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■「中央調査報(No.548)」より

 ■ 個人情報保護法が成立、2年後に全面施行

時事通信社内政部 加賀城 進 


 個人データの漏えいや悪用を防ぐとした政府提出の個人情報保護法など関連5法が5月23日の参院本会議で、与党3党などの賛成多数により成立し、同30日から一部が施行された。政府は細田博之IT(情報技術)担当相に個人情報保護担当相を兼務させ、2年後の同法の全面施行に向けた態勢の整備に取り掛かる。しかし、法律適用範囲をめぐる国会での政府答弁にはあいまいな点が多く、行政の恣意的な解釈や過度の介入につながる可能性を残した。

◆公務員への罰則新設し再提出
 政府は2001月3月に同法を国会提出したが、野党などから「メディア規制法案だ」との批判が相次ぎ、昨年12月に廃案が決定。このため、政府は今年3月、(1)「利用目的による制限」など5項目の基本原則を削除、(2)国家公務員などによる情報漏えいなどの不正行為への罰則規定新設―などの修正を加え、今国会に再提出した。
 成立したのは個人情報保護法、行政機関を対象とした同法、独立行政法人が対象の同法、不服申し立てなどに応じる情報公開・個人情報保護審査会の設置法、行政機関関係法の整備法-の5つ。個人情報保護法は、最初に基本理念などを定めた基本部分を施行し、その後2年以内に民間事業者の義務や罰則を定めた部分が施行される段取り。
 同法では政府は基本部分の施行後、速やかに国の取り組みを定めた「基本方針」を定めるとしており、細田氏を個人情報保護担当相に任命したのもその一環だ。

◆線引き不明確な主務大臣制度
 この法律が全面施行されると、5,000件以上の個人情報を取り扱う事業者は「個人情報取り扱い事業者」となり、利用目的の特定や適正な取得、第三者提供の制限などの義務が課されるほか、本人からの開示、訂正、削除などの請求に応じなければならない。
 国民は身に覚えのない業者からダイレクトメール(DM)が送られると、改善を要求することができる。
 改善が見られない場合は、業種を所管する省庁の大臣が「主務大臣」となり、勧告や命令を行う。また、業界ごとで作る個人情報保護団体に苦情を申し立ててもよい。悪質な事業者への罰則も設けられている。一見、迷惑DMに対する有効手段となるように見えるが、法案審議段階での政府の考え方にはかなりあいまいな部分が目立った。
 各種業界には監督する主務大臣が存在することになっているが、この主務大臣の線引きが不明確だ。
IT担当相として国会審議で答弁を担当した細田氏は、野党側から個別の産業ごとの主務大臣を聞かれると、「サービス業は経済産業相だが、許認可の関係でケース・バイ・ケースになる」と答弁。
 インターネット上で物品を売買するインターネットオークションの場合は経産相が主務大臣だが、類似業態の質屋や古物商は警察庁を所管する国家公安委員長と答弁し、役所の所管で主務大臣が変わったり、場合によっては主務大臣が二重に生じる可能性も示唆した。

◆将来は必要?第三者機関
 野党側は主務大臣制度は「大臣の監督権限が残されており、行政の恣意的な介入の可能性がある」と指摘。衆院での審議では野党4党が対案を共同提案し、独立した第三者機関を設置し主務大臣に変わって事業者を監督するように求めた。
 これに対して、小泉純一郎首相ら政府側は「(第三者機関の設置は)行政改革の流れに反し、事業を所管する主務大臣との間に二重行政が生じる」と反論。細田氏は6日に個人情報保護担当相の辞令を交付された後の記者会見で、「内閣府に関係省庁の連絡会議を設置して主務大臣の所管問題を整理する」との考えを示した。
 しかし、第三者機関の設置については、参考人質疑で与党側参考人として出席した堀部政男中大教授が「主務大臣が担当し、調整を図る政府案は現段階では現実的」としながらも「第三者機関を否定するわけではなく、(将来は)必要だと思う」と指摘している。
 主務大臣制度にはもう一つ問題がある。細田氏は答弁で、「社会的に大きな問題とか、個人では対応できない大きな問題は主務大臣が乗り出す」としており、当面は個人と事業者間で解決を図るべきとの考え方だ。このため悪質な業者が相手の場合、泣き寝入りを余儀なくされるケースも想定される。

◆課題残す適用除外対象
 また法律の罰則規定などの適用範囲では、個人情報を蓄積したカーナビゲーションシステムの利用をめぐって答弁が二転三転した。当初、政府は適用対象とする考えを示したが、すぐに細田氏が適用除外とする考えを表明。最後には政令で適用除外に定めることになったが、政府側の解釈次第では法律の網がいくらでも掛けられる危険性を残した。
 一方、同法案が今回、再提出された際、最も大きな修正点となったのが、法律の義務規定などの「適用除外」を設けた点だ。旧法案に盛り込まれていた「利用目的による制限」など5項目の基本原則を削除するとともに、個人情報の取得や利用に関する義務規定の適用除外となる対象を明記した。
 適用除外となるのは報道機関、学術研究機関、宗教団体、政治団体のほか「著述を業として行う者」。報道機関にはフリージャーナリストなどを念頭に「個人を含む」とし、報道機関に個人情報を提供する行為に対し「主務大臣は権限を行使しない」とした。また、表現や学問などの自由に関し、「妨げることがないよう配慮」にとどまっていた旧法案の規定を「妨げてはならない」に改め、権利尊重をより明確にしている。
 ただ、適用除外となる報道機関に出版社が入っていなかったことから、日本雑誌協会などからは反発が相次いだ。これに対し、首相は「出版事業は広範なので報道機関の典型例として例示しなかったが、報道、著述を行う場合は該当する」と答弁し、適用除外として扱う考えを示した。
 だが、作家の城山三郎氏は参院の参考人質疑で同法への懸念を表明した上で「雑誌や出版は(政府の)コントロール下に置かれる。書く場がなくなり、物書きが生きていけなくなる」と批判している。
 また、細田氏はジャーナリストを自称する者も適用除外と答弁しており、身分が定かでない人物に誹謗中傷記事を書かれても、この法律では対応できないことになる。

