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■「中央調査報(No.549)」より

 ■ 消費税率「2ケタ」に、高齢者の課税強化も

時事通信社 経済部 高橋 浩之

 政府税制調査会(首相の諮問機関)は6月17日、中長期の税制改革方針を示した「少子・高齢社会における税制のあり方」(中期答申)をまとめ、小泉純一郎首相に提出した。少子高齢化に伴い、今後ますます膨らんでいく社会保障費を賄うため、高齢者自身も含め国民各世代に負担増を求める厳しい内容で、10-15年以内に訪れる大増税の予告編と言えそうだ。具体的には、消費税率の「2ケタ」への引き上げをはじめ、所得税の諸控除縮小、住民税の引き上げ、相続税の課税対象拡大などが盛り込まれている。
 政府は答申を受け、高齢者の年金課税強化から順次実施したい考えだが、景気の動向や政治状況と密接に絡む問題だけに、増税が思惑通りに進むかどうかは不透明だ。

◆背景に危機的財政
 政府税調が増税を求める背景には、危機的な財政事情がある。国税収入はバブル期の1990年度に記録した60兆1000億円をピークに減少に転じ、2002年度は43兆8200億円にまで落ち込んだ。デフレ不況の長期化で今後も低迷が続くと見られる。03年度予算では、歳出総額81兆7800億円に対し、税収の見積額は41兆7800億円。税収は実に、歳出の半分程度しか賄えない状況にある。
 税収減を穴埋めするため、借金である国債の発行額は膨らむ一方だ。小泉首相は就任時に公約した30兆円枠を守ることができず、03年度は当初予算ベースでは過去最高の36兆4400億円に上った。国債とその他の借入金を合わせた国の債務残高は02年度末時点で668兆円に達しており、「ハイパーインフレが起きない限り、元利償還は不可能だ」(民間エコノミスト)との見方さえ出ている。
 歳出面では、少子高齢化の進展に伴い、社会保障費は年々増大していく見込みだ。厚生労働省の試算によると、年金給付費は02年度の44兆円から25年度には84兆円にまで膨れ上がるという。また、同じ年度どうしの比較で、医療費は26兆円から60兆円、介護費は5兆円から20兆円にそれぞれ増加する。
 年金に関しては、基礎年金部分の国庫負担割合を現行の3分の1から、2分の1に引き上げることが既に法律で決まっている。仮に04年度から引き上げれば約2兆7000億円が必要になる。しかし、財源をどこから調達するか決着していないため、引き上げは先送りされつつある。引き上げなくても高齢化は進んでいくため、負担は毎年約1兆円ずつ増えていくという。
 石弘光会長(一橋大学長)は「社会保障制度を持続可能なものにしていくためには、国民すべてが負担を分かち合うことが必要だ。嫌なことを先送りしていては将来は乗り切っていけない」と、増税の必要性を強調する。だが、デフレ不況の出口が見えない状況で増税を押し切れば、景気を一段と冷え込ませ、国民の将来不安を増幅させる可能性がある。以下、中期答申が提示した増税メニューについて問題点を探った。

◆高齢者も応分の負担

 中期答申は世代間の負担の公平を図る観点から、年金を受給する65歳以上の高齢者への増税を打ち出した。高齢者は公的年金等控除や老年者控除により、実質的に所得税を減免されているが、これらの優遇措置を抜本的に見直し、各人の経済能力に応じて負担を求めることにした。
 公的年金等控除は、年金収入のうち少なくとも年間140万円を課税対象から除外するというもの。老年者控除は、年間50万円を一律に所得から差し引くもので、年収1000万円以下の高齢者が対象だ。このほか、すべての世代に共通する基礎控除や配偶者控除などの適用も受けるため、高齢者の課税最低限は現役世代よりもかなり高くなっている。
 65歳以上の夫婦世帯の課税最低限は、年金以外に収入がない場合は285万円。年金にプラスして給与収入がある場合は、給与所得控除という別の控除が適用され、さらに高い354万円となる。65歳未満のサラリーマン夫婦世帯の課税最低限が156万円であるのに比べると、高齢者がいかに優遇されているかが分かる。
 厚労省の国民生活基礎調査によると、高齢者世帯のうち、給与や事業収入があるのは全体の約2割。これに対し、収入を年金に依存している世帯は約75%に上り、同世帯の平均年間所得は267万円。多くの世帯は課税最低限を下回っているため、所得税の負担がゼロで済んでいる。
 中期答申は、現代の高齢者像について「積極的に社会活動に参画し、経済的にも現役世代と遜色のない者がいる」と指摘。その上で「年齢だけで一律に優遇する税制のゆがみを見直す」と強調し、公的年金等控除や老年者控除を縮小する方針を示した。
 答申は高齢者をひとくくりに弱者ととらえることを否定したわけだが、この考え方は01年に閣議決定された「高齢社会対策大綱」に依拠している。同大綱は「健康面でも経済面でも恵まれないという旧来の画一的な高齢者像にとらわれることなく施策の展開を図る」と宣言している。
 政府は、高齢者増税を最優先課題に位置付けており、早ければ04年度税制改正で実現を図りたい考え。ただ、政府内では財政支出を抑制するため、年金給付の大幅カットが議論されており、高齢者にとってダブルパンチとなるのは必至。中期答申はこうした事情に配慮し、年金だけで細々と生活する低所得者の負担増とならないように制度改正を進める方針を明確にしている。
 答申はまた、夫に先立たれた妻などに支給される遺族年金についても、現行の非課税扱いをやめ、課税対象に組み入れるよう求めた。収入が遺族年金のみの場合には、課税最低限を超えないため、負担増にはならないが、不動産所得など他の収入がある場合には、合算した上で課税されることになる。
税収の推移図

