中央調査報

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■「中央調査報(No.757)」より

 ■ 調査からみた、顕在化する気候変動リスク認知


国立研究開発法人 国立環境研究所
社会環境システム研究センター
青柳 みどり


1.はじめに
 今年(2020年)、新政権はその所信表明演説で、重要項目の一つに気候変動対策を挙げた。その後、次々と具体的な施策を打ち出している。担当大臣らの強力な後押しがあったと首相自ら述べているが、それだけではなく、ここ数年、かつてない規模の自然災害による被害が連続していること、その災害の強大化の一つの要因として気候変動が深く関わっていることを多くの信頼できる科学的な知見が明らかにしていることなどがある。本稿では、上記に加えて国民の「実感」もまた、そのような政策を後押ししていることを、これまでの調査結果を基に述べたい。
 気候変動は、過去、懐疑的な見方をする人々などもあり、国内ではなかなか政策の主要課題にはなりにくかった。しかし、国際的には、特に欧州を中心に活発な外交案件として交渉が進み、また各国・地域国際機関などでは対応する体制の拡充が進んだ。簡単にその政策的な歴史をまとめると、1)1990年代以前:二酸化炭素が温室効果を持つことは既に19世紀末には知られており、将来的に世界の気温の上昇を引き起こす可能性があるとの警鐘もなされていた。世界的に様々な気象観測が世界各地で実施され、その中でもハワイのマウナロア山における観測結果により大気中の二酸化炭素の濃度が北半球の季節変動に対応しながら、着実に上昇していることが注目された。特に北半球における化石燃料の消費の増加が要因としてあげられた。1980年代後半の世界の平均気温の上昇(ほぼ毎年、世界の記録を更新していた)がこの推測に確信を与えることとなり、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)は共同で気候変動にかかる政府間パネル(IPCC)を設立した。IPCCは最初の科学的評価報告書を1990年3月に公表している(https://www.ipcc.ch/report/ar1/syr/)。
2)気候変動枠組み条約の採択(1992)、発効(1994)から京都議定書の採択(1997):1992年のブラジルのリオで開催された国連地球サミット(国連環境開発会議)で、気候変動枠組み条約が採択され、1994年には発効した。日本は1997年12月COP3(枠組み条約の第3回締結国会議)を開催し、この会議で京都議定書を採択した。その後、日本政府は京都議定書で約束した内容を実施するために国内法である地球温暖化対策の推進に関する法律を成立させた(1998年)。3)京都議定書の約束とポスト京都:京都議定書での日本の約束は、2008年~2012年の約束期間に温室効果ガスの排出量を1992年レベルから6%減少させることであり、結果としてこれは達成した。4)パリ協定:京都議定書約束期間以降の温室効果ガス排出削減については、毎年、議論が積みかさねられた。2015年にパリで開催されたCOP21に至ってようやく収束し、パリ協定が採択され、翌年の2016年11月4日に発効した。京都議定書との大きな違いは、先進国だけでなく途上国も温室効果ガス削減義務を負うこと、そして目標値は「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比して2℃より低く保ち1.5℃に抑える」という削減の実効性も追加されたことである。5)日本の約束:日本はパリ協定批准にあたって、条約の定めに則って中期目標(2013年を基準年にして26%減)、長期目標(2050年までに80%削減)を条約事務局に提出した。加えて、この10月下旬には新政権の所信表明演説において新たな目標として2050年実質排出ゼロを宣言したところである。

2. 気候変動リスク
 温室効果ガス排出削減は、気候変動対策の中でも「緩和」政策に分類される。気候変動の将来の影響を緩和させるために、温室効果ガスの排出量を減らす対策である。最近とみに重要性をましているのが、「適応」策であり、気候変動の影響(リスク)を減じていく方策である。具体的には自然災害の被害対策(治水、山崩れ対策など被害軽減含む)、農林水産業対策(高温障害などへの対応)等々である。降雪が少なくなることによってスキー場が営業できなくなるなどの観光業への被害も想定される。これらの影響をまとめて気候変動リスクという。

