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■「中央調査報(No.615)」より

 ■ 2009年の展望 ―日本の経済
        ― 回復は期待薄、不安払しょく急務 ―

時事通信社 経済部次長  平 満   

 米国の低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローン問題に端を発した世界的な金融危機と不況。 その影響は「100年に1度」と形容されるほど深刻で、日本経済は2009年も厳しい状況が続きそうだ。輸 出の低迷に伴って企業収益が悪化し、それが生産や設備投資、雇用の減少を招き、消費にも波及。民 間シンクタンクのほとんどはマイナス成長を見込む。立ち直りのきっかけをつかむには、動揺する株式・為 替市場などが落ち着きを取り戻すことを含め、経済の先行き不安の払しょくが不可欠となる。

◇ 長引く金融危機の影響
 日銀が昨年12月中旬に発表した企業短期経 済観測調査(短観)。浮き彫りになったのは経営 者の急速な景況感悪化だった。景気が「良い」と 答えた企業の割合から「悪い」との回答割合を差 し引いた業況判断指数(D I)は、日本経済の大 黒柱である大企業製造業でマイナス24と前回 の9月調査から21ポイント低下、実に34年ぶ りの大幅な悪化を記録した。3カ月先の見通し はマイナス36とさらに悪く、今年序盤は不況 の深刻化が避けられない。
 世界経済をどん底にたたき落としたのは、昨 年9月の米証券大手リーマン・ブラザーズの経 営破綻(はたん)だ。サブプライムローン問題の 余波で変調を来し始めていた日本経済は、これ を機に主要国と歩調を合わせるように急坂を転 げ落ちた。サブプライム関連を含む証券化商品 の損失拡大で金融機関が打撃を受けたのに加え、 米景気の減速で同国向け輸出に急ブレーキがか かり、日本経済をけん引してきた自動車をはじ め幅広い業種で需要が減退したのが響いた。
 震源地の米国では、サブプライム問題の影響 を直接受けた金融機関は言うに及ばず、ゼネラ ル・モーターズなどビッグスリーと呼ばれる大 手自動車メーカーにも経営危機が飛び火し、事 態はなお悪化している。欧州諸国や、好調を持 続していた中国、インド、ロシアといった新興 国の市場も需要が軒並み減少。輸出頼みの日本 経済は逆風をもろに受けており、悪化に歯止め が掛からない状況だ。
 「景気は当面、悪化を続ける可能性が高い」。 白川方明日銀総裁は1月下旬の金融政策決定会 合後の記者会見で、景気がこの先一段と厳しさ を増すとの認識を示した。日銀は昨年12月の 同会合で、年0.3%から0.1%への政策金利引き 下げとコマーシャルペーパー(C P)買い取りな ど企業の資金繰り支援策を決定し、金融面から 景気を下支えする姿勢を鮮明にした。1月会合 では社債買い取りの検討も決めた。日銀の矢継 ぎ早の動きは、景気の下振れリスクの高まりに 強い懸念を抱いているからにほかならない。日 銀が見込む09年度実質経済成長率はマイナス 2.0%と、戦後最悪だ。
 厳しい景気認識は政府も同様で、与謝野馨経 済財政担当相は経済動向について「上振れする 状況は考えにくい」と言明。政府は日本の09年 度実質成長率をゼロと予測する。この見通しは 客観的な予想というよりも政策目標の色合いが 濃く、さまざまなてこ入れ策の効果を織り込ん だ上で弾き出している。裏を返せば、経済対策 を打たない場合にはマイナス成長を見込んでい ることに等しく、景気回復はしばらく望み薄と の政府の慎重な見方を如実に示している。

