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■「中央調査報(NO.658)」より

 ■ 全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究
 ―この10年にみる、高齢者パネル調査の現状と課題― 


地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所
 社会参加と地域保健研究チーム
 小林 江里香  


1.はじめに
 本研究は、全国から無作為抽出された60歳以上の男女を対象として、1987年(昭和62年)から20年以上にわたり継続しているもので、わが国では(おそらく世界的にも)老舗のパネル調査である。東京都老人総合研究所(現 東京都健康長寿医療センター研究所)とミシガン大学、1999年からは東京大学も調査主体に加わって共同で実施しており、これら3機関以外の研究者も多数参加して、プロジェクトを支えている。
 1987年の第1回調査以降、標本の補充を行いながら、約3年ごとに追跡調査を行い、2006年までに計7回の調査を実施した。2012年秋には、第8回目となる調査を実施予定である1)(図1参照)。第6回調査までの状況については、「中央調査報」No.541(2002.11)において報告済みのため、本稿ではプロジェクトのこの10年間をふりかえりながら、パネル調査の現状と直面している課題について考えてみたい。


図1 全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究における対象者の年齢の推移と主な研究テーマ

2.調査の概要
 調査内容は、心身の健康状態や、家族、友人等との関係、就労・社会参加、医療・福祉サービスの利用、経済状態など、様々な領域にわたっており、訪問面接聴取法による。パネル調査のため、第1回から継続して質問している項目も多いが、そのときどきの研究動向や社会情勢に合った研究テーマを設定し、それに沿って質問項目の入替や追加を行っている。何かしら新しい点がないと、研究費を獲得できないという事情もある。
 1999年~2006年に実施した過去3回の調査では、介護保険制度が2000年から施行されたこともあり、私的・公的な支援の必要性が高まる後期高齢者に焦点を当てた課題設定を行った。そのため、第5回調査では70歳以上の標本を新たに抽出して追加し(図1のD)、第7回調査では、高齢者と子どもの間の支援の授受の状況をより詳細に調べるため、追跡対象者Dの子ども(平均年齢54歳)にも自記式の郵送調査を実施した。
 第8回調査では、60~92歳の新規標本(E)を追加予定であり、この調査では初めて、団塊の世代を含む戦後生まれの人々が対象者に加わることになる。これまでの追跡対象者(A~D)も1893(明治26)年生まれから1936(昭和11)年生まれまでと幅広く(表1)、出生コホート別の分析も進めているが、2012年の新規対象者を、1987年の60歳以上や1999年の70歳以上と比較することで、高齢者の世代的・時代的な差異や共通点をより明らかにできる。また、追跡調査を継続できれば、将来的には、戦後生まれ世代の加齢に伴う変化を、これまでの世代における変化と比較することも可能になるだろう。

表1 追跡対象者の出生年と第1回調査~第7回調査の回答者数

 なお、研究テーマや対象者の年齢により、正式な調査名も、「全国高齢者調査」(第1回調査)、「高齢者日米比較調査」(第2~3回)、「中高年者日米比較調査」(第4回)、「長寿社会における高年者の暮らし方の日米比較調査」(第5~7回)、「長寿社会における中高年者の暮らし方の調査」(第8回)と変化している。第4回調査までの個票データについては、東京大学のSSJデータアーカイブ2)では「老研-ミシガン大 全国高齢者パネル調査」として、ミシガン大学のICPSRのデータアーカイブ3)では「National Survey of the Japanese Elderly」として公開されており、国内外の多くの研究者に利用されている。第5回、第6回調査もSSJにて公開準備中である(2012年8月現在)。

