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■「中央調査報(No.572)」より

 ■ 社会調査および公共利用データをめぐるいくつかの問題
              -全国家族調査(NFRJ)からの問題提起-

稲葉昭英(首都大学東京)

 公共利用ミクロデータの乏しさが一貫して指摘されてきたわが国であるが、この数年についていえば、日本版GSS(JGSS)など当初から公共利用データの作成を目的とする調査も実施されるようになってきた。日本家族社会学会による全国家族調査(NFRJ)もそのひとつである。本稿では、NFRJの活動を簡単に紹介しながら、活動を通じて浮上してきた、多くの調査関係者が共有すべき2つの問題について論じてみたい。


1 全国家族調査(NFRJ)とは

 全国家族調査(NationalFamilyResearchofJapan;以下、NFRJと略)とは、日本家族社会学会によって企画・実施された日本の家族に関する包括的な調査である。表1のように、第1回調査(NFRJ98)は1998年10月に標本抽出(10,500人)、99年1月に実査(n=6,985)、第2回調査(NFRJ03)は2003年10月に標本抽出(10,000人)、04年1月に実査(n=6,306)を終了した。第3回調査(NFRJ08)は2008年10月に標本抽出、09年1月に実査が予定されている。


表1


 このほか、2002年に特別調査として「戦後日本の家族変動に関する調査」(NFRJs01)(抽出標本5,000、回収票n=3,475)が行われている。現在(2005年6月)、NFRJ98は東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターのSSJデータアーカイブ註1を通じて大学院生および研究者向けに公開されており、NFRJs01もまもなく同様に公開される予定である。NFRJ03は学会内で共同利用が開始されたところであり、やはり数年以内に研究者向けの公開が予定されている。
 NFRJ98,NFRJ03はいずれも標本抽出年内に28-77歳になる全国の男女を対象とした、留置による自記式調査であり、同様な調査項目を調査毎(5年間隔)に継続的に用いて趨勢的な変化をとらえることを基本的な目的としている(実査は中央調査社)。これに対してs01は戦後日本の家族変動に大きく焦点をあてているために独自項目を多く含んでおり、NFRJ98やNFRJ03との連続性は低く、留置法による自記式調査であるが、女性のみを対象としている。
 NFRJの実質的な企画・実施は学会内に設置された全国家族調査委員会によって行われている。学会が主体となって大規模な学術調査を実施するのは、社会学に関するかぎり、おそらく近年では珍しいことであるように思われる。その構想が日本家族社会学会においてはじめて明確な企画として提示されたのは1994年のことであり、99年の実査まで5年、2001年のデータ公開までそこから2年、成果の刊行(渡辺秀樹・稲葉昭英・嶋崎尚子編『現代家族の構造と変容:全国家族調査(NFRJ98)』東京大学出版会、2004年)までさらに3年、じつに企画から第1回の調査が一区切りするまで10年を有したことになる。
 NFRJ98の経緯や成果については正岡(2001)、石原(2001)に詳しく、また基礎情報と論文を集約したものとして前掲の『現代家族の構造と変容』が刊行されているので参照願いたい。また、データについての情報や調査票などはNFRJホームページを参照頂きたい註2
 現在、NFRJはJGSSなどとともに、社会学を中心とした研究者にひろく利用されている(NFRJ98はのべ104名がこれまでに利用。利用成果もNFRJホームページで見ることができる)。データの質、調査デザインなどにいまだ検討の余地はあるとはいえ、学会主導で公共利用データを作成しようという試みは、ひとまずは成功しているといってよいと思われる。一方で、以下にみるように、NFRJに限定されない、社会調査および公共利用データの作成に共通の問題の存在が明らかになってきた。


