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■「中央調査報(No.527)」より

 ■ 中高年者の職業ストレスといきがい、健康
                -「中高年者の職業からの引退と健康」プロジェクト(JHRS)から-

東京都老人総合研究所保健社会学部門 杉澤 秀博


1.プロジェクト全体の問題関心
 産業構造の変化を伴う経済不況の中にあって、企業倒産や企業の雇用調整の影響をうけ、中高年者の中には、失業や慣れない仕事への転職、配置転換を経験している人も少なくありません。現在の中高年の人たちは、このような就労をめぐるストレスフルな状況に悩みながらも、職業から引退した後の老後の準備を進めていかなければなりません。
 私ども東京都老人総合研究所では、経済不況の中で中高年の人たちが直面する失業、転職に関わる問題を解明するとともに、この人たちの安心できる老後保障の条件を明らかにするための研究プロジェクト「中高年者の職業からの引退と健康」(Japanese Happy Retirement Study:JHRS)を開始いたしました。このプロジェクトには経済学、社会学、社会心理学、保健学といった異なる学問領域の研究者が参加しております。その主な検討課題は、(1)中高年者が就労に関連して直面する危機、すなわち失業、転職、職業の引退が健康、経済、家族に与える影響を多角的に検討すること、(2)中高年の良好な転職、就労継続を可能にする制度的・経済的・社会的な条件を明らかにすること、(3)中高年者における健康で働きがいのある就労を可能にする条件を明らかにすること、の3点です。

2.紹介するトピック
 この小論の中でプロジェクト全体の結果を紹介することは紙幅の関係から不可能です。筆者は保健学の立場から、中高年者が就労を通じて健康で生きがいのある生活を送るための条件とは何かを明らかにすることを目指しています。その作業過程で、1)企業倒産や企業の雇用調整という事態が、中高年者の健康に与える影響、2)定年後の再就職先における仕事ストレスと適応の問題、3)企業の高齢者施策と中高年者の仕事ストレスの軽減、という3つのトピックを検討しました。ここではその内容を簡単に紹介したいと考えております。

3.使用するデータ
 全国55~64歳の人たちから無作為に男性4,000人、女性2,000人を抽出し、1999年10月に訪問面接調査を実施しました。回収率をできるだけ高くするために、本調査で未回収であった人たちを対象に同年12月に追跡調査を実施しました。最終的な回収数は男性で2,533人(回収率63.3%)、女性で1,440人(回収率72.0%)でした。回収不能理由は、男性では未回収者中「拒否」が68.9%、次いで「不在」が12.6%、女性では「拒否」が76.2%、次いで「不在」が8.1%を占めていました。職場や家庭で重要な役割を担い、多忙な生活を送っている年齢層を対象とした調査でありましたが、中央調査社のスタッフの奮闘により、男性で60%以上の回収率が達成されました。


