中央調査報

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■「中央調査報(No.560)」より

 ■ 消費生活に関するパネル調査の紹介と概要

(財)家計経済研究所 研究員 坂本 和靖

1.パネル調査について
 パネル調査の「パネル」とは、調査対象として「固定された」対象者の集合のことを意味する(『統計学辞典』(竹内啓編、東洋経済新報社))。他の調査(一時点のみのクロスセクション調査など)と異なり、このパネル調査では、同じ個人(あるいは世帯)に対して、継続的に調査を行うという特徴をもっている。
 これにより、個人に起こる変化(転職、離職、結婚、出産、離婚など)を時系列的に観察することができる。例えば、転職を選択した人々が、転職前にどれだけの収入を得ていて、どのような職種に就いて、仕事に対してどれだけの満足を抱いていたのかを捉えることができる。また、同様に転職以降の収入、満足度についても観察できる。
 多くのクロスセクション調査では、就業継続する人と転職する人との違いを見る時、既に転職した人と、就業継続している人との収入や就業年数、職種の平均の差をみることしかできない。実際に転職などを考える人にとっては、どのような人が転職を選択し、その選択の結果、生活がどのように変化したのかを知りたいものである。これを可能にしてくれるのがパネル調査である。
 回顧調査(過去に遡って質問する調査)からも同様な事が可能であるが、時間が経過しすぎるとその記憶も曖昧になってしまい正確さに欠ける。パネル調査では、転職を選択する前後の就業に関すること以外の他の情報(子供が生まれた、家を買ったなど)を捕捉することができるため、幅広い視野から選択する上での条件を考慮することができる。

2.調査内容と方法
 「消費生活に関するパネル調査(JapanesePanelSurveyofConsumers、JPSC)」は、1993年より始まり、現在に至るまで毎年追跡調査を行っている。JPSCの調査対象者は、層化2段無作為抽出法により、全国からサンプリングされた1、①1993年に24~34歳の女性1,500人(コーホートA)、②1997年に24~27歳の女性500人(コーホートB)、③2003年に24~29歳の女性836人(コーホートC)の3つコーホートから構成されている(図表1)。

図表1


 調査票は、主に無配偶票、有配偶票の2種類あり、1年以内に結婚した方には、さらに新婚票にお答えいただいている。調査項目は、消費をはじめとして、収入、貯蓄、就業、住居、生活上の出来事、生活意識と非常に多岐にわたっている。
 継続的な調査協力を求めるため、初年度の回収率は高いとはいいがたいが、第2年度以降の回収率は90%台と非常に高い(図表2)。
 JPSCにおける大きな特徴の一つは、20~30歳代という、結婚、出産などの大きなライフイベントを迎える時期を捕捉できる点にある。特に女性の場合、結婚や出産が彼女たちの就業生活、消費生活に与える影響が大きいため、その選択には様々な条件が考慮の範囲となりうるし、またその選択の結果、個々どのような就業・消費生活を送るようになったのか観察することができる。

図表2


1 詳細は家計経済研究所編『消費生活に関するパネル調査』各年度版参照。


3.調査結果
 ここでは、コーホートAとコーホートBを分析対象として、就業変化に関する分析を行った。
 JPSCでは、調査初年度から働いており、調査期間内2においてずっと同じ会社につとめ続けた人は424人(35.1%3)、残りの783人(64.9%)は途中年度で離・転職を経験している。
 さらに、調査期間途中から就業し始めた対象者を加え、転職・新規就業者、離職者数をみると、それぞれ各年度に200人前後、100人弱となり(図表3)、また個人レベルで就業変化回数を確認すると、転職・新規就業経験者の約半分以上が2回以上、多い場合は8回にもわたって、転職・入職を繰り返しており、就業変化が活発であることわかる(図表4)。

図表3/図表4

 前の会社を辞めた理由をみると、転職の場合、「収入が少なかった」、「労働条件が悪かった」、離職の場合、「結婚のため」、「出産・育児のため」に回答が集中している(図表5)。

