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■「中央調査報(No.579)」より

 ■ 2006年の日本の政治
          -小泉首相退陣、新政権発足へ-

時事通信社 政治部  高橋 正光    

 2006年の日本政治の最大のイベントは9月の自民党総裁選だ。小泉純一郎首相は総裁任期の延長を繰り返し否定しており、退陣が確実視される。人気・知名度で抜きん出る安倍晋三官房長官(51)の動向と昨年の衆院選圧勝でなお高い求心力を維持する小泉首相がだれを後継に推すかが総裁選の焦点だ。


◇改革路線継承へ布石
 自民党内の一部には、「小泉人気」の下で当選した議員が改選を迎える07年夏の参院選は苦戦が予想されることから、「改革の総仕上げ」を大義名分に小泉首相の続投を望む声もある。実際、1986年7月の衆参同日選を大勝した中曽根康弘首相(当時)の総裁任期が1年延長された例もあるが、小泉首相に関しては、退陣を明言する発言を額面通りに受け止める空気が支配的だ。
 小泉首相は6日の時事通信社などの新年互礼会で、ほとんど予想できなかった昨年のプロ野球ロッテの優勝や正月の箱根駅伝での亜細亜大の勝利を引き合いに「とかく予想は難しいが、今年必ず当たる予想がある。それは私が退陣することだ」と9月退陣を改めて明言した。ただ、小泉首相は、自らが敷いた構造改革路線は後継首相に引き継がせたい考えで、そのための布石も着々と打っている。
 政府は国家公務員の5年で5%以上の純減や政府系金融機関の統廃合の方針などを盛り込んだ「行政改革推進法案」を20日召集の通常国会に提出、政権が代わっても改革が後戻りしないようたがをはめるほか、6月には経済財政諮問会議で中長期的な財政健全化に向けた歳出・歳入の一体改革をまとめる方針だ。さらに自らの主導で「ポスト小泉」を決めたいようで、後継をうががう実力者に改革を競わせつつ「候補者が決まれば投票日までにだれを支持するか発表する」と後継者を事実上指名する考えだ。
 政権末期にも関わらず5割台の高い内閣支持率を維持し、派閥入りが進んでいるとは言え、なお多くのチルドレン(衆院当選1回議員)に影響力を持つ小泉首相が後継者を決めれば、総裁選の行方を左右しかねない。


◇後継レース、通常国会後に本格化
 自民党内でポスト小泉の有力候補とされるのが、麻生太郎外相(65)、谷垣禎一財務相(60)、福田康夫元官房長官(69)、安倍氏のいわゆる「麻垣康三」だ。このほか、山崎拓前副総裁(69)が出馬に意欲を示す一方、「小泉改革」を牽引してきた竹中平蔵総務相(54)の名前も挙がるが、同氏自身は「その意欲はない」と出馬を否定している。
 「麻垣康三」のうち、福田氏を除く3氏が閣内にいることから、総裁選に向けた党内の動きが本格化するのは、6月18日が会期末の通常国会閉幕後とみられる。現時点では、安倍、谷垣両氏は総裁選対応について「内閣のスポークスマンとして改革推進に全精力を注ぎ、判断はその後」、「06年度予算案の審議もあり、先のことを言えば鬼が笑う」などとそれぞれ明言を避けており、福田氏からは表立っての発言は聞かれない。出馬への意欲を隠さないのは「(立候補に必要な推薦人)20人が集まれば出る覚悟は決まっている」と言う麻生氏だけだ。
 政府・与党は通常国会の前半は、石綿(アスベスト)対策や耐震偽装問題への対応などを盛り込んだ05年度補正予算案や06年度予算案の早期成立に全力を挙げ、後半では、行革推進法案、高齢者の窓口負担増が柱の医療制度改革関連法案、女性・女系天皇を容認する皇室典範の改正案、マンションの耐震偽装問題を受けて罰則などを強化する建築基準法改正案などの処理に追われることになる。