4.雇用調整と健康
1)中年男性の自殺の増加
 近年、中年男性の自殺死亡率が増加していると指摘されており、この背景には企業の雇用調整や倒産などによる失業率の増加があるといわれています。官庁統計レベルでも時系列的にみて中年男性の失業率とこの年齢層の自殺死亡率が並行して変動していることが示されております。ちなみに女性は、このような傾向は顕著でありません。企業の倒産や雇用調整がほんとうに中高年者の健康に深刻な影響をもたらしているのでしょうか。もし影響がみられるとしたら、それは失業や雇用調整の何がストレス要因となって生じているのでしょうか。ここでは上記の課題を、失業してしまった人、および失業にはいたらないまでも従業員削減が進む企業に勤める人それぞれを対象に検討してみたいと思います。
2)失業と健康
(1)失業者の健康(表1
 失業者とは、現在職についておらず、かつ求職中である人としましたので、多少国の定義とは異なります。健康を測る物差しとしてうつが疑われる割合と愁訴でみてみました。男性の場合失業している人では就労者と比べて、うつが疑われる割合が高いことがわかります。愁訴については失業者と就労者で有意差はみられませんでした。女性に関しては、失業者と就労者でうつが疑われる割合、愁訴のいずれも有意差はみられませんでした。失業は、特に男性の精神健康に大きな影響をもたらしているといえます。
(2)失業者の社会・経済・心理的特徴
 なぜ、男性の失業者でうつが疑われる割合が高いのでしょうか。経済的・心理的特徴をみると、失業者は就労者と比較して老後不安や経済的な不安が強くなっております(表1)。中高年男性の場合、失業によって経済的に困窮するという直面する問題だけでなく、併せて老後の準備ができないという将来への不安の増加が精神健康の低下と関係しているとみることができます。
2)従業員削減と中高年の健康
(1)従業員削減の実態
 全体でみると、従業員を10%以上削減している企業に勤めている人は8.5%(15%以上が4.1%)でした。その割合は産業別に差がみられ、製造業では従業員削減の傾向が著しく、従業員を10%以上削減している企業に勤めている人の割合が12.8%でした。産業構造の変化の中で製造業が衰退し、その領域の雇用環境が極めて厳しい状況におかれていることがわかります。
(2)従業員削減の規模と従業員の健康(表2)
  健康を測る物差しとして、うつが疑われる割合と愁訴を用いました。全従業員のうち15%以上の人員削減が実施された企業の従業員では、うつが疑われる人の割合が高いことがわかります。愁訴については有意差はみられませんでした。失業と同じように人員削減が進む企業で働く従業員も、精神健康に大きな問題をかかえていることがわかりました。
(3)従業員削減の規模と仕事のストレス(表2)
 従業員削減の規模別に、仕事要求量、給料の減少といった仕事ストレスにどのような違いがみられるかを分析した結果、従業員削減が15%以上の企業では、仕事の要求量が高い、給料減少割合が大きい、失職の可能性が高い、職場支援体制が弱いという訴えが多くみられました。さらに、どの仕事ストレスが原因となって従業員削減の精神健康に与える影響が生まれているかを分析しました。その結果、仕事の要求量が大きいことおよび失職の可能性が高いといった仕事ストレスが、従業員の削減が15%以上の企業で多いため、そこに勤める人で精神健康が低くなっていることがわかりました。
 以上のように、失業対策の柱として経済保障だけでなく、メンタルヘルス対策を位置づけること、そして従業員削減が進む企業に勤めている人の場合も精神的健康が問題になるため、企業が雇用調整を進める場合企業内のメンタルヘルス対策をより一層強化することが必要といえます。


5.定年後の再就職先における仕事ストレス
1)再就職先への適応問題
 60歳定年制を採用している企業が多いため、就労を継続するにはもう一度再就職しなければなりません。しかし中高年の再就職には様々な障害が伴うため、自分の希望にそった仕事につくことができず、再就職に成功しても職場に不適応を起こす人も多いのではないかと思われます。しかし、定年後に再就職した人の仕事ストレスや職場適応の問題についてはほとんど情報がありません。以下では、この問題に直面する人が多いであろう中高年男性の就労者を対象に、定年後の再就職先における仕事ストレス問題を定年前の就労者(自営業を除く)との比較を通じて検討してみてみようと思います。
2)仕事ストレスの特徴(表3
 仕事ストレスとしては、身体的負荷、精神的負荷、仕事要求量、自由裁量度のなさそして技術の未活用といった物差しを用いて測定してみました。定年前の就労者と比べて定年後に再就職した人では、身体的、精神的負荷そして仕事要求量の面で仕事ストレスが少ない状態にありました。技術の活用の面では両者で有意な差はみられておりません。技術の活用ができないことが再就職を妨げていると指摘されておりますが、定年後に再就職できている人に限ってみれば、定年前の人と同じように自分の経験や技術を生かすような職業に就くことができているといえます。
 次に職業階層をそろえて定年後の再就職者と定年前の就労者とで、仕事ストレスに違いがみられるか否かをみてみました。専門職ではいずれの物差しからみても仕事ストレスに違いがありませんでした。ホワイトカラー層では技術の未活用を除きほとんどすべての仕事ストレスが、またブルーカラー層でも仕事要求量が有意に低下しておりました。ホワイトカラー、ブルーカラーともに、定年前の就労者と比べると定年後の再就職先では高齢者の体力や健康状態に合わせて仕事ストレスが少ない仕事につくことができていることがわかります。
3)再就職先への適応
 定年後の再就職者は定年前の就労者と比べて年齢が有意に高いにもかかわらず、うつが疑われる割合、愁訴、仕事の不満足度に有意差はみられませんでした。職業階層別にみると、ブルーカラーの定年後の再就職者では定年前の就労者と比較して愁訴が有意に低くなっております。それ以外はほとんど差がみられておりません。このように、いずれの職種も定年前の人たちと比べて退職後の再就職先では職場への適応が順調にすすんでいるといえると思います。
 しかし、以上の結果はあくまでも定年後に再就職ができた人に限定されております。定年後に適当な職場がないため、再就職を断念したり、再就職しても職場に適応できず退職した人もおります。このような人の問題の一部は失業のところで触れましたが、こういった人たちに職場適応の問題が集中している可能性があることを見落としてはいけないと思います。


