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■「中央調査報(No.541)」より

 ■ 「全国高齢者の生活と健康に関する長期縦断調査」プロジェクトの概要

(財)東京都高齢者研究・福祉振興財団
東京都老人総合研究所
社会参加・介護基盤研究グループ
小林 江里香 


1.はじめに
 東京都老人総合研究所とミシガン大学は、1987年より3年ごとに高齢者の全国調査を共同で実施してきた。本稿執筆中の2002年10月には6回目の調査を実施中である。この調査では、高齢者の身体的・精神的健康、家族、家族以外の社会関係、経済状態など、高齢者の保有する資源や生活の状況を様々な側面から調べている。本プロジェクトの最大の特徴は、同じ対象者を繰り返し調査する縦断調査(longitudinalstudy)の手法をとっていることであり、これによって、高齢者の資源や生活の状況がどのように変化しているのか、またその変化をもたらしている要因は何なのか、あるいはどのような高齢者が健康で長生きできるのか、ということを明らかにできる。さらに、比較文化研究としても位置づけられる。老年学の分野は(他の多くの分野がそうであるように)先進的な役割を果たしている米国においては豊富な研究蓄積があるが、そこで得られた知見が、日本のような文化的・社会的背景の異なる国においてどの程度当てはまるのかについてはまだ十分に検討されていない。本稿では、本プロジェクトの調査方法や内容の概要、今後の課題について紹介したい。


2.データベースの概要
(1)データベースの構造と調査方法
 
本研究は、正確には2種類のデータベースから成り立っている(図1)。その1つは、1987年に全国の60歳以上の男女から層化二段無作為抽出された対象者を、加齢に伴って上昇したパネルの下の年齢階級を補いながら追跡調査してきたデータベースである(図1のWave1~Wave6に対応。以下、W1~W6)。もう1つは、1999年に新たに抽出した70歳以上の高齢者を対象として追跡調査している新しいデータベース(図1のNWave1、NWave2に対応。以下、NW1、NW2)である。70歳以上の新規標本を追加したのは、絶対数、人口に占める割合ともに増加が予想される後期高齢者(通常は75歳以上)の課題に焦点を当てた分析ができるようにするためである。W5とNW1(1999)、W6とNW2(2002)は、同じ調査項目を用いている。なお、1999年と2002年の調査は、ミシガン大学のInstituteforSocialResearchが実施しているAHEAD研究(StudyofAssetsandHealthDynamicsAmongtheOldestOld:後期高齢者の資産と健康のダイナミクス)にならって、JAHEAD(JapaneseAHEAD)と呼んでいる。

図1
 調査の実施は社団法人中央調査社に委託しており、該当年の10月(W2までは11月)に、調査員が対象者宅を訪問して面接調査を実施している。構造化された調査票を用いた対象者本人からの聞き取り調査を基本としているが、病気などの理由で本人が調査に応じられない場合、W2以降は、質問数を限定した家族などによる代行調査も実施している。表1は各調査の回収状況を示している。標本抽出された時点の最初の調査に参加した人は、途中回答しなかった回があっても毎回追跡対象としている。死亡者を分母から除いた追跡対象者の回収率は、代行調査を含めると毎回9割前後と高く維持されてきた。われわれがデータの質を高めるために取り組んできた回収率を高める工夫や、無回答者、追跡調査からの脱落者の特性の検討については、『中央調査報』No.498で報告されている。

表1

(2)質問内容
 
表2は、本人調査の質問項目一覧である。質問項目は多岐にわたるが、大きくは、継続して聞いているいわば“レギュラー”項目と、そのときどきの調査で単発的に入れている項目に分かれる。前者については、特に健康と社会関係について多くの紙面を割いており、同じ質問を毎回行うことで、個人の中の変化やコホート集団の変化を追えるようになっている。これらレギュラー項目の多くは、ミシガン大学のSurveyResearchCenterが全米の成人を対象として実施したAmerican’sChang‐ingLives(ACL)調査(1986,1989)の項目を英訳したものである。また、主観的幸福感(subjectivewell‐being)を含む健康指標のほとんどは、国際的に標準化された尺度であるため、ACL以外の調査とも比較できる。
社会状況や研究動向をふまえて、継続を途中でやめた項目、途中からレギュラー入りした項目もある。たとえば、プロジェクト初期には高齢者の主観的幸福感とその関連要因(例:ライフイベント)が主要なテーマであったため、これに関連する多くの尺度が含まれていたが、そのいくつかは1999年のJAHEADの開始とともに削除され、それと前後して、保健福祉サービスや経済的資源に関する項目の拡充が図られた。JAHEADがモデルとしている前述のAHEAD(1994,1996,wave3以降は同研究所のHealthandRetirementStudy(HRS)と統合して実施)は、全米の70歳以上の高齢者を対象として、健康や家族、資産などの資源が高齢期にどのように変化するか、また、相互にどのような影響を与えているかを明らかにすることを目的とした調査である。われわれのJAHEADは、W1からの追跡調査という位置づけがあり、米国とは社会保障制度も大きく異なるため、AHEADと全く同じ質問項目を採用しているわけではない。しかし、AHEADと同様の研究課題、たとえば、子どもへの経済的援助と高齢者が子どもから受ける支援はどのような関係にあるか、について検討できるような質問項目を設定している。他方、社会的関心の高まっているタイムリーな話題を調査に反映させるため、単発的に尋ねた質問項目の例としては、W4(1996)の死生観や安楽死に対する態度、医療機関の選択基準、W5(NW1)(1999)の相続意識(「どの子に不動産を相続させるか」)などがある。

