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■「中央調査報(NO.656)」より

 ■ 東京大学社会科学研究所の「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)2011」にみる若年・壮年層の格差の実態と意識

石田  浩(東京大学社会科学研究所・教授)    
有田  伸(東京大学社会科学研究所・教授)    
吉田  崇(静岡大学人文社会科学部・准教授)   
大島 真夫(東京大学社会科学研究所・助教)    


 本稿は、東京大学社会科学研究所が2007年から継続して実施しているパネル調査「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS)」の第5ウエーブ(2011年調査)の基礎的な分析結果をまとめたものである。次の3つのテーマについて分析した。(1)人びとの所得格差感の弱まりと格差の実態のずれ、(2)初職と結婚タイミングの関連、(3)社会保障の実態と社会保障に対する人びとの考え方の変遷、である1

 1.はじめに
 東京大学社会科学研究所では、2007年より「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey-JLPS)を毎年実施している。この調査は、日本の若年者・壮年者の働き方の変遷や転職・異動、結婚・出産といった家族形成にかかわる変化、そして社会や政治に関する意識・態度の変容について分析することを目指してしている。同一の対象者に繰り返し尋ね続ける「パネル調査」という手法を用いている点が、一時点の横断的調査と異なる。同じ個人を追跡することにより、個人の行動や意識の変化の軌跡をつぶさに分析することができる。
 第1回目の調査は、2007年1月―4月に実施された。日本全国に住む男女20歳から34歳(若年調査の場合)と35歳から40歳(壮年調査の場合)を母集団として、選挙人名簿と住民基本台帳に基づいて、性別と年齢を層化した上で対象者を抽出した。調査票は郵送し中央調査社の調査員が後日訪問して回収する、郵送配布・訪問回収法を採用した。若年調査は3367名(回収率35%)、壮年調査は1433名(回収率40%)の有効回答を得た。
 その後毎年1月から3月の時期に追跡調査を実施し、2011年には第5ウエーブ(追跡4回目)の調査を第1回目と同様の郵送配布・訪問回収法により実施した。調査のアタック対象者は、第1ウエーブの回答者のうちその後調査に協力できないと意思表示した方や住所不明の方を除いた人びとである2。回収数は、若年調査2232名(アタック数に対する回収率76%)、壮年調査1087名(アタック数に対する回収率85%)であった。
 2011年度には、追跡調査の過程で回答者数が減少していることを考慮し、新たに補充サンプルを追加した。2007年時点で20歳から34歳(若年調査)と35歳から40歳(壮年調査)の対象者は、4歳年を取っているので、2011年補充調査では、それぞれ24歳から38歳(若年調査)と39歳から44歳(壮年調査)の男女を母集団として、第1回調査と同様に性別と年齢で層化した上で対象者を抽出した。調査票を郵送し郵送で回収する郵送調査法により調査を実施し、若年調査710名(回収率32%)、壮年調査253名(回収率31%)を回収した。
 以下の集計・分析では、若年調査と壮年調査の対象者を合併して行っている。ウエーブ間の変化に関する分析を行っているため、1回の調査結果しかない補充調査の対象者は、分析に含まれていない。

(石田 浩)



 2.薄れゆく格差感と格差の実態
 (1)薄れゆく格差感:所得格差に対する評価の変化
 2000年代前半の時期、人びとの格差感は大きく高まったが、その後、どのような推移を示しているのだろうか?またそれは現実の格差の変化をどの程度反映しているのだろうか?
 2007年から2011年までの4年間で「日本の所得の格差は大きすぎる」と答えた人の比率(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計)は74.8%から60.5%に大きく減少している(図1)。それでも6割の人は「日本社会の所得格差は大きすぎる」と答えているものの、社会全体での格差感は確実に弱まっていると言える。実際2007年と2011年の回答を比較すると、所得格差感が低下した人は40.8%、上昇した人は17.5%、変化なしは40.8%である。対象者の4割が格差感が薄れており、格差感が強まった人の比率よりもはるかに多いのである。

