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■「中央調査報(No.565)」より

 ■ 介護の社会化はすすんだか
     -介護保険制度施行前後における繰り返しの横断調査の結果から-

東京都老人総合研究所  杉原 陽子

 2000年4月に介護保険制度が施行され、5年が経とうとしている。この間、在宅サービスの利用量や利用者数、サービス事業者数は全国的に拡大しているが、家族介護者の介護負担の軽減や要介護高齢者の在宅生活の継続などが図られるようになったか、といった効果(アウトカム)評価については報告が乏しい。本稿では、介護保険制度の施行前後に実施した繰り返しの横断調査データを基に、介護保険制度が当初掲げていた「介護の社会化」や「在宅重視」といった理念が、どの程度達成されているかを検討した。


1.介護保険制度の評価研究

 介護保険制度が施行される前は、行政が介護サービスの対象者を決め、サービスの種類や量、サービス提供事業者もすべて行政が決めていた。このような行政による措置制度から介護保険制度に変わり、どの程度の要介護状態にあるかの認定は行政が行うものの、認定後に利用するサービスの種類や量、サービス提供事業者の選択は、サービスの利用者である高齢者が自由に行えるようになった。さらに、措置制度のもとでは行政から委託を受けた社会福祉法人などがサービスを主に提供していたが、介護保険制度のもとでは、福祉系の在宅サービスに関しては民間を含む多様な提供事業者の参入が認められるようになった。それによって介護サービス市場に競争が働き、サービスの質が向上することも期待されていた。
 このようにサービスの利用拡大や質の向上を図り、在宅介護を社会的に支えることを目指した介護保険制度であったが、制度施行後、その目的はどの程度達成されたのだろうか。内閣府の報告書によると、新規業者の参入により在宅サービスの供給能力は増加し、サービスの質もある程度の向上が認められるものの、施設介護については非効率な部分が残されていること、「低所得者に対する措置」から「介護サービスの契約」に変わったことにより、介護サービスの利用量だけでなく需要者の範囲も拡大したが、介護者の介護時間や労働供給については目立った変化がないことなどが指摘されている(内閣府国民生活局物価政策課,2002)。
 この他にもサービスの供給面や需要面、費用負担などの面から介護保険制度の評価に取り組んだ報告が散見されるが、経済学的な視点からの検討が多く、十分に検討されていない課題も残されている。さらに、以下のような研究方法論上の問題もある。第1に、介護保険制度の施行前後での比較研究が少ない点である。既存の報告は、施行後の調査データだけを用いて分析しているものが多い。施行前と比べてどの程度変化しているかを知ることは、制度を評価する上で必要である。第2に、調査対象が要介護認定者やサービス利用者に限定された研究が多い点である。要介護認定への未申請やサービス未利用など介護ニーズの潜在化の問題を検討するには、行政や医療機関、サービスの提供事業者によって把握されていない要介護高齢者も調べる必要がある。第3に、効果指標に関する問題がある。介護保険制度を評価する際の指標としては、要介護認定の体制や基盤整備率といったインプット(資源投入)指標、介護サービスの利用者数や介護保険給付費といったアウトプット(事業運営の実態)指標、および要介護高齢者や介護者の生活の質の改善といったアウトカム(事業の効果)指標が提案されている(医療経済研究機構,2001)。既存の報告ではインプット指標やアウトプット指標に基づく評価が主で、家族介護者のストレス軽減や高齢者の在宅生活の継続といったアウトカム指標については評価が少ない。
提案されている(医療経済研究機構,2001)。既存の報告ではインプット指標やアウトプット指標に基づく評価が主で、家族介護者のストレス軽減や高齢者の在宅生活の継続といったアウトカム指標については評価が少ない。


