中央調査報

トップページ  >  中央調査報   >  2020年の展望-日本の経済 -内憂外患、「五輪後」に試練-
■「中央調査報(No.747)」より

 ■ 2020年の展望-日本の経済 -内憂外患、「五輪後」に試練-

時事通信社 経済部デスク 高橋 篤史


 2020年の日本経済は「内憂外患」の様相となり、試練を迎えることになりそうだ。世界銀行が1月8日に発表した経済見通しによると、20年の日本の成長率予測は0.7%と据え置き。ただ、東京五輪・パラリンピック後、景気失速リスクが顕在化する恐れがある上、消費税増税後の景気対策として19年10月に始まったキャッシュレス決済時のポイント還元制度が20年6月末に終わるため、消費低迷が懸念される。
 海外経済の先行きにも不透明感が漂う。世銀の世界の成長見通しは2.5%。米中貿易協議「第1段階の合意」でリスクが後退したことを受け、19年の2.4%からわずかに加速するとみられているが、主要国の景気回復は鈍く、19年6月公表の前回予測からは0.2ポイントの下方修正となった。米中協議の行方は見通せず、イランによるイラク駐留米軍への弾道ミサイル攻撃を受けて、中東情勢も混迷を深めるばかりだ。

◇変調する世界景気
 世界の景気は、12年夏に欧州債務危機が収束して以来、回復基調に向かい、17年には日本も含めた各国の株価が上昇。絶好調とも言える状況となった。その後、米中貿易摩擦の激化を背景に、世界貿易の拡大に急ブレーキがかかった上、先行き懸念が高まる中で設備投資が抑制されたため、18年、19年と減速に転じた。19年は特に、米中による制裁関税の応酬が金融市場や実体経済を揺さぶった。中国経済は減速を余儀なくされ、スマートフォン需要の減退で電子部品メーカーをはじめ国内製造業の輸出が減少した。
 一方、国内では人手不足への対応から省人化投資などの設備投資が堅調を維持。昨年10月に消費税率が8%から10%へ引き上げられたことに併せて導入されたポイント還元制度で、増税後の消費落ち込みも一定程度抑えられた。富士通総研の早川英男エグゼクティブ・フェローは「政府によって各種対策が講じられていることも踏まえると、(消費税率が5%から8%に引き上げられた)前回のように消費不況が長引くことは想定しにくい」と指摘する。

◇ポイント還元終了、消費に影響
 20年は、夏の東京五輪で外国人が多く訪れるとみられ、それまでは小売りやサービス業で「特需」が見込める。設備投資も次世代通信規格「5G」向けで底堅い動きが続きそうだ。しかし、懸念材料が多いのも事実。中でも景気の先行きを占う上でカギとなるのが、内需の柱である個人消費の動向だ。昨年10月の家計調査によると、1世帯(2人以上)当たりの消費支出は27万9671円と、物価変動の影響を除いた実質で前年同月比5.1%減少。11カ月ぶりにマイナスに転じた。消費税増税前の駆け込み需要の反動が主因で、下げ幅は2016年3月の5.3%減以来の大きさとなり、消費税率が8%に引き上げられた直後に当たる14年4月の4.6%減より大きかった。さらに昨年11月の消費支出も2.0%減少と、2カ月連続のマイナス。消費税増税に伴う駆け込み需要の反動減が続いていることがうかがわれる。
 増税に伴う消費者の負担を軽減するため政府が導入したキャッシュレス決済によるポイント還元制度は6月に終了。その後は消費刺激効果がなくなることから、買い控えが鮮明になる恐れがある。サラリーマンなどの給与が増えれば、こうした動きも緩和される可能性はあるが、事業環境の悪化や業績の先行きを懸念する多くの企業は賃上げに慎重な構えを見せる。内外景気の先行き不透明感が広がれば、設備投資計画の停滞感も強まりかねない。内閣府が今月10日発表した昨年11月の景気動向指数(2015年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月比0.2ポイント低下の95.1だった。消費税率が上がった10月に続く低下で、13年2月(93.8)以来6年9カ月ぶりの低水準。数カ月後の景気の動きを示す先行指数は0.7ポイント低下の90.9となった。三菱総合研究所は「20年後半にかけて、増税対策効果が剥落し、内需の伸びは緩やかに鈍化する」との見方を示している。