図1 所得格差感と所得格差肯定意識の変化

 また所得格差感の変化には世代別・性別で大きな違いはない。ただし世代別には若年層で、性別には男性で、格差感が上昇した人、低下した人の比率が共にやや高く、二極化傾向が進んでいる可能性がある。

 (2)実際の所得格差の推移:所得格差感とのズレ
 しかしこの間、現実の所得格差にはほとんど変化がない。図2は、既卒男性を対象として、個人年収の不平等度の推移を示したもの(ジニ係数は値が大きいほど不平等度が高い)であるが、この値には一貫した傾向が見られず、この間日本社会の所得格差は決して改善されていないことがわかる。これは国民生活基礎調査データ3など政府統計に基づく場合も同様である。

図2 個人年収(男性)のジニ係数の推移

 人びとの所得格差感の弱まりは、実際の所得格差の改善という現実的裏付けを持つものではない、と結論づけられる。

 (3)何故ズレが生じるのか?:可能性の検討と仮説的解釈
 では何故このような現実と意識のズレが生じているのであろうか?一つの可能性は、実際の所得格差に変化はなくても、この間、所得格差の存在を肯定的に捉える人が増えてきたために格差感が薄れてきた、というものである。
 この可能性を検討するために、「所得格差が大きいことは、日本の繁栄に必要である」への回答推移をみると、これを肯定する人の比率には大きな変化がない(図1)。ただし、これを否定する人の割合は少し減っている(2007年:48.7%→2011年:45.0%)。
 またより詳細な分析結果に基づけば、確かに「所得格差肯定意識」が高まった人ほど、「所得格差感」が下がっているという結果が見られる。表1は「所得格差感」の差分に対する回帰分析の結果を示したものであるが、2007年と2011年の間での「所得格差肯定意識」の変化は、同じ時期の「所得格差感」の変化に1%水準で負の有意な効果をもたらしているのである。

表1 所得格差感差分(2007・2011 間)の回帰分析

 しかし「所得格差肯定意識」の変化は、「所得格差感」の変化の0.3%しか説明してくれない。このほか個人所得の変化や、個人の暮らし向きなど個人的な社会経済状況の変化の影響も検討したところ、いずれも弱いながらも有意な効果を持ち、所得が上がった人ほど、また暮らし向きが良くなった人ほど所得格差感が弱まっていることがわかった。しかしそれらの効果は弱く、すべての効果を合わせても「所得格差感」の変化の0.7%を説明するのみである。
 以上から、個人の格差感の変化の説明要因としてまず考えられる、「格差に関する価値観が変化した」や、「個人の社会経済的状況が変化した」という可能性では、人びとの格差感の弱まりのごく一部しか説明できないことがわかる4。このように、この数年間での人びとの「所得格差感の弱まり」は、社会における実際の所得格差の変化をまったく反映しないばかりでなく、格差に関する価値観の変化や、個人的な社会経済的状況の変化も格差感の弱まりのごく一部しか説明しない。
 結局、考えられる解釈は、マスコミなどでの格差報道が最盛時に比べて減少するにつれて(図3)5、あるいは格差問題に対する人びとの関心が薄れていくにつれて、実際の所得格差はまったく改善していないにも関わらず、所得格差の存在が少しずつ忘れられ、人びとの格差感が薄まりつつあるのではないか、というものである。今後もこの解釈の妥当性を引き続き検討していきたい。

図3 「格差社会」「所得格差」をキーワードとする年間記事数(朝日新聞)

(有田 伸)