◇ 雇用不安が重しに
 先行き不安の大きな要因の一つは雇用情勢の 悪化だろう。代表例は自動車だ。日産自動車が 主に工場の生産ラインで働く派遣社員を3月ま でにゼロにするのをはじめ、国内メーカーは軒 並み非正規従業員の削減方針を打ち出した。期 間従業員などはもともと、需給に応じて低コス トで柔軟な生産体制が取れるようにするための 調整弁的色彩が濃いとはいえ、急な契約打ち切 りによる大量の失業者が社会問題化している。 経済3団体首脳が年頭所感で「雇用の安定に手 段を尽くす」(日本経団連の御手洗冨士夫会長) とそろって雇用に言及したのも、こうした事情 に配慮したものだ。
 ただ、有効求人倍率は公表済みの昨年11月 まで10カ月連続で前月実績を下回り、新規求 人の動きも鈍い。厚生労働省の調べでは、企業 のリストラなどに伴い昨年10月から今年3月ま でに計8万5000人の非正規労働者が失業する 見通しで、失業率は「今後も悪化が予想される」 (厚労省)という。ソニーが国内外で合わせて1 万6000人以上の人員削減を決めるなど雇用の 悪化は他の業種でも広がりを見せており、この 先一段と厳しさが増すのは確実だ。
 企業倒産が高水準で推移しそうなのも雇用の 不安材料。民間調査会社の東京商工リサーチに よると、08年の倒産件数(負債額1000万円以上) は前年比11.0%増の1万5646件と5年ぶりの高 水準となり、全国9地域すべてで増加した。今 年についても、前半こそ経済対策の効果でやや 落ち着くものの、「業績が回復しなければ、年後 半からは増加に転じてくる」としている。

◇ 頼みは輸出回復、カギ握る米市場
 景気回復に転じる一番のカギとなるのは、や はり米経済の立ち直りとみられる。同国への直 接的な輸出がもたらすプラス効果だけでなく、 主要な輸出先となった新興国の経済も米景気に 大きく左右されることがはっきりしたからだ。 新興国経済をめぐっては、米経済が減速しても 堅調を維持できるとする「デカップリング」論が 一時もてはやされたが、現実には急速な悪化を 免れなかった。グローバル化の進展で各国経済 の結び付きが緊密さを増した結果と言え、その 意味でも1月20日に就任したオバマ米大統領の 手腕に世界中の視線が集まる。
 オバマ大統領は大統領選のさなかから経済の 立て直しを最優先課題に据え、当選確定後には 経済分野で実績・定評のある人物をいち早く関 係閣僚などに指名。今後2年間で300万-400 万人の雇用創出を掲げ、70兆円を上回る規模 の大型経済対策を策定する意向を表明してい る。まずは公的資金の活用による金融危機の沈 静化や、抜本的リストラを通じたビッグスリー の再建促進が求められる。その後も、冷え込ん だ住宅販売のてこ入れなど取り組むべき課題は 山積しており、国民の高い支持率を追い風に必 要な対策を迅速に行えるかが焦点となる。
 米連邦準備制度理事会(FRB)が1月中旬にま とめた地区連銀報告では、ほぼすべての地域の 景気悪化が確認された。雇用悪化や金融資産の 目減りなどから消費低迷は顕著だ。同国では「景 気後退は長期化する」との見方が増えている。
 米経済の動向は、輸出主導型の日本経済にとっ て主要な関心事である円相場にもかかわってくる。 トヨタでは1ドル=1円の円上昇で約400億円もの 為替差損が発生するなど、円高は企業収益には概 してマイナス。多くの企業が09年3月期決算で減 益・赤字を見込むのも、一時87円台を付けたほ どの急激な円高が主要因の一つになっている。体 質改善でかつてより円高適応力が高まっていると はいえ、影響は軽視できない。最近は円買い・ド ル売りと株安が連動するケースが多く、株式相場 の安定といった面からも円急上昇は望ましくない。