図表5

 前の会社を辞めた理由・新しい会社を選択した理由別に転職者の収入の変化、生活満足度4の変化をみると、収入が大きく下落していたのは、「結婚のため」、「子どもが欲しいので」、「妊娠のために体を気づかって」などの結婚、出産を契機とした転職理由であった(図表6)。家事・育児時間の増大に備えて(あるいは直面し)、就業時間を抑えるため、正規就業からパート・アルバイトなどの非正規就業に移っていることが考えられる。また、「人員整理」、「解雇」などの非自発的に会社を辞めた場合、その後に転職できたとしても、給与が減少している。

図表6

 生活満足度変化では、「結婚のため」、「出産育児のため」を理由とした場合、満足度は下降する傾向にあり、ライフイベントを契機とした就業変化は女性にとって、精神的にも負の影響を与えていることがうかがわれる。同様に非自発的な辞めた理由の場合、転職前に比べて収入だけでなく、満足度も下降している。
 会社を辞めた理由、会社を選択した理由を合わせて考えると、上記した他に大きく分けて2つのパターンに分類できる。第一に、「収入が少なかった」、「良い仕事の条件がみつかった」、「給与がよい」、「管理職になれる」などを理由に挙げた場合、収入は上昇するものの、生活満足度は下降する傾向にあった(上昇指向型)。第二に、「仕事内容に興味がある」、「勉強、留学のため」を理由とした場合、収入は減少するが、満足度は上昇する傾向にあった(自己実現型)。
 その他には、「拘束時間が少ない、残業が少ない」、「労働時間が自由になる」を会社選択の理由とした場合、収入が減少するだけでなく、満足度も下降してしまう例など、予想範囲内の結果が得られないものも、いくつかあった。より安定的な結果を得るためには、前職の職種、就業時間などの関係も考慮に入れる必要があると考えられる。
 次に、結婚を機に、正規就業から(非正規就業への)転職・離職(「寿退社」)する人と、継続就業する人との差異についてふれる(図表7)。
 個人的属性において、継続就業している方が、相対的に学歴が高く、町村居住率が低い結果となっている。また就業上における差異では、相対的に継続就業者の方が、1,000人以上規模の企業、官公庁での就業率が高く、育児休業の取得資格保有者の割合も高くなっており、ファミリーフレンドリー制度が結婚時における就業継続に影響している結果が得られた。
 母親の就業が娘の就業行動に与える影響をみるために5、母親が専業主婦であったどうか6を比較すると、僅差であるが、離職・転職者の方が専業主婦率が高いことが確認できた。母親の社会的地位が就業中断に何らかの影響を与えていることが考えられる。
 このように、同一個人を追跡したパネル調査を用いることにより、就業変化前後における収入の変化、満足度の変化などを捕捉することが可能となる。これに付随して、消費や貯蓄などの家計行動の変化との関連も観察することができる。
 なおJPSCでは、女性だけでなく、有配偶票において、その配偶者に関する調査項目も含めているため、男性の就業変化も捕捉することが可能である7

図表7


2 途中脱落したものも含む。
3 初年度に働いていた人数1,207人で割ったもの。
4 生活全般に関する満足であり、就業生活に限ったものでない。
5 白波瀬佐和子(2002)「女性就業決定への世代効果」、国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障と世代・公正』所収。
6 回答者が0~20歳の間、母親が外に働きにでなかったかどうか(働いていなかった=1、働いていた=0)。
7 樋口美雄・江種浩文(2000)「転職者の賃金変化」、家計経済研究所編『現代女性の暮らしと働き方』所収。


4.おわりに
 JPSCは今年で12年目を迎えることができた。調査開始より、毎年欠かさず、調査にご協力くださる調査対象者、並びに中央調査社のご尽力の賜物である。記して感謝するものである。
 10年分の調査結果が蓄積したことを受けて、この4月に経済学、家政学、社会学の様々な視点からの実証分析をまとめた、『女性たちの平成不況』(樋口美雄・太田清・家計経済研究所編、日本経済新聞社)が刊行された。印象論などではなく、実際に刻み込まれたライフヒストリーは、現代女性、家族を考察する上で、非常に示唆に富むものであると自負している。是非ともご一読いただきたい。