◇「五輪の崖」に警戒感
 半世紀ぶりに東京で開かれる平和の祭典である五輪。夏まで消費を押し上げる効果などが期待できる一方、うたげの後への警戒感は根強い。大会後に開催国が景気悪化に見舞われる「五輪の崖」を回避できるのか。エコノミストからは、景気対策への期待や消費の落ち込みを懸念する声が上がっている。五輪の崖とは、大会を境に競技施設やインフラの建設需要が一巡することにより、投資が縮小して不況に転じること。前回1964年の東京五輪後は経済成長が鈍化し、日本経済は「昭和40年不況」「証券不況」などと呼ばれる不景気に陥った。最近では2000年のシドニー、04年のアテネ大会後に開催国の景気が低迷したことが知られている。
 政府は19年12月、26兆円規模の経済対策をまとめ、五輪後の景気下支えを柱の一つに据えた。バンク・オブ・アメリカのデバリエいづみ主席エコノミストは、大規模建設プロジェクトや公共投資が控えていると指摘。「建設投資の急速な落ち込みは避けられる。懸念は杞憂(きゆう)だ」と話した。野村証券の池田雄之輔チーフ・エクイティ・ストラテジストも「経済規模が小さい国なら減速はあり得るが、日本での影響は限定的だ」との見方を示す。
 個人消費について東京都は17年春、五輪関連の消費押し上げ効果を5000億円程度と試算したが、大会後の反動減は必至。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘チーフ投資ストラテジストは、ポイント還元の終了も踏まえ、消費が長期にわたり冷え込む恐れがあると語った。第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、消費落ち込みに加え、消費税増税の後遺症や世界経済の鈍化を予想。景気の後押しに向け、企業活動を活性化させる規制緩和や、賃上げによる消費支援の必要性を強調している。

◇進む貿易自由化
 20年はまた、1月1日に発効した日本と米国の2国間貿易協定を含む貿易自由化の推進も大きな課題となる。日米では、日本が牛肉など農産物の市場を環太平洋連携協定(TPP)の水準内で開放し、米国は幅広い工業品の関税を撤廃・削減する。自由貿易の拡大で経済成長を後押ししたい考えだ。両国とも自動車やサービス分野をめぐる追加交渉を次の課題に挙げており、政治・外交日程を視野に入れた駆け引きが今後、本格化する。対米以外では、中国と韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など16カ国と交渉中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が、20年中の協定署名を目指す。欧州連合(EU)を離脱する英国とも自由貿易協定(FTA)を早期に締結し、「国内企業、生産農家が海外展開しやすい環境を広げる」(外務省幹部)意向だ。
 日米貿易協定の発効により、米国産牛肉に対する関税が段階的に引き下げられる。国内の多くの畜産農家は安価な米国産牛肉の流入に警戒を強めるが、低関税枠の拡大をてこに、海外で人気の高い和牛を米国に売り込もうという機運も一部で盛り上がっている。米国産牛肉の関税は、協定発効前の38.5%から33年度には9%と段階的に削減される。手頃な価格の米国産牛肉の流通が広がれば消費者への恩恵は大きく、大手スーパーは早速、値下げセールを計画する。米流通大手ウォルマート傘下の大手スーパー、西友は「関税が下がれば、その分の差額は価格に反映したい」(担当者)としている。一方、物流費の高騰などを背景に外食業界などでは当面値下げに慎重な企業も多い。米国産牛肉を使っている牛丼チェーン大手の吉野家ホールディングスは「為替相場や船賃などの影響もあり、牛肉の仕入れ価格がそのまま下がるとは限らない」(河村泰貴社長)と見る。

