中央調査報

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■「中央調査報(No.578)」より

 ■ アンケート調査による幸福感の解明

大阪大学社会経済研究所 教授                    
付属行動経済学研究センター センター長 筒井義郎

1.アンケート調査の概要
 以下で紹介する幸福度調査は、大阪大学のCOE(CenterofExcellence)プロジェクト「アンケート調査と実験による行動マクロ動学」の一部として行われたものである。
 アンケート調査「くらしの好みと満足度についてのアンケート」は2004年2月に、20歳から65歳までの6000人を全国から2段階抽出し、訪問留め置き法にて実施された。有効回答数は4224、回答率は70.4%であった。
 同じアンケートが、2005年1月に、アメリカにおいて12000人を対象に郵送調査で行われ、約5000人から回答を得ている。
 これらのアンケート調査は、同一回答者に対するパネルデータを作るために、今後3年行われる予定である。すでに日本では、2005年2月に、前年回答の4224名を対象に行われ、約3000人から回答を得ている。しかし、このデータはまだ分析されていない。
 このアンケート調査では、幸福感について次のような質問をしている。

 全体として、あなたは普段どの程度幸福だと感じていますか。「非常に幸福」を10点、「非常に不幸」を0点として、あなたは何点ぐらいになると思いますか。当てはまるものを1つ選び、番号に○をつけてください。
 上記のアンケートで尋ねているのは、平均的・全般的な幸福感である。しかし、幸福感の特徴は、時々刻々のニュースや事件によって、ころころと変化することである。この点を捉えるために、大阪大学COEでは、今年の8月から新たに毎月の調査を日本とアメリカで開始した。日本においては、毎月2000人を対象にして面接により、約1300から1400の回答を得ている。

 その質問は、
  Q1.
この1週間に、あなたがどのように感じていたかを思い出してください。あなたはこの1週間どの程度幸福だと感じていましたか。「非常に幸福」を10点、「非常に不幸」を0点として、あなたは何点ぐらいになると思いますか。
 と
  Q2.
この1週間の、あなた自身の生活に関する個人的なニュースや身の回りの出来事の中で、良いことや良くないことも含め、最も重要なものを1つ思い起こしてください。「最も良い」を5点、「最も悪い」を-5点として評価すると、その個人的なニュースや身の回りの出来事は何点ぐらいになると思いますか。
 からなっている。

 現在のところ、8月から10月の結果を用いて、日本では「総選挙の与えた影響」について、アメリカでは、「ハリケーンカトリーナの影響」について分析している。前者の結果については本稿の末尾で簡単に説明したい。


2.幸福度調査の結果

 平均的な幸福感
 この質問に対して無回答は37にすぎず、4187の回答が得られた。5点が1009で、約25%を占めるが、7点、8点も、20%、18%に上る。10点の「非常に幸福」も232人、5.5%を占めた。分布は全体に左に偏り、幸福な人が多い。4点以下は約13%にすぎない。「非常に不幸」はわずか14人であった。
 この結果は、やはり0から10の11段階で幸福度を尋ねている国民生活選好度調査の結果(1978-1999)と非常によく似ている。

 アメリカ人は、日本人よりもはるかに幸福である。8点が最多(24%)で、10点も10%いる。その一方で、0点と1点も1%おり、日本人(0.7、0.3%)より多い。つまり、日本人はアメリカ人に比べて、「非常に幸福」や「非常に不幸」という極端な回答を嫌うことがわかる。幸福度の平均値は、アメリカで、6.98であり、日本で、6.32である。

幸福感(日本)・幸福感(アメリカ)



