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■「中央調査報(No.580)」より

 ■ ミシガン大学夏期講習に参加して

調査部  木庭 雄一    

1.はじめに
 私は2005年6月から7月にかけて、米国ミシガン大学社会調査研究所(Institute of Social Research at The University of Michigan)が毎年開催する“Summer Institute in Survey Research Techniques(調査技法に関する夏期講習)”に出席する機会を得た。このサマーインスティチュートは、第二次大戦後間もない1948年より毎年開講されており、昨年が第58回目であった。
 厳しさを増す日本の調査環境の中にあって知的バックグラウンドの強化を図りたいと考え、同講習への参加を検討していた。そこで担当業務に区切りがついたため、参加することとなった。

2.ミシガン大学と社会調査研究所(通称ISR)について
 ミシガン大学は1817年にミシガン州デトロイトに設立された。その後、現在のアナーバー市に移転し、全米でも屈指の規模を誇る総合大学として現在に至っている。ロースクールやビジネススクール、経済学、医学などを擁する多くの専攻分野で全米トップクラスの評価を得ている大学である。
 ISRは、1949年に、ミシガン大学の社会調査関係のセンターを統合する上部組織として設立された。ISRは、サマーインスティチュートや大学院を管轄するサーベイ・リサーチ・センター(Survey Research Center)、人口問題研究センター(Population Research Center)、グループ・ダイナミクス・センター(Research Center for Group Dynamics)、政治研究センター(Center for Political Studies)、より広く社会科学全般のサマーコースと社会調査データアーカイヴを収集・保存・貸与などを行っている ICPSR(Inter-University Consortium for Political and Social Research)によって構成され、それぞれが多くの研究者を抱えている。米国において、ミシガン大学社会調査研究所は、シカゴ大学のNORC(National Opinion Research Center)と並んで社会調査の総本山ともいえる機関である。ISRでは、時々日本の経済紙(誌)でも引用される「ミシガン大学消費者信頼感指数」を算出している“Surveys of Consumers”や“Detroit Area Studies(DAS)”など多種多様な調査を実施している。

3.サマーインスティチュートについて
 サマーインスティチュートでは、毎年、サンプリングや調査票設計、データ収集法、Web調査法から無回答データの研究など、調査に関わるあらゆる大学院レベルの科目を30科目以上開講している。期間は1週間から8週間までと色々あり、基本的に先着順で申し込みを受け付けている。
 このサマーインスティチュートに参加するのは、主としてミシガン大学の他専攻のPh.Dコースの学生と、実務で統計学や調査に携わる社会人である。Ph.Dコースの学生は、調査法の入門コースや調査票の設計コースなどに多く、そろそろ博士論文のための調査を考え始めた博士2年目・3年目辺りの学生達であった。 社会人は、その多くが米国または各国の国勢調査などの担当官僚であり、その大半がサンプリングのクラスやデータ分析法のクラスを取っていた。調査会社に属するものは、かなり少数であった。そのためか、カリキュラムも実務のノウハウではなく、調査法の理論、フレームワークを重視する傾向が強かった。


4.実際の講義について
 私は、当初Introduction to Survey Research Techniques(調査技法入門)とQuestionnaire Design(設問設計)とData Collection Methods(データ収集法)の3科目を履修登録したが、色々検討した結果、データ収集法の履修をやめ2科目だけの履修とした。久しぶりに学生に戻った私には、結果としてこれでよかったようである。 また、私は単位習得を目指さない聴講生(Visiting Scholar)であったが、それは単位習得をする場合、学費が3倍以上高くなるためであった。試験やレポートなどはほかの院生たちとまったく同様に取り組んだ。


