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■「中央調査報(No.603)」より

■ 2008年の展望-日本の経済

           -「2つのリスク」にどう対処-

時事通信社 経済部次長  持田 譲二   

 日本経済は低空飛行ながら景気拡大を持続させてきたが、2008年は大きな試練を迎えそうだ。米国を起点として世界経済に暗雲を投げかけているサブプライムローン(低所得者向け高金利型住宅ローン)の不良債権化問題と、1バレル= 100ドルに達した原油価格の高騰。この2つのリスクをどう乗り越えて、内需主導の成長をいかに実現していくかが日本の課題となる。


◇ 対米輸出の落ち込みは必至
 日経平均株価はいきなり一時 765円安まで急落、円相場も1ドル=108円台まで急伸するなど波乱の幕開けとなった2008年の日本経済。年初の賀詞交換会でも「サブプライムローン問題や原油高など、米国経済が抱える問題が払しょくされないと厳しい」(コスモ石油の木村弥一社長)などと、「不安」を象徴する発言が目立った。日本経済は外需頼みで回復を続けてきたが、その頼みの綱である米国経済が大きく揺らいでおり、景気先行きに暗雲を投げかけている。
 「世界経済は過去30年以上の中で最も力強く拡大し、一段と均衡の取れたものになっている」。これは、2007年4月の先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で採択された声明の文言だが、わずか数カ月で、このバラ色のシナリオは米国でのサブプライム問題の表面化で完全に崩壊した。
 サブプライム問題は、米国の住宅バブル崩壊をきっかけに借り手が返済に行き詰まった不良債権問題だ。経済協力開発機構(OECD)の試算によると、世界の金融機関の被ったサブプライム関連の損失は最大で3000億ドル(約33兆円)に達する見通しで、米住宅市場の調整が長引けば、「失われた10年」で日本が経験した不良債権処理額の約100兆円に近づく可能性がある。 サブプライム問題は信用収縮を引き起こし、これまでのところ、その影響は、世界的な株価急落や欧米インターバンク市場などで金利のリスクプレミアム拡大といった金融・資本市場の変調に集中的に表れている。問題はこの先、米国の実体経済にどの程度響いてくるかだ。
 問題の引き金となった住宅バブルの崩壊が実体経済に波及していく経路は、①住宅ローン金利の改定期を迎え、有利な条件で借り換えられず、延滞が増加する②担保価値に連動した消費者ローンが減少し、消費が減退する③銀行や投資家のリスク選別が厳しくなり、一部企業が資金調達難に陥る-などが考えられ、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は年明けの講演で「2008年の景気見通しは悪化しており、下押しリスクは一段と顕著になってきた」と明言。エコノミストの間では、最近の雇用情勢の悪化などから、「米国のリセッション(景気後退)は現実となった」(米証券大手メリルリンチのデビッド・ローゼンバーグ氏)と囁かれ始めた。
 さらに、サブプライム問題はドル不信を招き、その裏返しとして円高が進行。対米輸出採算の悪化をもたらす。内閣府の調べでは、日本の主要企業の採算レートは1ドル=106円とされ、輸出型企業は収益を確保できるかどうかの瀬戸際を迎えそうだ。

◇ カギ握るアジア経済
 こうしたことから、日本の対米輸出の鈍化は確実視されているが、マクロ経済全体にどの程度響いてくるかという点では、強気派と弱気派が混在している。
 財務省の外国貿易概況によると、日本の輸出構造は1990年度時点ではアジア向けと北米向けがそれぞれ3割強と拮抗していたが、2006年度は中国を始めとするアジア向けが半分弱(47.5%)を占め、北米(24.3%)の倍近くのシェアを誇っており、日本の最大の輸出先は今やアジアだ。小島順彦三菱商事社長も「かつてのように米国一国時代ではなくなっている。(その他の市場に)底力はあるのだから、みんなが着実に力を出してゆけばよい」と強気な見方だ。
 中でも中国は「もはや、輸出依存型の『世界の工場』であるばかりでなく、成長を通じ国内に自律的な巨大市場を出現させた」(日本総研の高橋進副理事長)とされる。これは、米国の景気減速はアジア経済にはあまり響かないとの「デカップリング(非連動)」論に通じる。高橋副理事長は「米国の成長率が若干減速する程度ならば、自国経済と域内貿易が活発化しているアジア経済に支えられ、日本の輸出には問題はないだろう」と楽観的だ。
 もちろん、これに対しては異論もある。米国の景気減速はアジアの対米輸出を鈍化させる結果、アジア製の米国向け最終製品用として、部品など中間財を供給する日本にも響く恐れがあるからだ。日本の輸出動向は、アジアの域内経済が対米輸出の減少を補って余りあるほど、拡大するかどうかにかかっているが、MU投資顧問の森川央シニアストラテジストは中国について、「インフレが進行し、金融引き締めなど抑制的政策を取らざるを得ず、過度な期待はできない」と指摘する。また、景気の過熱化がバブルを生み出しているという懸念もある。

◇ 原油高騰、景気下押し要因に
 一方、サブプライム問題は原油や穀物など商品市況の高騰も招いている。米株式市場などから流出したヘッジファンドなどの大量の投機資金が、比較的小規模で値動きの激しい商品市場に流れ込んだためだ。米原油先物市場では年明け早々、指標となるWTIがついに、1バレル=100ドルに達した。
 省エネを誇る日本企業もさすがに悲鳴を上げており、特にその皺寄せは価格交渉力に劣り、立場の弱い中小企業に集中的に表れている。経済産業省の調査によると、窯業や石油製品、出版、運輸、クリーニングなどの業種を中心に原油高で「収益の悪化」に苦しむ中小企業は全体の 92.5%、「価格への転嫁ができない」は 61.1%にも上る。
 これに対して、大企業の間では、石油や穀物など原材料価格上昇分を製品価格に転嫁する動きが浸透し始め、その分、消費者の実質可処分所得の低下をもたらしている。昨年11月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比 0.4%上昇し、1998年3月以来の伸び率を記録。2カ月連続の上昇となり、コストプッシュ・インフレの兆しを見せ始めている。CPIを重視して追加利上げを模索してきた日銀だが、皮肉なことにCPIの上昇は景気下押し要因になる可能性が高く、利上げは一段と難しくなってきた。