2 標本抽出の問題

2.1 台帳の閲覧拒否問題

 NFRJは当初から研究者が利用可能な良質のデータを作成・提供することを目的に企画された。良質なデータの条件には、当然のことながら標本の代表性、すなわちサンプリングの適切性が重要なウェイトを占める。
 この点でNFRJ03においては深刻な事態が発生した。NFRJ03は都市規模によって国内の自治体を4層にわけ、それぞれから国勢調査区基本単位区を対象に地点抽出を行い、抽出された地点から1地点あたり19名を基準に標本抽出を行っている。ところが、奈良県下のいくつかの自治体から台帳(住民基本台帳、選挙人名簿とも)の閲覧を拒否されてしまったのである。
 台帳閲覧拒否の根拠とされるのは、奈良県戸籍住民事務協議会が定めた「住民基本台帳等の閲覧等に関する事務取扱要綱」(昭和61(1986)年6月1日施行)である。同要綱によれば、国および新聞協会等への登録機関以外、台帳の閲覧は許可できないという。学術調査であっても、あるいは学会が主体となっている調査でも、この規程にあてはめれば閲覧は許可できないと判断されることになる。
 われわれは様々なルートで働きかけを試みたが、最終的に拒否の決定を覆すことはできなかった。この結果は、学会主体の大規模学術調査といえども台帳閲覧が拒否されることを改めて認識させるものであった。個人情報保護法が2005年に施行され、また住民基本台帳閲覧を性犯罪に利用した事件(2005年、名古屋市)などが報道されることで、ますます住民基本台帳の閲覧は制限される傾向にあり、今後は台帳拒否の姿勢をとる自治体は増加していくことが予想される。
 ただし、奈良県戸籍住民事務協議会は新聞協会に登録されている機関であれば閲覧を許可している。新聞協会は新聞社108、通信社4、放送事業社(テレビ、ラジオ)31、計143団体からなる法人である。つまり、新聞社やテレビ局が行う世論調査には台帳閲覧を許可するが、学術調査には台帳の閲覧を許可しないということなのである。いうまでもなく、新聞社などのマスコミに比して学会や学術調査への評価が低く、信頼が置かれていないことの結果であり、また学会側(の連合体)からの働きかけが不足していることがこのような事態を招いたことは否定できない。
 自治体の職員や首長にとってみれば学会や学術調査との接点は小さく、その必要性や存在意義を感じる契機は少ない。必要性や存在意義がもっと実感されていれば、現状は異なっていたかもしれない。かといって、現状を一方的な無理解や誤解に基づくものとして片付けることもまたできない。学術調査といいながら、何を目的としてどのような成果があがったのか不明な調査は枚挙に暇がないし、回答者のプライバシーや心情を逆なでするような調査項目について回答を求めたり、膨大な時間をかけて調査票への回答を強いたりといった「調査公害」の存在は否定できない。研究者側にも十分反省すべき余地はあるはずである。


2.2 台帳閲覧拒否への対応

 台帳閲覧拒否という事態への対応はほぼ二つに限定される。ひとつは、台帳の閲覧が拒否された場合の次善の標本抽出方法を洗練させ、遜色のないものとすることである。もともと、住民票が存在しないアメリカでは電話帳を用いた標本抽出や、無作為に電話番号を抽出して行う電話インタビュー調査、地点の住宅地図から対象者を抽出する(リスティング)などの方法が使用されている。
 しかし、これらの方法は住民基本台帳に基づいた標本抽出に比較すると台帳の精度の問題があり、標本抽出法としては精度を欠いたものとなってしまう。実際にマスコミや国の調査が住民基本台帳を用いた標本抽出をしているのであれば、この方法を用いることのできない学術調査は標本抽出の精度という観点からデータとしてより低い評価をうけることになるだろう。少なくとも国や新聞協会が台帳閲覧を許可されているのであれば、代替の抽出法を検討するというこの選択は得策とはいえない。
 もうひとつは、なんとかして台帳閲覧拒否を阻止することである。これは、学会レベルで自治体および国に働きかけることよりほかにないだろう。台帳閲覧拒否によって深刻な打撃をうける研究者は社会学者のみならず、社会福祉学者、経済学者、政治学者、統計学者と多岐にわたるだろう。これらの研究者が所属する学会が協力して学術調査協会(仮称)のような組織をつくり、たとえば、①過去に顕著な業績をあげているグループによる企画であり、②成果が学術的および社会的な意義をもち、③一定期間後にデータを研究者に公開する、④倫理綱領を遵守するという誓約書を提出している、などの条件を満たしている限り、「公共学術調査」として認定し、その認定があるかぎりにおいて自治体が台帳の閲覧を許可するようなしくみをつくれないだろうか?
 もちろん、審査をどのように行うのか、実査終了以降の活動をどのように把握するのかという問題はあるけれども、このような学会の連合体と、公共性のある学術調査としての認証という方法をとらないかぎり、台帳閲覧拒否という流れに対処することは不可能ではないかと思われる(現在の基本的な流れは、台帳閲覧を原則拒否、自治体の判断で許可を認めるという方向にあるようだ)。このことは結果として「質の低い」調査の出現を阻止し、調査公害を減らす効果をもつのではないかと思われる。