 (1)調査技法入門クラス
 週4日8週間、午前中の2時間のクラスである。先生は共にミシガンで博士号を取得した米国人女性の先生が2人で交互に担当していた。ISRの先生達が書いた“Survey Methodology”という本をテキストに使用し、調査の基本を実務の流れに従って教えていく形式の講義である。この講義の特徴は、第7週目にアナーバーサマーフェスティバルの開催される街中で、各自の聞きたいことを調査票に落としてオムニバス調査として実施する点である。 私はミシガンに来て調査員をやるとは予想していなかったので戸惑ったが、できるだけ自分の英語力が回答者の心証を害さないようなテーマとして、米国人なら皆が知っているであろう「陪審員制度」について2問設問を作る事にした。クラスメートたちも、それぞれ自分の専門分野の設問を考えていたが、信仰や人種差別、グローバリゼーションについての設問など、日本ではやや聞きにくそうなテーマが組み込まれ、まさにオムニバス調査という感じであった。
 真夏のサマーフェスティバルの2日間で、私は20名程の通行人に声を掛け、12票完了できた。恐らくは宗教的義務感から協力してくれた対象者に、深く感謝したい。第8週は、皆で集めたオムニバスのデータをSPSSに落として分析し、そのレポートが最終レポートとなった。私の設問は、第1問「陪審員経験の有無」と第2問「マイケル・ジャクソンの無罪評決への評価」で、結果として陪審員経験の有無は、マイケル・ジャクソンの無罪評決への評価に、統計的有意差をもたらさなかった。
 講義に加えて毎週のレポート提出、中間テスト、最終テストなどもあり、かなり盛りだくさんな講義であった。この講義は調査の初心者向けのため、実務的な内容もたくさん織り込まれており、調査の大変さを改めて実感することが出来た。フォーカス・グループについての講義の際は、「悪い例」として被験者同士がトピックを外れて口論を始めてしまう実例を聴いたり、電話調査(CATI)での対象者拒否や苦情電話の事例を聴いたりもした。
 また、ゲストスピーカーも多かったが、社会学のBill Axinn教授は、質的調査と量的調査を1つのプロジェクトで行う事例を説明した。Axinn教授の専門は家族社会学で、ネパールをフィールドとして少数民族家族の婚姻形態と開発の影響などエスノグラフィー(民族誌)研究をしている。伝統的な分類で言えば、「質的調査」の側の人である。 しかし、このゲスト講義のリーディングリストの副題は、「民族誌的手法の統合によりサーベイデータの質を向上させる」である。つまり、「量的調査か質的調査か」ではなく、相互補完的に手法を活用していくというものである。今後こういった形態の社会調査プロジェクトは、日本でも益々増えていくであろう。講義の後にAxinn教授に質問したら、書き上げたばかりの著書をPDFファイルで頂く幸運に恵まれた。

 (2)設問設計クラス
 もう一つのクラスは、設問の構造を心理的側面から検討を行う内容の講義であった。講師は統計・調査のコンサルタントとして仕事をしつつ、ミシガンなど英米やアジアの色々な大学(院)の集中講義を掛け持ちながら世界中を飛び回っている米国人女性講師であった。
 こちらの講義はより学術的な内容で、設問の形式、ワーディングの差異による回答のブレの起こる原因を検討することに主眼が置かれていた。設問の種類を、大きく事実(Factual)と態度(Attitude)の2種類に分け、これらの設問の特徴と回答のブレの種類とそれに対する対策を過去の理論や研究を元に考察するのであるが、 これも実際に設問を作成し被験者2名から得たデータを最終日に分析結果と共に発表することになっていた。何人かでチームを組むことになり、私は日本と異なるチームワークの概念に戸惑いつつ何とか課題を提出したものの、結果は芳しくなく、この点は唯一悔いの残る経験である。
 この講義の講師は、毎年第6週と第7週にもう一人の講師と交代し、英国の大学院の集中講義を教えに行っているそうである。大学と当人同士が了解すれば、そういうことも可能であるらしい。その期間は、ノースカロライナ州のRTI(The Research Triangle Institute)という調査会社の幹部が代講していた。
 この間の講義内容は、実際にRTIで行っている詳細な設問のプリテスト手法を習った。実務にもかなり役立つ興味深い内容であった。このプリテストの手法は、一言で言えば「チェックの段階を細分化し、複数の手法、異なる視点でシステマティックにテストする」ということである。チェックの手法自体は目新しいものではないが、そのシステムを社内で開かれたものにしている点は、参考になるであろう。
 また、この講義の柱の一つである「回答を得にくい設問」についても、かなり充実した内容の講義だった。「回答を得にくい」というのは、恐らくは世界共通で聞きにくいと認識されている「違法行為」や「性」に関する質問だけを指すのではなく、この講義で使用したテキストによれば、「(その共同体で認知されている)社会規範に抵触しているかどうか」となる。 例えば、未成年の喫煙状況やホームレスの人々の生活状況や意識を調べるのは、相当の調査技法の工夫が必要であろう。物理的な困難さ以外にも、例えば「日曜日には教会に行くべき」という社会規範が強い地域では、実際に教会には全く行っていなくても、「教会に行っている」と調査員に答える対象者は少なからずいるであろう(「教会に行っている」と答えるべきであると、過度に忖度する可能性が高い)。 社会規範に関する設問は、とりわけ多国間調査では充分な事前の把握と配慮が必要であろう。「どんな設問が回答を得にくいのか」を知るのは重要だが「なぜそれが回答を得にくい設問なのか」を知ることがより重要である。 この講義では、「こうすれば正しいデータが得られる」といったノウハウは学んでいないが、対象者が回答する際のプライバシーへの配慮や第三者的な視点での設問検討など、設問に関して俯瞰的な視点を得ることの出来た講義であった。