◇安倍氏が本命
 「麻垣康三」のうち、自民党内で「本命」とみられるのが安倍氏だ。その理由は参院選を控え国民的な人気が高い最大派閥の森派出身で、派閥を超えて中堅・若手の支持も期待できる小泉首相の言動から安倍氏を後継者に考えている節がうかがえる―ことなどだ。
 総裁選は、ひとり1票の国会議員票(407)と都道府県連に割り当てられ党員投票で決まる地方票(300)とで争われる。安倍氏出馬となれば党員投票で有利とみられるほか、同じ森派から福田氏が立っても派内からかなりの支持を見込める。さらに、各派とも結束が弱まっており、派の方針に関係なく多くの中堅・若手議員が世代交代を唱えて安倍氏支持に回ることも予想される。
 また、小泉首相が昨年の内閣改造で、安倍氏を政権の要で幕引き役となる官房長官に起用したことや、森派会長の森喜朗前首相が安倍氏の「温存論」を唱えるや、直ちに「逃げてはだめだ」と出馬への期待感を語ったことなどから、政府・自民党内では「小泉首相は後継に安倍氏を考えているのではないか」(閣僚の一人)との見方が根強い。こうした状況に「安倍氏が出馬すれば、他の陣営は候補者を一本化しないと勝負にならない」(閣僚経験者)との声も漏れる程だ。
 これに対し、麻生、谷垣両氏とも出身(河野グループ、谷垣派)が20人を下回る小派閥で、「基礎票」で安倍氏に劣る。また、福田氏は森派所属で派閥を超えて多くのベテラン議員の支持が期待できるものの、高齢で「党の顔」として国民へのアピールに劣ることや、小泉首相とのぎくしゃくした関係もマイナス要素だ。福田、安倍両氏とも立てば、派を二分しての戦いとなる。


◇消費税、アジア外交が争点
 通常国会が閉幕すれば、党内は一斉に総裁選に走り出すが、現時点で争点になりそうなのが、「消費税」、「アジア外交」、「世代交代」などだ。これらのテーマで、「麻垣康三」は微妙に立場を異にする。消費税では谷垣氏が、財政再建を急ぐ立場から、07年の通常国会への法案提出に意欲を示すなど早期引き上げを目指すのに対し、安倍、麻生両氏は、引き上げが具体化すれば歳出削減の努力が緩みかねないなどの判断から、行革や歳出削減を徹底的に行うのが先との立場だ。
 また、中韓両国との関係悪化を招いた小泉首相の靖国神社参拝に関しては、安倍、麻生両氏は明確に支持。谷垣氏は評価を避け、超党派の「国立追悼施設を考える会」に所属する福田氏は批判的とされる。敢えて色分けすれば、これまで自身も参拝してきた安倍、麻生両氏は、首相になっても参拝を継続する可能性がある対中「強硬派」。谷垣、福田両氏は、参拝を自粛するとみられる対中「融和派」とも言える。出馬に意欲を見せる山崎氏は、アジア外交の立て直しを柱に山崎派としての政策提言をまとめる意向を示している。
 さらに、安倍氏が仮に立候補を見送っても、より若い石原伸晃前国土交通相(48)らの出馬や中堅・若手議員が独自候補擁立に動く可能性もあり、世代交代も争点となりそうだ。
 注目されるのは安倍氏の動向だが、党内では「最終的には出馬に踏み切る」と見る向きが多い。というのは、安倍氏の父親の晋太郎元外相は、盟友の竹下登元首相に先を越され、宰相の座を目前に病死しており「首相を狙うチャンスなど何回もないことは安倍氏自身分かっている」(自民党関係者)とみられるからだ。安倍氏は、秘書として父親に仕えその無念の思いを分かっており「『人生にそうチャンスはない』と、何人かの方が親父に言っていたことをしっかり胸に刻み頑張る」と語っている。
 安倍氏にとっては、官房長官の職務を着実こなし、総裁選まで高い人気を維持することがレース本番までの課題だ。

