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■「中央調査報(No.821)」より
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■ 「青少年期から成人期への移行についての追跡的研究」 (Japan Education Longitudinal Study: JELS) 第二期調査 第五次報告―小4から中3までの追跡的学力データ分析と脱落サンプルによるセレクション・バイアス 桃山学院大学社会学部准教授 中西 啓喜
1.JELS調査の目的と実施状況
JELS調査では、(1)学力、(2)児童生徒対象の質問紙調査、(3)保護者対象の質問紙調査、(4)中学卒業後に教育委員会から提供された進路情報を含んでいる。学力調査は6回、児童生徒質問紙調査は4回、保護者調査は3回実施した。配布数は、市教育委員会から全児童生徒数の提供を受けた当該年度の当該学年の全児童生徒数であり、回収数は実際に回答した人数を指す。回収率はそれらの値をもとに算出した。 配布数の年度ごとのばらつきは、転入・転出による影響である。また、小学6年生から中学1年生にかけて約200人減少しているのは、国私立中学への受験によるものであることを、B市教育委員会への聞き取りによって確認している。 学力データについては、小学4年生から中学2年生までは、B市教育委員会が毎年度実施する標準学力検査(Norm Referenced Test:NRT)のデータ提供を受けた。中学3年生の学力調査については、文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査のデータを提供してもらった。なお、学力調査は複数教科で実施しているため、いずれかの教科1つでも回答があれば「回収」としてカウントしている。 児童生徒への質問紙調査は、教室において教師が配布・回収を行う集合自記式によって実施した。保護者調査は、教師が教室で配布し、児童生徒が家庭に持ち帰って保護者が回答したのち、学校で回収する方式を採用した。 卒業後進路調査は、学校とB市教育委員会と連携により、2023年度の市立中学校全卒業生の進路情報の提供を受けた。これらのデータの配布・回収および接続は、委託した調査会社によって実施された。 2023年の学力調査および生徒調査の回収率を見てもわかるように、悉皆調査を目指す全国学力・学習状況調査の学力調査でさえ、回収率は90%に満たない。これには、(1)病気等による当日欠席、(2)特別支援学級在籍、(3)長期欠席などの理由が想定される。 しかしJELS調査において重要な点は、B市教育委員会との連携によって実施されていることである。そのため、卒業後進路調査で提供された3029人分の進路情報は全卒業生を対象とするものであり、回収率は100%となる。すなわち、この3029人を分析対象とすることで、(1)学力格差の長期的な推移を把握するだけでなく、(2)既存の教育調査では把握しきれない“学力調査で欠測する児童生徒”の特徴を明らかにすることが可能となる。 2.分析関心の変数について 本稿での分析には、小学校4年生から中学校3年生までの6時点の学力データを用いる。なお、各学年における学力の指標には、サンプルごとに標準化した数値を10倍し、50を加算することで算出された偏差値を用いている(表2-1)。加えて、中卒後進路と社会経済的地位(SocioeconomicStatus:SES)の指標となる主要な変数を表2-2にまとめた。
中学校卒業後の進路については、「全日制高校」「定時制高校」「通信制高校」「特別支援学校」「その他・不明」の5つに分類した。B市教育委員会から提供された情報であるが、ごく少数の進路不明者が存在する。また、中学校卒業時点での就職者も少数存在するが、極めて少人数であり、個人が特定される可能性を避けるため、具体的な数値の記載は控える。 SES関連の変数は、最も回収率の高かった小5時点の保護者調査(2019年実施)を用いる。なお、分析に際して、世帯年収は連続変数として数量化し、平均値=627.86、標準偏差=269.32である。また欠損値には平均値を代入して分析に利用した。 3.分析 3.1.相関分析 小学校4年生から中学校3年生までの算数・数学スコアの学年間の関連性を検討するため、それぞれのピアソンの積率相関係数を算出したのが表3である。 相関の強さに注目すると、隣接する学年間の相関係数(例:小5と小6では.780、中1と中2では.789)は、学年が離れるにつれて減少する傾向が見られた。特に、小学校4年生時点と中学校3年生時点の相関は.570と、この分析表の中で最も値が低い。
3.2.成長曲線モデル それでは、算数・数学の追跡調査についての学力格差の推移を検討するため、切片(初期値)と傾き(変化)を潜在変数とし、性別、世帯年収、父母の学歴、親の状況を共変量として投入した条件付き成長曲線モデルを行った。分析の結果、モデルの適合度指標はRMSEA=.051、CFI=.977、TLI=.970であり、データに対して十分に良好だと判断できる。 切片と傾きの相関に注目すると、両者の間には-3.846(p<.001)と負の関連が認められた。この結果は、初期値が高い児童生徒ほどその後の成績の伸びが緩やかになるという、学力層による成長パターンの違いを示唆している。 初期値(切片)に対する規定要因について確認しよう。切片については、複数のSES変数の有意な影響が確認された。世帯年収、父学歴、母学歴において正の有意な関連が認められた。