◇英EU離脱、米中協議に不透明感
 国内景気の大きなリスク要因の1つとなるのが、英国のEU離脱、日米貿易協議、中情情勢といった海外経済の動向だ。英下院は今月9日、同国政府のEU離脱案を実行に移すための関連法案を賛成多数で可決。ジョンソン首相率いる与党・保守党が昨年12月の総選挙で下院の過半数を確保したためで、1月末のEU離脱に向けゴーサインが出た格好となった。ただ、離脱後も年末まで英国がEU加盟国並みの状態を続ける「移行期間」の導入も盛り込んでおり、この期間中は英国とEUとの間でヒトやモノの移動に変化はない。問題なのは、2月以降に始まる英EUの貿易交渉で、協定が成立するかどうかだ。TPP交渉などを見るまでもなく、通常、交渉は何年もかかる。短期間で決着するのはほぼ不可能だ。期間の延長は確実とみられるが、貿易交渉で一致せず、期間延長も行われずに年末を迎えれば、結局は「合意なき離脱」と同じことになる。年後半になれば、こうした状況へのリスクが強く意識される可能性が高い。
 米中貿易協議では、農産品、金融サービス、為替など対立の小さい分野に限定した「第1段階の合意」が実現。11月の大統領選を意識するトランプ政権と、景気失速を懸念する中国が互いに部分合意で妥協した形で、中国政府が是正に慎重姿勢を貫く産業補助金政策などの構造問題は先送りされた。中国に抜本的な構造改革を促す「第2段階交渉」の合意は見通せない状況となっている。
 トランプ米大統領は今月9日、第2段階の交渉について「少し時間がかかるだろう」と指摘。その上で「選挙が終わるまで合意を見送るべきかもしれない。はるかに良いディール(取引)にできると思うためだ」と説明した。これまでは早期に訪中して第2段階の交渉に入る意向を示してきたが、中国商務省の報道官は同日の記者会見で「お伝えできる情報はない」と述べるにとどめた。中国側は補助金政策や国有企業改革といった構造問題で譲歩しづらく、米大統領選後に政権交代があるか見極めたい意向とみられる。米中がハイテク分野などで覇権争いを続ける公算は大きく、みずほ総合研究所は「全面的な合意のハードルは高い」と指摘する。
 大統領選をめぐっては「選挙を踏まえ(トランプ氏が)大きな関税政策を打つことはないだろう」(車谷暢昭東芝会長)との声がある一方で、トランプ氏が大統領選戦で劣勢になった場合は、米企業の輸出促進に向けたドル安誘導策を打ち出しかねない。日本企業だけでなく、金融市場や世界経済が動揺する事態に発展する可能性もある。

◇緊迫化する中東情勢
 年明けには新たな不安定材料として中東情勢が加わった。米軍によるイラン革命防衛隊司令官の殺害で情勢が緊迫化し、経済界では原油の安定供給をめぐり不安が広がっている。対立が激化すればするほど、ガソリン価格や電力料金などが上がり、消費者や企業に打撃が及ぶ公算が大きい。日銀の黒田東彦総裁は今月6日、新年の会合で「(イランなど)海外情勢に警戒が必要な点は変わりない。地政学リスクなどを注意深く点検していく」と表明した。
 米国とイランの緊張が高まり、米国産標準油種WTIの相場は19年4月下旬以来、約8カ月ぶりに1バレル=64ドル台に達した。一段の高騰が危惧される中、関西経済連合会の松本正義会長(住友電気工業会長)は「石油価格が上がれば、景気も悪くなる」と指摘。生命保険大手の首脳は「中東リスクは認識していたが、このような事態は想定外だ」と漏らした。国内の石油元売り各社は、トランプ米政権が18年にイラン制裁を発動して以来、同国産原油の輸入を大幅に絞ってきたが、日本は依然として原油輸入の8割以上を中東地域に頼っている。輸送の要衝となるイラン沖のホルムズ海峡で安全航行に支障が生じれば、日本経済への打撃は避けられない。1990年8月にイラクがクウェートに侵攻して始まった「湾岸危機」では原油価格が短期間に上昇し、金融市場にも響いた。火力発電に依存する大手電力の幹部は「周辺国に摩擦が広がれば、影響も大きくなる。状況を注視する」と厳しい表情で語った。