3 データ管理の問題

3.1 信頼性・妥当性の情報

 NFRJ98では学会が責任主体であるという性格上、調査企画に関心をもつものを学会員から募り、研究会を組織し、調査票に掲載する項目の検討を行った。
 このように、多数の人間が項目の希望をだしあって調査票を作成するという作業は、当然のことながら効率よく遂行することは難しく、時間をかけても「誰もが満足する」形をとることは難しい。しかし、ここで問題にしたいのはむしろ最終的な調査票の適切性に関する情報、つまり信頼性や妥当性に関する情報である。
 NFRJの調査票はいわゆる専門家が中心となって調査項目の選定を行っているが、実査を終了してみるとやはり適切とはいえない項目が含まれていることが判明する。おそらく、これはNFRJに限らないことだろう。「問題がある」と判断できるひとつの基準は、データ・クリーニングの際の論理エラーの多さである。筆者はNFRJ98のクリーニング作業にも従事したが、出産・育児退職を中心とした職業移動に関する項目や、離家にかかわる項目はこうした疑問を感じさせるものであった。
 問題は、このような「疑問項目」に関する情報が必ずしもデータ利用者全員に行き渡らないという点である。そもそも、疑問項目が調査票上に含まれていること自体が調査の威信を損ねるものであるから、こうした情報を出すことのほうが希であるといえる。
 一方、こうした情報が提示されなければ、データ利用者は項目を疑うことなく使用する。ましてや、学会が責任主体となっている大規模調査であれば、こうした疑いが持たれること自体難しいのかもしれない。さらに、博士号取得などの資格要件を満たすために短期間でデータの分析を終了し、成果を投稿しなければならない研究者も多く、そうした場合には分析に使用する変数の細かな検討まで行わないことも多い。
 概して項目の信頼性や妥当性が検討されるのは合成尺度としての使用が想定される項目群についてであって、属性に関わる項目や尺度化が想定されていない個別項目についてはそこまでの検討がなされないことが多い。また、こうした項目に関してデータ利用者が分析の過程で疑問を感じた場合でも、その情報がデータ管理者にまで届くことは少ない。


3.2 調査項目についての情報の開示

 もちろん、こうした現状を放置しておくことは問題である。しかし、この問題解決は簡単ではない。データの作成はコストの多い作業であるが、以上の問題は、それに加えてデータの作成者がこうした項目情報の収集・管理・提供まで行う必要があることを意味している。単純にこの労力は大変なはずであるが、こうした作業はデータの作成・公開後も継続しなければならない点が問題である。そもそもデータ作成時には存在した組織がその時点で解散している場合も出てくるだろう。さらに、こうした業務は自分で作成したデータの問題点を自分で開示することを意味するから(こうした良心は不可欠なのだが)、動機付けを保つことも難しい。これらの作業が要求されることになると、データ作成者に公開を思いとどまらせる誘因ともなるだろう。結局、これらの作業はデータを寄託しているアーカイブが担当するよりほかにないと思われる。
 しかし、こうした項目についての情報はデータ・クリーニングの作業から得られることも多い。当然のことながらこの情報はデータの作成者しか持ち得ない。クリーニング作業は調査会社に委託することが多いから、正確にはこれらの情報は調査会社が保有しているというべきなのかもしれない。少なくともデータ作成者は調査会社にクリーニングに関する情報を必ず請求し、その内容を分析した上で、すみやかにその情報を開示することが求められるだろう。第2次クリーニングを自分たちで行う場合には、当然その情報も開示の対象となる。
 データの作成者はこれらの情報を含めてアーカイブに寄託し、アーカイブ側はそうした情報の開示や周知に努めなくてはならない。これはアーカイブにとっても負担であるには違いないが、この業務をデータ作成者に負わせることは事実上難しいだろう。
 一方、公共利用データの利用者は、こうした項目に関する情報が開示されていない可能性があることに常に留意しなければならない。公開されているデータであっても、測定項目の信頼性や妥当性に問題が存在することがあり得るという、いわば自明の命題をあらためて自覚しておく必要がある。そして、項目に関する問題情報はすみやかにアーカイブなどに報告することが望まれる。この作業は、いわばデータ利用者がデータ作りに協力する作業ともいえる。
 もちろん、研究者コミュニティも発表された論文を妥当性や信頼性をふくめて厳しくチェックすべきである。同時に、クリーニングをはじめとするデータの項目レベルの情報について、確実に共有し、蓄積していく努力が望まれる。