これは、世帯年収が高い家庭や、父母が大学・大学院卒である家庭の児童生徒ほど、初期段階における学力が高い傾向にあることを示している。一方で、性別および親の状況(1人親か否か)による有意な差は見られなかった。 続いて、変化(傾き)に対する規定要因を確認する。傾きについては、父大卒では正で、1人親世帯において負でそれぞれ10%水準の有意な傾向が認められた。すなわち、父親が高学歴であるほど成績が伸びやすく、2人親よりも1人親世帯では成績の伸びが抑制されるということである。 この成長曲線モデルの結果を視覚的に把握しやすいように図化したのが図1である。とりわけ、親学歴と一人親か否かに注目して図化している。最も高いスコアを示した「両親大卒」群と、最も低い「両親非大卒かつ1人親」群との間には、調査開始時点(小学4年生)ですでに顕著な学力格差が存在している。 さらに注目すべきは、経時的な変化における群間の差異である。親が高学歴であるほど正の成長傾向が見られる一方で、1人親世帯においては低下傾向が観測された。これは、学習内容が高度化する高学年以降において、家庭からの学習支援や教育資源の差が、単なる初期的な差に留まらず、学力の伸びに格差をもたらしている可能性を示唆している。
切片と傾きの間に認められた負の相関は、全体としては下位層の上位層への収束(追いつき)を示唆する統計的傾向であった。しかし、図1において特定の不利な背景を持つ群が下降トレンドを示しているという結果は、構造的な不利益を抱える層においては、次第に学習内容に「着いていけなくなる」という状況を物語っている。 結論として、小学校段階で発生した家庭背景による学力格差は、中学校卒業に至るまでの6年間で解消されることなく、むしろ成長速度の差をともないながら「固定化」あるいは「拡大」の様相を示しているといえる。
3.3.学力パネルデータの欠測と中卒後進路 最後に、小学校4年生から中学校3年生までの6時点の学力パネルデータの分析対象となった児童生徒の特性について把握しておこう。JELS調査では、全公立中学生の卒業後の進路情報を提供してもらっている。この情報を併せれば、全公立中学生のうち、6時点の学力データが揃っている生徒の進路の特徴を把握できるのである。 図2は、中卒後の進路別に全6時点の学力データが接続(追跡)できている児童生徒の割合を確認したものである。その結果、進路間において顕著な格差が確認できる。
全日制高校への進学者においては、98.1%と極めて高い割合で6時点のデータが揃っていた。これに対し、定時制高校(0.5%)、通信制高校(1.1%)、特別支援学校(0.0%)への進学者で全時点のデータが揃っている割合は極めて低く、大部分のケースでいずれかの時点のデータが欠落していた。 反対に、学力データが揃っていない(いずれかの時点で欠測が生じている)児童生徒ほど、中卒後に定時制や通信制などの“不安定な進路”をたどりがちであるという傾向が見られる。これは、長期的な追跡が困難な層ほど教育的な脆弱性を抱えている可能性が高く、従来のパネル調査からこぼれ落ちやすい層の様相を把握することが重要だということの証左であるといえよう。 この結果は、縦断的な学力分析におけるサンプルの偏り(セレクション・バイアス)を示唆している。すなわち、小4から中3までの全期間を追跡できているサンプルは、その大部分が全日制高校進学者である。つまり、学力データが6時点揃っているのは“安定的”な進路選択者であり、困難を抱える層を含む多様な進路を歩む生徒たちの実態を、パネルデータ分析の結果が十分に反映できていない可能性がある。こうしたデータの偏りには留意する必要がある。 4.まとめ 本稿では、小学校4年生から中学校3年生までの6時点にわたる追跡調査データを用い、家庭の社会経済的背景(SES)が算数・数学の成績変容に及ぼす影響を検討した。一連の分析により、初期の学力格差が時間経過とともに解消されることはなく、中学校卒業時点まで強固に維持、あるいは拡大していく構造が浮き彫りとなった。 この結果は、公教育が本来期待されている「格差の解消」という機能を十分に果たし得ていない可能性を示唆している。特に父親の学歴や世帯年収といった家庭資源の多寡が、初期値のみならずその後の成長速度(傾き)にも関与している点は、教育格差が累積的に拡大していくプロセスを示したエビデンスだといえる。したがって、義務教育段階において、特に親学歴が相対的に低位であったり1人親世帯であったりする児童生徒に対する早期かつ継続的な学習支援体制を構築することは、喫緊の社会的課題である。 しかし、本研究の知見を一般化する際には慎重な検討を要する。図2に示した通り、全6時点のデータを接続できたのは全日制高校進学者が大半を占めており、定時制や通信制高校への進学者の多くは分析過程で脱落している。これは、本稿が「安定して追跡可能であった層」における格差をとらえたに過ぎず、最も支援を必要とする困難層の様相を十分に反映できていない可能性を示している。 今後の課題として、こうした「欠測」を生じさせる背景そのものを精査し、追跡が困難な層をも包摂した調査設計を構築することが不可欠である。JELS調査では、今後、高校生調査を計画しており、さらなる追跡によって日本の教育的不平等の実態をより詳細に明らかにしていく予定である。 〈付記〉 本研究は、JSPS科学研究費補助金(18H00984、22H00980、20K13911、25K00771)の助成を受けた。 〈注〉
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