 3.初職の雇用形態と結婚行動との関連
 晩婚化・少子化の原因についての一般的な理解は、女性の高学歴化によって社会進出が進み、経済的自立が促進され、結婚のベネフィット(利益)が低下し、そのため結婚が先送りされ、少子化へ…、というものだろう。
 それでは、経済的に不利な立場にあると考えられる非正規雇用(フリーター)の女性についてはどうなのだろうか。フリーター男性はなかなか結婚できないというイメージがある一方で、フリーター女性は結婚が早いというイメージを一部では持たれている。
 この問題に関しては既にいくつかの実証研究があり、学卒後や結婚前に非正規雇用であることは結婚タイミングを遅らせるとの知見がある。このことは男性だけでなく、女性についても当てはまるとする研究もあるが、なぜ非正規雇用の女性で結婚が遅れるかということには十分な説明がなされてこなかった。
 JLPSを用いてこの問題を明らかにする。調査時に結婚を経験したケースだけでなく、調査時点では未婚(観察打ち切り)のケースも含めて適切に分析を行う方法として、イベントヒストリー分析(生存時間分析)を行う。
 学校を卒業して初めて就いた仕事(以下「初職」と呼ぶ)が正規雇用であるか非正規雇用(パート・アルバイト、派遣社員、契約社員)であるかによって結婚タイミングが異なるかどうかを分析する。具体的には、法律で定められた結婚可能年齢(男性18歳、女性16歳)から結婚に至るまでの期間の未婚残存(生存)率を、カプラン・マイヤー(Kaplan-Meier)法という方法を用いて男女別にプロットした(図4、図5)。グラフの下がり方が大きいほど、未婚状態が早く終了する、すなわち結婚していることを表している。

図4 正規雇用と非正規雇用による結婚タイミングの差(男性)


図5 正規雇用と非正規雇用による結婚タイミングの差(女性)

 これによると、たしかに男性では初職が正規雇用である方が非正規雇用である場合よりも結婚が早いことが分かる。一方女性では、階段グラフが交差しており傾向がやや不明瞭である。10年目(20代半ば)以降は男性と同様正規雇用の方が非正規雇用よりも結婚が早い傾向がみられるが、20代半ばまでは非正規雇用の方が正規雇用よりも結婚が早くなっている。
 そこで、この問題について学歴や職業の情報を加えてさらに詳しく調べたところ、高校卒や専門学校卒の女性では初職が非正規雇用であっても結婚タイミングが遅くなる訳ではなく(図省略)、短大・四大卒の女性では初職が非正規雇用であれば結婚が遅くなることが分かった(図6)。短大・四大卒の女性で初職が非正規雇用である場合、結婚よりも正規職へ就くためのキャリア形成が優先されることにより、結婚が遅くなると推察される。

図6 正規雇用と非正規雇用による結婚タイミングの差(女性・短大・四大卒)


(吉田崇)



 4.社会保障と雇用形態:非正規雇用における雇用保険・厚生年金の加入状況
 少子高齢社会の到来に伴って、社会保障のあり方について議論が盛んである。日本の社会保障制度は、正規雇用を前提とした制度設計のため、非正規雇用の人びとを十分に救えていないのではないかという問題点がかねてから指摘されている。また、生活保護をはじめとしたセーフティネットのあり方、あるいは所得の再分配の問題にも関心が寄せられている。一部の富裕層に富が集中していることを批判するアメリカのウォール街を占拠せよ運動は記憶に新しいところだが、日本においても2009年の民主党政権誕生時前後には格差社会が問題になり、格差是正手段としての社会保障が注目を浴びた。さらに昨今では、老後の生活を保障する年金や医療においても、世代間格差、すなわち働き手世代の負担増の問題が重要な論点として浮かび上がってきている。
 働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査では、若年層・壮年層を調査対象とし、社会保障の実態の側面、すなわち雇用保険や厚生年金への加入状況、そして社会保障に対する人びとの考え方についてこれまで尋ねてきた。これらの調査結果から以下のようなことが判明した。

 (1)社会保障を享受できない非正規雇用
 2011年時点の雇用形態(正規/非正規)によって、雇用保険・厚生年金の加入状況がどのように異なるかを調べた(図7)。非正規については週の労働時間が30時間以上の人に限って分析をしている。結果は、非正規雇用の人の方がいずれの場合も低い加入率を示した。雇用保険の場合正規は86%の加入に対して非正規は71%、厚生年金の場合正規は95%の加入に対して非正規は60%に留まった。雇用保険や年金といった社会保障制度は人びとの生活を守り安心を提供するものであるが、非正規雇用の人には十分に浸透していないと言えるだろう。

図7 雇用保険・厚生年金の加入状況(非正規は週30時間以上勤務のみ)