2.調査の概要

 本調査の目的は、介護保険制度が要介護高齢者や家族に対してどのような効果をもたらしているかを、主として制度施行前後の比較に基づいて評価することである。先述した既存の報告の問題点を鑑み、本調査では次のような方法上の特徴をもたせた。
 第1に、制度施行前の1996年と1998年、施行後の2002年と2004年に繰り返しの横断調査(repeatedcross-sectionalsurvey)を実施し、前後比較を可能とした点である。介護保険制度施行前と比べて施行後にサービス利用量などの変化が見られたとしても、1989年に策定された「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」の延長線上での増加に過ぎないかもしれない。ゴールドプラン策定以降の在宅サービス利用の増加傾向を上回るほどの変化がなければ、介護保険制度の効果があったとは言えない。そこで施行前と施行後にそれぞれ2時点ずつ調査し、ゴールドプランのもとでの変化(1996-1998)と介護保険制度下での変化(2002-2004)を比較できるようにした。
 第2の特徴は、三鷹市という限られた地域ではあるが、地域在住の高齢者の確率標本(96年は悉皆調査)からスクリーニングして把握した要介護高齢者と家族介護者を対象としている点である。介護サービス利用者や要介護認定者に限定した標本ではないので、サービス非利用者や未認定者も含めて介護保険制度の効果と問題点を検討することができる。
 第3の特徴は、1996年と2002年の調査完了者に対しては1年~1年半間隔の追跡調査をそれぞれ2回ずつ実施し、制度施行前後に各3wavesずつのパネル調査も行っている点である。このパネル調査データを活用することによって、在宅サービス利用者は非利用者と比べて施設入所や要介護度の悪化が防止されているかなど、サービスの効果評価を行うことができる。
 図1に調査の概要を示した。4回の繰り返しの横断調査(96、98、02、04年)と2回のパネル調査(96‐97‐98年、02‐03‐04年)を実施しているが、2004年の調査は実査が終わったばかりであるため、本稿では96、98、02年の介護者に対する繰り返しの横断調査(図1の①~③)についてのみ、調査概要と知見の一部を紹介する1


図1


①1996年介護者調査
 まず、要介護高齢者を把握するためのスクリーニング調査を1996年2~3月に郵送調査法にて実施した。対象は東京都三鷹市在住の65歳以上の住民全数21,567人であるが、調査票の読み書きが困難な高齢者もいるため、回答は対象となった高齢者の状態を良く知っている家族・親族(家族がいない場合は高齢者本人)に依頼した。郵送調査の回収率は約7割であったが、スクリーニングの精度を高めるため、郵送で回収できなかった人に対しては訪問や電話で回答を得た。これにより最終的な回収率は95.5%となった。このスクリーニング調査で、日常生活動作能力に関する6項目(歩行、食事、着替え、入浴、排泄、全体的な生活状態)のうち1項目でも「手助けが必要な状態」にある高齢者、または痴呆の疑いを調べる8項目のうち該当する項目が1つ以上ある高齢者を「要介護」の可能性が高いとみなした。
 次に、スクリーニング調査で把握した要介護高齢者のうち在宅で生活していた人(3ヶ月以内の入院・入所は在宅とみなした)に対して、1996年4~5月に訪問面接調査を実施した。回答は、家族の中で介護を主に担っている「主介護者」に依頼した(調査完了数941)。

②1998年介護者調査
 1996年と同様に、まず在宅要介護高齢者を把握するためのスクリーニング調査を郵送調査法(一部訪問または電話調査)にて1998年7月に実施した。対象は、三鷹市在住の65歳以上の住民全数を年齢を基準に層化し、3分の1の確率で無作為抽出した7,800人である(回収率93.9%)。次に、1996年と同じ基準で在宅要介護高齢者を判定し、その主介護者に対して1998年8~9月に訪問面接調査を行った(調査完了数404)。

③2002年介護者調査
 在宅要介護高齢者を把握するためのスクリーニング調査は、三鷹市在住の65歳以上の住民全数から無作為に等間隔抽出した10,000人を対象に、2002年1~2月に郵送調査法(一部訪問または電話調査)にて実施した(回収率90.5%)。1996、1998年と同じ判定基準を用いて在宅要介護高齢者を選び出し、その主介護者に対して2002年4~5月に訪問面接調査を行った(調査完了数595)。


