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■「中央調査報(No.579)」より

 ■ 2006年の日本の経済
             -カギ握る個人消費-

時事通信社 経済部次長  近藤 泉    

 政府は昨年8月の月例経済報告で、景気の基調判断を「企業部門と家計部門がともに改善し、緩やかに回復している」と上方修正し、踊り場からの脱却を宣言した。その後も堅調な海外経済を背景に輸出は順調に拡大、企業業績の好転が家計に波及する理想的な回復シナリオが続いている。しかし、2006年は構造改革路線を進める小泉政権の締めくくりとして、定率減税の縮減や年金保険料の負担増が家計を直撃する。「緩やかな景気回復」のシナリオは、個人消費がこうした負担増を吸収できるどうかにかかっている。


◇攻めに転じる企業
 1月4日の東京証券取引所。晴れ着姿の証券レディの姿が例年以上に目立った大発会で、日経平均株価は昨年末比250円11銭高の1万6361円54銭と急反発し、2000年9月以来5年4カ月ぶりの高値を付ける幸先の良いスタートを切った。
 活況な株式相場は、百貨店などの好調な「初売りセール」が伝えられ、個人消費の拡大を中心に今年は国内景気の回復軌道がさらに上昇を続けるとの期待を映し出している。
 内閣府が昨年暮れ発表した05年7-9月期の実質GDP(国内総生産)成長率の改定値は、物価変動を除いた実質で前期(4-6月期)比0.2%増と3期連続のプラス成長となった。速報値(0.4%増)から0.2ポイント下方修正されたものの、旺盛な需要を背景にした在庫の減少が大きな押し下げ要因となる一方、設備投資と個人消費は上方修正され、「むしろ民間需要主体の回復イメージが強まった」(第一生命経済研究所)と言える内容だ。7-9月期は年率換算で1.0%増(速報値1.7%増)。残り2・四半期が横ばいだった場合でも、05年度の実質成長率は2.5%増と政府見通しの1.6%増を大幅に上回る。
 足元の景気がここまで改善したのは、バブル崩壊後の日本経済の重しだった設備、雇用、債務の「3つの過剰」の調整を終え、企業が攻めの経営に乗り出しているためだ。
 まず設備投資だが、日銀の12月の企業短期経済観測調査(短観)によると、大企業の05年度設備投資計画は前年度比10.4%増と1990年度以来の高水準となった。このうち製造業は17.3%増。非製造業は7.0%増と9年ぶりのプラス転換を見込む。全産業全規模ベースでも9.1%増で、前回調査から比べると製造・非製造業、大・中小企業とすべての部門で設備投資計画が上方修正された。
 設備投資の活性化は、内需の拡大と輸出の回復に伴う活発な生産活動に支えられている。11月の鉱工業生産指数速報(2000年=100、季節調整済み)は一般機械や輸送機械の増加が全体を押し上げ、前月比1.4%上昇の103.5と00年以降で最高の水準となった。前月を上回るのは4カ月連続。一般機械は発電所用ボイラーなどの伸びで5.4%上昇し、輸送機械も北米や欧州地域向けの普通乗用車の増加を背景に3.8%上昇した。
 在庫調整の進展もプラス要因。経済産業省の在庫循環図は、生産の足を引っ張っていたIT(情報技術)関連の在庫調整が05年9月には終了し、在庫を積み増す動きが出始めていることを示している。全体でも、出荷が膨らんで在庫が減少した結果、「出庫・在庫バランス」はプラスに転じ、今後は在庫積み増しのための設備投資につながる兆しが出始めた。