◆消費税率、北欧では25%
 答申が示した増税項目のうち、最も国民に与えるインパクトが大きいのが消費税率の「2ケタ」への引き上げだ。間接税である消費税は、所得の有無や高低に関係なく、子供から高齢者まで負担がのしかかってくるからだ。
 消費税は89年度から導入され、97年度に税率が3%から現行の5%に引き上げられた。02年度の消費税収は9兆8000億円で、税収全体の2割強を占めている。ここ数年の不況下でも10兆円前後で安定的に推移しており、消費税は景気変動によるぶれが小さい税目と言える。
 このため、政府税調や財政当局は、増大する社会保障費を賄う「基幹税」として、消費税に大きな期待を抱いている。中期答申は「税率引き上げに際しては、国民の理解を得るため社会保障支出との関係を明確に説明することが必要」と指摘し、間接的表現ながら消費税収を福祉目的に充当するよう求めた。
 仮に税率を1%上げれば、税収は2兆5000億円近く増加すると見込まれる。税率を2ケタに引き上げ、消費税収が20兆円を超える規模になれば、それだけで社会保障費をカバーできる可能性が出てくる。
 現行税率の5%は、国際的に見ると低い部類に入る。「高福祉・高負担」で知られる北欧が最も税率が高く、スウェーデン、デンマークが25%、ノルウェーが24%、フィンランドが22%となっている。欧州連合(EU)加盟国は、欧州理事会指令で税率を15%以上とするよう定められているため、イタリア20%、フランス19.6%などと軒並み高い水準だ。
 アジア地域では、中国が17%、韓国、インドネシア、フィリピンが10%で、2ケタ税率となっている。1ケタはタイの7%、日本、台湾の5%、シンガポールの4%。米国は州、郡、市が個別に小売売上税(ニューヨーク市の場合8.25%)を課税しているため、日本と単純に比較することは難しい。
 中期答申は、所得が低くなるほど負担が重くなる消費税の「逆進性」を緩和するため、税率を2ケタにする際の検討課題として、食料品などへの軽減税率の採用を挙げた。海外では、スウェーデンやフランスなどが標準税率の半分以下の税率を食料品に適用。イギリスやカナダなどは食料品を非課税としている。
 ただ、税率が複数になると、徴税手続きが煩雑になるほか、どの品目を軽減税率の対象にするかという線引きが大きな課題となることから、政府税調や自民党内にも「単一税率が望ましい」との意見は根強い。「高級食材のキャビアが非課税で、日用品のトイレットペーパーが課税というのは変だ」(政府税調関係者)との指摘もある。


◆「次の内閣の仕事だ」
 今後の焦点は、消費税率がいつ、何%に引き上げられるかだ。小泉首相は再三にわたって「わたしの在任中は引き上げない。次の内閣の仕事だ」と明言している。しかし、引き上げに向けて外堀を埋めようとする動きが目立つ。
 塩川正十郎財務相は5月、財政制度等審議会の公聴会で、首相が今秋の自民党総裁選で再選され、06年秋まで任期を与えられることを前提に、新しい総裁に代わった07年度にも消費税率を引き上げる可能性に言及した。しかも、法改正など引き上げに必要な準備を、小泉首相の在任中から進める必要があるとの認識を示した。
 また、日本経団連は独自にまとめた税制改革の意見書で、第一段階として税率を8%程度に引き上げ、07年度までに10%、25年までに18%程度に引き上げるよう提案。政府の経済財政諮問会議の民間議員も15%程度への引き上げが必要と主張している。自民党税調内でも「2ケタ税率は検討しなければならない」(相沢英之会長)などと、引き上げの方向性を容認する空気が広がりつつある。
 石会長は「消費税率の引き上げなくしてプライマリーバランス(財政の基礎的収支)の均衡はあり得ない」と強調する。政府は10年代初頭に同バランスの黒字化を目標にしており、遅くともそのころまでには引き上げが必要というわけだ。増税幅について同会長は「税率10%でも財政破たんを免れるかどうか分からない。10%は最低ラインだ」として、税率が10%を大幅に超過する可能性を示唆している。
 税率を一気に2ケタに乗せるか、日本経団連が提案するようにまず8%程度にしてから段階的に引き上げるかは、実体経済の動きや財政状況をにらみながら、時の政権が判断することになろう。ただ「段階的引き上げのほうが、国民の抵抗感も小さいし、軽減税率を設定しやすい」(財界筋)との声が出ている。