6.企業の高齢者施策と中高年者の仕事ストレス
1)企業の高齢者施策は有効か
 企業が実施している高齢者施策には、労働時間の設定、残業規制や残業免除、作業設備や環境の改善などがあります。これらの施策は果してそこで働く中高年者の仕事ストレスの軽減や心身の健康の向上につながっているのでしょうか。
2)企業の高齢者施策の実態
 「働きやすい労働時間」「残業規制」など6種類の事業の実施数について、対象者が勤めている企業がいくつ実施しているかをみると、何も高齢者対策をとっていない企業に勤めている人は30.8%、1~2個の対策をとっている企業に勤めている人は33.7%、3個以上の対策をとっている企業に勤めている人が35.5%でした。この割合は勤めている企業の規模によって大きくことなり、従業員規模が1,000人以上の企業(官公庁も含む)に勤めている人では、それぞれの割合が19.5%、32.9%、48.6%で、従業員規模が大きくなるほど高齢者施策が進んでいることがわかります。
3)企業の高齢者施策の進展と仕事のストレス、健康(表4
 企業の高齢者施策の進展によって、そこに勤める中高年者の仕事ストレスが低下し、健康や仕事への満足度が向上するのでしょうか。従業員規模により高齢者対策の進展の程度に差がみられたため、その影響を調整し、さらに仕事内容が異なるホワイトカラーとブルーカラー層に区分して高齢者施策の進展と仕事ストレス、健康や仕事への満足度との関係をみてみました。
 ホワイトカラー、ブルーカラーのいずれも、企業の高齢者施策が進展している企業に勤めている人では、技術の未活用、自由裁量のなさの程度が低いことがわかりました。さらに仕事への不満度が減少することもわかりました。興味深いのは高齢者施策が充実することの直接的な効果が期待される仕事要求量や身体的な負荷については、高齢者施策の進展による違いがみられないことです。精神的負荷にいたっては逆に進展が進むと増加する傾向がみられております。このことから、高齢者施策の進展の効果は直接的に仕事上のストレスを軽減するよりも、施策の進展が高齢者の自主性を生かし、うまく活用していこうという企業姿勢のあらわれであり、そのことが従業員の仕事満足度の向上につながっているとみることができると思います。高齢者のための事業を推進するにはそれなりの投資が必要ですが、それによって高齢者のやる気を起こさせ、仕事満足度が向上するとするならば、長期的にみた場合には生産性の向上に結びつき、企業にとってもメリットが大きいのではないかと思います。


7.今後の展開
 以上、中高年者が直面する職業ストレスである雇用調整と引退後の再就職が健康、生きがいに与える影響、そして職業ストレスの軽減に企業の高齢者対策がどのような効果があるかをみてきました。本稿で用いたデータは断面調査によるものであり、失業と健康との関係などは因果関係が逆の可能性もあります。今回紹介した調査は、パネルの初回調査の位置づけもあり、縦断調査の中で職業からの引退の過程とその要因を明らかにしていく予定です。機会がありましたら、その結果もご紹介したいと思います。