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■「中央調査報(No.552)」より

■ 住基ネット、本格稼動から2カ月

時事通信社内政部  坂川 和俊

 すべての国民に11ケタの番号(住民票コード)をつけ、住所、氏名、年齢、性別などの情報を管理する住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が8月25日に本格稼働し、約2カ月が経過した。しかし、福島県矢祭町と東京都杉並区、国立市は「住民の個人情報保護対策が不十分」として接続していない。横浜市も当面は接続を希望する住民のデータのみ送信し、安全性が総合的に確認された後、残りの人のデータを送信する「段階参加」を打ち出している。このほか、長野県も県内3町村で住基ネットへの侵入実験を行い、県独自のシステム構築を検討中で、一部自治体や住民の間にはシステムの安全性や個人情報保護対策に対する不安も根強い。総務省はインターネット上の申請や届け出を行う際、本人確認には公的個人認証制度が不可欠であり、それには住基ネットが基盤になることを強調、そのPRに躍起だ。

◆専用回線で共同管理
 住基ネットは、市区町村、県、全国センター(財団法人地方自治情報センター)を専用回線で結び、住所、氏名、年齢、性別と住民票コード、これらの変更情報の計6情報をサーバーに蓄積し、一元的に管理している。
 総務省はシステム開発などの初期投資に約365億円、専用回線やコンピューターの維持管理などの維持経費は年間約190億円と見込んでいる。
 住基ネットを活用して、本人確認ができる事務は、住民基本台帳法別表で限定されており、昨年8月の一次稼働の際には93事務だったが、その後拡大され、現在は264事務。年金や恩給の支給、不動産の保存登記、著作権の登録など多岐にわたる。
 ただ、省庁や自治体によって、利用開始時期にはバラツキがあり、今年10月時点では約50強の事務で利用されている。
 住民票コードの民間利用は禁止されているが、今年2月には全国銀行協会(全銀協)加盟の銀行188行中、79行(236件)で住民票コード通知書を、口座開設時などの本人確認のため使用していたことが判明。金融庁が是正を指導した。
 2002年8月の一次稼働では、年金や恩給などの各種の手続きで、現況届を提出したり、住民票の写しの添付が不要になった。
 今年8月の本格稼働(二次稼働)では、これまで市区町村、県、全国センターという縦の情報のやりとりだけでなく、市区町村同士の横の情報のやり取りもスタート。▽住民票の写しを全国のどの市区町村でも受け取れる広域交付▽希望する住民には住民基本台帳カード(住基カード)を交付し、自治体が実施する独自サービス▽住基カードを活用して他の市町村に引っ越しをする場合、転出先の自治体に手続きをするだけで済む転入転出特例ーなどが行われるようになった。

◆利用料は一件10円
 国やその関係機関は一件当たり10円の手数料を、47都道府県で作る「住民基本台帳ネットワークシステム推進協議会」に支払い、データの提供を受ける。今年度の地方自治情報センターの予算額で見ると、情報提供件数は計2818万件で、2億8000万円の収入を見込んでおり、今後対象事務の拡大に伴い手数料収入も増え、その分、同センターへの都道府県の負担金(03年度で46億3000万円)も軽減される。
 例えば、国家公務員OBに年金を支払う「国家公務員共済組合連合会」の住基ネットの利用状況を見てみよう。
 同連合会の年金受給権者数は約90万人。また、受給権者の配偶者や子供などの加給年金額の対象者が約16万7000人いる。これらの計106万7000人に対して、6月から2カ月ごとの年金支給時期ごとに、毎回本人確認を実施(約640万件)するほか、新規の年金請求者が年間約5万2000人、住所変更手続きをする人が約1万7000人いて、年間の確認件数はおよそ647万件に達する。
 同連合会は、以前は年金受給者に毎年一回「身上報告書」を記入の上、郵送してもらっていた。年金受給者側から見ると、住基ネットにより、年一回現況届を記入し、同連合会へ郵送する手間と郵送費用が省ける。
 一方、連合会側には、身上報告書を発送したり、返送された報告書を集計する労力や郵送経費などが節減できる上、2カ月間隔の支給開始時期毎の本人確認のおかげで、年間十億円を超す過払いの節減にもつながる。
 ただし「段階的参加」の横浜市の場合、住基ネットへ参加を希望しない市民のデータは全国センターに送信されていないため、同連合会が本人確認を行っても「不明」との結果が出る。
 こうした場合、同連合会は従前と同様、身上報告書を郵送し、返送してもらっている。もともと、住基ネットに接続してない福島県矢祭町や東京都国立市などへも郵送を続けている。
 データが住基ネットにある市民とない市民が混在していると、このように本人確認をしても、逆に手間や費用が余分にかかってしまう。
 総務省は「住民に住基ネット参加の是非を選択させる市民選択性は違法」との見解を再三強調しているが、その背景には、市民選択性が市町村に広まれば、住基ネットのメリットがなくなってしまうとの危機感がある。