 女性は男性より幸福
 まず、性別による幸福感の違いを取り上げよう。男性1999人のうち幸福度について回答した人は1974人であり、その幸福度の平均値は6.27、標準偏差は1.86であった。女性2225人のうち幸福度について回答した人は2186人であり、その幸福度の平均値は6.51、標準偏差は1.88であった。平均値の差の検定をすると、t値は4.12でp値は0.00004である。すなわち、男性は有意に女性より不幸である。これは、意外な結果と思われるかもしれないが、これまでのいくつかの調査が、男性は平均的に女性より不幸であることを報告しており、この結果は特異なものではない。
 なぜ、男性のほうが不幸なのだろうか。これは、何らかの男女の社会的な役割の違いによると考えられるが、あるいは、男女の生物学的な相違による可能性も考えられる。われわれは、男女の社会的な役割の違いが原因であるかどうかを調べるために、男女の幸福度を男性ダミー変数といろいろな社会的属性に回帰した。その結果、男性が不幸であるのは、男性のほうが喫煙をする傾向があり、かつ、喫煙する人は不幸である傾向があるためであることがわかった。 もし、男女で喫煙の程度が同じであったとしたら、男女の幸福感の差は解消される。しかし、喫煙と幸福感の因果関係については、われわれはまだ明らかにできていない。つまり、喫煙するから不幸なのか、不幸な人が喫煙するのかはまだわかっていない。したがって、喫煙をやめれば幸福になるのかどうかはまだわかっていない。
 アメリカの結果でも、女性のほうが男性より幸福という結果が得られた。しかし、この幸福感の差は、アメリカでは、喫煙の差ではなく信仰心の差から来ている。信仰の深い人ほど幸福であり、男性は女性に比べると信仰心が足りないのである。

 年齢別幸福感
 日本においては、60歳代の人が一番不幸であり、若くなるほど幸福になる。ただし、20歳代は30歳代より不幸である。いろいろな属性を調整して、年齢の効果だけを抽出すると、20歳代が最も幸福であり、加齢とともに不幸になることがわかる。
 これに対して、アメリカでは、60歳代が最も幸福であり、40歳代がもっとも不幸である。すなわち、日米の結果はかなり対照的である。
 年寄りほどより早く生まれた、という「世代効果」が働いている可能性があるので、この結果から、「純粋な年齢効果」について結論を下すことはできない。つまり、「60歳代の」幸福感の日米の違いが、年齢の違いによるのか、世代の違いによるのかが、われわれの調査では明らかにされていない。「年齢効果」と「世代効果」を区別するためには、長期間にわたるパネルデータの蓄積が必要で、これは大変難しい課題である。
 もし、日本において、高齢者が不幸であるのが純粋な「年齢効果」によるのであれば、そしてそれが、生物学的な理由でなく、社会的な理由によるのであれば、高齢化社会を迎える日本にとって、大きな問題である。しかし、これが事実であるかどうかを明らかにするには、まだまだ、研究の蓄積が必要である。


 年収別の幸福感
 所得として、世帯全体の税込みの年間総収入を100万円から2000万円の範囲での12分位の選択肢で尋ねている。これによると、世帯所得1500万円までは、所得とともに幸福度が上昇するが、1700万円、1900万円の階層ではむしろ低下している。また、500万円から900万円、1100万円から1300万円では幸福度は同一水準に留まっており、かならずしも所得と単調に幸福度が上昇するわけではない。 大雑把に言えば、所得が低い階層間の比較では、所得が増えると幸福感は上昇するが、所得がかなり高い階層間では所得の増加は幸福感を上げなくなっている。すなわち、幸福になるにはある程度のお金が必要であるが、ある程度以上のお金があれば、それ以上のお金は幸福感にとって重要ではなくなる、ということである。

 所得と幸福感の関係については、アメリカでも似た結果が得られる。しかし、アメリカでは、所得がかなり高くなるまでは単調に幸福感が上昇する。このことは、日米で、所得に対する考えが若干違うことを示唆しているのかもしれない。

世帯所得と幸福度(日本)