◇ 積極財政でも民間はマイナス成長予想
 一方、日本政府の取り組みはどうか。麻生太 郎首相は「日本経済は全治3年」と「診断」。昨年 9月の首相就任直後にも予想されていた衆院解 散・総選挙を先送りし、景気対策に力を入れる 姿勢を示す。具体策として、大規模な経済対策 をすでに2度にわたり取りまとめ、「世界で最初 に不況から脱出することを目指す」と強調する。
 09年度予算案も大盤振る舞いだ。一般会計総 額は前年度当初比6.6%増の88兆5480億円、政 策的経費である一般歳出は9.4%増の51兆7310 億円とともに過去最大。社会保障関係費の伸び圧 縮幅を見直すなど、小泉政権が敷いた緊縮路線を 事実上転換した。税収の落ち込みで歳入の大幅減 が避けられないため、特別会計の積立金をはじめ とする「埋蔵金」を随所で流用。それでも歳入不足 が拡大するため、これを補う新規国債発行は33兆 2940億円と3割以上増やした。いわば財政再建 を棚上げした形で、財政の悪化に目をつぶって景 気回復を優先させる姿勢を前面に打ち出している。
 こうした政府の意気込みにもかかわらず、日本 経済に対する見方は厳しい。三菱総合研究所な ど民間シンクタンク15社の昨年12月の予測によ ると、09年度の実質成長率は1社を除きすべてマ イナスで、平均するとマイナス0.8%。新興国の 景気減速で輸出減がさらに加速する懸念や、雇 用調整の本格化に伴い消費が悪化するとの指摘 が出ている。中には「09年度いっぱい景気低迷が 続く」(第一生命経済研究所)との厳しい声もある。 情勢は日を追うごとに深刻さを増しており、現在 は予測値をさらに引き下げている公算が大きい。 エコノミストの間では、経済対策や予算案の景気 押し上げ効果は限定的との見方が大勢を占める。
 政治情勢も経済の足を引っ張りかねない。民主 党を中心とする野党は麻生首相の解散先送りに反 発し、与党側との対決姿勢を強めている。定額給 付金の支給などを盛り込んだ08年度第二次補正 予算案はとりあえず成立したが、野党側は09年 度予算案の審議でも多数を占める参院で麻生政権 を追い詰める構え。予算を切れ目なく執行できる 体制が迅速に整うかどうかはなお予断を許さない。
 影響は予算だけにとどまらない。「ねじれ国 会」の下では与野党対立で重要法案がスムーズ に成立しないケースが目立ち、政権基盤の不安 定化を招いている。春以降とみられる衆院選ま ではこの閉塞(へいそく)状況を打破できる見通 しは立たない。過去の例を見ると、政治のリー ダーシップ欠如は株価などの重しとなりやす く、経済にとって悪影響が多い。
 衆院選の結果によっては、政界再編も絡んで 政治状況が混迷の度を増す可能性もある。その 場合、腰の入った政策展開は当面期待できない。 景気悪化がしばらく続くとみられる折、政府が 有効な手だてを取れなければ回復の一層の遅れ に結び付きかねない。各国が大掛かりな景気対 策を相次いで実施する中、日本だけが取り残さ れるのを懸念する声さえある。

◇ 求められる成長力底上げ
 「いざなぎ景気」をしのぐ戦後最長の景気拡大 は07年10月ごろに終わった。バブル崩壊後の リストラを通じて企業の経営体質は改善してい るものの、世界規模の不況を短期間で克服でき ると考えるのは楽観的すぎる。今年の国内自動 車販売を例に取ってみても、業界団体は軽自動 車を含む新車全体で前年を5%下回り500万台 を割り込むと予想。米市場に関しては、27年 ぶりの低水準となる1090万台に落ち込むとの 予測もある。原油や穀物価格の下落というプラ ス要因があるものの、日本経済が本格回復に向 かうのは10年以降になろう。
 景気のてこ入れ策を打つ際、留意しなければな らないのは中長期的な視点だ。日本の潜在成長率 は1%台とされ、現在でも他の主要国に比べ見劣 りする。このままでは世界経済の中での存在感は 相対的に低下していかざるを得ず、日本経済を底 上げする有効策の必要性は年々高まっている。低 出生率や高齢化による生産人口の減少などのマイ ナス要因を補い、成長率引き上げに寄与する構造 改革に正面から取り組むべき時期にきている。
 残念ながら、景気対策や09年度予算案の内容 については、将来を見据えた経済活性化策は見 当たらないとの評価が大勢。衆院選での票獲得 を狙い、対策の規模を膨らませることや場当た り的な施策が目につく。こうした近視眼的な経 済運営から脱却できなければ、「いずれ日本経済 は活力を失い、世界の中に埋没する」(シンクタ ンク関係者)と危惧する声もある。猶予期間は それほど残されていないのかもしれない。