◆住基ネット2次稼動の前提
 一方、5法案の審議中には、防衛庁が自衛官の募集に際し、地方自治体から自衛官適齢者の情報提供を受けていたことが発覚した。住民基本台帳法で閲覧対象となっている住所、氏名など4情報以外に、親の職業なども入手していた。
 この問題で片山虎之助総務相は「自治体の情報提供は法定受託事務なので問題ない」との答弁に終始した。
 政府は行政機関を対象とする個人情報保護法を8月25日からの住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)二次稼働の前提条件と位置付けている。5法の成立を受けて、東京都杉並区など当初は参加を見合わせていた自治体も、参加に向けて検討を始めている。
 しかし、行政機関の個人情報保護法の情報漏えいに対する処罰規定は「職務の用以外に供する目的」となっている、情報漏えいした公務員が情報収集を「職務だ」と主張すれば処罰できず、「民に厳しく官に甘い」性格となっている。
 こうした審議結果を受けて、衆参両院の特別委員会では5法の採決後に、施行後3年をめどに見直すなどとした付帯決議が採択された。政府と国会は5法の施行状況をよく分析し、国民の懸念を払しょくする義務がある。        (了)

(関連表)
◆個人情報保護関連法をめぐる動き
2001年
3月27日 政府が個人情報保護法案を国会提出
2002年
3月25日 政府が行政機関などを対象とする関連4法案を追加提出
4月25日 関連5法案が一括して衆院本会議で審議入り
5月17日 衆院内閣委員会で実質審議入り
  28日 情報公開請求者を対象とする防衛庁の違法リスト作成問題が発覚
7月31日 通常国会閉幕、継続審議に
8月5日 住民基本台帳ネットワークシステムが稼働
12月6日 与党3党が「基本原則」の削除を柱とする修正案を野党に提示
13日 臨時国会閉幕、政府案は審議未了・廃案に
2003年
3月7日 「基本原則」の削除や行政機関職員への罰則を新設した関連5法案を閣議決定、国会に再提出
4月3日 野党4党が対案を国会に共同提出4月8日 政府案と野党案が衆院本会議で審議入り
4月14日 衆院特別委員会で実質審議入り4月22日 防衛庁が自衛官採用で自治体に住民基本台帳の情報提供を要請していたことが発覚
4月25日 衆院特別委で政府案可決。与党と社民党を除く野党の賛成で「3年後の見直し」などを盛り込んだ付帯決議を採択
5月6日 関連5法案が衆院本会議で可決、参院に送付
5月9日 参院本会議で審議入り
5月13日 参院特別委員会で実質審議入り
5月21日 参院特別委で政府案を可決。全会一致で「3年後の見直し」などを盛り込んだ付帯決議を採択
5月23日 参院本会議で可決、成立
5月30日 個人情報保護法の1部施行
6月6日 細田IT相が個人情報保護担当相に就任

◆個人情報保護関連法の要旨
【個人情報保護法】
〔目  的〕高度情報通信社会の進展に伴い、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護する
〔基本理念〕個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、適正な取り扱いが図られなければならない
〔適正な取得〕個人情報取扱事業者は偽り、不正の手段により個人情報を取得してはならない
〔訂正等〕個人情報取扱事業者は本人から内容の訂正、追加、削除を求められた時は、調査結果に基づき訂正等を行わなければならない
〔勧告および命令〕主務大臣は個人の権利利益を保護する必要がある時は、必要な措置を取る旨を勧告できる。主務大臣は勧告を受けた個人情報取扱事業者が勧告にかかる措置を取らなかった場合、措置を取るべきことを命ずることができる
〔主務大臣の権限の行使の制限〕主務大臣は個人情報取扱事業者に助言、勧告、命令を行うに当たっては、表現の自由、学問の自由、信教の自由および政治活動の自由を妨げてはならない
〔適用除外〕放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関▽著述を業として行う者▽大学その他の学術研究を目的とする機関、宗教団体、政治団体▽「報道」とは、不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせることをいう
〔罰  則〕主務大臣の命令に違反した者は、6月以下の懲役または30万円以下の罰金に処する

【行政機関個人情報保護法】
〔目 的〕行政機関における個人情報の取り扱いに関する基本的事項を定め、個人の権利利益を保護することを目的とする
〔苦情処理〕行政機関の長は、個人情報の取り扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない
〔罰  則〕行政機関の職員がその職権を乱用して、職務の用以外の用に供する目的で文書、図画または電磁的記録を収集した時は、一年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する

【独立行政法人等個人情報保護法】
〔罰  則〕独立行政法人等の役員、職員またはこれらの職にあった者が正当な理由がないのに個人情報ファイルを提供した時は、2年以下の懲役または100万円以下の罰金に処する

【情報公開・個人情報保護審査会設置法】=略
【行政機関個人情報保護法施行に伴う関係法律整備法】=略