 その他幸福感に重要な影響のある属性
 結婚している人は、未婚や離死別の人と比べると格段に幸福である。これはこれまでのいろいろな研究で確認されている事実である。しかし、子供の有無は幸福度にあまり影響しない。喫煙する人は不幸であるが、飲酒は幸福感を必ずしも下げない。 しかし、深酒をする人はかなり不幸である。ここで、深酒とは350ml缶ビールにして、毎日5本以上飲む場合を指す。信仰心の厚い人ほど幸福である。特にアメリカでこの傾向が強い。また、利他的な人は幸福である。
 これらは、すべて日米共通に見られる結果である。問題は、因果関係がわかっていないため、この結果から人々に対する助言ができないことである。たとえば利他的にすれば幸福になるのではなく、幸福であるから利他的になれると考えるほうがもっともらしい。同じように、深酒をするから不幸になるのではなく、不幸であるから深酒をするのかもしれない。 そして、深酒をすることによってすこしは気が晴れて、幸福になっているかもしれない。その人に、深酒をやめさせるとますます不幸になりかねないのである。したがって、幸福感に関する研究結果を生活に役立てるためには、いろいろな行動と幸福感との因果関係を明らかにすることが必要である。


 日米の文化風土の違い
 多くの場合、日本とアメリカの回答は似通っている。しかし、いくつかの質問においては異なる回答が示された。ここでは、そのうち、日米の文化的相違を示すと考えられるいくつかの結果を紹介する。その第1は「他人の生活水準を意識している」と答えた人ほど、 日本では不幸だが、アメリカでは幸福だという回答である。これは、アメリカでは競争社会が染み付いていて、競争自体が自然でポジティブなこととして受け入れられているが、日本ではそこまでいっていないということを表していると解釈される。
 また、「お金をためることが人生の目的だ」と考える人は日本では不幸だが、アメリカでは幸福である。この結果は、お金に対する考え方がアメリカではフランクだからであり、アメリカでは、結局「金のあるのが勝ちなのだ!」という事実が抵抗なく受け入れられるのに対し、日本では、そのような考えに対して抵抗があることを示唆している、と解釈可能である。


3.選挙結果は選挙民を幸福にしたか

 本年8月に開始した毎月調査は、ニュースが幸福感に与える影響の分析を目的としている。9月11日には総選挙が行われ、小泉内閣が圧勝した。9月14日から19日に行われたアンケート調査は、この選挙結果が選挙民の幸福感に与えた影響を捉えているはずである。 アンケートでは、先の2つの質問のほかに、内閣の支持者かどうか、ならびに、支持政党を尋ねている。したがって、われわれは、内閣支持者と不支持者で、あるいは政党支持者によって、幸福感がどう違うかを調べることができる。
 その結果は、内閣支持者は不支持者より幸福であり、また、民主党支持者と比較して、自民党支持者と公明党支持者はより幸福であるという結果であった。さらに、各県ごとの当選者数のデータを使って、自民党候補者の当選数が多い県ほど自民党支持者の幸福感が高いかどうかを調べたところ、確かにそのような傾向が認められた。この結果は、選挙というニュースが人々の幸福感に影響を持つことを示唆している。
 内閣支持、性、学歴、年齢、所得、職業、居住地、そして、この1週間に個人的によいニュースがあったか悪いニュースがあったかといった質問に対する答えが、幸福感にどのような関係があるかを調べた。その結果、幸福感のほとんどは、最近の個人的ニュースによって決まっていることがわかった。個人的ニュースがよいニュースかどうかは頻繁に変わるものであるから、幸福感もそれにつれてころころ変わるものであると考えられる。


 内閣支持者はいつでも幸福
 ところが、8月と10月の結果を調べると、内閣支持者は不支持者よりも、どの時点でも幸福であることがわかった。その一方で、内閣支持者の属性を調べると、年配の人、都市部に住む人、農業従事者といった特性はあるものの、性、所得、学歴などに違いはない。すなわち、内閣支持者はその属性によって幸福とは言えないようである。 ひとつの仮説は、内閣支持者は現状に不満を持たない人であるから幸福な人であるというものであり、もうひとつの仮説は、小泉内閣支持者は改革支持という意味で正義を担っているという信念があり、それゆえに幸せだというものである。内閣支持者が幸福なのは小泉内閣支持者であるからなのかどうかは、この調査を長期間続けて、別の内閣になったときに確かめることができよう。
 もっとも、政党別支持者の幸福度を見ると、共産党や社民党支持者は選挙により不幸になり、公明党支持者は幸福になるといったように、小政党の支持者は選挙結果に影響される傾向が認められた。

内閣支持者はいつでも幸福