◇日朝は9月までが勝負
 一方、外交面では、中韓両国との関係、月内にも始まる北朝鮮との拉致問題、核やミサイルなど安全保障、「過去の清算」を含めた国交正常化―の3分野での並行協議の行方。自衛隊の撤退も含めたイラク問題などが注目点だ。
 小泉首相は、靖国参拝を外交カードに利用する中韓両国を批判しており、小泉政権下での関係改善は期待薄。新規国債発行の30兆円枠の復活など就任時の公約履行にこだわる首相周辺からは、「今年こそは終戦記念日に靖国を参拝する」との声も漏れるなど、一層の関係悪化すらありえる状況だ。新政権が発足する9月以降に、関係改善に動き出せるかが焦点で、総裁選の結果で左右されることもありそうだ。
 逆に、日朝協議は9月までにどこまで進むかがポイントだ。小泉首相は2回も訪朝するなど諸懸案を解決しての国交正常化を目標に日朝関係の改善に熱心で取り組んできたが、仮に対北強硬派の安倍氏が首相になれば、協議の難航は避けられそうにない。小泉政権下で決着をはかるべく拉致問題で誠意ある対応を示すのか、ブッシュ政権が交代するまでは米朝、日朝関係を動かす気がないのか。日朝協議の行方は、北朝鮮の出方にかかっている。
 さらにイラク問題で首相は、自ら派遣を決めた自衛隊派遣は、自分の政権のうちに撤収させ区切りをつけたい意向とされる。早ければサマワを含む南部のムサンナ州の治安維持にあたる英軍やオーストラリア軍に合わせて5月にも撤収に入る可能性もある。日本の積極的な貢献を期待する同盟国の米国との調整が課題だ。このほか、ロシアとの領土交渉は、昨年のプーチン大統領来日時に進展がみられなかった以上、停滞は避けられそうにない。国連安保理常任理事国入りでも、米国との協調重視に方針転換したが、展望は開けそうにない。


◇民主党も代表選
 民主党の前原誠司代表の任期も9月で切れ、代表選挙が行われる。前原氏が再選を目指し出馬するのは確実とみられるが、集団的自衛権の行使を容認し中国脅威論を唱えるなど「自民党以上に右寄り」と言われる外交・安保政策や、小泉首相のようにトップダウンを好む政治手法、若手重視の党運営などから、党内では急速に反発が広がっている。特に横路孝弘衆院副議長ら旧社会党グループからは「前原再選支持はあり得ない」との声が聞かれるほどだ。
 小沢一郎前副代表も「政策面で先に進んでしまって、どうやって自民党との違いを出すのか」と前原氏に批判的で、代表選出馬も考慮している。昨年9月の代表選で前原代表に惜敗した菅直人前代表も、「団塊の世代」に焦点を当てた政策作りを進めるなど出馬をうかがっている。
 前原氏は「巨大与党」との初の本格対決となる通常国会を、「安全国会」と位置付け、マンションなどの耐震強度偽装問題で政府・自民党の責任を追及するとともに、相次ぐ児童殺傷や鉄道事故などで具体案を示し、対決を挑む方針だ。論戦の中で国民にアピールできないようでは、再選に黄色信号が灯りかねない。さらに、今年前半に自らの主張に沿った安全保障政策をまとめられるかでも指導力が問われることになり、代表選の行方は不透明だ。
 このほか、公明党も秋に大会を開く。神崎武法代表、冬柴鉄三幹事長のコンビは前身の「新党平和」時代を含め在任が8年になり、執行部人事が焦点。冬柴氏の交代は動かないとみられ、神崎代表の去就が焦点だ。「太田昭宏代表、北側一雄幹事長」や「神崎代表、太田幹事長」などが取り沙汰される。冬柴氏は、入閣が有力だ。

(了)