3.調査とその結果
 本調査では、毎月の中央調査社のオムニバス調査を利用して、「世界で最も重要な問題」「日本で最も重要な問題」の2問および必要に応じて設問を追加して分析を行っている。本稿ではこのうち、日本における気候変動リスク認知に着目して、日本で最も重要な問題の調査結果(図1)およびその中から自然災害を含む「安全・安心」に関わるサブ集計、気候変動や地球温暖化を含む「環境・公害」にかかるサブ集計の2項目を抜粋したもの(図2)、追加質問(2019年11月)の「温暖化が原因と思われる最近の事象」についての集計結果(図3)を紹介し、日本における人々の気候変動リスク認知について議論したい。
 図1は少々込み入った図であるが、2005年4月から毎月の(後半は毎月ではないが、作画の都合上、調査のあった月のみのデータを表示している)「日本で最も重要な問題」について自由回答で得た回答を筆者が回答後に分類したものである。全体として高い回答率の項目を挙げると、「経済・景気・雇用」は2008年秋をピークに50%に達しているし、2011年5月には「震災関連」が40%を越えた。図の右端2020年3月には「新型コロナ」が突然登場した。一方、本稿のターゲットである「環境・公害」は、図では太線であるが、最高でも10%に行くことはない。あえて言うと、2007~2008年あたりと2019年以降が若干高くなっている。

図1 「日本で最も重要な問題」に対する毎月の回答率集計結果(2005.4 ~ 2020.3)

 図2は、図1の一部の抜粋で、2007年1月以降の「環境・公害」と「安全・安心・犯罪」のサブ項目(災害対策、格差社会、治安・犯罪、くらしの安心)のサブ集計結果を示したものである。この2017年以降の「安全・安心・犯罪」のピークは、2018年7月、9月、2019年10月、11月の「災害対策」の回答が要因であることがわかる。また、2019年10月、11月は「環境・公害」もまた増加している。2018年と2019年の夏の終わりから秋にかけてはかつてない量の降雨が西日本を中心に大洪水をもたらした。2019年の台風は長野県を中心に各地域に大洪水や山崩れをもたらした。水につかった北陸新幹線の車両の写真を覚えている読者も多いだろう。2018年の洪水の後から、温暖化との関連を指摘する新聞記事が増えてきた。毎日のテレビの天気予報でも気候変動との関連に言及する例も増えた。2019年の「環境・公害」の増加は、自然災害の増加を気候変動と結びつけて回答した人が増加した結果と思われる。
図2 「日本で最も重要な問題」に対する毎月の回答率集計結果(2005.4 ~ 2020.3)サブ項目集計(「環境・公害」および「安全・安心」項目のみ抜粋)

 最後の図3は、2019年11月の設問で、過去1年間を目処に「温暖化が原因だと思われる最近の事象」について得た回答の分布である。最も多いのが回答数1041のうちの300を越える「台風」であり、暑い夏、災害、異常気象、大雨と続く。過去1年について聞いたので、2018年秋以降が対象になっているが、気象災害の関連が多く認識されていることがわかる結果である。実は2019年3月にも同じ質問をしているが、図3の「台風」を除いた形の分布になっていた。自然災害が気候変動の影響であるとの認識がかなり広くもたれており、定着しつつあることがわかる。
図3 温暖化が原因と思われる最近の事象


4.まとめ
 ここ数年で気象災害が頻発し、なおかつ甚大な被害をうけることが多くなった。いままで考えられなかった被害も多い。それが気候変動によるものであるとの認識も人々の中に広がりつつある。この9月に成立した新政権は気候変動対策に次々と政策を打ち出している。そして、その方向は国際的な協調にある。今後、気候変動を緩和する脱炭素社会の構築が急がれるが、気象の変化に対応しながら、脱炭素のための新たな科学技術を開発し社会に導入していく活動がもとめられるし、それによって産業活動を活発化させ雇用の維持をはかっていく政策がもとめられる。今後も世論の動向を見ながら、それらの政策が人々にどのように受け入れられているのか、動向をウォッチしていく必要があるだろう。


<参考文献>

1)
全国地球温暖化防止活動推進センター「条約年表」では、京都議定書約束期間終了までの歴史をまとめている。
https://www.jccca.org/trend_japan/chronology/
2)
IPCC についてはhttps://www.ipcc.ch/を参照。
3)
パリ協定を含む以降の経緯については外務省サイトがわかりやすい。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol150/index.html
4)
京都議定書約束期間終了以降、パリ協定までについては、以下の記事参照。
中野かおり(2014)「気候変動国際交渉の経緯と我が国の課題 - 2020年以降の新たな国際枠組みの2015年合意に向けて -」参議院環境委員会調査室 立法と調査2014.12 No.359(参議院事務局企画調整室編集・発行)https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2014pdf/20141209058.pdf
5)
関連する各イベントとその解説は、資源エネルギー庁の解説記事もわかりやすい。
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/