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■「中央調査報(No.593)」より

  ■ 2006年「読書世論調査」の概要


毎日新聞世論調査室次長 相良美成   


 毎日新聞の「読書世論調査」は、終戦後の混乱が続いていた1947年、第1回読書週間の開催を機にスタートした。2006年の調査では第60回の節目を記念し、第3回(49年)から第46回(92年)まで毎回実施していた「好きな著者」を尋ねる質問を14年ぶりに復活。現代の人気作家や、一貫して日本人に愛され続けている作家は誰かなど、60年近い変遷を追った。その概要を紹介する。(文中敬称略)


Ⅰ.2006年(第60回)調査の概要

1.好きな著者
 調査の対象者は16歳以上の男女。「あなたの好きな著者(1人だけ)とその人が書いた本のうち、あなたが一番好きな本を1つだけお答え下さい」との問いに、直接、回答欄に記入してもらった。実際に「好きな著者」名を挙げたのは、回答者 2824人中 1165人で、挙名率 41%。挙がった著者数は 458人だった。

 今回、トップとなったのは歴史小説家の司馬遼太郎で、2位(28人)に2倍以上の差をつける69人から支持を得、圧倒的な人気を示した。司馬は89~91年に続いて4度目の首位となる。没後10年を経てなお著作が売れ続け、作品のテレビドラマ化も絶えない国民的作家だけに、順当な結果と言えるだろう。
 2位には池波正太郎と宮部みゆきが同数で入った。前回の92年調査の時には、まだ初期の代表作「火車」を出版していなかった宮部のベスト10入りが初めてなのは当然としても、60年に直木賞を受賞し、映画化やテレビドラマ化が繰り返されている人気作家、池波も、意外だがベスト10入りは初。池波作品の特徴は、大人の男の格好良さを描き、グルメのうんちくを盛り込んでいる点だ。これが、これから人生の楽しみ方を追求しようという団塊世代の支持を集めたのかもしれない。
 4位以下は④松本清張(26人)⑤夏目漱石、西村京太郎(24人)⑦赤川次郎、吉川英治(21人)⑨リリー・フランキー(19人)⑩五木寛之、山崎豊子(16人)――と続く。

◇                    ◇

 男女、年代別に見ると、それぞれの著者の主な支持層が分かる。

 司馬、池波を挙げた回答者は、男性が約8割を占めるのに対し、宮部は9割が女性。松本清張は4:6で女性のほうが多いが、男女ともに支持されている作家と言えるだろう。
 男女のどちらに多く支持されているか、ベスト10を色分けすると、

「男性」司馬、池波、吉川
「女性」宮部、赤川、山崎
「男女」松本、夏目、西村、リリー・フランキー

となる。
 男女別に上位を見ると、次のようになる。

【男性】①司馬 ②池波 ③吉川 ④西村 ⑤夏目、松本
【女性】①宮部 ②赤川、松本 ④夏目、山崎 ⑥西村

 大ざっぱにくくれば、男性は時代もの、女性はミステリーを、より好むと言えそうだ。


 年代別では、10代後半から70代以上まですべての年代で名前が挙がったのは赤川次郎ただ一人。司馬、池波は10代後半を除く全世代で、宮部は70代以上を除く全世代で名前が挙がった。
 各年代別のトップ3を見ると(表1)、20代~30代の1位は宮部、40代以上は司馬と、40代を境にトップが入れ替わっている。20代にはほとんどなかった司馬が30代では4位に、50代では下位の宮部が40代では3位と、それぞれ上位にランクされており、30~40代近辺で好みの違いが現れている。
 40代以上といえば、戦後日本の高度成長を体験した世代。30代以下は、バブル崩壊後の暗い時代に多感な時期を過ごした世代だろう。
 「竜馬がゆく」が描く幕末の青春群像、「坂の上の雲」の国際社会参画に懸命な明治の日本国家など、司馬は、明るい未来を信じた高度成長期にマッチした作品群を生み出した。これが、高度成長期を経験した世代の好みに合うのかもしれない。
 一方、バブル末期にデビューした宮部は、「火車」のカードローン破産、「理由」の高層マンションで起きた偽装家族の殺人、「模倣犯」の女性連続監禁殺人など、現代日本の暗部を描いている。ただ、宮部作品の主人公は、決して今の社会に絶望しない。人間は信じるに足る存在で、生きることに意味があるという希望が、作品の根底に流れている。これが、明るい希望を見いだしにくい現代を生きる若い世代、とりわけ女性から高い支持を得ている理由ではないだろうか。


表1



2.好きな本
 好きな著者の一番好きな本は、「竜馬がゆく」と「坂の上の雲」が圧倒的な人気を誇り、司馬と答えた人の7割が、いずれかを挙げた。2作品を比べると、わずかの差で「竜馬」が上回った。司馬作品はこのほか、「国盗り物語」「燃えよ剣」「峠」など計12の作品名が挙がった。
 池波は、これも「鬼平犯科帳」と「剣客商売」の2作品に人気が集中。ほかには「真田太平記」と「闇の狩人」があった。
 同じ2位とはいえ、池波とは対照的に、宮部は票が10作品に割れた。最も多かったのはファンタジーの「ブレイブ・ストーリー」。アニメ映画化され、この公開に合わせて文庫化もされたが、これが06年夏と、調査直前だったことも奏功したと見られる。次点には「火車」「模倣犯」「理由」が同数で並んだ。
 松本清張は「砂の器」と「点と線」、夏目漱石は「坊っちゃん」と「吾輩は猫である」「こころ」が大半を占めており、長い間読み継がれている著者ほど、人気作が定まっている。宮部作品も今後、読み継がれて世評が定まる作品が絞られていくのだろう。