◇雇用環境も改善
 また、これまで企業は雇用調整を優先していたが、05年後半からは逆に雇用人員の前年比プラスが定着。11月の完全失業率(季節調整値)は4.6%と前月比0.1ポイント上昇し、完全失業者数は前年同月比2万人増の292万人と2年7カ月ぶりに増加したが、これは有利な条件での転職を求める人の増加が主な要因で、就業者数は同22万人増の6344万人と好調だった。厚生労働省の11月の有効求人倍率(季節調整値)も0.99倍と前月比0.01ポイント改善した。
 雇用の先行指標とされる新規求人数も前年同月比3.9%増と好調。産業別では医療・福祉が18.4%、飲食店・宿泊業が10.9%、卸売・小売業が10.2%それぞれ増加した。
 雇用環境で注目されるのは、企業が固定費削減のために進めてきた正社員からパートタイム労働者への「置き換え」の動きに歯止めが掛かりつつあることだ。就業形態別の常用雇用者指数(全産業ベース)を見ると、00年以降低下の一途をたどっていた一般労働者が05年に入ってわずかながら反転する一方、パートタイム労働者が減少に転じている。これには、いわゆる「団塊の世代」が大量定年を迎える07年を前に安定的な労働力を確保しておきたいとする企業側の事情も働いているもようだ。
 こうした労働需給の変化を受け、日本経団連は今年の春闘に臨む経営側の方針「経営労働政策委員会報告」の中で、「企業の競争力を損ねることなく、働く人の意欲を高める適切なかじ取りが望まれる」と指摘した。柴田昌治副会長(日本ガイシ会長)も記者会見で、経営環境の好転を踏まえ「労働条件改善の原資が豊かな会社が増えたのは事実」と述べ、春闘では賃上げ交渉が復活する環境が整ってきたとの認識を表明した。組合側も製造業を中心に賃上げを正面に据えて春闘に臨む構えで、雇用環境の改善とともに堅調な個人消費を下支える材料がそろいつつある。


◇輸出に鈍化の兆し
 02年1月を起点とする現在の景気回復局面がこのまま続けば、今年11月には「いざなぎ景気」を追い抜き、戦後最長となる。今回の回復の特徴は、①海外経済の拡大と緩やかな円安を支えに輸出企業を中心とする大企業製造業が景気をけん引②大企業から中小企業、製造業から非製造業へと回復傾向が拡大③企業部門から家計部門へと好影響が波及――という「正のスパイラル」にある。
 しかし、今年はその回復の着火点だった輸出に鈍化の兆しが出始めている。08年に北京五輪を控えている中国はインフラを中心に堅調な固定資産投資が期待されるため、大きな落ち込みは考えにくい。これに対し、米国は、個人消費が引き続き底堅く推移することが見込まれているが、リード役だった住宅投資は金利上昇の影響を受けて減速は避けられない。
 米連邦準備制度理事会(FRB)が1月3日に公表した昨年末の連邦公開市場委員会(FOMC)議事録によれば、米経済全般について各委員は「11月の会合時よりも一段と堅調」との認識を共有した。ただ一部委員は原油などエネルギー価格の高騰に加え、「経済資源の使用増大がインフレ圧力を高める恐れがある」として、人件費増大などによる物価上昇への懸念も表明している。
 一方、議事録は今後の金融政策について、ほとんどの委員が「今後必要となる追加利上げは大幅にはならないだろう」と指摘していたと説明。また、「金融緩和政策を慎重なペースで解除できる」との従来の文言を「若干の慎重な金融引き締め」に修正し、FRBが利上げ打ち止めを視野に入れていることを示唆した。こうしてみると、04年6月以来の米国の利上げ局面は、終盤を迎えつつあるとみて間違いなさそうだ。
 米国経済・金融政策の動きを受け、05年後半から円安・ドル高の動きを強めた為替相場は今年、日米金利差の縮小を反映する形で円高圧力が高まりそうだ。これに伴い、円安による為替差益を享受してきた輸出関連企業の企業収益も頭打ちとなり、「戦後最長の景気回復」実現のための要因のひとつがはく落する公算が大きい。