3.「変化」を分析するための統計手法の発展
 さて、同じ対象者を繰り返し調査する目的の1つは、個人内の変化をみることにある。この10年あまりの状況の変化として強く感じるのは、このような個人内の変化を分析するための統計手法が発展し、かつ普及してきたということである。代表的な手法としては、マルチレベル分析や、共分散構造分析の枠組みによる潜在成長曲線モデル(latent growth curve model:LGCM)などがある。本パネル調査の場合、10年前でもすでに5回(5waves)分のパネルデータの蓄積があったが、統計手法上の制約から、そのうちの2時点の変化の分析を行うことがほとんどであった。しかし、上記の手法を用いることで、3ウェーブ以上のマルチウェーブのパネルデータを、より洗練された形で分析できるようになった。本データでは、特にマルチレベル分析の手法である階層的線形モデル(HLM)4) を用いた研究例が多く、これまでに、日常生活動作の障害(介助が必要な程度)、主観的健康感、抑うつ、飲酒量、社会的ネットワークなどの変化や、変化の要因が分析されている5)
 マルチレベル分析は、パネルデータ以外にも幅広く適用できるが、パネルデータの場合に仮定されているのは、図2のように、同じ個人内に、反復測定された観測データがあるという構造である。第7回調査までのデータ(表1)を例にとると、5,215人の追跡対象者(レベル2)について、18,932の観測データ(レベル1)があることになる(つまり、一人当たり平均3.63回、調査への協力を得た)。仮に、健康状態の変化に関心があり、各時点で何らかの指標により測定された健康状態をYtiとした場合、HLMにおけるレベル1の変数間の関係は、Yti=π0i+π1iTimeti+etiといった式で表される。ここで、Timetiは初めて調査に参加してからの追跡年数や、各調査時点での対象者の年齢である。また、この式では、直線的な変化を仮定したTimeの一次関数となっているが、観測時点、すなわちウェーブ数が多くなれば、二次関数以上の曲線的変化も検討できる。さらに、レベル2の個人属性(例えば、性別や学歴)による、切片(π0i)や変化量(π1i)の差異を分析できるので、高齢期に健康状態が急激に低下しやすいのはどのような特徴を持つ人か、といった疑問に答えられる(こともある)。

図2 パネルデータにおけるマルチレベル構造の例

 マルチレベル分析、あるいはHLMの利点は、本データのように、対象者によって回答した調査回や回数が異なり、追跡間隔も一定でない、複雑なデータでも分析できるという柔軟性の高さにある。他方で、追跡間隔が一定でなくてもよいため、「何が何でも、今年調査しなければ!」という研究者側のモチベーションが弱まり、調査を延期しやすくなった側面がないとは言えない。実際、第6回調査まではきっちり3年ごとに調査を行っていたが、その後は4年、6年と追跡間隔が長くなってしまった。調査実施における柔軟性が高まったと評価もできるが、追跡間隔が長すぎると、追跡調査への不参加者(脱落者)も増えると予想されるので、悩ましいところである。

4.追跡対象者の死亡をどのように把握するか
 高齢者を対象とした追跡調査では、「どういう人が健康で、長生きできるのか」に関心があることが多い。本研究も、ある時点における対象者の行動や状態を調べておき、その後の病気・障害、あるいは死亡の発生をどの程度予測できるかを調べる、疫学研究における「前向き研究(prospective study)」としての側面を持っている。したがって、追跡調査からの脱落の理由が死亡によるのか否か、またいつ死亡したのかは、きわめて重要なアウトカム指標である。対象者が高齢のため、死亡による脱落者は数としても多く、前回調査を例に挙げると、第6回調査(2002年)時点で生存していた(死亡未確認の)追跡対象者3,877人のうち、第7回調査(2006年)までに614人もの人が亡くなっていた。
 このように、本研究にとって、追跡対象者の死亡の有無や正確な死亡時期の把握は、必要不可欠な作業である。そのため、訪問調査の実施前には、対象者が居住する自治体の協力を得て、住民票(除票)の確認を行っているが、第8回調査前の除票確認では、住民票を発行してもらえないケースが増えた。これは、住民票の写しの交付に関する制度が平成20年に改正され、本人や同一世帯の家族以外からの第三者請求に対する制限が強まったことによる。総務省の報告書6)には、第三者が住民票の写し等を取得する正当な理由の例として、『学術研究等を目的とする機関が、公益性の観点からその成果を社会に還元するために、疫学上の統計データを得る目的で、ある母集団に属する者を一定期間にわたり本人承諾等の下で追跡調査する必要がある場合』(p.4)との記述があり、疫学研究に対して一定の配慮がみられるが、「本人承諾等」の証明をどこまで厳密に求めるかは自治体により異なる。
 本研究の場合、対象者に、今後の追跡調査への参加についての同意書への署名は求めず、訪問調査時や、パンフレット、毎年送っている年賀状などへの反応として、今後の調査継続への拒否の意思を示した対象者を、随時、調査対象から除外してきた。今後は同意書についても検討しなければならないが、数年先のことまで制約を受けたくない人々は、署名してまで調査に協力したくないと考えるかもしれない。同意書への署名を求めることにより、調査への拒否者が増えることが懸念され、個人情報の保護と標本の代表性の確保をどのように両立させていくかについては、しばらく試行錯誤が続きそうである。