◆住基カード、伸び悩み
 本格稼働で、希望する住民に配布される住基カードには、顔写真付きとなしの2種類あり、顔写真付きは公的な身分証明書として使える。また、ICチップが付いており、住民票コードや住民が設定するパスワードを記録。そのほか、空き領域を活用して、自治体が独自サービスを提供することもできる。
 総務省は独自利用例として、▽証明書の自動交付機による住民票の写しや印鑑登録証明書などの交付▽図書館の利用貸し出し▽公共施設の空き予約▽商店街のポイントサービスーなど15種類のサービスを自治体に例示し、積極的な取り組みを促した。
 住基カードの交付手数料は自治体によって異なり、90%以上が500円。しかし、愛知県知多市のように無料としている例や、2500円としているケースもある。
 ただ、総務省の推計では、各自治体の住基カードの発行予定枚数は03年度には約300万枚と、全国民の2.4%。独自利用のため、今年度中に条例制定を予定していたり、制定済みの団体も90団体と、全市区町村の3%弱にとどまる。 「独自サービスにどれだけニーズがあるのか分からない」、「外国人に対して同等の行政サービスを提供する必要があり、詳しい検討が必要」、「財政難の折、独自サービスを実施したいが、関連機器に予算の手当てができない」-。自治体からはこんな声が聞かれる。
 一方で、先進自治体は意欲的にサービス拡大に取り組んでいる。岩手県水沢市は、全国で最も多く独自サービスを提供する団体の1つ。公共施設や図書の予約、市立病院の再来予約など計8サービスを提供している。このうち救急サービスは、住基カードに住所や連絡先などを記録し、万一救急車で搬送されると、車内の端末でデータを読み取り、家族に連絡する仕組み。年内にカードを申請すれば、500円の交付手数料も無料とする。同市は人口の半数に当たる3万枚の配布を目指す。
 宮崎市は、証明書の自動交付などの独自サービスを実施するが、外国籍の市民や日本籍でも個人情報をカードに載せたくないという市民のために「市民カード」も提供する。ともに交付手数料は500円だが、住基カードの原価は861円なのに対して、市民カードは1311円と割高。住基カードから住民票コード部分などを削除する手間がかかるためだ。
 同市は、「一次稼働時には住基ネットへの厳しい批判があった。住基カードは嫌な人や、外国人にも平等にサービスを提供すべきだと考えた」と話す。

◆電子自治体のインフラ
 このほか、総務省が住基ネットで強調しているのが、住基ネットは電子政府・電子自治体のインフラになる、という点だ。 インターネット上の電子印鑑とでもいうべき公的個人認証制度が03年度中にスタートする。住民がインターネットを通じて、国や自治体に申請などを行う場合、他人による“成り済まし”や送信途中のデータの改ざんをどう防ぎ、本人であることをどう確認するかが課題となる。
 そこで都道府県が発行する電子証明書を、申請に添付してもらい、データも暗号化して送ることで、これらを防ぐ仕組み。住基ネットとの関係では、オンライン申請を受け取った自治体や国の機関が、電子証明書の個人情報の内容が間違いないか住基ネットを使って確認したり、住基カードに電子証明書を搭載したりする。オンライン送信のため、申請書などを暗号化させたり、それを復元するための秘密鍵、公開鍵も住基カードに搭載する。
 電子証明書は、厳密な本人確認が求められるオンラインでの申請や届け出には、添付が義務付けられる見込み。現在は国税やパスポートのオンライン申請に用いることが決まっており、今後、対象事務は増える予定だ。
 総務省は「住基ネットに参加しない自治体の住民は、インターネットによるオンライン申請が利用できなくなり、住民から接続を求める声が出るのではないか」と指摘する。 