(表2)調査項目一覧

領域

継続項目 注1)

継続項目以外の主な話題
基本属性 基本属性 生年月日、年齢、性、婚姻状況、現職(有無・職業コード・労働時間)、住居形態  
社会経済的地位 本人の教育年数、最長職、配偶者(夫)の教育年数、最長職*、経済状態の主観的評価、夫婦・世帯年収、諸支出の負担者(W3~)、預貯金(W4~) ・資産(貯蓄額、不動産)(W5,6)
健康・ヘルスケア・サービス利用 身体的健康 注2) 健康度自己評価(主観的健康)、疾患有無、視聴力、日常生活動作(ADL)、手段的ADL(IADL)、身体機能、失禁、床についた日数(W2~) ・疾患別の病歴・症状等の詳細(W2,W3)
精神的健康・主観的幸福感 領域別満足度、人生満足度尺度(LSIA)、孤立感、うつ尺度(CES‐D)、モラール尺度(PGC)**、認知機能  
生活習慣・ヘルスケア 身長、体重、運動、飲酒、喫煙、医療機関受診回数、入院日数 ・睡眠、食事(W1,2)・医療機関の選択基準(W4)・受診抑制(W5)
保健福祉サービス サービス利用(W3~)、要介護認定結果(W6から継続予定) ・サービス認知(W4,5)・サービス相談先(W5)・希望療養場所(W3,5,6)
社会関係・社会活動 家族 配偶者現職有無*、同居家族、子ども数、孫の数*、別居子交流頻度 ・子供の属性、距離(W5,6)・老親扶養意識(W3,5)・相続経験と意識(W5)
家族以外のネットワーク 親友数、近所づきあい数*、交流頻度、所属している地域組織等の数・参加頻度 ・友人との交流場所(W4)
社会的支援の受領 ADL・IADLの介助者(W3~)、情緒的・手段的支援(提供者・程度)、支援の否定的側面(ネガティブサポート) ・寝たきり時の世話(W5,6)
支援提供・社会貢献 周囲への手段的サポート提供(W3~)、情緒的サポート提供 ・家庭内外の貢献活動(W5,6)・子供への経済的援助(W5,6)
余暇活動   ・活動頻度と費用(W5,6)
その他 その他の意識・態度・行動など 過去1年の家族・友人との離死別経験、様々なライフイベント**、コントロール感**、宗教観・宗教行動(W4~) ・死生観、安楽死への態度(W4)・将来の不安(W5)
調査員観察 同席者有無、対象者の理解度、協力度  

注1)継続項目には、W1~W6まで共通する項目のほか、以下の場合も含めた:
・途中1,2回質問していない(*印)、またはW5以降質問していない項目(**印)
・W1にはないが、少なくともW4以降継続している項目(開始時のwaveを記入)
・項目数の増減や副問の有無、若干のワーディングの違いがある項目・原則として初回参加時のみ質問している項目(本人・配偶者の教育年数、最長職)
注2)対象者が追跡期間中に亡くなった場合は、死亡年月日を調査
注3)NW1,NW2(図1参照)の質問項目はそれぞれW5,W6と同じ


3.縦断調査データから何がわかるか
 
縦断調査の利点としては、複数時点で対象者の状態を観察することにより、(1)(時間的順序から)変数間の因果関係を推測しやすい、(2)((1)とも関係するが)追跡期間中に発生した出来事(親しい人との死別、職業からの引退、健康の悪化など)の影響を、出来事発生前後の比較により明らかにできる、などが挙げられる。この利点を生かして、どのような変数が身体的・精神的健康を予測できるのかについて多くの研究を行ってきた。たとえば、男性の場合、W1時点の健康状態を統計的に統制しても、W1時点で町内会・老人クラブなどの地域組織に参加していた人ほどW2時点の障害発生率が低く、生存している人が多かった。また、1年以内に配偶者と死別した高齢者は、配偶者が生存している高齢者に比べてうつ傾向が強まるが、死別後に十分な社会的支援を受けていた人ではうつ傾向への影響は小さく抑えられていた。社会関係以外にも、学歴などの社会経済的地位、生活習慣、宗教観・宗教行動と健康との関連が検討されている。
 以上は健康を従属変数とした研究だが、健康が家族関係や経済状態に影響を与える(例:健康悪化により子どもと同居する、介護費用がかかり経済状態が悪化する)、経済によって家族関係が影響を受ける(例:資産を相続させることと引き替えに、子どもから介護を受ける)などの関係も検討している。JAHEADではこの点に着目し、後期高齢者の健康、家族、経済の間のダイナミックな関係を、因果関係を含めて明らかにすることを目指している。2002年の追跡調査完了によって、この点についてはさらに解明できると期待している。