4 終わりに

 NFRJデータを紹介しつつ、その実施過程で浮上した2つの大きな問題点を取り上げて論じた。これらの2つの問題――住民基本台帳閲覧拒否問題と、不適切項目に関する情報開示の問題――は、いずれも複数のデータ作成者同士の情報交換、協力が不可欠であること、そこには調査会社やデータアーカイブの役割も大きいことを物語っている。これまでは公共利用データを作成し、蓄積することがまず求められ、そこで問題になるのはデータ作成者のコストや利用者のフリーライダー問題、あるいは公共利用データを利用することの弊害などに関する議論であった。どちらかといえば公共利用データへの関わりが評価や研究自体に及ぼす影響という、いわば公共データの是非それ自体をめぐる議論であった。
 これらの問題はもちろん重要であるけれども、一方で本稿が指摘したような公共利用データの質を維持する、質を高めるためにすべき努力や議論もまた今後必要といえるだろう。


【註】
(1)
SSJデータアーカイブのURLは以下である:
http://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/
(2)
NFRJ委員会のホームページのURLは以下である:
http://www.waseda.jp/assoc-nfroffice/index.htm

【文献】
 
石原邦雄,2001「NFRJ98と現代日本家族の分析」『家族社会学研究』13(1):9-20.
 
正岡寛司,2001「家族変動と新しいスタイルのデータ」『家族社会学研究』13(1):21-33.
 
西野理子・稲葉昭英,2004「調査の目的と調査票の構造」第14回日本家族社会学会大会報告要旨集
  (テーマセッション『第2回全国家族調査(NFRJ03)についての中間報告』)54-55.


《動向》
 
 総務省では、「住民基本台帳の閲覧制度等のあり方に関する検討会」を開催し、閲覧制度等について、有識者による専門的な検討を行うことになった。

1 趣旨
 
 住民基本台帳は、昭和42年の住民基本台帳法制定時から、住所を公証する唯一の公簿として、原則公開とされ、閲覧制度が設けられてきました。その後、個人情報保護の観点から、昭和60年及び平成11年の改正により、閲覧の対象を氏名、住所、性別及び生年月日からなる台帳の一部の写しに限定するとともに、不当な目的によることが明らかなとき又は不当な目的に使用されるおそれがある場合等には閲覧の請求を拒否できることとする制度的整備が行われました。
 閲覧制度は、現在でも、行政機関等の職務上の請求のほか、世論調査、学術調査、市場調査等に幅広く利用されているところですが、一方で、社会経済情勢の変化や個人情報保護に対する意識の変化などから、その見直しを求める意見が寄せられているところです。総務省では、これらを踏まえて、住民基本台帳の一部の写しの閲覧制度のあり方について検討を行うこととします。
 併せて、住民基本台帳に基づいて調製される選挙人名簿の抄本の閲覧制度のあり方等の課題についても検討を行うこととします。

2 検討事項
 
 ○閲覧制度を存続させるべきか
 
 ○存続させる場合に、閲覧できる主体と目的をどのように考えるべきか
 
 ○個人情報保護の観点からどのような閲覧方法が考えられるか
 
 ○選挙人名簿抄本の閲覧制度をどう考えるか
 
 ○その他

3 検討会スケジュール
 
 平成17年5月11(水)に初会合を行い、平成17年秋を目途に検討結果を整理し、公表します。
(総務省のホームページより)