◆専業主婦の優遇見直しも
 中期答申は、高齢者だけでなく現役世代に対しても所得税の増税を求めた。その1つがサラリーマンの給与の約3割を経費とみなす給与所得控除の縮小だ。
 同控除は、源泉徴収のサラリーマンと、幅広く経費が認められている自営業者や農家などとのバランスをとるために設けられている。これをカットすれば、サラリーマンにとっては大きな痛手だ。
 答申は代替措置として、実際にかかった経費を確定申告させる案を示しているが、納税者に事務的負担を強いることになる。答申は退職金課税の強化も打ち出した。現行制度では勤務年数が長いほど優遇され、在職20年を超えると、控除の基準額が大幅に増える仕組みになっている。転職の増加などで終身雇用が主流だった雇用形態が変化したことに対応し、政府税調は勤務年数に関係なく課税の平準化を図りたい考えだ。
 答申はまた、現役世代が公的年金の掛け金を払う際に適用される社会保険料控除に上限を設ける方針も明記した。少子高齢化で掛け金は値上がりしていく見込みだが、逆に控除が認められる範囲は狭くなる方向だ。答申は、公的年金等控除などの縮小と合わせ、支払い、受け取りの両段階で年金関連の課税強化を求めたことになる。
 さらに、答申は家族扶養に関する控除の見直しも掲げた。主として専業主婦の夫に適用される配偶者控除(年38万円)については、「片稼ぎを一方的に優遇する措置は適当でない」として、廃止も視野に入れて見直す必要があるとの認識を示した。これに対し、自民党内には「専業主婦も家事や育児で重要な役割を果たしている。答申は価値観の押し付けだ」(閣僚経験者)といった反発の声も出ている。
 一方、答申は少子化対策の一環として、子育て世帯を対象とした減税を検討する方針を示した。子供の数に応じて所得税を一定額減らす案が浮上している。米国では17歳未満の子1人につき年600ドル(約7万円)、英国では人数にかかわらず16歳未満の子がいれば年529ポンド(約10万5000円)がそれぞれ所得税から減額されている。
 所得税収は、度重なる減税や不況に伴う所得低下で減少傾向にある。02年度の実績は14兆8000億円で、バブル期の91年度に記録した26兆7000億円の半分程度の水準にまで落ち込んだ。政府税調が子育て減税を除いて増税方針を示したのは、各種控除で生じている空洞を埋め、税収の回復を図るためだ。
 これまでは直接税と間接税のバランスを取る観点から、消費税導入や5%への税率引き上げに際して所得税減税が実施されたが、石会長は「もう抱き合わせはできない」として、直間ともに増税の必要性を強調する。政府税調内には、各種控除の見直しの前に、小渕政権が景気対策として始めた定率減税の廃止を求める意見もある。

◆法人税は「基幹税たり得ず」
 答申は法人税について、将来的には引き下げの方向を示した。法人税収の下落も深刻で、ピーク時の89年度には19兆円近くに上ったが、02年度は9兆5000億円と19年ぶりに10兆円を割り込み、初めて消費税収を下回った。石会長は「もはや基幹税たり得ない」と、今後は法人税には期待しない考えを示している。
 しかも、法人税は増税が困難な環境にある。企業が税金の安い海外に生産拠点などを移しているためだ。国際的な法人税の引き下げ競争が加速すれば、日本としても追随せざるを得なくなるとの見方が大勢だ。ただ、個人に増税を求め、企業だけ減税することに対しては、国民の強い反発が予想される。
 答申は住民税の増税も明記。所得額に応じて課税される所得割の控除縮小のほか、定額部分の均等割の引き上げと専業主婦の非課税措置廃止を求めた。現在は相続件数の5%程度にとどまっている相続税課税については、課税最低限を引き下げて対象者を増やす方針を示した。政府税調は、公的介護などが充実したことから、遺産をもっと社会に還元すべきだとの考え方に立っている。


◆歳出改革が前提
 石会長は「答申は国民へのメッセージ。10-15年先の税制のあるべき姿だ」と増税の実現に意欲を見せる。しかし、国民に負担増を強いる以上は、政府が徹底した歳出改革を行い、行政のムダを排除することが前提となる。また、少子高齢化は税制だけで対応し切れる問題ではない。増税、保険料の引き上げ、給付削減などの全体像がいったいどうなるのか、政府は早急に国民に示す必要があろう。(了)