4.無視できないコホート・時代効果
 
調査が開始された1987年当時60歳以上だった対象者は、2002年には全員が75歳以上の後期高齢者となった。しかし、この15年間の歳月は、対象者が年をとったという以上の意味を持っている。一例として、友人や近所の人、親戚と会ったり出かけたりする対面での交流頻度がどのように変化したかを図示した(図2)。2002年調査は未完了のため1987年と1999年の63歳以上の比較となっている。なお、1999年の70歳以上は新規標本(NW1)を使用した。まず、同じ出生コホート内での12年間の変化を見ると、1987年に63歳~74歳であったコホート(C3、C4)の交流頻度は、75歳以上となった1999年には減少している。しかし1987年と1999年の2時点で同じ年齢層の人々を比較すると、女性では1987年に比べて1999年の頻度が増加しているが、男性は同じかむしろ減少している。このように、高齢者の状態像は時代やコホートによって変わる可能性がある。高齢者の健康や社会関係に影響を与えている要因もまた変化しているかもしれない。
 プロジェクトがスタートしてから15年あまりの間に社会経済情勢は変化し、全人口に占める高齢者の割合は1.5倍以上に増え、2000年4月からは介護保険制度が施行されるという大きな制度的転換も迎えた。また、1987年当時の60歳以上は1927年(昭和2年)以前の生まれで、そのほとんどが戦前の教育を受けた人たちだったが、2002年現在の60歳以上は1942年(昭和17年)以前の生まれとなり、戦後教育を受けた世代の高齢者も増えている。時代やコホートが変化する中で、高齢者がどのように変化しているのか(あるいは変化していないのか)は、今後の高齢者の動向を予測する上でも重要なテーマである。本プロジェクトの中でこのテーマをどう位置づけるかは、2005年以降の調査で新しい標本をどのように追加するかとも関連しており、今後の検討課題となっている。

(図2)友人・近隣・親戚と会ったり出かけたりする頻度における1987年と1999年の高齢者の比較
図2


5.謝辞にかえて
 
本研究がこのように長く続けられたのは、多くの方々の尽力があったからにほかならない。東京都老人総合研究所では、プロジェクト開始時の日本側代表であった前田大作先生(ルーテル学院大学:以下、かっこ内は現在の所属)を始めとして、坂田周一先生(立教大学)、直井道子先生(東京学芸大学)、野口祐二先生(東京学芸大学)、柴田博先生(桜美林大学)、杉澤秀博先生(桜美林大学)が本プロジェクトを中心的に担ってきた。ミシガン大学では、JerseyLiang先生、NealKrause先生、JoanBennett先生が中心となって研究を進めている。また、日米の研究グループの架け橋として多大な貢献をされている秋山弘子先生(東京大学、ミシガン大学)を始め、所外の多くの研究者のご支援をいただいている。
 1999年までの5回の調査に、代行調査を含めていずれか1回以上参加してくださった対象者は5,216人、5回すべてに参加してくださった対象者は1,040人にのぼる。根気強く協力してくださっている対象者、中央調査社の調査員・スタッフの皆様に心より感謝致します。


〔付記〕本プロジェクト実施にあたり、厚生労働省の長寿科学総合研究事業(H10-長寿-018)、政策科学推進研究事業(H14-政策-007)、NationalInstituteonAging(R37AG154124:代表JerseyLiang)の研究助成を受けた。Wave2までのデータは、ミシガン大学のICPSRのデータベースで公開されており、日本における公開方法も現在検討中である。
<参考資料>
1)本プロジェクトの調査方法の詳細、本データベースを用いて発表された論文のリストは、下記の報告書で報告されている:
(財)東京都老人総合研究所短期プロジェクト研究報告書「高齢者の生活と健康に関する縦断的・比較文化的研究」1999年
「後期高齢期における健康・家族・経済のダイナミクス」2002年
2)ミシガン大学のAHEAD研究の詳細は、同大学のTheHealthandRetirementStudyのホームページ(http://hrsonline.isr.umich.edu/)の中のBack‐groundInformationで説明されている。