局面が途切れなければ、戦後最長とされる「いざなみ景気」(2002年2月~08年2月)を超える可能性が出てくる。
 もっとも、こうした前向きなムードに水を差しかねない課題が、日本経済の地平にはいくつも横たわる。象徴的なのが、物価高を上回る賃上げの実現、長期金利の上昇を巡る財政健全性への懸念、そして緊張が強まる対中関係の悪化だ。いずれも成長軌道を左右するボトルネックになり得る論点であり、政策運営にはこれまで以上に繊細なかじ取りが求められる。



◇「物価高を上回る賃上げ」は逃げ水か
 1月8日に厚生労働省が公表した毎月勤労統計(25年11月)では、名目賃金から物価変動の影響を差し引いた実質賃金が前年同月比2.8%減と、11カ月連続でマイナスが続いた。連合の集計では25年春闘の賃上げ率は高水準の5.25%だが、それを上回る勢いで物価が上昇している現実が改めて示された形だ。
 物価動向に目を転じると、総務省が昨年12月26日に発表した東京都区部消費者物価指数では、生鮮食品を除く総合指数が111.1、前年同月比2.3%上昇。プラスは52カ月連続となり、都区部指数が全国指数の先行指標という位置付けから見ても、物価高の粘着性がうかがわれる。こうした基調を前提にすると、いくら賃上げの「掛け声」が大きくとも、名目の伸びを実質の改善につなげるのは容易ではない。賃上げの実現が目の前にあるようで、手を伸ばすと届かない「逃げ水」の様相を呈しつつある。


◇原材料高と「令和の米騒動」が家計を直撃
 日本の物価を押し上げる要因は複合的だ。まず、原材料価格の上昇。異常気象が世界の穀物生産量に影響を与え、国際価格が高止まりする中、日本では24年以降のコメ価格高騰、いわゆる「令和の米騒動」が家計の負担感を一段と強めた。帝国データバンクによれば、主要食品メーカー195社の25年の飲食料品値上げ品目数は前年比64.6%増の2万609品目に達し、その9割超が「原材料高」を値上げ要因としている。さらに、26年の値上げ品目数は約1万5000品目前後に達する可能性が高く、値上げの波は収まりそうにない。
 コメ価格の動きは象徴的だ。24年の高騰で歴史的水準に到達し、政府備蓄米の放出で一時は落ち着いたものの、25年産米の流通開始に伴い再び上昇。全国のスーパー約1000店舗で昨年12月29日~今年1月4日に販売された5キロ当たりの平均価格は4416円と過去最高を更新した。先安観を示す統計も一部で出ているが、店頭価格の沈静化はなお不透明で、家計の防衛的消費(買い控え・低価格志向)を強める一因となっている。


◇円安要因と金利のジレンマ
 円安に伴う輸入コストの上昇も、物価高の重要なドライバーだ。日銀は昨年12月18~19日の金融政策決定会合で、政策金利である無担保コール翌日物の誘導目標を0.25%引き上げて0.75%とする決定を行い、1995年以来30年ぶりの高水準となった。一般に、日米金利差が縮小すればドル安・円高に振れやすいとされるが、決定直後は円が売られ、その後も円安基調が継続。為替が理論通りに動かない背景として、市場関係者は高市政権の掲げる「責任ある積極財政」への警戒を挙げる向きが多い。
 金融政策は物価安定を優先する一方、過度な利上げは景気の下押しや債券市場の混乱を招くため、植田和男総裁の下で日銀は段階的な正常化を志向しているとみられる。ただし、輸入インフレが根強い中での円安は、エネルギーや食料など必需品の価格を通じて家計に直接響く。賃上げの成果が為替の逆風で相殺される構図を断ち切るには、金利運営と財政の整合的なコミュニケーションがこれまで以上に重要だ。


◇「責任ある積極財政」と骨太の方針
 高市早苗首相は、積極財政と金融緩和を組み合わせた「高圧経済」を志向する。一方、日銀は昨年末に利上げしたばかりで、直ちに連続利上げに踏み切る可能性は高くないとの見方が一般的だ。財政面では、25年度補正予算の一般会計総額が18兆3034億円と、コロナ禍後では最大規模となった。
 さらに政府は国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の単年度黒字化という従来目標を見直し、首相は昨年11月7日の衆院予算委員会で「単年度のPBという考え方は取り下げる」と明言した。その上で、「成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、対GDP(国内総生産)比を引き下げる」と説明。分母であるGDPを拡大することで、分子の債務残高が増えても債務対GDP比の低下を目指す考え方だ。新たな財政健全化目標の具体化は、例年6月に閣議決定される「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に盛り込まれる見通しである。
 しかし、市場はこうした枠組み変更を財政規律の後退と受け止めた節がある。昨年10月の首相就任時に1.6%台だった長期金利の指標・新発10年物国債の流通利回りは、12月19日以降、終値ベースで2%超に上昇。長期金利が上がれば、政府にとって利払い費の増加を招き、財政の持続可能性への懸念が強まる。国債の格付けが引き下げられる事態ともなれば、金融機関の自己資本規制や調達コストに波及し、ひいては民間の投資・融資行動を抑制しかねない。


