中央調査報

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■「中央調査報(No.679)」より

 ■ 日本の高齢者はどのように変化しているか
 ―全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究における
     1987年、1999年、2012年調査の比較より― 


地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所
 社会参加と地域保健研究チーム
 小林 江里香  


1.はじめに
 2012年秋、全国の60歳以上の方を対象に「長寿社会における中高年者の暮らし方の調査」を実施した。東京都健康長寿医療センター研究所(東京都老人総合研究所)、東京大学高齢社会総合研究機構、ミシガン大学が共同で実施したもので、1987年から続く全国高齢者パネル調査の8回目、25年目の調査にあたる1)。この長期縦断研究については、第8回調査実施直前の2012年8月に、「中央調査報」№658に寄稿させていただいており、本稿はその続報となる。
 さて、この25年間に、日本人の平均寿命は約5年伸びた一方(1987年:男性75.6年、女性81.4年→2012年:男性79.9年、女性86.4年)2)、65歳以上の高齢者で子と同居する割合は64%(1986年)から42%(2012年)に減少し、単独世帯(独居)の高齢者は128万人から487万人へと大幅に増えた3)。また、1980年代後半の日本社会はいわゆるバブル景気下にあったが、バブル崩壊後は今日に至るまで長い経済不況から完全には抜け出せていない。
 2012年の第8回調査では、高齢者の世代的・時代的な変化の解明を重要な研究課題の1つと位置づけ、以前から参加する対象者の追跡調査を継続しつつ、60歳以上の新規標本の抽出・追加を行った。この調査に戦後生まれの方が参加するのは初めてである。本稿では、まず第8回調査の実施状況について述べ、次に、2012年の新規対象者のデータを用いて、過去の調査年の新規対象者(当時)との比較により、日本の高齢者が時代とともにどのように変化しているのかをみることとする。

2.第8回(2012年)調査の実施方法と回収状況
(1)調査対象者
 「新規対象者」としては、全国から60~92歳(2012年8月末現在の年齢)の2,500人が層化二段無作為抽出された。層化は地域ブロック(北海道、東北等)と市郡規模に基づく。施設入所者はこれまでも抽出対象から除外されていたが、「施設」の範囲が曖昧であったため、第8回では「療養型病院」「特別養護老人ホーム」「認知症対応型グループホーム」の3種類を「施設」とし、当該施設の入所者が抽出時に判別できた場合は抽出対象から除外、判別不能な場合は調査員訪問時に施設の種類を確認した。
 「継続対象者」は、過去の調査回で無作為抽出され、追跡対象となっている人々である。全国の60歳以上を対象とした第1回調査(1987)には2,200人が回答し、その後、第2回(1990)に60~62歳、第4回(1996)に60~65歳、第5回(1999)に70歳以上の新しい対象者を加えながら、第7回(2006)まで3~4年ごとに追跡調査を行った。第8回の訪問面接調査の対象となったのは、第7回調査終了時点の生存者3,260人のうち、事前に住民票の除票確認などで死亡が判明した人(806人)、調査継続拒否者(316人:生死は不明)、施設入所などのため郵送調査で現況のみ確認した人(104人)を除く2,034人(表1の対象数A)である。第8回調査時の年齢は76歳以上、8割近くが80歳以上であった。
(2)調査方法
 事前に依頼状を送付した上で、2012年9月末から12月にかけて調査員が自宅を訪問した。対象者本人への面接を基本とするが、重い病気などで本人への面接が不能な場合は家族などへの代行調査を実施した。また、今回初めて、面接終了者に、体力・身体測定(握力、歩行速度、身長・体重計測)の依頼も行った。面接調査の項目は、継続対象者は新規対象者の6割程度の分量であり、平均所要時間は新規対象者が49.4分、継続対象者が35.7分、体力・身体測定部分(両者共通)は17.0分であった。
(3)回収状況
 回収状況は表1の通りである。回収率の計算では、訪問後に判明した死亡や施設入所(前述)を除く対象数Bを用いた。代行調査を含む回答者数(回収率)は、新規対象者が1,450人(59%)、継続対象者が1,490人(78%)であった。新規対象者の回収率については、常に7割以上の回収率を目標としてきたわれわれとしては残念な結果であるが、「今後、同様の調査をする場合に、協力をお願いする手紙を送ってよいか」という問いには、新規対象者の95%から許可が得られ、調査の継続には安心材料となった。また、面接調査に協力した本人回答者の91%が、体力・身体測定の同意書にも署名した。

表1 第8回調査(2012年)の回収状況


 未回収の理由としては、新規対象者については、本人または家族の拒否によるものが7割超を占めた(表2)。新規対象者の回収率(代行を含む)を年齢層別にみると、70代と80代以上はそれぞれ62%だったが、60代は56%と低く、性別では男性61%、女性57%で、男性の回収率のほうが高かった。なお、継続対象者の回収率も男性(83%)が女性(75%)を上回った。

表2 未回収の理由

3.高齢者の身体・心理・社会的側面の3時点での比較
(1)分析対象者と分析方法
 2012年の新規対象者の比較対象として、大規模標本が抽出された1987年(第1回)と1999年(第5回)の新規対象者を用いた(いずれも本人回答のみ)。ただし、第5回については70歳以上の抽出が行われたため、65~69歳については、1990年または96年に調査に加わった継続対象者のデータを用いた。分析対象数は、1987年が2,199人4)(男性994、女性1,205)、1999年が2,053人(男性884、女性1,169)、2012年が1,324人(男性650、女性674)である。以下では、3時点の高齢者の身体的・心理的・社会的側面について、性・年齢層別の集計を行った。
(2)分析結果
 まず、「階段を2、3段昇る」「200~300メートル歩く」など6項目の身体活動全てについて、人や道具の助けなく自力で行える人を「自立者」として割合を比較した(図1)。自立者の割合は高齢になるほど低くなるが、同じ年齢層を比較すると、1987年から1999年、2012年へと徐々に高まっており、身体的機能は全体的に向上していた。