◇しのび寄る家計負担
 05年7-9月期の実質GDP改定値で、個人消費は0.4%増(速報値0.3%増)と上方修正され、一見すると「輸出依存型から内需主導型」の景気回復への移行が実現したかのようだ。百貨店やスーパーの今年の初売り商戦も軒並み前年実績を大幅に上回る好調な売り上げを記録。個人消費がさらに拡大することへの期待が高まっている。
 しかし、今年は定率減税や法人関係の政策減税の縮減のほか、年金保険料の引き上げなどが控えている。これらを合わせた家計の負担増は年間2兆5000億円前後に達すると試算され、個人消費の先行きに影を投げかけている。
 最も重いのは、所得税と個人住民税を合わせ、年間最大29万円を軽減している定率減税の縮減・廃止だ。サラリーマンの場合、所得税が1月から、住民税が6月からそれぞれ差し引かれる。今年は定率減税を半減、07年には全廃の運び。年収700万円のサラリーマン世帯(夫婦子ども2人)の負担額は今年4万1000円、全廃される来年は8万2000円増えることになる。
 また、法人減税では研究開発減税の上乗せ措置(1100億円)とIT投資減税(5100億円)を廃止。代替する情報システム・セキュリティー投資減税などは減税規模を5分の1程度に縮小する。不動産取引に掛かる登録免許税や不動産取得税の軽減措置(減税規模約3650億円)も、土地の売買など一部を除き、廃止・縮小する。
 酒税体系の見直しでは、現行の10種類の酒類分類を「蒸留酒類」「醸造酒類」「発泡性酒類」「混成酒類」の4分類に簡素化。同一分類に区分けした酒類の税率格差を縮めるため、06年5月から、350ミリリットル1缶当たりでビールの税額を0.7円引き下げる一方、「第3のビール」の税額を最大3.8円引き上げる。7月にはたばこ税の増税により、主力銘柄は20本当たり20円の値上げとなる見通しだ。
 社会保障関係では、年金制度改革で保険料率を段階的に引き上げることが決まっている。国民年金は4月から、厚生年金は10月からそれぞれ引き上げられ、負担増は5000億円に達する見込み。10月にはさらに、70歳以上の高所得の医療費自己負担が2割から3割に引き上げられるほか、長期入院患者の食費・居住費が自己負担となる。高齢者以外も高額療養費の自己負担限度額引き上げが予定されている。
 ニッセイ基礎研究所が都内に住む43歳のサラリーマンと専業主婦の妻、高校生と小学生の4人家族を想定し、所得税と個人住民税のほか、健康保険、介護保険、厚生年金保険、雇用保険を合計した06年の年間負担額を試算したところ、年収500万円の世帯は05年比2万5000円多い80万8000円へ、年収700万円では同4万9000円増の128万4000円となる。国民全体の負担増は締めて「2兆5000億円」に上るという。


◇内需主導型へのシフト試す年に
 原油価格の上昇も不安要因のひとつ。これまでは企業がかなりの部分を吸収していたがそれも限界に近付きつつあり、これ以上価格高騰が続けば消費価格への大幅な転嫁は避けられない。記録的な寒波で燃料需要がうなぎのぼりの実情を考えると、原油価格の上昇は家計の消費マインドを一気に冷やしかねない。
 こうしてみると、06年は日本経済が海外経済依存型から脱し、内需主体の景気回復に名実ともにシフトできるかを試す年になりそうだ。そのカギを握る個人消費に不透明要因は少なくないが、支援材料もある。最大のネックだった不良債権問題がほぼ解消したことで金融セクターが大きく改善、信用機能が正常化しつつあることだ。
 全国銀行協会の前田晃会長(みずほフィナンシャルグループ社長)はメガバンクの05年9月中間期最終利益が前年同期の21.8倍と過去最高となったのを受け、「日本の大手行は厳しい試練を経てやっと立ち直った」と復活を宣言。大手各行は06年3月期も不良債権処理費の大幅な低下や貸倒引当金からの多額の戻りなどにより、最高益を更新する見込み。
 メガバンクを中心に企業再生や富裕層向け資産運用サービスなど、新たな収益源を開拓する動きが出始めている。これが企業収益の好転や資産価格の上昇を通じ家計の購買力向上につながれば、海外経済の動きに左右されにくい体質への改善は急ピッチで進むだろう。

(了)