◇ 低迷する個人消費
 外需に大きな不透明要因を抱えている以上、景気のカギを握るのは内需の動向だ。中でも国内総生産(GDP)の約6割を占める個人消費の回復が望まれるが、必ずしもその展望は開けていない。
 これまでの景気回復は、非正規社員の登用や賃金抑制など減量経営の下で企業が収益を回復させたという側面が強く、景気実感を高めるには「企業から所得への波及」が必要不可欠だ。しかし、政府は昨年12月の月例経済報告で、景気先行きについて、これまでの「企業部門の好調さが家計部門へ波及する」との文言を削除した。
 確かに2007年の所得・雇用環境は芳しくなかった。厚生労働省の勤労統計調査(1-11月)によれば、現金給与総額が前年比で増加したのは、8月と11月だけにとどまり、残りの9カ月は軒並みマイナスを記録。また、失業率は一時、4.0%まで上昇し、有効求人倍率は11月に 0.99倍と、2年ぶりに1倍を割り込んだ。
 これに対し、これまで収益拡大の下でも賃金抑制方針を貫いてきた日本経団連はようやくスタンスを修正。2008年春闘の経営側指針「経営労働政策委員会報告」で、「企業と家計を両輪とした経済構造を実現していく必要がある」と、初めて「家計への配慮」に言及。御手洗冨士夫会長は年明け後の記者会見でも「生産性が上昇して支払い能力がある企業は従業員への配分を厚くすることもあろう」と述べ、一定の賃上げを容認した。
 経団連が従来の強硬路線からやや軌道修正したのは、格差問題を背景に昨年の参院選で与党・自民党が惨敗したことが考えられる。ただ、米経済の減速や原油高など経営環境の悪化に企業がどう対処していくか次第で「賃上げ容認」は空手形に終わる恐れもある。
 賃金と並びパートタイマーら非正規社員の待遇改善も大きな課題だ。バブル崩壊後の平成不況を乗り切るため、企業は非正規社員を大量に登用。しかし、その後、業績の回復で正社員並みに仕事量が増えたにもかかわらず、待遇にほとんど変化はなく、格差は拡大するばかり。パートの正社員並み待遇は、パートの能力に応じて行えば、生産性の向上にもつながるはずだ。企業にとって、必ずしもコスト増の重荷とはならず、知恵が求められる。

◇ バラまき復活、改革後退
 個人消費を左右するもう一つの大きな要素には、高齢化社会の中での社会保障の安定化と、その財源としての税金のあり方が挙げられる。政府税制調査会は2008年度税制改革答申で、社会保障財源として消費税引き上げの必要性を強調した。
 しかし、その前提として納税者の理解を得るには徹底的な歳出のムダ削減が求められる。参院選での惨敗を受け、自民党の歳出圧力が高まった2008年度予算は、診療報酬の本体部分の4年ぶり引き上げなど特定の支持層を意識した歳出増や、バラまき政策が目立ち始めた。また、中長期的には多額の剰余金を抱えている特別会計を借金漬けの一般会計と一体改革したり、公共事業に対して、競争入札を全面導入したりというように課題は数多い。福田内閣はこれらの課題にどう取り組むのか明確な姿勢を示しておらず、「改革後退」の印象を内外に与えている。
 消費税は確かに有力財源だが、「中流の崩壊」が叫ばれる中、逆進性の高い消費増税は景気後退ばかりか、社会の荒廃も招きかねず、食品などの非課税項目の設定や、所得税などとの一体改革など慎重な検討が求められる。

◇ 「年後半回復」に一縷の望み
 2008年は不安材料が目立つものの、経営者の間では「前半は原油高などの不透明要因があるが、景気は上向く」(張富士夫・トヨタ自動車会長)などとして、「年後半回復」に期待をかける声が多い。その根拠の一つは、偽装問題を契機に建築確認審査の厳格化の影響で落ち込んだ住宅着工が徐々に「正常化」していくと見込まれることが考えられる。また、サブプライム問題に揺れる米国経済の先行きについても、カギを握る住宅着工について「下期から緩やかな増加に転じる」(伊藤忠商事調査情報室の北井義久氏チーフエコノミスト)として、後半には景気底入れするとの見方がある。
 しかし、米経済については楽観を許さない。サブプライムローンは証券化して、投資家に転売された分、貸し手は焦げ付きリスクを負わないため、通常なら貸せないような貧困層に対しても、過大なローンを組ませた結果、不良債権は予想以上に膨らんだ。さらに、格付け会社がリスクを見抜けなかったため、証券化商品全般に疑いの目が向けられ、評価損は様々な金融商品にも広がりつつある。
 FRBは2007年9月以降、金融緩和に転じ、欧州などの4中銀とも協調して金融市場への大量資金供給を実施したが、これらは金融市場の動揺を鎮める緊急策の域を出ない。問題解決には不良債権の売却を急ぐしかないが、サブプライム債権を組み込んだ資産担保証券(ABS)市場は売り一色で、「損切り」ですら難しい状況。問題は深刻化の一途をたどり、米経済が浮揚してくるには相当の時間がかかると考えた方がよさそうだ。