◇市場との対話が問われる
 1月9日深夜の報道で、首相が通常国会冒頭の衆院解散の検討に入ったとの見方が示されると、債券市場では「責任ある積極財政」の名の下で国債増発が進む可能性に目が向き、円安と金利上昇に拍車が掛かった。市場は政策の持続可能性と明確な工程表を求める。骨太方針において「責任ある積極財政」の「責任ある」の中身、つまり財源手当て、時限的措置の設計、将来の財政再建ルールなどを具体的に示さない限り、投資家の間で「本気度」への疑念は残り続けるだろう。金融・財政・成長戦略の三位一体の整合性が試されている。


◇対中問題、リスクに解見えず
 首相の台湾有事に関する国会答弁を発端に、日中関係の緊張は高まる一方だ。中国政府は、輸入品目の規制や日本への渡航自粛などの対抗措置を次々と打ち出している。中でも懸念されるのが、スマートフォンや自動車などのハイテク製品に不可欠なレアアース(希土類)の輸出規制である。中国からの供給が本格的に絞られる事態になれば、製造業の広範なサプライチェーン(供給網)に制約が発生し、民生品に至るまで価格上昇や生産遅延が波及する恐れがある。試算では、レアアースの輸出が本格規制されれば、3カ月で6600億円程度の経済損失が生じる可能性も指摘されている。
 渡航自粛措置の影響も、じわじわとインバウンド消費に効いている。財務省が1月13日に公表した昨年11月の国際収支(速報)では、旅行収支の黒字額が4524億円と前年同月比で2割近く縮小。百貨店大手3社(三越伊勢丹ホールディングスなど)が1月5日に公表した昨年12月の売上高(速報)でも、訪日客の購入額を示す免税売り上げが前年同月比で1~2割減と、インバウンドの勢いが鈍っている。内需は物価高で防衛的になり、外需のけん引役も減速となれば、需要面での二重苦となりかねない。
 もっとも、中国経済は不動産不況に伴う内需不振で成長の鈍化が続いているものの、日本にとっては最大の貿易相手国であることに変わりはない。外交的緊張が長期化するほど、企業はサプライチェーンの再構築(デリスキング)を迫られ、短期的にはコスト増や調達遅延を甘受せざるを得ない。台湾有事が「存立危機事態」となり得るとの国会答弁は、国内の安全保障議論としては一貫性がある一方で、外交関係の緊張を構造的に固定化するリスクもはらむ。撤回すれば保守層の離反を招き、維持すれば中国側の反発が続く。仲介役を担う国も見当たらず、改善への端緒は当面見いだしがたい。


◇電撃解散、政策不確実性と景気リスク
 長期金利の上昇という形で、債券市場は積極財政をネガティブに評価しているように見える。ただし、景気下支えのための適切な財政出動まで否定しているわけではない。市場が警戒するのは、財政出動が規模・期間・財源の説明を欠いたまま拡張的に続くこと、そして政策の予見可能性が損なわれることだ。通常国会冒頭での電撃解散で政権の政策方針や骨太方針の具体像の公表が先送りされ、短期的に政策不確実性が高まる恐れがある。不確実性の上昇は、企業の設備投資や雇用計画を後ろ倒しにし、消費者の将来不安を強めることで、景気の回復力をそぐ。株式市場はテーマ株中心に強含みでも、クレジット市場や為替市場は引き続き警戒的な値動きとなり得る。
 他方で、選挙を通じて政策の方向性が明確化され、財政規律と成長戦略の整合的パッケージが提示されれば、市場の信認は回復し得る。鍵は、①中期の財政フレーム(歳出の上限・優先順位、自然増要因の扱い)②税制・社会保障の持続可能性(負担と給付の再設計)③生産性向上に資する人材投資・イノベーション投資の具体化④供給制約を和らげるサプライチェーン強靱(きょうじん)化とエネルギー安定供給‐を一体として示せるかにある。


◇三つの波を越えるために
 26年の日本経済は、株式市場の力強い幕開けに象徴されるように、緩やかな回復基調にある。だがその持続には①物価高を上回る賃上げの定着②長期金利上昇と財政健全性のバランス③対中関係の緊張に伴う需要・供給両面のリスク管理‐という三つの波を越える必要がある。賃上げは名目率の確保に加え、実質を目減りさせない物価・為替環境の整備が不可欠だ。金利は、財政の持続可能性に対する市場の目線に正面から答える説明と、PBに代わる透明なルールで信認を取り戻すことが重要だ。対中関係は、外交の緊張を前提に、企業が供給網の多元化と在庫・調達のリスクヘッジを進められる制度的後押しが求められる。
 家計にとっては、エネルギー・食料など必需品の負担軽減策を的確に講じ、賃上げの成果を実感できる環境を整えることが、消費マインドの回復に直結する。企業にとっては、付加価値の高い製品・サービスへの転換、デジタルとグリーンの両立投資、人的資本の質的強化が、物価と金利の局面変化を乗り切るための鍵だ。政策と市場、企業と家計が同じ方向を向いて前進できれば、回復は一過性から持続的成長へと質を高めるだろう。課題は山積でも、解はゼロではない。問われているのは、説明と実行、そして時間軸に沿った一貫性である。(了)