表2


 上位に長く読み継がれている作品が並ぶ中、異彩を放つのはリリー・フランキーの「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」だろう。挙がった書名数で比較すると、「竜馬がゆく」「坂の上の雲」に次ぐ3位だ。
 リリー・フランキーはイラストレーター、コラムニストなどとしても活躍するマルチタレントで、「東京タワー」は、自らの母を描いた自伝的長編小説。発売自体は05年 6月で、同年中に 60万部に達するベストセラーになっているが、06年 4月に全国の書店員が「一番売りたい本」を選んだ「本屋大賞」を受賞したことで、さらに人気が広がり、累計 200万部を超した。
 リリー・フランキーが「好きな著者」という人は、男女、年代に偏りがなく、全員が「好きな本」に同書を挙げた。昭和30年代ブームでもあった2006年を象徴する作品と言える。



表3


Ⅱ.好きな著者の変遷

1.愛され続ける夏目、吉川
 第 3回(1949年)~60回(2006年)までの「好きな著者」ベスト10の変遷を、表3に 7回分記載したが、実際にこの質問を行った調査は計45回に及ぶ。そのすべてでベスト10に名を連ねたのは吉川英治と夏目漱石の二人だけだ。最も日本人に愛され続けている作家と言えるだろう。
 計45回のうちトップとなった数でも二人が群を抜き、吉川は計15回、夏目は計11回に上る。59~61年に井上靖に、76年と78年に松本清張に首位を明け渡した以外は79年まで、吉川と夏目のどちらかが 1位を占めている。
 初調査の49年から 7回連続トップに輝く国民的作家の吉川だが、今回は 7位。同じ時代小説家では池波正太郎より下位となった。吉川を好んで読んでいた世代が高齢化し、新たに時代小説を読むようになった世代が、吉川でなく池波や藤沢周平(06年=15位)にシフトした結果かもしれない。
 夏目は、10代後半はゼロだが ▽30代 2位 ▽40代 9位 ▽50代 10位 ▽60代以上 5位 ▽70代以上 10位 と、幅広い世代で親しまれている。作品が国語の教科書に載ることが多いことが、若い世代も漱石作品を読むきっかけになっているのだろう。


2.歴代「最も好きな著者」
 吉川、夏目を含め、過去に「最も好きな著者」になったのは 6人しかおらず、比較的固定化している。
 多い順に並べると、

 【15回】吉川英治 (49~55・57~58・62~64・70~71・74年)

 【11回】夏目漱石 (56・65~69・72~73・75・77・79年)

 【8回】松本清張 (76・78・80~84・92年)

 【4回】赤川次郎 (85~88年)

     司馬遼太郎(89~91・06年)

 【3回】井上 靖 (59~61年)

 井上を除く5人は、今回もベスト10に名を連ねているが、井上は今回は50代と70代以上の支持しか得られず53位。前回92年は 7位、91年は 3位だっただけに、落ち込みが目立つ。
 とはいえ、このまま人気が低迷するとは決めつけられない。06年調査ではベテランの社会派作家・山崎豊子が初めて 10位にランクされたが、これは「白い巨塔」などのテレビ化の影響が考えられる。井上も07年は「風林火山」がNHK大河ドラマ化されている。これを機に、新しい読者層を獲得する可能性は高い。


3.ベスト10の変化
 過去のベスト10を振り返ると、その時代ごとに特徴が見られる。
 戦争直後から高度成長期は、戦前からの代表的な大衆小説家、吉川英治が圧倒的人気を集めてはいるものの、ベスト10の大半を占めるのは純文学系の作家で、谷崎潤一郎、川端康成ら文学史を彩る大家が並んでいた。「純文学」こそが本当の読書という意識が、読書をする側にも根強かったのだろうか。
 それが、時代とともにミステリーと歴史・時代小説家が、純文学の大家に取って代わるようになる。
 70年代初頭にかけて、谷崎、武者小路実篤、山本有三らの名前が消え、80年以降は川端、島崎藤村らも登場しなくなった。一方、社会派推理作家の松本清張は60年に 5位で初登場して以降、1~8位を常にキープ。司馬遼太郎は72年 9位、73年 10位で74年は圏外となるが、75年以降は常連だ。
 80年代には軽妙なミステリーを得意とし、若者を中心に人気の高かった赤川次郎が人気を集め、83年に 9位でランクイン。85年から4年連続、トップに立った。
 06年調査では、10位までのうち推理作家と歴史・時代小説家だけで計 7人と初めて3分の2を超え、人々の読書傾向の変化を象徴する。「純文学」「大衆文学」の垣根自体があいまいな今、作家のジャンル分けは意味をなさないが、近年の顔ぶれを見ると、娯楽重視の傾向が時代とともに強まっていることは否定できない。
 また、70年代以降は映画化やテレビドラマ化された作家が上位となることが多い。映像化が読書の入り口になる傾向がますます強まっているようだ。




調査の方法
 調査は、層別2段階無差別抽出した16歳以上の男女を対象に、毎年 9月初め、調査員が訪問して質問用紙を対象者に預け、回答記入後に回収する「留め置き法」で実施。読書週間に合わせて10月下旬に毎日新聞紙上で公表している。06年は 9月 1~ 3日に調査し、対象者 4800人のうち 2824人から回答を得た。回収率は 59%。