5.訪問面接調査は時代遅れ?
 本パネル調査は、毎回、調査員による訪問面接調査によって実施されている(ただし、第7回と第8回の間に、健康状態や所在を確認するための短い郵送調査を実施した)。調査が開始された1980年代には、読み書きが苦手な高齢者も多く、高齢者調査は面接が基本であったと思われるが、最近は、筆者が所属する研究所が実施する高齢者調査でも、郵送など自記式の調査が増えている。都市部では高学歴の高齢者が多いこともあるが、費用面の問題も大きい。面接調査の予算で郵送調査を行えば、標本数を数倍(数十倍?)に増やせるからである。
 新規標本を追加する第8回調査では、正直なところ、今の60代の人が、どの程度訪問面接調査に協力してくれるのか、留置や郵送調査のほうが協力を得やすいのではないかという不安はつきない。ただ、調査手法の変更は過去の調査結果との比較を困難にすることや、パネル調査では、対象者本人が回答していることの確認が特に重要であることから、面接調査のほうが良い面もある。
 また、高齢者を対象とする場合、面接調査にはより積極的な利点もある。例えば、第1回調査から含まれている認知機能の検査は、対象者に計算をお願いしたり、総理大臣の名前を聞いたりするもので、調査員がいないとできない。第8回調査では、ミシガン大学のHealth and Retirement Study(HRS)7)が2006年から実施している身体機能測定の一部(握力、歩行速度、身長・体重計測)を導入することにもなっていて、これにも測定者としての調査員の存在が不可欠である。健康に関しては、調査の中ですでにいろいろ質問しているのだが、主観的な報告と、客観的な機能測定を合わせて行うことで、高齢者の健康をより多面的に把握でき、分析の可能性が広がることが期待できる。

6.おわりに
 最近、ご家族から追跡対象者の死亡を知らせる喪中葉書をいただくことが多くなった。1987年からの追跡対象者の多くはすでに亡くなってしまったが、生前、元気だった頃の生活の様子はデータとして残されていることの意味の重さに改めて気づかされる。
 パネル調査は、調査実施までの苦労はもちろんのこと、実施後も、パネルの維持、データクリーニング、複雑なデータ分析、等々、膨大や労力や費用がかかり、スピーディに成果を出すのが難しい。その分、自分達が関わっている調査が、1、2年で意味を失う使い捨てのものではなく、10年後、20年後でも意味のあるデータなのだという自負を持てるようにしたい。事実、第1回調査のデータは、20年以上経過した今でも、ベースライン調査として、あるいは、現在の高齢者の比較対象となるデータとして活用され続けている。質の高いデータを得るために最大限の努力をすること、そして、そのデータを、次の世代の研究者も利用できる形で残していくことが重要ではないかと考えている。


 注、参考文献
 1)第8回調査は、JSPS科研費(23243062、研究代表者:東京大学 秋山弘子)の助成を受けたものである。
 2)https://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/
 3)http://www.icpsr.umich.edu/icpsrweb/ICPSR/
 4)Raudenbush,S.W. & Bryk,A.S.(2002). Hierarchical Linear Models: Applications and data analysis methods, 2nd ed., Thousand Oaks, CA: Sage.
 5)この調査のデータを用いた論文等のリストは、調査の研究者向けホームページ(http://www2.tmig.or.jp/jahead/researcher/index.html)にて公開している。
 6)総務省「住民票の写しの交付制度等のあり方に関する検討会 報告書」平成19年2月
 7)http://hrsonline.isr.umich.edu/