5.体験を振り返って
 ミシガンでの8週間は、予想以上に、社会調査に関して様々な知識を得ることができた経験であった。講義は密度が濃く、大学の学習環境は非常に恵まれており、久しぶりに学生に戻った私には、心地よい脳の疲労をもたらしてくれた。ただ体力面では、徹夜して本を読むと疲労困憊となることもたびたびであった。 アメリカの社会調査の現状は、日本のそれとはかなり異なるように見受けられるため、ミシガンで学んだことは日々の業務にそのまま日本で適用、応用できるものではない。しかし、今後の業務への取り組みに示唆を与えるものもかなりある。
 特に回収率の低下や対象者の協力拒否、若年層の回収数減などには、調査環境の悪化以外の理由も考えうるのではないかと、米国での調査技法の見聞を通して思うところもあった。
 前述の「回答を得にくい設問」は、日本の調査でも益々増えてきている。回答を得にくい内容であるから社会調査によるデータ収集を試みる場合や、時系列調査で、それまではそれほど問題ではなかったにもかかわらず、急激に回答内容がプライバシー侵害を想起させてしまうような場合もあるだろうが、いずれにしても調査技法の前例にとらわれない対応が求められているであろう。 回答を得にくい設問の場合、日本ではしばしば面前記入法が用いられるが、それの変形としてACASI(Audio Computer-Assisted Self Interview)の活用も考慮すべきだろう。“Audio”の具体的な機材は、ヘッドフォン付プレイヤーである。対象者はヘッドフォンで設問を聞き小型端末に回答の番号を入力するため、紙の調査票を調査員の面前で記入するよりも、対象者にとっての秘匿性が増すと考えられる。ただ、新しい調査技法の活用は、一企業が簡単に対応できるものではなく、業界としての対応が求められるのではないかと思われる。
 ミシガンでの体験をそのまま置き換えるのではなく、いかに日本での調査に適用しうるかに留意しつつ、今後の業務に取り組んでいきたいと考えている。



Groves, et al., "Survey Methodology,"2004, Wiley Series In Survey Methodology

Axinn, et al., "The Microdemographic Community-Study Approach: Improving Survey Data by Integrating the Ethnographic Method. "Sociological Methods and Research 20(2): 187-217.

Axinn, William G., Pearce, Lisa D., "Mixed Method Data Collection Strategies."
※Cambridge Univ. Pressより2006年7月に刊行予定である。タイトルや内容は、私がAxinn教授から頂いたものから変更される可能性がある。

Tourangeau, et al., "The Psychology of Survey Response," 2000, Cambridge: Cambridge University Press