 (2)支持を失いつつある「社会保障のさらなる拡充」
 次に、社会保障制度に対する若年・壮年層の意識がこの5年間でどう変化してきたかを見てみよう。我々の調査では次の2つの質問を毎年尋ねてきた。
 ① 「年金や老人医療などの社会保障は財政が苦しくても極力充実すべきだ」
 ② 「収入の多い人と少ない人の所得格差を縮めるのは政府の責任だ」
 結果は図8である。①については、2009年まではほぼ横ばい傾向だったのが2010年、2011年と続けて低下傾向にある。このことは、人びとの考え方の変化、すなわち年金や老人医療のこれ以上の充実は望まない人がわずかながら増えていることを示しているのかもしれない。実際、2009年の回答と2011年の回答のクロス集計表を作成し、各個人がどのように回答を変化させたのかを見ると表2①のような結果を得る。2009年と2011年の両年とも「反対・どちらともいえない」だったのは、対象者のうち17%であったが、それとほぼ同じくらいの19%の対象者が、2009年から2011年にかけて回答を変化させ、「賛成」から「反対・どちらともいえない」へと転じた。他方で、「反対・どちらともいえない」から「賛成」へと回答を変化させたのは10%に留まり、全体としては「賛成」の割合が2009年よりも2011年の方が低い結果となっている。②については、再び図8を見ると、①とは異なりほぼ横ばい傾向である。2009年と2011年の回答の変化を見ると(表2②)、2009年と2011年の両年とも「反対・どちらともいえない」と回答した対象者が最も多く(41%)、両年とも「賛成」と答えたのは28%に留まった。そして、回答を変化させた対象者が32%おり、「賛成」から「反対・どちらともいえない」へ転じた者と、「反対・どちらともいえない」から「賛成」へ転じた者がほぼ同じ割合(16%)だったため、両年の「賛成」の割合はほぼ変わらない状況になった。

図8 社会保障に対する人びとの意識の変化


表2 2009年から2011年にかけての回答者の態度変化

 このように、若年・壮年層全体の傾向としては、年金や老人医療といった老後の社会保障の拡充に対して懐疑的になっている人が増えている。他方で所得再分配についての支持は、「賛成」に転じる者と「反対・どちらともいえない」に転じる者の割合が拮抗することで、全体としては「賛成」の割合が変化せずに推移している。

(大島真夫)


 5.おわりに
 今回の分析をまとめると下記のような知見が明らかになった。2007年からの所得格差の変化に着目してみると、「所得格差が大きすぎる」と感じる若年・壮年層が顕著に減少しており格差感の弱まりが明らかであった。しかし、現実の所得格差の程度については、2007年から明確な変化は確認されず、「所得格差は繁栄に必要」と考える人びとが増加したわけではなく、「所得格差を縮めるのは政府の責任」と考える人の比率も変化はない。つまり一般的な格差感の認識が弱まっているが、その他の格差に関する考え方や格差の状況に変化があるわけではないことが明らかになっている。
 正規と非正規の格差に着目した分析では、雇用保険・厚生年金の加入状況に関して明らかな違いがみられ、非正規雇用者の加入比率が低い。このような雇用条件を反映してか、正規と非正規の間では、結婚への移行の速さで違いがみられ、男性では非正規の方が明らかに結婚タイミングが遅く、女性では短大・四大卒に限り非正規の方が、結婚時期が遅い傾向にある。依然として正規・非正規の間では、労働条件だけでなく結婚といったライフチャンスに関しても格差が存在している。このようにパネル調査を継続することにより、日本の若年・壮年層の格差の実態と意識がどのように変遷しているのかを明らかにすることができる。

(石田 浩)



1本プロジェクトの推進にあたり日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究S:平成18~21年度および平成22~26年度)、奨学寄付金(株式会社アウトソーシング:2006年度~2008年度)、東京大学社会科学研究所研究資金の資金援助を受けた。記して感謝します。
22011年度は、東日本大震災の影響により3月11日以降の調査の督促は6月以降に行うとともに、回答がなかった被災地居住の対象者については、震災後6か月以上が経過してから、再度調査票を送付した。
3http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/
4これは「生活満足度」など他のいくつかの要因を加えた場合も同様である。
5聞蔵Ⅱビジュアル(新聞記事データベース)を用いた計数結果。