1
各調査の詳細は、厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業「要介護高齢者・介護者からみた介護保険制度の評価」平成13~15年度総合研究報告書(主任研究者:杉澤秀博)、および東京都老人総合研究所保健社会学部門編(1999)「高齢者・家族の保健・福祉ニーズの縦断的変化と保健・福祉政策」を参照。

3.介護者の負担は軽減したか

 厚生労働省が公表している資料によると、制度の施行後、在宅サービスの利用者数や利用量、サービス事業所の総数は全国的にみて増加しており、施行前の1999年度月平均と施行後1年半が経過した2001年10月との比較では、訪問介護(ホームヘルプサービス)が110%増、通所介護(デイサービス)が75%増となっている(厚生労働省,2002)。我々の調査データでも、主な在宅サービスの利用者割合や利用回数は、制度施行後の2002年の方が施行前の96、98年より有意に高くなっていた(杉澤,2004)。
 このように在宅サービスの利用拡大という意味では介護が社会化されつつあるといえるが、サービスを利用していたとしても依然として「家族主体」の在宅介護態勢のままで、「在宅サービス主体」とまでは転換が図られていない可能性がある。家族介護を前提とし、それを部分的に補完する程度の水準でしか在宅サービスが使われていないとすれば、家族介護者の負担は十分には軽減されず、真に介護の社会化が達成されたとは言えない。
 そこで、在宅介護態勢がどのように変化しているかを高齢者の障害の程度別2に調べた(表1)。「身体障害・痴呆ともに中度~重度」および「身体障害が中度~重度で痴呆は軽度」の高齢者世帯では、「主介護者は家族だが副介護者はホームヘルパー」「ホームヘルパーが主介護者」といった『ヘルパー主体』の在宅介護態勢をとる割合が有意に増加していた。しかし、「身体障害が軽度で痴呆が中度~重度」といった、いわゆる動ける痴呆性高齢者を抱える世帯では、2002年時点においても『ヘルパー主体』は6%に過ぎなかった。ホームヘルパーを始めとする在宅サービスの利用は確かに増加しているが、制度施行後2年が経過した2002年の段階では、依然として家族を主体とした在宅介護態勢が8割以上を占めている。特に、長時間の見守りを必要とする動ける痴呆性高齢者を抱える世帯では、9割以上が家族介護を前提とし、介護の主体を在宅サービスが担うほどの転換は図られていなかった。


表1


 では、介護者の身体的、精神的、社会的負担は軽減されただろうか3。表2には、主介護者の身体的な愁訴数、介護による情緒的消耗、介護による社会生活の支障といった3つの側面から測定した介護者の負担度の変化を示した。分析に際しては、介護者の性と年齢、要介護者の身体的障害と精神的障害(痴呆)の程度を統計的にそろえた上で、分散分析により各測度の推定周辺平均を算出した。その結果、身体的な愁訴数と社会生活上の負担については目立った変化は見られなかったが、介護者の情緒的な消耗は、制度施行後の2002年の方が施行前より有意に悪化していた。
 在宅サービスの利用は増えているものの、前述のように在宅介護の主力部分は依然として家族が担っているケースが圧倒的多数である現状においては、介護者の身体的、精神的、社会的負担が軽減するまでには至っていないと言える。さらに、結果は示していないが、介護者の相談ニーズが高まっているにもかかわらず、相談にのってくれた人が私的にも公的にも減っていることが、我々の調査結果からわかっている。介護者の相談に対する私的、社会的な支援態勢の弱まりが、介護者の精神的負担の増加に影響している可能性も考えられる。


表2


2
障害の測度と分類は、東京都老人総合研究所社会福祉部門編「高齢者の家族介護と介護サービスニーズ」(光生館,1996)を参照。
3
介護負担の各測度の出典は、近刊の「介護保険制度の評価-高齢者・家族の視点から」を参照。