図1 身体的機能:自立(%)

 心理面ではどうだろうか。「人生満足度尺度」の一部として質問された項目のうち、「自分の人生をふりかえってみてまあ満足だ」との意見については、どの調査年、性・年齢層でも75%前後の人が「そう思う」と肯定しており、60歳以上全体では、男性は71%(87年)から76%(12年)、女性は70%から76%へとやや増加した(図略)。
 一方、「これから先にもおもしろいこと、楽しいことがいろいろありそうだ」と今後の生活を楽しみにする人の割合も、60歳以上全体ではやや増えたが、どの調査年も年齢差が大きく、高齢の人ほど(つまり、残された人生が短い人ほど)肯定する割合が低くなっていた(図2)。そのような中でも、80歳以上の女性では肯定者が着実に増えているが(26%→33%→42%)、これには平均寿命の延伸が関係しているのかもしれない。男性では、団塊の世代が含まれる2012年の60~64歳で、今後の生活を楽しみにする割合が高くなっていた(87年の60~64歳:50%→12年の同年齢層:61%)。

図2 「これから先にもおもしろいこと、楽しいことがいろいろありそうだ」:そう思う(%)

 社会面としては、友人や近所の人・親戚と、週に1回以上、「会ったり、出かけたり、お互いの家を訪ねたりする」割合を示した(図3)。1987年を基準とすると、男性では減少、女性では増加と逆方向に変化しており、結果として女性のほうが男性よりも交流が多いという男女差が2012年にかけて拡大した。ただし、女性の場合も、60~64歳については「週に1回以上」会う割合が1987年に比べて低くなっている。この点についてさらに分析すると、「月に1回以上」会う割合については、60歳代前半の女性でも増加していた(87年:70%→12年:79%)。この25年間では、被雇用者が増え、職住近接の自営の仕事に就く人が減ったことや、女性においても60歳代前半の就労率が高まったことが5)、友人等と「頻繁に」会うことを難しくしているのではないかと考えられる。

図3 友人・近所・親戚と会う:週に1回以上(%)

 社会面については、1999年の調査から趣味・稽古事についても質問している。1999年と2012年の70歳以上を比較すると、「月に1回以上」趣味や稽古事をする人の割合は、男性では30%から39%へ、女性では28%から37%へと増加していた(図略)。

4.回答者の偏りの問題-むすびにかえて
 以上の分析より、異なる時点の同じ年齢層の高齢者を比較すると、身体的自立度が向上し、心理的にも人生を前向きに評価する人がやや増加していた。社会面では、趣味や稽古事に参加する割合は男女とも増えたが、友人等との私的な交流の頻度については、男性の場合はむしろ減少傾向を示していた。働く女性が増える中で、今後、女性にも男性と同様の変化がおきるのかを注視していきたい。
 他方で、ある特性を持つ人がより調査に協力してくれたという、回答者の偏りの内容や程度が調査年によって異なることが、調査結果にも影響を与えているのではないかという懸念が残る。例えば、図1の結果は、元気な高齢者が増えたのではなく、元気な高齢者ほど調査に協力する傾向が、1987年より2012年で強まったことによるのではないかといった疑問である。特に、2012年の新規対象者の回収率は過去に比べて低いため、結果の解釈は慎重に行わなければならない。もっとも、身体面での結果に関しては、新規対象者の回収率が7割を超えていた1999年調査についても同じ傾向がみられることや、他の調査・研究の結果とも矛盾がないこと6)7)から、妥当な結果と考えている。
 回答者の偏りについては、新規の回答者と、調査年に近い国勢調査(国調)のデータの比較によっても検討した。その結果、男女の回収率の違いから(前述)、2012年の回答者における男性比率が国調に比べて高かったが、この傾向は1987年も同様であった。さらに、表3より、2012年の回答者では、独居(単独世帯)の割合が国調における割合よりも低い傾向が過去の調査に比べて強まっており、独居高齢者から協力を得にくくなっている可能性が示唆される。女性では、1999年の調査まではむしろ逆の傾向がみられた。

表3 国勢調査と本調査の回答者における独居者の割合

 第8回調査のデータ収集は終わったが、回答者の偏りの原因や偏りが分析結果に与える影響、他の調査結果との矛盾の有無、今後の調査にどのように活かしていくのかなど、検討すべき課題は多く残る。第9回調査の準備(資金面も含めて)も始めなければならない。研究とは地道な作業の積み重ねであり、まさにエンドレスである。


 〈注〉
 1)第8回調査は、JSPS科研費23243062(研究代表者:東京大学 秋山弘子)の助成を受けた。調査のホームページは、http://www2.tmig.or.jp/jahead/
 2)厚生労働省「平成24年簡易生命表の概況」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life12/
 3)厚生労働省「平成24年国民生活基礎調査の概況」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa12/
 4)1987年調査の回答者2,200人のうち、抽出ミスにより60歳未満だった1名を除外
 5)総務省統計局「労働力調査」http://www.stat.go.jp/data/roudou/
 6)鈴木隆雄・權珍嬉,「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究-高齢者は若返っているか?」, 厚生の指標, 53(4): 1-10, 2006
 7)文部科学省「体力・運動能力調査」http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa04/tairyoku/1261241.htm