◆続く対立
 住基ネットは、総務省が旧自治省時代の1990年代から検討してきた。しかし、「国民総背番号制につながる」、「プライバシーの保護対策や、情報のセキュリティー対策が不十分」などさまざまな反対論、慎重論も依然根強く、稼働の差し止めを求める訴訟も起きている。
 住基ネット導入に直接結びついたのは、自治省時代の1994年に設置された「住民記録システムのネットワークの構築等に関する研究会」(行政局長の私的諮問機関)が95年3月に出した中間報告と、96年3月に出した最終報告。
 しかし、中間報告の際に「プライバシー保護対策が不十分」との指摘を受け、最終報告の予定が95年6月から大幅に延びた。また、最終報告にも批判が強く、自治省はマスコミ代表や、自治労、日教組などの労組、消費者団体など有識者の数を増やした「住民基本台帳ネットワークシステム懇談会」を設置。同懇談会は96年12月、意見書をまとめた。
 その後、政府は1998年3月に住民基本台帳法改正案を国会に提出したものの、民主、共産、社民の野党各党が強硬に反対。審議入りできない状態が一年間続いた上、99年8月という通常国会の会期末に委員会で採決を経ない異例の形で、参院本会議で可決・成立した。
 法案審議の際には、当時の小渕恵三首相が「住基ネットの実施に当たっては、民間部門をも対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムを速やかに整えることが前提」と答弁。
 しかし、政府が2001年3月に国会に提出した個人情報保護法案はメディア規制との批判を受け、いったん廃案となった後、修正案が成立したのは2003年5月。住基ネットの一次稼働には間に合わなかった。

◆長野県、独自システム検討
 このため一次稼働時には、個人情報保護法が整備されていないことなどを理由に福島県矢祭町、東京都杉並区、同国分寺市、三重県二見町、同小俣町の5自治体が参加せず、東京都中野区や国立市もその後に離脱。
 横浜市は「段階的参加」を掲げ、当初は接続せず、03年になって参加希望者のデータのみ送信しているが、不参加希望者分のデータ送信の時期のメドは立っていない。また、東京都が今年5月に杉並区など3団体に、福島県が6月に矢祭町に、地方自治法に基づく是正勧告を行った。
 この間、三重県二見町、小俣町、東京都中野区、国分寺市は個人情報保護法の成立などを理由に接続したり、接続を決定。 一方、長野県の審議会は今年5月、県に対して住基ネットからの離脱を求める報告を提出。これを受け、田中康夫知事は8月、住基ネットへの侵入実験や、地方自治情報センターへの委任を見直し、独自システムを検討する意向を表明した。
 侵入実験は、9月末から10月にかけて3町村で行われた。同県や審議会が、問題視したのは、住基ネットに接続している市町村の庁内LAN(構内情報通信網)がインターネットに接続しているケース。インターネット経由で住基ネットの個人データが流出する危険性を指摘した。

◆総務省は“安全宣言”
 一方、総務省は、庁内LANと住基ネットとの間にはファイアウオール(不正侵入防御システム)があり、情報流出の恐れはない、と反論。
 そのデータとして、地方自治情報センターが米国の監査法人に委託し、東京都品川区で、10月10日から12日の3日間で侵入実験を実施。庁内LAN上の住基ネットの端末や、2カ所のファイアウオールに攻撃を加えたものの成功せず、脆弱(ぜいじゃく)性や弱点も見つからなかった、とした。
 同省は「住基ネットの安全性を十分確認できた。万一、一つの市区町村でセキュリティー上の問題が生じても、住基ネットを通じて他市町村へ影響を及ぼすことはない」と結論付け、安全宣言を行った。
 これに対し田中長野県知事は、「三千数百の自治体の一つの実験をもって、すべて安全というのは、いかなる統計学上、科学上の根拠に基づかれているのか」などと批判したが、10月20日現在、同県の侵入実験の結果は公表していない。
 総務省によると、基幹系の庁内LANとインターネットが接続している自治体は、全国で700強。庁内LANには、地方税の納税記録や介護保険、国民健康保険など、住基ネットで扱う6情報と比較して、より微妙で重要な個人情報が蓄積されている。しかし、総務省の調査では今年4月時点で、コンピューターウィルス対策を実施していない市町村が全体の6.8%(うち4,2%は対策を検討中)に達する。「今後、電子自治体を推進していく中で、庁内LANとインターネットとの接続は不可欠。危険だから接続しない、ではなく、十分な対策を講じて接続する必要がある」(総務省幹部)。
 このため同省は、米国の監査法人による助言も踏まえ、市区町村の庁内LANのセキュリティー向上策を支援することを決定。今年中に庁内LANのチェックリスト作成し、自己点検を促すほか、監査法人への外部監査を地方交付税で財政支援する。また、庁内LANとインターネットとのファイアウオールについて、遠隔セキュリティー診断などを行う予定だ。
 ただ、長野県などとの見解の相違は依然大きく、対立の構図は簡単に解けそうにない。 (了)