4.増大する施設需要とその背後にある要因

 在宅サービスの供給量が増えたにもかかわらず、介護保険制度が始まって以来、特別養護老人ホームなどの介護施設への入所希望者が増加しており、制度の大きな問題点となっている。我々のデータでは、「なるべく入所させたくない」「お世話できなくなっても入所させたくない」といった在宅志向の介護者は2002年時点で66.7%であり、約3分の2の主介護者は在宅介護を希望していたが、施行前(1996年:78.6%)と比べるとその割合は有意に低下していた。
 では、どのような介護者で入所希望が高いだろうか。主介護者の性、年齢、精神的負担(情緒的消耗)、主観的な経済状態、および要介護高齢者の身体的障害、痴呆症状、世帯類型が、主介護者の入所希望とどのような関係にあるかを分析した。その結果、「介護者の精神的負担が強い」「要介護高齢者の痴呆が重い」「要介護高齢者がひとり暮らし」であることが、主介護者の入所希望を高めていた。しかし、これらの要因は介護保険制度施行前も入所希望を高めるリスク要因であり、施行後にこのような介護者で特に入所希望が高まったというわけではない。別の言い方をすれば、制度施行後も「痴呆」「介護ストレス」「ひとり暮らし」は依然として介護者の在宅継続意向を弱める要因であり、現行の制度では、このような介護負担が重い人たちの在宅生活に対応できていない可能性が示唆されている。
 これらの要因に加えて、給付されるサービスの量に制限がある在宅サービスと違って施設サービスの方が完結的で介護者の負担も軽く、相対的には安価であるといった介護保険制度の仕組みに係わる問題、あるいは家族を施設に入れることへの抵抗感の減少などが、介護者の施設志向の増大に関係している可能性も考えられる。
 このように全体的には介護者の入所希望が増大しているが、在宅サービスを利用している人ではそれが抑制されるようになっているかもしれない。ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイについて、利用者と非利用者とで主介護者の入所希望状況がどのように異なるかを比較した。その結果、ホームヘルパーを利用している主介護者が入所を希望する確率は非利用者と有意な違いがなく、ショートステイやデイサービスを利用している家族では、利用者の方が非利用者よりも入所を希望する確率が高くなっていた。この傾向は、介護保険施行前後で共通していた(図2)。在宅サービスの利用は増えているが、現状ではサービスの利用は必ずしも介護者の在宅継続意欲の向上につながっていない場合が多いと言える。しかし、以上の結果は三鷹市という一地域におけるものであり、また横断面での分析結果であるため、今後は他の地域や縦断的な分析など、より多角的な検討を行う必要がある。


図2



5.おわりに

 本調査は筆者らが三鷹市と共同して実施したが、本稿の内容・意見は執筆者の独自の見解であり、三鷹市の見解を示すものではない。本稿では一部の結果しか紹介できなかったが、近刊の『介護保険制度の評価-高齢者・家族の視点から』(杉澤秀博、中谷陽明、杉原陽子編、三和書籍)では、より多角的な分析結果を紹介しているので、ご一読いただきたい。
 最後に、多忙な介護の中で調査にご協力くださいました対象者の皆様、三鷹市職員の皆様、並びに長時間にわたり介護者の話を丁寧に聴き取ってくださいました中央調査社の調査員の皆様とスタッフの皆様のご尽力に心より感謝申し上げます。


【引用文献】

医療経済研究機構,2001,『介護保険による効果の評価手法に関する研究報告書』.

厚生労働省監修,2003,『平成14年版厚生労働白書』ぎょうせい.

内閣府国民生活局物価政策課,2002,『介護サービス市場の一層の効率化のために』.

杉澤秀博,2004,「介護保険制度の導入と高齢者・家族の介護サービスに対する意識の変化」杉澤、
中谷、杉原編『介護保険制度の評価-高齢者・家族の視点から』三和書籍.